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【短編小説】よくばり

786文字/目安1分


 人生百年時代とはよく言ったもんだ。
 十代は十年しかない。二十代も十年しかない。十年を実際に生きてみると、とてつもなく長い時間だ。だけど、生きた十年はもう戻ってこない。
 仮に残りの人生が八十年あったとして、その八十年は同じようには生きられない。十代は十代なりの生き方。三十代は三十代なりの生き方。八十代なんか生きているのかも分からない。

 できるだけいい学校に進学したい。できるだけいい会社に勤めたい。給料を上げたい、出世したい。好きなことをめいっぱいできるだけのお金が稼げるまでに、何年かかる?
 好きな人と一緒になりたい。結婚したい。愛を育みたい。生涯を共にしたい。そんなの、何年かかる?
 起業したい? 早期リタイアしたい? 有名人になりたい? 豪邸に住みたい? 旅行したい? 日本一周? 世界一周?
 いつから? どうやって? いつまで?

 老後資金を蓄えるだの、ライフステージに合わせたどうのこうのだの、一度しかない人生を考えたら余裕なんてない。今この瞬間にも一秒一秒と命を消費している。死に近づいている。

 人生百年時代とは本当によく言ったもんだ。いつからだってスタートできるとか、よく言えたもんだ。いつだって最短は今だ。いつまで生きられるか分からないのに、いつまで健康でいられるか分からないのに、いつかやろう、これがこうなったらやろう、そんなことは言ってられない。
 自分の人生、とことんわがままにならないともったいない。
 じゃあ、明日何しよう。今日何しよう。今何しよう。

 そんなことを寝る前に考えながら迎えた朝。
 頭が痛すぎる。気持ちが悪い。体が重い。昨日何杯飲んだか分からない。いつどのタイミングで寝たか分からない。
 服を脱ぎ散らかした部屋、缶と瓶だらけのテーブル、ベッドから落ちた布団、服を着ていない自分。
 今日はもう動けない。水を飲む気力もない。

 だめだ、寝よう。

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