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【短編小説】承認欲求ロボ

3,101文字/目安6分


 ボクはロボットの『ウィーン』
 大好きな博士につくってもらった。

 好きな食べ物はウィンナー。
 ロボットだけど、博士が食べられるようにしてくれた。食べると体の中で栄養が分けられて、肥料になる。これがなかなか評判いいんだ。農家のハルカさんとアキオさんが喜んで使ってくれる。
 高い値段で買ってくれるからボクも喜ぶ。これで生活に必要なものを揃えて、博士が研究に集中できるようにするんだ。きっと博士も喜んでくれる。

 嬉しい嬉しい。ウィーンウィーン。

 ボクは食べるだけじゃない。つくるのだって得意なんだ。博士が優しい手にしてくれたから、絹の豆腐もくずれない。
 この前だって赤ちゃんをなでたら笑ってくれた。
 でも、博士はボクのつくったご飯を食べない。研究に集中したいんだって。自分の部屋から出てこない。ボクは博士の部屋には入っちゃいけない。特殊な電波が飛んでいるから、ボクが入ったら動けなくなっちゃうんだって。だから、博士がいつもどうしているのか分からない。

 心配、心配。ウィーン、ウィーン。

 ボクはみんなの役に立ちたい。ボクは力持ち。
 道で困っているおばあさんのお手伝いもお手のもの。力持ちだけど、優しい手だから安心なんだ。荷物を持って家まで一緒に歩く。
 おばあさんは「ありがとう」って言ってくれた。

 嬉しい嬉しい。ウィーンウィーン。

 電車で席をゆずった。座ってくれたけど、あんまり嬉しくなさそうだった。みんなボクのことを見ている。きっとボクがロボットだから。みんなと違う姿だから。
 でもいいんだ。席をゆずるのはいいことだから、いいことができてボクは嬉しい。

 ウィーン、ウィーン。

 やって来ましたウィンター。
 雪だるまをつくる。かまくらをつくる。ボクと同じはいない。だからいつもボク一人。ロボットは「一人」って言っていいのかなぁ。博士は教えてくれないから分からない。
 雪だるまは何も話さないけど、ボクと一緒にニコニコ笑っている。

 楽しい楽しい。ウィーンウィーン。

 でも、友達が欲しいな。
 雪だるまは友達になってくれるかなぁ。

 ウィーン。ウィーン。

 いろいろな人に出会えるSNSがあるんだって。「つぶやく」というのをすると、友達が反応してくれる。「つぶやく」をすれば、もしかするとボクにも友達がいるかもしれない。でも、どんなことを「つぶやく」したらいいか分からない。博士も教えてくれない。
 そうだ、博士。
 博士はいつも研究で忙しい。一日中部屋にこもりっきりで出てこない。それと、日本で働く人はいつも決まった時間に仕事をするってハルカさんとアキオさんが言っていた。サラリーマンと呼ぶみたい。
 決まった時間ならボクも得意。
 博士がこもりっきりにならないように。朝の九時と夕方の六時。一日に二回「つぶやく」をすることにした。

『おはようございます。朝の九時です。今日も頑張りましょう。ウィーン』
『夕方の六時です。今日もお疲れさまでした。ウィーン』

 一人が「いいね」をしてくれた。
 ボクはメッセージを送る。

『ボクはロボットのウィーン。キミはボクの友達ですか?』

 返事をくれなかった。友達じゃなかったみたい。

『おはようございます。朝の九時です。無理をしないで行ってらっしゃい。ウィーン』
『夕方の六時です。気をつけて帰りましょう。ウィーン』

 一か月が経った。

『おはようございます。朝の九時です。今日も気をつけて、元気が一番。ウィーン』
『夕方の六時です。疲れたら寝るのが一番。おいしいご飯を食べましょう。ウィーン』

 三か月が経った。

『朝の九時です』
『夕方の六時です』
『朝の九時です』
『夕方の六時です』
『朝の九時です』
『夕方の六時です』

 何回「つぶやく」をしても、友達は反応をくれなかった。ボクには友達がいないんだ。
 雪だるまもいなくなってしまった。

 ボクは一人。

 寂しい。ウィーン。

 サラリーマンはお酒を飲むのが好きなんだって。大変な時やつらい時でも、飲むと楽しくなれるってアキオさんが言っていた。
 ボクは今つらい。楽しくなりたいからお酒を飲む。大人にならないと飲んじゃいけないみたいだけど、ボクはロボットだから年齢は関係ない。

 アキオさんがおすすめしてくれた大五郎というお酒。一番大きい四リットルのペットボトルを買った。これをぐいっと飲むのがいいみたい。でも、飲むと楽しくなれるってどういうことだろう。
 ボクはロボットだから味が分からない。
 ウィンナーは食べると体が動きやすくなるから好き。なめらか、まろやか、種類によって動きが変わる。

 大五郎はどうだろう。
 コップで一杯飲んで、二杯飲んで、どうだろう。楽しくならないな。お水を飲むのとあまり変わらない。よく分からないまま、半分くらい飲んだ。どうだろう。楽しくなったかな。
 分からないけれど、だんだんと体が熱くなってきた。思考回路も動きが悪い。

 全然楽しくならないじゃないか。でも、アキオさんは嘘をつかない。ボクがロボットだから、楽しくならないんだ。やっぱりボクは一人。ボクと同じはいない。友達はいない。つらい。悲しい。

 やってらんねぇぜ。うぃ〜〜〜ん。

 つらい。悲しい。ボクは一人。
 つらい。悲しい。博士も教えてくれない。
 つらい。悲しい。ボクと同じはいない。

 つらい。悲しい。うぃ。

 それならもう、終わりにしちゃおう。

 引き出しにカッターナイフがある。新品だから切れ味もいい。それを取り出して、ボクの手首にぐっとあてる。
 ぐっと、力を込めて押しつける。
 カン、カン、と音が鳴るだけで、ボクの腕は切れない。カッターナイフが折れてしまった。
 博士が頑丈につくってくれたから、ちっとも傷がつかない。

 それなら、物置きにロープが閉まってある。それをくくりつけて、首にかける。ボクは宙に吊られる。
 十秒経っても、一分経っても、何も起こらない。天井がメキメキと音を立てるだけで、ボクは全然苦しくならない。ロープが切れてしまった。
 博士が頑丈につくってくれたから。

 こうなったら、家の近くに高いビルが建っている。屋上から落ちればボクもきっと動かなくなる。今は夜だから、屋上に一人でいると暗くて寂しい。

 でも、いいんだ。
 一歩前に出る。
 二歩進めば。
 この先は。
 落ちる。
 ……。

 大きな音が辺りに響いて、暗い夜の中、ウィーンも真っ暗になる。博士が頑丈につくってくれたから、まだ動く。思考回路がまわる。でも立つことはできない。

 博士、ボクはこれでよかったのかな。

『いけませんね。自分で自分を傷つけたら』
 ――博士。
『ずいぶんと人間らしく成長しましたね』
 ――博士、ボクは。
『あなたと同じは確かにいません。でも、それはみんなも同じです』
 ――同じ。
『あなたはウィーンです。ロボットも人間も関係ない。力持ちで優しい手を持った、人の役に立つことが好きなウィーンなのです』
 ――博士。
『あなたはウィーンとして、ここにいていいのですよ』
 ――ボクは。
『今回は特別に直してあげます。だから、忘れないでください』

 ……。
 ボクは。
 ウィーン。
 忘れないよ。
 ボクはボクだ。
 ありがとう博士。

 ボクはウィーン。
 大好きな博士につくってもらった。

 好きな食べ物はウィンナー。
 食べると体の動きがよくなる。しかも体の中で栄養が分けられて肥料になる。今日も農家のハルカさんとアキオさんが喜んでくれた。
 夜になったらちょっとだけ大五郎を飲む。
 力持ちで優しい手。頑丈だから、ちょっとやそっとじゃ壊れない。ボクにできることを精一杯にやって、人の役に立つんだ。

 それがボク、ウィーンだ。

 嬉しい嬉しい。ウィーンウィーン。



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