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【短編小説】晩酌

1,387文字/目安2分


 今週は特に疲れた。
 毎週毎週思うことだけど、毎週毎週それが更新されていっている気がする。月曜日から金曜日まで、一日の時間を全部使うわけじゃないのに、それがすべてのことのように追われている。
 今の仕事が嫌いなわけじゃない。むしろ好き。会社の人たちだってみんないい人。嫌な人なんてほとんどいない。わたしなりに、会社を大きくするためにどうしようか。どうしたら今よりよくなるのか、考えて仕事をしているつもりだ。

 グラスのハイボールを一口飲む。アルコールが喉でほわっと広がり、それが頭までのぼってくる。やっぱり家で自分が入れたお酒を飲むのが一番おいしい。お店のは濃かったり薄かったり、炭酸がきつ過ぎたり、どうにも合わない。

 ふぅ、と一息つく。

 仕事は忙しい。
 売上を上げないといけない。次々と差し込まれる業務に対応しないといけない。新しいことも考えて始めないといけない。
 どんどん仕事が増えていくし、自分が動かす人もどんどん増えていく。
 それが心地よかったりもするし、やりがいにもなったりする。けど、常に追われている感じがどうしても消えない。本当はもっとやりたい。でもすぐに限界が来る。手がまわらない。気もまわせない。

 昔はこんなことなんか考えなかった。
 昔は、なんとなく自分の人生が楽しくなれば、それなりに幸せになれればいいかなと思っていた。そこそこでいいかなって。多くは求めない。
 だけど、何かをやると、例えばほんの小さなやりたかったことが一つできると、次のやりたいが生まれてくる。それが大きくなるんだ。
 昔と比べてできることが増えたし、使えるお金も増えている。そうすると、どんどん自分がわがままになっていく。

 たぶん、今が人生で一番充実している時だと思う。
 仕事はうまくいっているとは言えないけれど、でも少しずつ進んでいる。近いうちに結婚して一緒になる相手もいる。

 それでも、本当にそれでいいのか、今のままでいいのかって思ってしまう。十歳、二十歳と区切りを迎えるたびに大人になったのだと感じた。一回目は本当に嬉しかった。二回目はあまり嬉しくなかった。もうすぐ三回目。嬉しいも嬉しくないもない。その代わり、自分には価値があるのかと、最近すごく考えるようになった。

 価値ってなんだろう。わたしの価値って、なんだろう。

 なんとなくもの寂しくなって、音楽をかける。アコースティックギターの歌のないインストゥルメンタル。部屋の明かりを少し暗くした。
 グラスはテーブルの上で結露して、周りに水を溜めている。わたしはそれを拭くことなく、黙って眺めていた。

「どうしたの? 部屋なんか暗くして」

 彼がお風呂から上がってきた。
 面白そうにこちらを見ている。

「ううん、なんでもない」
 わたしはそれに笑って答える。
「お酒、飲むよね」

 こうして、結局いつもと同じになる今日が終わる。そしてまた、いつもと変わらない朝が始まるのだろう。日曜日の夜はどうしても苦手だ。うまく頭が切り替わらない。明日からもがんばろうとは思えない。きっと、また追われるうちに一週間が過ぎていく。

 こんなことを繰り返しながら、今のこの日常が、暮らしが、今よりも楽しくなって幸せになれるように願い続ける。今が充分と思うにはまだ、少しもったいない気がする。

 テーブルについて、お互いが持っているグラスとグラスで、一つカチっと鳴らした。

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