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ミュージカル 「RENT」 観劇レビュー 2023/03/21


写真引用元:ミュージカル「RENT」2023 公式Twitter


写真引用元:ミュージカル「RENT」2023 公式Twitter


公演タイトル:「RENT」
劇場:シアタークリエ
劇団・企画:東宝
脚本・作詞・音楽:ジョナサン・ラーソン
演出:マイケル・グライフ
日本版リステージ:アンディ・セニョールJr.
出演:平間壮一、甲斐翔真、遥海、加藤潤一、RIOSKE、佐竹莉奈、塚本直、吉田広大、チャンへ、長谷川開、小熊綸、ロビンソン春輝、吉田華奈、Zinee(観劇回のキャストのみ記載)
公演期間:3/8〜4/2(東京)、4/7〜4/9(大阪)、4/12〜4/13(愛知)
上演時間:約2時間45分(途中休憩25分)
作品キーワード:ロックミュージカル、LGBTQ+、エイズ、ラブストーリー
個人満足度:★★★★★☆☆☆☆☆


1996年にブロードウェイで初演され、そこから日本を含む世界で15カ国以上で上演されたきたミュージカル『RENT』を観劇。
今回の作品は、東宝製作のもと日本人キャストで上演された。
私自身は、ミュージカル映画『RENT』(2005年)をU-NEXTで視聴したのみで、舞台ミュージカル版は初めての観劇となる。

物語は、1991年の若いアーティストたちが集うニューヨークのイースト・ヴィレッジを舞台に、家賃を払えないほどの貧困に耐えながら、そしてエイズ、薬物中毒、LGBTQ+でもありながら、夢を追い続ける若者たちの青春ミュージカルである。
主人公のマーク(平間壮一)は、映像作家志望で日々の日常をビデオカメラで映像として撮り続けていた。
友人で元ロックバンドアーティストのロジャー(甲斐翔真)は、自分がエイズであることで元恋人と失恋し落ち込んでいた。
しかし、同じアパートに住むミミ(遥海)に好かれて彼女からアプローチされるが、ロジャー自身はエイズであることを理由に彼女に対して心を閉ざしていた。
そんな中、モーリーン(佐竹莉奈)は若者をこの街から立ち退かせようとするベニー(吉田広大)から抗議ライブをしようとするが、ベニーたちも必死で対抗し...というもの。

まず素晴らしかったと思うのは、劇中に登場する楽曲の格好良さ。
私が普段『レ・ミゼラブル』や『ミス・サイゴン』といったオーケストラ中心のミュージカルを観劇するので、今作のようなロックミュージックが使われたミュージカルというのを初めて観たのでその点が新鮮だった。
その上、1990年代後半に初演のアメリカミュージカルなので、「グリーン・デイ」といった洋楽アーティストの楽曲の曲調に近くて、当時のロック音楽、青春パンク音楽好きには刺さるのではないかという楽曲で素晴らしかった。
ロックミュージックだけでなく、タンゴやバラードなど幅広いバリエーションで構成されているので、楽曲に関してはかなり好きになれるものが多いミュージカルだった。

ただ、時代設定が1980年代のアメリカであり、同性愛者同士によるエイズ患者が増えていたという社会問題を踏まえた上での話なので、やや日本人には馴染みが薄い部分があったり、そもそも題材として日本人キャストがこの作品を上演することによって、何か本家と良い意味で差別化出来るのかと考えると疑問が残ったので、できれば来日公演といった海外キャストで観た方が良かったかなという印象だった。

あとは、全く作品のことについて何も知らない、ストーリーも知らない人が今作を観た時にどう感じたかが興味ある所で、詳しい時代設定の説明やエイズの描写に対する説明が乏しかったことに加え、歌中心なのでストーリー自体も追いにくいと感じたので、予め予習をして時代背景とストーリーを知ってから観劇することを強くオススメする。

キャストに関しては、実はマーク役の平間壮一さんとロジャー役の甲斐翔真さん以外は存じ上げなかったのだが、凄く個性豊かで声の迫力も素晴らしかった。
特に、ミミ役を演じた遥海さんの『Out tonight』のソロパートや、モーリーン役を演じた佐竹莉奈さんの『Over the moon』でのソロパートとパフォーマンスが素晴らしかった。

ロックミュージック主体のミュージカルで圧倒的熱量で迫ってくる作品なので、ぜひ映画等を視聴して予習をした上で、このミュージカル作品で描かれる登場人物たちの熱量と生きづらさ、そして今日を大切に生きようと前向きにさせてくれる素晴らしさを、自分の目で確かめて頂きたい。

写真引用元:ステージナタリー ミュージカル「RENT」より。(写真提供:東宝演劇部)


↓『RENT』Blue-ray



【鑑賞動機】

『RENT』というミュージカル作品は来日公演があった2022年から耳にしていて興味を持っていて観劇してみたいと思っていた。今はブロードウェイ・ミュージカルを色々と観てみたいと思っていた時期なので、タイミングとして非常に良かった。
今回は東宝が製作ということで、日本人キャストであれば見やすいかなと思い観劇することにした。


【ストーリー・内容】(※ネタバレあり)

ストーリーに関しては、私が観劇して得た記憶なので、抜けや間違い等沢山あると思うがご容赦頂きたい。

1989年12月24日のクリスマスイブ、ニューヨークマンハッタンのイースト・ヴィレッジ、マーク・コーエン(平間壮一)は映像作家を目指していて、いつも片手にカメラを持ちながら自分の周囲の日常を撮影していた。今日も親友のロジャー・デイビス(甲斐翔真)が薪で暖を取っている姿をマークは撮影していた。
そこへ、ベンジャミン・コフィン3世(吉田広大:以下ベニー)がやってくる。マークたちに家賃の取り立てにやってきた。ベニーは家賃を支払わないと電気などライフラインを全て止めると脅してくる。しかしマークたちには、家賃を支払うお金は持っていなくて貧しかった(このシーンで楽曲『RENT』がかかる)。
トム・コリンズ(加藤潤一)は、寒さに凍えるエンジェル・デュモット・シュナール(RIOSKE)と出会い、お互い同性を好きになる。

ロジャーはつい最近彼女と失恋したばかりで落ち込んでいた。それは、付き合っていた彼女がエイズであることを打ち明けたからでした。ロジャーは自分もエイズにかかったこともあってふさぎ込んでいた。
そこへ、ろうそくを持った同じアパートの下の階に暮らすミミ・マルケス(遥海)がやってくる。そして、ロジャーに向けてここにあるろうそくに灯りを灯して欲しいと言う。灯りを灯した二人は、お互い惹かれ合うことになる(このシーンで楽曲『Light My Candle』がかかる)。
クリスマス、マークとロジャーがいる部屋の元へコリンズがやってくる。コリンズは、同性愛の恋人が出来たとエンジェルを紹介する。エンジェルは、女装したクリスマス衣装で登場して『Today 4 U』を歌い上げる。途中、バチを持って周囲の机や天井を叩き演奏しながら歌う。

ベニーは、再びマークたちに家賃の取り立てにやってくる。ベニーの話には、どうやら近所にサイバーアートスタジオを建設して、その施設はマークたちも無償で使って良いからそこに移動することを進める。その代わり、モーリーンがやろうとしている立ち退き反対の抗議LIVEを中止させるように言う。マークたちは、モーリーンの抗議LIVEの中止に反発した。
マークは、抗議LIVE準備中のモーリーン・ジョンソン(佐竹莉奈)から電話がかかってくる。モーリーンは、今抗議LIVEの機材準備中で、その機材準備にハーバード大学卒業の女性弁護士であるジョアンヌが担当しているのだが、どうやら苦戦しているようなので手伝いに行って欲しいと言う。
マークは、機材セッティング中のジョアンヌ・ジェファーソン(塚本直)に出会う。マークはジョアンヌをサポートしているうちに、モーリーンに対する印象に対して意気投合していき、楽曲『Tango: Maureen』で二人はタンゴに合わせて踊る。

ブルーで豪華な衣装に着替えたミミは、楽曲『Out night』をソロで歌い上げ披露する。そして、ロジャーに惹かれていることを打ち明ける。しかし、ロジャーは自分がエイズであることからミミが自分に近づいてくることを拒む。
街中で、とあるホームレスの女性が警官に暴行されているのを、マークたちは助けるがマークはそれをビデオカメラで撮影していたことが理由で、ホームレス女性は礼も言わずに去っていく。
コリンズとエンジェルは結婚することを誓い、一緒に暮らすことを約束する。

モーリーンの抗議LIVEが始まる。モーリーンは、楽曲『Over the moon』を披露しながら抗議をする。映像を駆使して牛乳を飲み干すパフォーマンスを行ったり、月にジャンプするパフォーマンスやミッキーマウスが登場したりする。しかし、警官たちがやってきて、モーリーンの抗議LIVEは中断する。
雪降る中、イースト・ヴィレッジに住むホームレスたちは警官たちに統制され、モーリーンの抗議LIVEを聞いていた人たちは、ぞろぞろと退散していく。

ここで幕間に入る。

キャストがステージ上に横一列になって、楽曲『Seasons of Love』を披露する。
モーリーンの抗議LIVEから退散した一同はカフェに入り込む。そこには、スーツ姿のベニーたちもいた。マークたち一同はベニーたちを追い出して、カフェの食卓上で楽曲『La Vie Bohème』を歌い上げる。
そしてロジャーはミミもエイズであることを知り、自分もエイズであることを打ち明けてお互いキスをし、愛を確かめ合う。セクシュアルな映像が流れる。

マークたちがアパートに帰ると、家賃を支払っていなかったせいで住まいを追い出されていた。
ロジャーとミミが愛し合っている間、エンジェルのエイズの病状は悪化していて、エンジェルはベッドに横たわっていた。そのそばにはコリンズが付き添っていた。
そして、エンジェルは息を引き取った。ミミは今日がハロウィンで良かった、エンジェルが好きな祭日だからと言う。皆でエンジェルを弔う。

マークはエンジェルの死から、今まで家族としてコリンズやロジャーたちと一緒に行動してきたけれど、考え方を改めてテレビ局の仕事を受けることになる。
ロジャーもミミと仲違いしたこともあって、サンタフェへ行って自分のやりたいことをするがためにニューヨークを出発する。コリンズは、今まで家族のような存在だった私たちが崩壊してしまうと嘆く。
そんな中、ミミはヘロインの薬物中毒で倒れてしまい、ベッドで横たわっている。マークやコリンズたちはロジャーにミミの状態を説明して連絡する。ロジャーが帰ってくる。
ミミは意識がなく、そのまま生き絶えたかに思えた。しかし、ミミは息を吹き返す。そして、彼女は夢の中でエンジェルに出会ったことを話す。そしてロジャーの歌を聞くように言っていたと言う。
一同は、楽曲『Finale』で「No day but today」と高らかに叫んで上演は終了する。

私自身が、観劇する前にしっかり映画版『RENT』を視聴して十分に予習出来てなかったので、特に第2幕に関してはストーリーがうろ覚えなので間違っている部分や抜けている部分も多いと思う。ただ、そんなストーリーが曖昧な状態だった私にとって、今作の観劇はだいぶ置いていかれてしまった印象を受けた。そのくらい、内容としては没入しにくい構成になっていて勿体なく感じた。ブロードウェイミュージカルでロングランヒットしたミュージカル作品としての素材の素晴らしさと、楽曲の素晴らしさと、キャスト陣の素晴らしさがあったから尚更そう感じてしまった。
正直、楽曲と楽曲を繋ぐストレートプレイの部分が、事前に物語を知っている前提のような進め方に感じて、ついていくのが大変だった。また、ミミが終盤で危篤状態になったのは薬物中毒が原因であったことや、エンジェルの死因がエイズであったということも、完全にストーリーに触れたことがない観客だったら気がつけるのだろうかと思うと疑問でもあった。そこに関して劇中で強く言及しているシーンがないように感じた上、今を生きる日本人にとっては薬物中毒やエイズで苦しめられる若者という設定があまり身近でないような気もするから尚更そう感じた。
そう思うと、観客にはストーリーに没入してもらうと言うよりは、役者の歌や楽曲の迫力に感動して欲しいがための上演だったようにも思う。映画版の方が作品に対する理解度も深められたので、やはり映画版での予習のあとに今作を観劇することが推奨されると思う。

写真引用元:ステージナタリー ミュージカル「RENT」より。(写真提供:東宝演劇部)



【世界観・演出】(※ネタバレあり)

とにかく今作は、ミュージカルとしての楽曲がどれも格好良くて好きで、観劇後もサントラをダウンロードしてリピートしてしまうくらい強く印象に残るものが多かった。
舞台装置、舞台照明、舞台音響、その他演出の順番で見ていく。

まずは舞台装置から。
劇場がシアタークリエという客席数600人規模の中劇場なので、帝国劇場や赤坂ACTシアターのような大劇場ではないので、舞台装置が大きく移動したりなどの大掛かりな仕掛けはなかった。しかし、非常に背の高いまるでアスレチックのような舞台装置が立ち並んでいた。
まずステージ上の下手側から上手側に向かって客席に対してコの字を描くような形でアスレチックのような舞台装置が立っていた。下手側と上手側の出っ張った部分の最上部は、電話がかかってきて電話越しの相手がそこで会話をする時に使っていた印象。ステージの中央奥の部分の最上部には、奏者が横一列に並んで演奏していた。ドラムやギターやキーボード、ベースなどがいた。
アスレチックのような舞台装置には、所々はしごのようなものも設置されていて、それを使って装置の上部へと登ることも出来る仕掛けになっている。また、アスレチックはしっかりと建物の様相はしていないのだけれど、なんとなく住まいのようにも見えて安い賃貸アパートにも見えてこなくはない辺りが絶妙に感じた。
またステージ中央上部には、スクリーンもあって映像も投影出来るようになっていた。

次に舞台照明について。
やはり一番印象に残っているのは、ミミが独唱する『Out night』のシーンでのブルーの照明。映画版でもそうだったが、月夜をイメージさせる青白い照明がずっとミミに当たっていて、そこでミミが歌いながらパフォーマンスするシーンは見どころとして一番印象深いし好きだった。このシーンに差し掛かるタイミングも、カットインで一気に青白い照明がミミにガバっと当たって音楽がかかり始めるので、「お、なんか始まる!」とワクワクさせる演出が好みだった。
あとは、エンジェルがエイズで死んでしまうシーンで、中央にエンジェルが立っていて、そこにまるで昇天するかのような白い照明が上から当たっているシーンも印象に残った。私はこれだけでも、エンジェルが死んだのだなと伝わってくるし、敢えて「死」という言葉を劇中の台詞で登場させないでこのように演出した方が良いと感じたので、凄くなるほどと納得させられた。
ただ、雪が降り仕切るシーンの演出が、まるでプロジェクションマッピングのように舞台装置全体に白い斑点模様のようなものが地面に降ってくるように照明を使って演出していた点については、自分的にはピンと来なかった。そもそも雪が降るスピードが早いしもっと観せ方あるんじゃないかと思った。

次に舞台音響、というよりは楽曲について。
ミュージカル『RENT』の一番の魅力は個人的にはバラエティ溢れる楽曲の素晴らしさだと思っている。そして好みでもあると思うが、どの曲も好きでサントラをダウンロードしてリピートしてしまうくらい虜になった。
一番好きな楽曲は、『Seasons of Love』『RENT』『Our tonight』の3つが同率。
『Seasons of love』は非常に落ち着いた感じの楽曲だが、コーラスっぽくて凄く心にグッとくる。映画版ではいきなりオープニングからこの楽曲が流れて一気に心を掴まれたが、ミュージカル版ではオープニングではなく、幕間後の最初に登場する。1年を分に直した52万5600分という数字が、まさに今作のテーマである「No day but today」にも通じている感じがして、今を生きようと強く思わせてくれる最高の楽曲である。
序盤に登場する『RENT』も個人的には大好き。私は今までオーケストラによるミュージカルを基本的には見てきたので、ロックミュージック、しかも「グリーン・デイ」などに代表される2000年代の青春パンクロックをベースとした音楽で、私の好みにドストライクなミュージカルが聞けて新鮮で且つ衝撃を受けた。ロックミュージックをミュージカルにするという発想は、たしかに考えたことがなかったけれど凄く良かった。ただ、映画版と違って今作に限っては『RENT』のパートは存在感が薄いような感じがしたので、もっと序盤で盛り上げて欲しかった。
『Out tonight』は、最高過ぎて大きな拍手をしてしまった。この楽曲を歌い上げていた遥海さんの熱唱が素晴らしかったのもあるのだが、「アワートゥナイト」と叫ぶ部分が本当に惚れ惚れする歌いっぷりで何度でも聞いていたいと思った。そしていかにもアメリカのミュージカルだなという感じで、個のキャストの歌声を轟かせる、そしてパフォーマンスまで含めてヒロインが披露するというシーン構成も、欧米のミュージカル的で好きだった。
他の楽曲は『Today 4 U』も個人的には好き。映画版ではエンジェルがいきなりクリスマス衣装の女装をしてバチを持って踊りだすので戸惑ったが、逆に今作ではエンジェルの個性豊かな部分をより引き出す側面が強くてどんどん好きなパートになっていった。やっぱりこうやって、楽曲を用いて印象に残るシーンを創り上げている点に関して、ブロードウェイミュージカルは日本初のミュージカルと比べてワンランク上を行っているなと感じる。ただ、今作におけるエンジェルのバチによる生演奏も見てみたかった。役者の技量的にそこまでは難しかったのだろうか。
また、パンクロックやバラード、タンゴといった様々なバリエーションの楽曲を使ってミュージカルに仕立てている点も新鮮で非常に楽しませて頂いた。『Tango: Maureen』がまさにタンゴのシーンだが、マークとジョアンヌがタンゴに合わせて踊るシーンは良かった。

最後にその他演出について。
まず、マークが映像作家というのもあって、マーク自身がビデオカメラを持ちながら、そこで撮られた映像をそのままスクリーンに投影するという演出手法がなかなか面白かった。というのは、最近色々観劇しているとその手の演出が流行っているのかと思わせるくらい遭遇率が高いからである。たしか、2021年9月に上演された舞台『Birdland』でも似た演出があったり、2022年2月に上演されたKERA CROSSの『SLAPSTICKS』でも似た演出があった記憶である。今ステージ上で起きていることをそのままスクリーンに投影するというのは、たしかに映像ではあるのだけれど、今舞台上で起きていることなのでLIVE性もある。LIVE性と映像という2つの要素が融合しているからこそ面白く客席からは観られるのかなと思って、積極的に導入しているのかと思う。それが効果的だったかどうかはわからないが、マークが必死で日常の記録を撮り続けている様子が伝わってくるし、結構主人公がマークであるといのもこの演出で決定づけられている気がした。
あとは、何と言ってもモーリーンの抗議LIVEのシーンの迫力だろうか。このシーンもかなり映像を多用しながらの進行だった。砂漠に牛が登場したり、ブルドッグが登場したり、月が登場したり、挙げ句の果てにはミッキーマウスの耳まで映像で登場した。牛乳を飲み干す演技や、高らかに抗議運動の演技をする佐竹莉奈さんの演技の素晴らしさは後述するとして、このシーン、ちょっとナンセンス色が強すぎて正直内容は全然理解出来なかった。砂漠で喉が乾いてカラカラで、月までジャンプしたいみたいな内容だが、おそらくイースト・ヴィレッジに住む貧困のアーティストやクリエイターたちは、砂漠で水がなくて喉がカラカラ状態のように困窮していて、月という絶対に手の届かないような理想郷へ今にも移り住みたいという願望を訴えているのかなと推測した。モーリーンの演説中に、彼女はずっとカウベルのようなものをカラカラと鳴らしていた。観劇中はそのくらいの認識だったけれど、『Over the moon』の歌詞を踏まてて改めて考えてみると、その空虚なカウベルの音は貧しい若いアーティストたちの困窮に喘いだ悲鳴のようにも聞こえてきた。だからこそ、そのカウベルの音を強調させていたのではないかと思った。
ミミとロジャーのキスシーンでは、実際に二人がキスしていた演出があったことに代表されるように、今作では凄く性的な描写が過激に扱われていたように感じた。実際に映像でも裸の腹部を男性と思しき手で愛撫されるのが流れていたりと、なかなかセクシュアルな演出を入れ込むなとちょっと私も引き気味だった。しかし、こんな演出を入れ込んだ意図を考えてみると、そこには二人がエイズであり、それまではエイズであるが故の距離感があったことを強調させるものだったのかなと思う。ロジャーは自分がエイズだった訳で、それをミミに移したくはなくて彼女に壁を作っていた。しかしミミもエイズだと知って、その壁が壊された。その壊されたことを意味するためにわざとキスをする演出を入れたのかなと思う。ある種俗っぽさを際立たせるために、それを日本人にも上手く伝わるように敢えて入れた演出なのかなと考えた(違っていたらすみません)。

写真引用元:ステージナタリー ミュージカル「RENT」より。(写真提供:東宝演劇部)


【キャスト・キャラクター】(※ネタバレあり)

平間壮一さんと甲斐翔真さん以外は実は存じ上げないキャストさんだったのだが、皆演技も上手いし歌も上手いし大満足のキャスティングだった。
特に印象に残ったキャストについて見ていく。

まずは、マーク・コーエン役を演じた平間壮一さん。Da-iCEの花村想太さんとWキャストだが、私は平間さんの回を観劇。平間さんの演技を観ること自体初めて。
結論、とてもはまり役だなと思った。キャラクターとしては、映像作家を目指していていつも片手にビデオカメラを持って日常を撮影していることから、どこか傍観者的な立ち位置にいる感じがする。今作を観劇する観客も傍観者的立ち位置なので、割と私たちはマークの立ち位置になって一部終始を見ている錯覚にもなる。
常に冷静にいるような感じがして、ロジャーやコリンズ、エンジェルたちと違って特に情熱的に恋に落ちる訳でもなく、明るく器用に終始振る舞っている。だからこそ、情熱的なロジャーを親友におくのかもしれないが。そんな役を見事平間さんは演じていたと思う。

次に、ロジャー・デイビス役を演じた甲斐翔真さん。甲斐さんは、2021年5月にホリプロ版のミュージカル『ロミオ&ジュリエット』のロミオ役で一度演技を拝見したことがある。
甲斐翔真さんはとにかく体格が良くて、迫力ある力強い演技が印象的。ロミジュリでもその個性が活かされたロミオ役を演じられていたが、今作でもまさにロジャーはそんなロックバンドアーティストなのでハマり役だった。だからこそ歌声にも力があって、ロックミュージックのベース音にも引けを取らないくらいの迫力があった。
キャラクター性としてのロジャーの格好良い所は、エイズによって元恋人を失ってしまって、それがトラウマになって次の恋に踏み出せなくて悩んでいたが、そこにミミという女性が現れて、とても異性として惹かれ合うのだけれどエイズが邪魔をして葛藤する感じがとても好きだった。そこには優しさもあって、優しさとエイズを克服出来ない貧しさから悩まされるロジャーの生き様に強く魅了された。

次に、ミミ・マルケス役を演じた遥海さん。
最初はろうそくを持ってこっそりロジャーの元にやってくるおしとやかな女性かなと思うが、『Out tonight』を歌い上げるシーンで大幅に衣装もイメージも変えて登場するシーンのあのギャップが素敵だった。個人的にはそのギャップで完全にミミの虜になった。あの高らかに歌い上げる歌唱力の高さも素晴らしかったし、欧米の女優のようにオーバーなダンスパフォーマンスによってしっかり観客を引きつける演技がまた素晴らしかった。

モーリーン・ジョンソン役を演じた佐竹莉奈さんも素晴らしかった。
何と言っても、『Over the moon』の抗議LIVEのシーンの存在感が物凄い。『Over the moon』の歌詞の中で、歌声に伸びが必要な箇所が何箇所かあるのだが、そこを最大限に伸ばして歌い上げていたので、客席からも拍手が巻き起こっていた。歌声もそうだが、パフォーマンスという点でも素晴らしくて、『Out tonight』を披露したミミ役の遥海さんとはまた違う、ミュージカル女優というよりはパフォーマーという感じがした。あの独特な演出と展開が見事に惹きつけられた。

ジョアンヌ・ジェファーソン役を演じた塚本直さんも個人的には良かった。
あのインテリな感じが、今回のキャストだと浮いて見える。しかし、あの黒縁メガネのエリートな女性の感じに惹かれてしまう。凄く良かった。

写真引用元:ステージナタリー ミュージカル「RENT」より。(写真提供:東宝演劇部)


【舞台の考察】(※ネタバレあり)

ここでは、ミュージカル『RENT』のことについて様々な背景知識を踏まえて考察していこうと思う。

『RENT』は、1996年にブロードウェイ・ミュージカルとして初演され、ピューリッツァー賞戯曲部門、トニー賞ミュージカル作品賞、ミュージカル脚本賞、オリジナル楽曲賞の三部門を受賞し、評価を受けた作品である。世界15ヵ国で上演されて2005年には、ほぼミュージカル版のキャストのまま映画化までされた。
この作品は、ジョナサン・ラーソンという作曲家・脚本家によって作られた作品だが、プッチーニのオペラ『ラ・ボエーム』の甘く美麗な世界(1830年から1831年のパリ・カルチエラタン)を現代の粗暴な喧噪の中(1989年から1990年のニューヨーク・イーストヴィレッジ)に置き換えるという構想があってことによって誕生したようである。
このジョナサン・ラーソンという人物は、『RENT』のプレビュー公演の初日に急死しており、彼の自叙伝に関してはNETFLIX映画『tick, tick... BOOM! 』(2021年)でも綴られているようである。

『RENT』という作品が改めて素晴らしいと感じるポイントはいくつかある。
一つは、青春パンクロックという音楽ジャンルをミュージカルに落とし込んだ点である。これによって、主流派ブロードウェイ・ミュージカルとロックミュージックという全く別のジャンル同士をかけ合わせて、今までになかったタイプの作品を生み出したことである。私自身も、『レ・ミゼラブル』や『ミス・サイゴン』といった伝統的なミュージカルをメインに観てきたので、このようなロック・ミュージックをベースとしたミュージカル作品に新鮮さを感じた。
そしてもう一つが、今まで作品として、特にブロードウェイミュージカルとして取り上げることはなかった、LGBTQ+を題材として取り入れた内容で作品が作られている点である。2023年現在では、日本でもLGBTQ+に関する社会的な理解は以前よりは進んでいると感じているので、そういったテーマを題材とした作品が作られても驚きはないが、1996年という25年以上前の世界で同性愛を取り入れた作品が世界的に評価されたというのは、私が想像する以上に革新的な出来事だったに違いない。そして、そういったセンシティブなテーマをミュージカルに落とし込んだジョナサン・ラーソンという人物の凄さも感じられる。
そういった意味で、『RENT』という作品がブロードウェイで評価されたというのは、当時からしたら大事件で、これによってミュージカル史も大きく変わったのだろうなということが容易に想像出来る。

2023年現在では徐々に収束しつつあるのがエイズ問題である。1970年代から1980年代にかけてエイズが広まった。当時、エイズ感染に関して同性愛間での対策は何もされてこなかったがために、同性愛同士での感染が爆発的に増えたと言われている。だからエイズは、「ゲイのガン」とも呼ばれたのだそう。
1970〜1980年代というのは、まだ世間一般的に同性愛に対して理解がなされない時代、同性愛者たちはエイズ感染によって苦しむと同時に、社会的にも差別されることが多かったようである。そんな二重苦と戦いながら、必死に生きてきた時代があった。
『RENT』でも、コリンズとエンジェルはエイズ感染者且つ同性愛者である。社会的にはマイノリティとみなされ、保護の対象とならず差別される身の上だった。きっと、エンジェルがコリンズと出会った時、お互い同性愛者でエイズに感染しているという同じ悩みに悩まされて惹かれ合った時、彼らは人一倍運命的な出会いと感じたに違いない。それを、エンジェルのクリスマスの女装のダンスが示しているように思える。
だからエンジェルが亡くなる時も、それはエイズによって命を落としたことは嘆かわしいけれど、コリンズという素敵な男性に看取られながら亡くなったというのは、孤独で亡くなっていくよりずっと幸せなことだっただろう。

2023年は、エイズに関しては感染者数も少なくなってきていて、LGBTQ+への理解も以前よりは進み始めた世の中であるのかなと個人的には思っている。だからこそ、かつてはそんな酷い時代があったことを、この作品をとおして忘れてはいけないなと思ったし、そういった前提知識を踏まえた上で、もっと多くの人々にこの作品の魅力を知ってもらいたいと思っている。

写真引用元:ステージナタリー ミュージカル「RENT」より。(写真提供:東宝演劇部)


↓映画「RENT」



↓甲斐翔真さん過去出演作品


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