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舞台 「ハヴ・ア・ナイス・ホリデー」 観劇レビュー 2022/07/15

【写真引用元】
第27班 Twitterアカウント
https://twitter.com/TeamThe27/status/1532679115597299712/photo/2

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公演タイトル:「ハヴ・ア・ナイス・ホリデー」
劇場:こまばアゴラ劇場
劇団・企画:第27班
作・演出:深谷晃成
出演:鈴木あかり、藤木陽一、佐藤新太、大垣友、成瀬志帆、箸本のぞみ、もりみさき
公演期間:7/7〜7/18(東京)
上演時間:約120分
作品キーワード:SF、ファンタジー、社会問題、少子化
個人満足度:★★★★★☆☆☆☆☆


深谷晃成さんが主宰する劇団「第27班」の舞台作品を初観劇。
三鷹市文化芸術センター星のホールが開催する、MITAKA "Next"Selectionにも選出されたことがある実力派若手劇団である。
今作は当劇団の新作公演として、劇団としてもかなり力を入れての公演だったようで観劇することにした。

物語は、「不老薬」が開発された世界での話。
その「不老薬」を飲み続ければ、病気や事故で死ぬことはあっても、老衰で死ぬことはなくなり今の自分でずっと生きることが出来るという設定。
その「不老薬」は過疎化した「みらいの村」に移住した若者のみ買う権利がある。この「みらいの村」では、大きく分けて2つの物語が進行する。
一つは、村のラジオ局を占拠して勝手にラジオを流していたミュージシャンの玉置一(大垣友)に憧れる、村に移住してきた2人の男女の話。
もう一つは、子供を産むために村に移住してきた夫婦の話である。

非常にSF要素の強い作品に思えるかもしれないが、舞台セットが非常に樹木や花で覆われていて自然豊かで、ファンタジーの世界といった方が雰囲気は合っているかもしれない。
こんな不思議な世界観を演劇作品では観たことなかったので新鮮に感じた。それに加えて、この作品が訴えかけるメッセージに関してもユニークなものがあった。
人間以外の他の生物は、種を守るために必死で子作りをして子育てをしなければならず、自分の人生を豊かにしようなんて発想はないだろう。
しかし、科学技術が発達してほとんど種を滅ぼすような危険な存在がなくなった人類は、自分の人生を自由に豊かに謳歌出来るようになった。
それは一見幸せで素晴らしいことのように感じるかもしれないけれど、自由と愛は両立出来ないし、それはそれで生き方に悩みも生じうる。
そしてそれはやがて緩やかな衰退をも引き起こす。
このメッセージが、なんとも今の人類がまさに迎えようとしている21世紀における悩みであるようにも感じられ、そこには少子化、過疎化、女性の社会進出といった社会問題(女性の社会進出は社会問題ではないが)も混ざり合っていて興味深かった。

そして役者陣の演技も皆素晴らしく、特に佐藤新太さんの馬鹿正直で真っ直ぐな好感の持てる男性を熱演されていたこと、成瀬志帆さんが良い感じにサバサバした女性役を演じていてフラメンコシーンは最高だった。
もう少し作品自体が面白くなるように、脚本を推敲しても良いかなと感じたが、十分これからの活躍に期待できる劇団なのではないかと感じた。
次回公演も観に行きたい。

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【鑑賞動機】

劇団「第27班」は昨年あたりから名前をよく目にするようになり、気になっていた演劇団体。Twitterでの過去公演の評判も良い上、MITAKA "Next"Selectionにも選出されているという実績のある若手劇団なので観劇しようと思った。特に今作は当劇団としての新作公演、かなり劇団として力の入った作品に感じていたので観劇した。


【ストーリー・内容】(※ネタバレあり)

飲むと老化が止まる「不老薬」が開発された。病気や事故で死ぬことはあるが、老衰することはない。この国では過疎化した「みらいの村」に移住した若者のみ、その薬を買う権利がある。
「みらいの村」の総合受付では、瀬戸理解(箸本のぞみ)という村役場の窓口をしている女性がいる。そこに「不老薬」を求めて双葉暖(成瀬志帆)という女性が移住してきて村民になる。
彼女は「みらいの村」に入るとタクシーに乗り込み移動する。タクシーは、土屋満点(佐藤新太)という男性が運転をしていた。双葉はあまりにも村の過疎化が進んでいて寂れている様子を見て、どこで買い物をしているのか、とかどうやって生活をしているのかなどと土屋に聞く。土屋は基本車で移動して買い物をすることを告げると、双葉は面倒くさそうにする。土屋はいつでもタクシーを呼んでくださいと双葉に新説に言うが金がかかると不平不満を言う。
タクシー内では、陽気にラジオがかかっていた。ラジオは玉置一(大垣友)というミュージシャンがラジオ局を占拠して放送していた。土屋は玉置のラジオが好きだった。

一方、必死に蜂の巣にいる子供に餌を丸めて与えるセグロアシナガバチの働き蜂(もりみさき)がいた。その様子を小島景色(鈴木あかり)が見守っていた。小島が住む家の庭にセグロアシナガバチは巣を持っていた。

総合受付にいる窓口の瀬戸は、この「不老薬」について様々な問い合わせが電話であり、それを返答していた。例えば、村を出て行ったら「不老薬」はどうなるのかという質問には、村を出た時点で「不老薬」を買う権利がなくなり、そこから老いが再び始まるという。「不老薬」を人にあげたらどうなるかという質問には、違法行為にあたり罰せられると答える。

双葉を乗せたタクシードライバーの土屋は、車で何かを轢いてしまう。狸かと思って車を停めてみると、そこには人が倒れていることが分かる。ついに人を殺してしまったのかと土屋は号泣し始める。そんな土屋の様子を冷静になだめる双葉。
どうやら轢いてしまったのは、玉置一というあのラジオ局のミュージシャンだった。思いっきり頭を前輪と後輪で轢かれたが、血を流していても命に別状はない様子で普通に会話していた。
土屋はそのまま玉置を車に乗せて進行する。今もラジオは流れているので、てっきりラジオは生放送なのかと思っていたが録音だったと発覚する。
その夜、土屋と双葉と玉置は3人で夢について語り合う。玉置には、音楽、自然など愛すべきものが沢山あってそれらを愛しながら自由に生きていた。そんな姿に土屋は憧れる。双葉も将来は宇宙に行きたいという夢を持っていた。土屋は宇宙という壮大なスケールの夢があって羨ましいと憧れる。
どこからか発砲音がした。双葉と土屋はびっくりするが、玉置はあれは録音で、村から無断で脱出しようとする人を昔は銃で脅していたが、今はそれがなくなって録音に変わった名残であると言う。それでも現在は、バイトが銃を持って夜は村内を巡回していると言う。

小島屋上(藤木陽一)は銃を持って夜のバイトを終えて家に帰ってきた。妻の景色が出迎える。しかし屋上が酒臭いことに気がつくと、景色は屋上にバイト中に酒を呑んだのかと厳しく追求する。少しぐらい良いではないかと屋上は景色をなだめる。
屋上は景色がただ子供が産みたいがために結婚しているだけの、形だけの夫婦になっていることに腹を立てる。愛はどこにいったのかと。最初は素直に口を聞いてくれなかった景色だったが、散々の口論の末に上手く屋上は景色とのセックスに持っていく。

朝、小島家の隣には双葉が引っ越してきて、小島屋上と双葉はばったりと外で遭遇する。屋上は双葉をナンパしようとするが、双葉はそれを振り切って立ち去りタクシーに乗る。

土屋は玉置がやっているラジオ局にお邪魔し、玉置に会いに行く。丁度ラジオの録音中で土屋もラジオに出させてもらうが、玉置が自分で自分の顔にビンタしているのに、ラジオの録音では土屋が玉置をビンタしているようになっていて、土屋は止めさせようとする。

セグロアシナガバチは必死で子供に餌を与えているが、その様子を見ている小島景色はもう子供は死んでいるよとささやく。でも子供が死んでいると認めたくないから餌を与え続けるんだよねと。
小島景色自身も以前子供を産む直前に亡くしていることを告げる。景色は職場の上司と付き合っていて子供を授かった、しかし子供を腹の中で亡くしてしまった。職場の上司の対応は酷いものだったが、その時そばに寄り添ってくれたのが職場の同僚の屋上だった。
小島屋上は学歴だけが取り柄で、あとは馬鹿だった。けれど、あの時はずっと優しく接してくれたから結婚して子供を産もうと思ったのだと言う。

双葉も玉置のラジオ局に遊びに行く。
双葉は玉置に音楽をかけてもらい、フラメンコを踊り出す。フラメンコを踊りきったあとの双葉はとても清々しい表情を浮かべ、満足げに水分補給をした。
玉置は自由と愛について語り始める。自由に生きようとすると、何かに対する愛を捨てなければならなくなる。音楽を愛して自由を謳歌しようとすると、スポーツや自然への愛を捨てなければならなくなる。それが非常に苦しいのだと言って発狂し始める。
そして、そのまま玉置は死んでしまう。

玉置はこの村の8割くらいの人から嫌われていた。
土屋はまた号泣する。玉置が死んでしまったことと、なんでこんなに優しく純粋な人を皆嫌うのだろうということに対して。そして死因については、もしかしたら土屋がタクシーで玉置の頭を轢いてしまったこともあるのかもしれないと思うと、余計に土屋は号泣していた。双葉はそれを冷静に慰めていた。
双葉は玉置にギターを教わりたかったなあと呟く。
瀬戸が玉置の骨箱を抱えて現れる。そしてタクシーに乗り込む。双葉と土屋は、瀬戸にいつも総合受付で仕事ばかりしていて、休日は何しているのかと尋ねる。瀬戸は、総合受付こそが自分のやりがいであり、それ以外は特に何もしていないと言う。

以前「みらいの村」には、夫婦が出産目的で「不老薬」を求めて移住してくることが多かった。なかなか妊娠しない夫婦にとって、「不老薬」で老いることのない状態で時間を過ごすことで、妊娠するタイミングを作るためである。そして妊娠したらこの村を去っていた。小島夫婦もそうだった。
しかし、最近では「不老薬」を飲んだ夫婦は不妊するという事例が増え始めていた。今製薬会社は「不老薬」と不妊に関する因果関係は見られるのか調査中である。その旨を問い合わせが来たときはそう返答するように瀬戸はしていた。暴言を含むクレームもあった。

小島家では、小島景色が屋上宛に離婚届を突きつける。屋上はやっぱりかとため息をつく。景色は子供作りを諦めたいのだと言う。そして離婚してこの村を離れたいのだと言う。
屋上もこの村を離れようかと言う。景色にはこの村に留まれば良いじゃないかと言われる。隣に住む女性(双葉のこと)、屋上と気が合いそうな女性ではないかと景色は言う。離婚した後ならお好きにしてどうぞと言う。
そして小島景色は身支度をして、土屋の運転するタクシーに乗り込む。その時、セグロアシナガバチも一緒にタクシーに乗り込む。景色は大切そうにその弱ったセグロアシナガバチを紙にくるんで乗せる。

小島屋上は、村の総合受付の瀬戸のところへ行って、なぜ「不老薬」を飲むと不妊するのかと尋ねる。それに関しては調査中で分からないと答える。
昔は「不老薬」を飲んでも妊娠する夫婦はいて、不妊するようになったのはここ最近の傾向であるという。まだ調査中なので何とも言えないと瀬戸は答える。

そんなこともあり、次第に「みらいの村」に移住する若者も減っていった。そして「みらいの村」の人口も減っていった。
瀬戸はしばらく村の総合受付の窓口で忙しかったが、仕事も減っていって忙しくなくなってきたので、休暇を取ることにした。双葉と土屋に言われたように、休暇日は家の掃除をしてゆっくり喫茶店でコーヒーを飲み、映画館で映画を観た。

瀬戸は一人語りする。
なぜ人は死ぬのか。元々は単細胞であり分裂することによって種を増やしていたが、環境の変化による絶滅を防ぐためにオスとメスが交尾をして子孫を残すようになった。そうすることによって、環境の変化にも適応出来る生物として種を存続させることが出来た。
ただ、親と子が交尾をすると血が濃くなってしまい産まれてくる子供が弱体化する現象に陥った。そんな現象に陥って種が弱体化しないようにするために、親は死ぬようになったのだという。
しかし、「不老薬」が開発されて人類は死ななくなったことによって、もしかしたら子供を産まなくてもよい体に変化したのかもしれない。つまり、「不老薬」を飲んだことによって不妊するのは、薬の副作用なのではなく、薬を飲んで人類が生物学的に変化したことが要因だったのではないかということである。
そして、子供を産まなくてもよくなった人類は、いかに自分の人生を自由に豊かに楽しく過ごせるかに焦点を当てられるようになった。ただ、それもいつかは必ず終わりはやってくる。子孫を残すことが出来なくなった人類は、そのいつか迎える終わりに向かって緩やかに衰退していく他なくなるのである。
ここで上演は終了する。

「不老薬」の開発というSF的な要素を、ここまで現代の社会問題を上手く絡めながらリアリティある物語に仕上げている脚本はあっぱれだった。「不老薬」という設定も、過疎化が進む村の閉塞感も皆馴染みのある設定なのに、そこを上手く絡めてユニークで新規性の高い物語に仕上がっていて興味深かった。
蜂を登場させるあたりがなかなかユニークで、その蜂という存在が全体を明るくファンタジックな世界観にしているような気がした。
ただ、個人的にはなぜかあまりグッと心動かされる要素がなくて、のめり込めたかというとそこまででもなかった。単純にもっとブラッシュアップした方が良いのか、自分が今作の作風に合わなかったのか分からないが、大きな満足感は得られなかったような気がする。
ただ、脚本としての着想は面白いし、色々考察出来る要素が残されているので優れた戯曲だったというのは間違いないのだと思う。

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【世界観・演出】(※ネタバレあり)

こまばアゴラ劇場という50席程度の小さな劇場なのだが、非常に豪華な舞台装置が作り込まれていて、さらにラジオ局が登場するくらいなので音響設備も充実、そしてフラメンコの演出もあって、かなり趣向の凝らされた舞台美術だった。
舞台装置、舞台照明、舞台音響、その他演出の順番で見ていく。

まずは舞台装置から。
舞台はもちろん「みらいの村」を表現しているのだが、閉塞感のある村というよりは樹木や花々に囲まれた自然豊かで美しい村といった方が雰囲気に合う言葉だと思う。明るめの色の照明が当たることによって舞台は非常に華々しく感じられて明るかった。
下手手前にはタクシーに見立てた座席が2列存在し、タクシーの正面が上手側に向くような形で並べられていた。その奥には少し高台になったところに玉置のラジオ局があった。マイクが設置されていて、そこで話をするとラジオ風に声が音声で聞こえる仕組みになっている。その頭上には、「ON AIR」と「STAND BY」のランプが置かれていて、ラジオが放送されているときは「ON AIR」が赤く点灯するようになっている。たしか「STAND BY」はグリーンだった気がする。
舞台中央奥には、蜂の巣をイメージした六角形の白いオブジェがくっついていて、その六角形のうちの一つが開閉できるようになっていて、そこにセグロアシナガバチの働き蜂が餌を与えていた。
舞台上手手前には、瀬戸がいる「みらいの村」の総合受付の窓口があった。黄土色の机が上手側から舞台中央に向かって伸びている。その奥には、小島家の庭のスペースがあって、そこにいつも小島景色がいたイメージ。
あとは全体的に飾り物の樹木が舞台全体に飾られていて、草木が生い茂っているような世界観を形成していた。また、沢山の色とりどりの花を咲かせた植木鉢も至る所に置かれていた。これらの装飾が世界観をファンタジックにしていたような印象もある。そして上手奥には、蜂の巣を想起させる茶色い網のようなものも垂れ下がっていた。さらに、下手側の草木が生い茂ったエリアには道路標識がいくつかあって、村の舗装されていない道路を想起させられた。
全体的に自然に溢れていて、舞台装置だけでも今まで出会ったことないような独特で新しい世界観が広がっていて素晴らしかった。

次に舞台照明について。
昼間の時間の照明と夜の時間の照明がまるで違うので、その違いが強く印象に残っている。昼の時間の明るい照明は、舞台装置の花々も相まって非常に明るくてメルヘンな世界が好きだった。一方で夜は、ダークブルーの照明が付けられていたと思うのだが、村のあの街頭が全くなくて真っ暗な感じが役者の顔が分かる範囲で上手く表現されていた気がする。
あとはなんといってもフラメンコシーンの照明が奇抜で格好良かった。照明を動かしながら、赤茶色のような色の照明で熱く激しく双葉を照らす感じが好きだった。
小島家の庭に夜に飾られていた、丸い球体の照明が沢山列になってくっついていて、それを首にかけられるようになっている作りものが印象的だった。果たして、この演出意図はよく分からなかったがファンタジー色の強い照明道具だった。

そして舞台音響について。舞台音響はラジオ、ギター演奏、音楽の3つに分かれると思う。
ラジオは個人的には物凄く感動した。何に感動したかというと、あのラジオっぽい音質をよくあそこまで再現したなと思ったからである。マイクから声を発して、凄くクリアに音声が響き渡るあの感じが好きだった。まさに演劇という生ものの醍醐味だった。そして玉置演じる大垣友さんと、土屋演じる佐藤新太さんの声も最高に合っていた。
ギター演奏は単純に格好良かった。なんといっても、フラメンコシーンが印象的だと思う。ギターの演奏と双葉が地面に白い硬い円盤を敷いて、ハイヒールでカタカタと音を立てながら踊る、あのシーンの音全てに感動した。そして双葉のその後の満足感溢れる笑みも好きだった。
音楽は、こちらもSF色というよりはファンタジーに合わせにいった選曲だった。特に小島夫婦がセックスモードに入っての場転音楽が好きだった。それと、終盤の瀬戸が休暇中に観ていた映画が気になった。あれは何の音声なのだろうか。

最後にその他演出について。
この脚本では、玉置というミュージシャンの話と、小島夫婦の話という2つの物語が同時進行で描かれるが、時々その2つの話が交差するから面白い。たとえば、小島屋上が双葉をナンパしようとしたり、終盤で土屋のタクシーに小島景色が乗車してきたり。また、総合受付の瀬戸を通じて、双葉が最初村に移住してきたり、最後小島景色が村を出ていったり。そうやって接点を持ちながら2つの話が進行していくのが印象に残った。
また、場転の仕方も面白いなと感じた。例えば、玉置と双葉と土屋でこの村にアルバイトで銃を持ちながら巡回している人がいるという話題の直後に、小島屋上がそのアルバイトを終えて銃を持ちながら自宅へ帰るシーンは面白かった。あとは、小島夫婦がセックスのムードになった時に良い感じの音楽がかかってそれがラジオから聞こえているみたいな場転演出も良かった。たしかそこには、瀬戸の独白も乗っていた気がする。
それと、終盤で双葉に天国にいる玉置がギターを教えるシーンも好きだった。玉置の頭の上に輪っかがついているのが面白かった。

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【キャスト・キャラクター】(※ネタバレあり)

アナログスイッチの藤木陽一さんと成瀬志帆さん以外は第27班の劇団員という劇団員率高めの公演だったが、役者陣の演技力の高さを感じさせられた。ほとんどの役者が初見だったが、魅力的な俳優さんに沢山出会えた気がする。
特に素晴らしいと私が感じたキャストについて紹介していく。

まずは、双葉暖役を演じた成瀬志帆さん。資生堂のネットCMにも出演されている女優さんだが、演技を拝見するのは初めて。
今作を観劇して成瀬さんの演技に魅了された。まず、非常にサバサバして辛辣なコメントをちょくちょくしてくる女性の役というのが面白い。非常に気が強くて男をすぐ負かしそうなきつい感じが非常にハマっていて素敵だった。村が不便そうだとケチつけたり、土屋に対して塩対応だったり、小島屋上のナンパを振り切ったり素晴らしかった。
その一方で、フラメンコを踊って満足そうに笑みを浮かべるギャップも凄く良かった。まずフラメンコを踊り出すのは物凄く意外だったので、そう来るか!となったし、フラメンコ自体をあまり生で観たことがなかったので新鮮でグッと惹きつけられてしまった。それを終えてからの、満足そうに笑みを浮かべながら水分補給する感じがなんとも良い。自分らしく生きている感じが出ていて、それがまさしく玉置さんが提唱する自由に生きることに繋がっていて良かった。

次に、土屋満点役を演じた劇団第27班の団員の佐藤新太さん。佐藤さんの演技は、2022年3月上演の悪い芝居の「愛しのボカン」以来2度目の演技拝見。
「愛しのボカン」ではそこまで目立つような役柄ではなく、あまりしっかり演技を観たという感じではなかったので、今作でガッツリ演技を楽しませて頂いた。非常に好感のもてる役柄で、特にすぐに号泣してしまう感じが好きだった。あの全力で泣き崩れる感じが好き。そして、夢を持って生きる玉置に憧れる感じも良かった。
そしていつも馬鹿にされたりドジ踏んだりする感じも良き。双葉にけちょんけちょんに言われたり、ラジオ収録中に玉置に色々されたりする感じが良かった。

玉置一役を演じた劇団第27班所属の大垣友さんも本当に良かった。
演技拝見自体初めてだったが、あんな感じの夢追い人いるなあって思いながら観劇していた。私が思い描く自由人てまさしくあんな感じだし、たしかにあんなオーラを持っていたら憧れる気持ちは凄くよく分かる。車に轢かれて平然とする感じとか面白かった。
またギターをあそこまで格好良く弾けるのも素晴らしいなと感じた。

セグロアシナガバチの働き蜂役を演じた劇団第27班所属のもりみさきさんも素晴らしかった。
演技拝見は初めてだが、彼女はあの体の動き方が好き。子供のようにバタバタと足を動かしながら進んできて子供に餌を与える感じから、最初は蜂だと分からなかったが、これは普通の人間ではないなと思わせられるあたりが良かった。
喋り方も独特で好きだった。こうやって、普通の人間じゃない役を上手くこなせるって素晴らしいなと思う。

残りのキャストさんも皆素晴らしかったが、瀬戸理解役を演じる箸本のぞみさんのあの機械のアナウンスのような喋り方がまた今作で良い感じで浮いていてよかった。

【写真引用元】
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【舞台の考察】(※ネタバレあり)

今作は「不老薬」が開発された世界というSF要素の中で、上手く現代の社会に存在する社会問題を絡ませながら、新しい形で生きることについての主張を提唱した演劇作品だったのではないかと思う。
観劇し終わって改めて公演タイトルを見ることで、「ハヴ・ア・ナイス・ホリデー」の意味がよく分かってくる。これは、生きることの使命から開放された人類の生き方と、その行方であるということを。
ここでは私が今作を感じて思ったことについて考察していこうと思う。

今作の世界観は先ほども書いたとおり、「不老薬」が開発された世界という近未来に起こりそうなSFの世界だが、その世界に生きる人類が直面している問題と価値観は現代社会と酷似している。
例えば過疎化しているという村の閉塞感は、現代の日本社会で起きている少子化問題に該当するし、子供を頑張って出産しようという対処に関しては、対処法は異なれど不妊治療に近しいことが行われている。さらに私が観劇していて思ったことは、今作に登場する女性(双葉だったり小島景色だったり)は、非常に男性に対して強い、つまり女性の立場の強い社会になっていて、これも現代の社会と近しい価値観のあり方なのかなと思っている。

またこういった社会問題や価値観が形成された背景には、人類の生活が豊かになり過ぎたという点もあるのかもしれない。
現代の日本社会においては、人類一人ひとりの暮らしが豊かになったので、自分のことに関してより時間とお金をかけられるようになったと思う。いかに楽しく時間を過ごすか、いかに自分のやりたいことをやるかといったことである。その結果、結婚して子供産むというような家族に対してよりも、自分に対してお金と時間をかけるようになるので、少子化が起こっていくということである。
また、女性の社会的地位の向上と社会への進出によって、女性も男性と同じことを求められるようになり、妊娠・出産以外では男性も女性も求められることに違いがなくなってきたというのもある。それによって、女性が立場として男性よりも強い存在になりえたり、子供を産まないで仕事をし続けるということが起きるのである。

今作に登場する世界でも、「不老薬」という人類が死なない薬が開発されたことで、種として死なないのなら子供を新たに作ることもないだろうと少子化が進む訳だし、子供を産まなければ夫婦なんて愛がなければただの形でしかないから、女性としても結婚している必要はなくなり、自立して強くなっていくという訳である。
今作では、もし人類が死ななくなったら生物学的にこのようなことが起こるのではないかと、割と現実に近い形でifを提唱出来ている点が非常に面白いところである。

そこまででも十分面白い考察なのだけれど、今作の核となってくるのはその先だと思っている。では、子作りをする必要のなくなった人類の生きる意味とはなんなのか。それは、自分らしくやりたいことをやって自由と愛を持って生きることであると今作では主張している。
その生き方の対比として、今作では蜂が必死で子育てに追われる描写がある。蜂は自分の生きたいように趣味を見つけて楽しむことは出来ず、子供を育てることで必死である。いつ天敵に襲われて死滅するか分からないから。
けれど、人類は生活環境が豊かになりすぎて、尚且死ぬことさえなくなったとあれば、生きる意味を子供に託すことではなく自分に向いてくるに違いない。自分の人生をいかに充実させるか、その答えを提示していたのは玉置一だと思っている。彼は「みらいの村」で、誰よりも自由にそして愛を持って自分の人生に彩りを与えてきた。ラジオをやって、音楽をやって、自然を愛してきた。

しかし、その自分の人生を豊かにしていくことでどこにたどり着くのだろうか。それは玉置一が結果的に狂って死んでしまったことが物語っている。結局やりたいことや豊かさを追求しても完璧にそれをこなすことは出来ない。だからある意味目的が定まらなくなって衰退していくのだと思う。物語の終盤に出てきた緩やかな衰退を指すのだと思う。
音楽を愛して生きていったとしても、同時にスポーツや自然を愛すことは難しくて、それは結局自由に生きることに繋がらない。その生き方には限界があるのである。

これは現実でもそうであろう。生活がより豊かになって、自分のことに対して時間とお金はかけられるようになるけれど、そこに最終ゴールなんてなくて突き詰めようとすると狂ってしまうだけである。
この「自由と愛を持って生きようとする」ことと、「子供を産まなくてもよくなる」という2つの事象は、鶏が先か卵が先かの問題なだけであって、現実世界でも今作の世界線でもどちらでも起きていることであり、それはつまり現実世界を生きる人類が、このまま緩やかに衰退を辿ることを暗示しているようにも思える。

そう考えると、もちろん自分の人生を豊かに謳歌するという生き方も当然大事だけれど、それだけを生きがいには決してせず、いつかは死ぬという運命を受け入れてしっかり子供を作って育てて、緩やかな衰退を辿らないように後世へと命のバトンを繋いでいく生きる目的をしっかりと持つことも大切なのではないかと私は感じた。

【写真引用元】
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↓佐藤新太さん過去出演作品


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