9.「シティボーイ」


「シティボーイ」

東京に出たならば、
やっぱり僕はIT会社とかWEB会社とか、
そういう今時っぽい会社に入社するものだと思っていた。
東京の大学に進学したならば、
大学はやっぱりビルにかこまれていたり、
周囲にはオシャレなカフェがたくさんあったり。
そんな環境だと、思うだろ?
それと同じようにさ。

僕の朝は早い。
アラームはうるさい。
東京の大学に進学してから新卒で今の会社に入社している今までずっと同じ曲をアラームにしている。
昔大好きだった曲も、毎朝聴くと何も感じなくなるんだな。
ピピーでもピロピロピーでも、
これでも変わらない。

くっそもう6:30じゃねーか。

僕は東京の世田谷にすんでいる。
1K7畳9万5000円。
笑わないでくれ。
とりあえず朝起きてすぐボサボサの髪をべしゃべしゃに濡らす。
パーマって楽だな。
不器用で寝癖のひどい僕でも髪を水で濡らして美容室で買ったバームってやつをつければそれなりに都会風になれるのだ。

当たり前に朝ごはんは食べられない。
小田急線に乗り込む。
千代田線に接続されて北千住で降りる。

僕は会計事務所で事務をやっている。
僕はこの街がすげー好きなんだけど、
何せ思っていた都会ライフとは違いすぎる。
高校生の僕よ。都会に出ても僕は僕のままだよ。

僕は田舎の上京組で、東京はどこもかしこも都会でビルがいっぱいあって、みんながファッションスナップに出てる人みたいにオシャレで、僕も当たり前にそんな風になれると思っていた。

パソコンの電源を入れる。
隣の席はベテランのおばちゃんで、
仕事で分からないことはなんでも教えてくれる。
ちゃんとご飯食べないと風邪ひいちゃうわよ。
そう言って笑うおばちゃんはあったかい。
目の前の席はふたつ年下の女の子で、
生まれてこの方この辺に住んでいるらしい。
地元の彼氏と付き合って3年だという。
近々同棲を始めると言って、2LDKの物件探しに夢中だ。

帰り道、代々木上原行きに乗る僕は、
一気にシティボーイ気分だ。
ワイヤレスイヤフォンを耳につける。
人とかぶるのが嫌でAirPodsは買わなかった。
値段ははったがとびきり気に入ったやつを買った。
よくBluetoothの接続は切れるが、
これをつけてる自分はなんだかイケてる気がする。
とにかくイケてるこいつが欲しかったのだ。

電車で隣に座っていたくすみががったブロンドヘアに迫力のあるマツエクをつけた彼女はおそらくダンサー志望かなにかで、イヤフォンをつけてリズムに乗っていた。
偶然スマホの画面が見えてしまった。
Spotifyで音楽を聴いていた。

僕は無性になぜかそれが気になってしまい、
バレないようにApple Musicで同じ曲を検索した。
今年に入ってリリースされたばかりのDJなんとかっていうアーティストの曲だった。

再生した。だけど、どこかが違った。

すぐに僕はスマホをのぞいてしまった罪の意識を感じて心の中で手を合わせた。
そして、いつも聴いている曲に切り替えた。

気づくともう彼女は隣にはいなくて、
僕は最寄駅についていた。
スーパーでいつものようにお惣菜の餃子と、
麒麟の淡麗を買う。

帰り道、Apple Musicでたまたまジャケットが好みだった曲を再生してみた。
僕は80年代風の色彩のイラストが好きだ。
ロマンチックで、胸がギュッとなる。
流れてきた曲はなんとなく僕好みだった。
うん。最高じゃん。
なんてアーティストだろう。
同じアーティストの他のアルバムを表示すると、
冴えない本人たちの顔写真のジャケットだった。
同じ曲を聴いているのに、脳裏には彼らの顔しか浮かばない。

玄関の鍵を回す。
1日が終わった。
部屋に入るとすぐに、立ったまま淡麗をプシュッとあける。
イヤフォンを外してiPhoneをスピーカーにしてYouTubeを見ながら上着を脱ぐ。

この瞬間が1日で1番幸せだ。

ご機嫌でシャワーを浴びようとした。
意図せず水をかぶった。

くそー!
生きてんじゃん!

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