3.「ロングヘア」

「ロングヘア」

駅前のバス停の通りにあった本屋さんは私の行きつけで、3階の漫画コーナーも、1階の雑誌売場も、4階の参考書フロアもこれでもかってくらい生きていた。
私だって生きていた。死ぬほどに。
特に4階の参考書フロアにはよく行った。
高校に上がってから、極端に成績が悪くなった。参考書を毎日の様に見に行った。
その時間を勉強にあてたらどんなによかったか。
もらい置きの安定剤みたいに部屋に溜まっていく参考書がかわいそうだった。
幼い頃通っていた幼稚園はお寺が併設された仏教幼稚園で、目の前はテニスコート付きの大きい公園で、反対側は大きい交差点だった。
自転車で交差点脇を走るとき、
ちょうど大きい虫が向かってきた。
避ける弾みで派手に転倒した。
とっても虫が嫌いだから。
交差点に投げ出されて咄嗟に終わりだと感じた。
一瞬で察知するのは、なんか生きてるなって感じだよな。
仰向けに倒れて、制服のスカートはめくれて下に履いていたスパッツが丸見えだった。
どマヌケだ。
たまたま赤信号だった。
見上げたら大きな大仏が目に入った。
私、別に仏教徒じゃないんだけどな。

高校には、毎日母親が作ってくれたお弁当を持って行った。
3階から4階につながる外の非常階段に座って食べていた。
決まって同じ女の子と食べた。
違うクラスの女の子で、
彼女はテニス部に入っていた。
部活で焼けた肌がキラキラしていた。
サラサラのロングヘアがすごく似合っていた。

私はかなり短いショートヘアだった。
彼女と私は顔が瓜二つだった。
私の方が少し目が離れていたけど。
私は彼女が大好きだった。
だけど羨ましくて、怖かった。

彼女と私の出会いは、幼稚園時代。
母親同士が芸術大学の同級生で、
彼女は私にできた初めての友達だった。
小学生に上がると同時に、私は隣の街に引越しをしたから、そこから彼女には会っていなかった。

幼い頃の思い出は美化されるもので、
彼女のことは、綺麗な思い出と同じように、忘れることはなかった。
山に行って、小川に泳ぐオタマジャクシを、水と一緒に両手ですくって眺めたり、
幼稚園のみんなで、先生お手製のアンパンマンが手書きで書かれた帽子をかぶって散歩に出かけたり、たまらなく優しい思い出だったから。

彼女の噂を耳にしたのは、思い出の10年後、
中学生の時だった。
テニス部のクラスメイトに、
私とそっくりな顔の女の子が隣町の中学のチームにいたと言われた。
それが彼女だった。

こんなの運命じゃん。

高校で再会した彼女は、
私よりずっと上手に生きられる女の子になっていた。
彼氏と同じ高校に通いたくて勉強を頑張ったと聞いた。
ロングヘアが、本当に似合っていた。

私も入学したては肩につくくらいのストレートヘアで、アイプチも覚えて、肩掛けのスクールバッグを持って、それなりに女子高生らしかったと思う。
だけど、彼女がかわいい女の子だったのに反して、私はどうしようもなく、私だった。

高校1年生の夏、噂が立った。
隣のクラスの男の子が、
私を好きだというものだった。
話したこともない男の子だった。
女の子らしい見た目の私を好きだと言っていた。

彼は、当時前田敦子ちゃんがセンターだった、AKB48のファンで、
渡辺麻友ちゃんが大好きだった。
私は肩をすぎて鎖骨あたりまで伸びかけていた髪を、ばっさり切って学年の女子の誰より短いショートヘアにした。

女の子として好かれるのが怖かった。
期待されてがっかりされるのが怖かった。
まだ、母親の作るお弁当を子供らしく食べていたかった。女にはなりたくなかった。

それでも私は彼女が大好きだった。
自分と瓜二つの顔をした女の子が、
長くてサラサラの髪をなびかせながら、
セーラー服に身を包んで彼氏と並んで歩く姿は、とても不思議だった。

社会人になった私は、
胸下まであるロングヘアだ。
女の子らしいと言われると、
してやったと思う。
上手に女として社会に馴染めていると、
お墨付きをもらっている気がするから。
型にはまらないのは死ぬほどつらい。
自分だけが仲間はずれな気がするから。

本当かどうかは正直どうでもよくて、
人から型にはまって見えているなら、
私は安心して街を歩ける。


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