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10年越しのリベンジを果たして、あの恥の名前を変えた日。

昔「行きたかったのに行かなかったライブ」というのがある。それはおそらく2012年。LOST IN TIME。対バンがセカイイチだった事はハッキリと覚えてる。

この時も少し触れてる。

LOST IN TIMEとセカイイチ。別々の出会いでそれぞれを好きになって、どちらも本当によく聴いてた。その対バンだったもんだから絶対に行きたかったのに、小心者で意地っ張りの私は行かなかった。その話を旦那さんにすると「うわ。もったいない事したなぁ…」と、若干引かれる。私だって引いてる。

きっと10年前、諦めた瞬間に自分でもそう思ったから、余計にしばらくの間LOST IN TIMEを拒絶していたんだろうと思う。素直じゃないなぁ。

今は拒絶の日々から解放されたとはいえ、どこかにその事実は小さな黒い塊になって私の意識の中をウロウロしていて、それはいつも見えているのではなく、ふとした瞬間にひょいと顔を出す。そしてひょいと恥ずかしくなる。

それに名前を付けるとしたら「知られたくない過去の恥」だろうか。

ただ、そういう名前の黒い塊は私の中に沢山あるもんだから、その中でそれの存在感はそこまで大きいものじゃない。もっと大きなそれが私の中にはうじゃうじゃある。恥ずかしい人生を歩んできたもんだ。今だって派手な髪で街を歩いてる。こんな奴と一緒に歩くのは恥ずかしいと思ってる友人だっているかもしれない。私の存在そのものが恥の塊みたいなものなのだろうか。だとしたらさすがにそれはつらい。

過去の出来事や過去の私の選択というのは、MONO消しゴムでも激落ちくんでもカビキラーでもサンポールでも消すことはできない。

だったらどうすればいいのか。

もう、それの名前を変えるしかない。

「え、それ、シミ?」
「いや、柄。こういうデザインだよ」

の、やつ。

そうする為には、自分がそれを認めて、それと向き合って、それに対する意識を変えなければいけない。だって、シミや汚れをシミや汚れと思わないようにしなければいけないんだから。

だから、そうね、まず、それがそこにあるということをちゃんと認めないとな。

10年前、LOST IN TIMEのライブが岡山であるという情報を見つけた。全世界から不評だったWindows Vistaが終わり、Windows7で落ち着いていた頃だろうか。対バンがセカイイチだった。どちらも大好きで、どちらのライブにも行ったことがなかった。絶対行きたいと思った。でも友達を誘う勇気が無かった。だから情報収集をとSNSを見た。LOST IN TIMEは昔と変わった。という言葉を見つけた。不安になった。そこから収集がいろんな所に派生していった。ライブに行く時、違うバンドのTシャツを着て行くのはおかしい。という言葉を見つけた。こんな奴が最前に行くな。こんな奴は素人だ。こうしてる奴が玄人だ。そんな言葉を沢山見つけた。全部真に受けた。いつも行ってるライブハウスって実はそんな所だったのかと怖くなった。そんな所に一人なんかで行けないと思った。行かないと決めた。ふと馬鹿だったなあと思った時にはライブは終わっていた。後悔したことを認めたくないから、嫌いだっ!全部LOST IN TIMEのせいだっ!と、突き放した。それもまた後悔に変わった。

黒い塊を開いて伸ばしてアイロンをかけると、こういう事。ほらね、ハズい。

今だったら、主観を客観のように見せるその世界の事を少しは知っているし、進化を受け入れられん奴らがなんかちゃーちゃーゆーとるで。と、跳ね除けられるだろう。たぶん。たぶんね。もうWindowsも11だしね。でも、Windows7の頃の私には出来なかった。

はい、まずそれがそこにあるという事を認めた。次はどうすれば良いのか。そうか、向き合わなければいけないのか。

と、いうわけで、向き合ってきた。

岡山のライブのリベンジは岡山のライブで。だろう。知らんけど。

2021年11月6日。岡山。私の故郷。例のウイルスのせいで2年ぶりの帰省になってしまった。2年ぶりの割に身体は人見知りせず、ふっと力が抜けたように落ち着いた。これが故郷の底力か。

今回の会場はCRAZYMAMA KINGDAM(以下、ママキン)

あの時の会場はママツー(CRAZYMAMA 2ndRoom)だったか、ペパー(PEPPERLAND)だったか、はたまたもっと違う場所だったか忘れてしまったけれど、こんなにすごい人達(私調べ)なのにそんなに小さな所でいいのか⁉︎と、思った記憶がある。

ママキンに足を運ぶのはいつぶりだったろうか。岡山で一番大きいライブハウス(当時は。たぶん。今は知らん)。私は小さめかつ横長が好きだったもんで、ライブによく行っていた学生時代でも、ママキンに行くことはあまり多くなかった。

しかしながら、人生初の(スタンディングの)ライブはママキン。フジファブリックだったな。

この時の思い出はいろいろある。顔はハッキリ思い出せないけれど、逆光で見た志村のシルエットは今でもハッキリと覚えてる。もう年齢を追い越してしまったから、呼び捨てにさせてもらうよ。志村。こんなクソみたいな私に年齢を追い越させないでくれよ。だいすきです。

今はまだ心が苦しくなるから、フジファブリックの音楽をちゃんと聴けない。でも、私の初ライブがフジファブリックというのは、ずっとずっと、とっても嬉しい。

と、その事についてもまた整理できる日が来ることを願う。

11月6日の3日前、11月3日にも下北沢でLOST IN TIMEのライブ(三井さんお誕生日おめでとうライブ)があった。どうせ厄年だし抽選なんか当たらないだろうと思っていたら運良く当たってしまったもんだから、1週間に2度もLOST IN TIMEを拝むことができた。ゴールデンウィーク、シルバーウィークに続く、ロストウィークなるものが制定されたのかもしれない。

激動の10月を頑張ったご褒美だと信じてる。

久々のママキンは、久々のようで初めてのような、少し身体中の筋肉がキュッとなる感覚だった。なんそれ。

入場すると、やっぱり広い。でも、思っていたほどじゃなかった。記憶ではもっともっと広いイメージだった。記憶が遠退きすぎて勝手にどんどん広くしていたんだろうかな。

ママキンのフロアには、ステージに向かって右前の壁に、ルービックキューブみたいな小窓みたいなカラフルな注意書きがあった気がする。昔よく一緒に行っていた友達と、終演後はここに集合しようねと決めて、場内が暗転していく中で「じゃあ、また後ほど」と、人の波に埋もれていっていたのを思い出した。そのルービックキューブはもう無かった。私の記憶違いで、そんなもの元々無かったのかもしれない。

と、思って公式ホームページを確認してみると

やっぱりあった。

これこれ。昔はあったんだな。昨日は無かった。まぁ全然いいけど。

あの頃、ドリンク代は500円だった。関東は都会だから600円なんだとばかり思っていたけれど、岡山もしっかり600円になっていた。なるほど、時代なんだな。

そういえば、ビールの美味しさを学んだのもライブハウスだった。あの時のライブはモノブライトだったか、ポリシックスだっか、会場はペパーだったと思う。終演後に近くに居た知らないおじさんにひと口もらったビールがあまりにも美味すぎて、汗だくのまま友達とウマーーーーーー!と発狂した事を覚えてる。

また誰かのビールや何かをひと口もらうことができる世界になってほしい。や、まぁ、人は選ぶけど。

そんなことはさておき、開演。

今の私は比較的後ろでわちゃわちゃする。あの頃の私だとどうだろう。最前は避けるけれど、前の方に行きたいと思うのではないだろうか。

と、いうわけで、スタンディングでは久々に比較的前の方へ。リベンジだし。

しかしながら、今のライブハウスはソーシャルディスタンス。暗転してもおしくらまんじゅうにならない。歓声もない。

でも、わくわくやドキドキ、拍手や笑顔はちゃんとある。うんうん、ちゃんとあるんだな。なんだか今回すごくそう思えた。なんでだろうな。うーん。あれかな。

暗転する時、フロア全体から息を吸う音みたいなのを感じる気がする。期待に胸が膨らむ音っていうのか、みんなが息を吸う音。鼻で息を吸う音じゃなく、喉を太く開いて息を吸う時の音。スゥッじゃなくて、ホォッて感じか。音というか感覚ともいえる気がする。あれ、どんどん分かりづらくなってないかな。大丈夫かな。

この空気は演者さんには伝わってないんだろうなぁ。ステージの上からしか見えない景色があるように、こっち側でしか感じられないものだってあるんだよなぁ。

今回はそれをいつもよりも感じられたから、わくわくやドキドキがちゃんとあるんだといつもよりも強く思えたのかもしれない。

そしてそれを感じられたのは、いつもより敏感に何かを自分に取り入れたいと思っていたからでもあるんだろう。

そんなこんなでオープニングアクトのMaelstrom、次いでキラキラが止まらないドラマストア。改めて私の知らない場所にもたくさん音楽があるなと感じた。

そして最後にLOST IN TIME。

セットリストは基本的に覚えられない。終わる頃には体内が空っぽになる。後になってぽつんぽつんと出てくる記憶が、あぁあれ良かったなぁ。と、ふわふわと思わせるだけ。

なのに、今回はいつもより覚えてるかもしれない。いや、そうでもないか。

私の30代を少し明るくしてくれた30と、私の40代を楽しみなものにしてくれた40。いつも私の少し前を歩いてくれるLOST IN TIMEは、私の歩く暗い道を懐中電灯でちょっとだけ照らす。ちょっとだけね。ほんのちょっと。

最後の曲(アンコールは別)が始まった瞬間、マスクの中で小さく「嘘じゃろ…」と言ってしまった。「誰そ彼!」と海北さんが言った瞬間、いろんなものが頭の中にふわーっと出てきて、ぶわーっとなって、喉から涙が出そうになった。まじなんそれ。

私の初ライブがママキンで、その初ライブがフジファブリックだったって伏線を回収してきとるやん。と、思った。いや、私が勝手にそう思ってるだけなんだけど。

でも、すごく嬉しかった。

そして「トリの特権だね」と、アンコールで再登場して、ちゃっかり物販の宣伝をして、バーンと1曲ぶちかまして帰っていった。

対バンのライブは、よく演者さんが「今日、はじめましての方も居ると思うんですけど(中略)またお会いできたら嬉しいです」的なことを言う場面がある。私は何故かそれが好き。お笑い芸人さんの「顔と名前だけでも覚えて帰ってください」と似てるからとかじゃなく。

何故かと考えても上手く答えは出てこないけれど、何歳になっても、何年やってても、同じようにみんなそれを言える世界って…なんか良い。すき。

そんなこんなで終演後、私はバーカウンターへ。

今までライブハウスでお酒を飲んだことがなかった。なんとなく。お酒は大好きなのに、ライブハウスでは絶対コーラかジンジャーエールだった。新代田のFEVERではいつもコーヒーのドリップパックをもらうけど。

それでも、今回はビールを選んだ。おじさんからもらったひとくちに、ビールの美味さを教わった伏線を回収しておいた。すると、アサヒの缶。あの時と一緒だった。私は伏線回収マスターになったのかもしれない。

ロビーに出ると、海北さんが物販をしてくれた。ビニールの幕越しに。

握手ができないからと始めてくれた肘タッチも、もうすっかりお決まりになってしまった。いつか通常の握手に戻る時が来るんだろうか。その時は、少し肘が寂しくなる気がする。だから握手に戻るまでに、この肘の感覚を切り取ってジップロックやタッパーに入れて保管できるように科学が進歩してほしい。


脱線が多すぎてすっかり長くなってしまったけれど、この日、私はあの頃としっかり向き合った。

向き合ってみると、いろんなホクホクした思い出が芋づる式に引っ付いて出てきた。伏線も根こそぎ回収できた。

それによって、あの黒い塊に対する意識を少しだけ変えることができた気がする。ただの嫌なモノではなくなったような。

まぁでも、芯の部分に恥ずかしさは残っている。

だから、そうね、名前を新たに付けるとしたら「別に知られても良い過去の恥」だろうか。



結局、ちょっとしか変わらんかったな。

まぁいっか。

小さい変化がぷくぷく膨らんで、私は少しずつ大きくなったんだと思う。

人生ってそんなもんじゃろ。



私が勝手に深い意味を付けて、勝手にリベンジさせてもらったんだけれど、今回のライブを作ってくれた全ての人に、ありがとうが止まらない。

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