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No.60 『NISSHA』 印刷業界の異端児が歩んできた道

これまで京都の企業を何社か取り上げてきた。日本電産や村田製作所、島津製作所や堀場製作所。東京の企業とはまた異なる趣きを備えた企業ばかりである。優れた技術力はもちろんだが、経営のセンスがとにかくいい。そして、会社のキャラが立っている。グローバル展開においても先進的だ。京都の豊かな風土が優良企業の育成に適しているのかもしれない。

今回紹介する日本写真印刷もわたしが好きな京都企業の一社だ(現在の社名は『NISSHA』に変わったらしい)。大日本印刷と凸版印刷が君臨する印刷業界において、京都の地の利を活かしながら独自の競争戦略で同社は生き抜いてきた

古美術品のカタログなど高級印刷に専心する一方、同じ京都に本社を置く任天堂のトランプや花札の印刷も手がけるなど、大凸とは全く異なるユニークな系譜を持っている。任天堂との親密な関係は、そののち『Nintendo DS』へタッチパネルを供給する伏線にもなり、印刷の両巨頭がカラーフィルターや反射防止フィルムでディスプレイ業界に参入した経路とは異なる展開をNISSHAに可能とした

また、いわゆる加飾印刷も同社の事業に独自の彩りを与える領域で、ノートパソコンの筐体表面に有名デザイナーの絵柄を印刷したり、自動車のインパネ部分にある操作ボタンに印字したり、印刷技術の応用においても同業他社と差別化された道を歩んできたと言える。

そのNISSHAにおけるここ数年の動きで注目したいのが、海外企業の積極的なM&Aである。ざっと調べただけでも、2015年にベルギーの蒸着紙(ラベルやパッケージ)メーカーを買収したほか、2016年にはアメリカの医療器具(手術用器具や医療用電極)メーカーとドイツの自動車内装向け加飾メーカーを相次いで傘下に納めた。そもそも印刷業界で買収に積極的な姿勢を見せていること自体が珍しいうえに、蒸着紙や医療器具など新規分野への参入を狙って海外企業に食指を伸ばす印刷会社は皆無に等しい。現在の中期経営計画を見ると、2018年から2020年の3年間でM&Aに315億円を投じる計画となっている。これに対して、実際に使った金額は直近で約35億円にとどまっているようだ。仕掛ける余地は十分に残されていると言えよう。

業界では異端とも言える戦略をなぜNISSHAが取れるのか。それはもちろん、創業者の孫である鈴木社長の経営手腕によるところが大きい。最初に入社した第一勧業銀行ではロサンゼルス支店に勤務した経験を持つほか、NISSHAに入ってからもアメリカでヒューレッドパッカードを相手に交渉したキャリアの持ち主だ。ドメスティックな色彩の濃い印刷業界の中にあって、早くから海外に目を向ける素地を養ってきた稀有な人物と言える。そのうえ、プレゼンテーションがめちゃくちゃうまい。大凸から遠く離れた京都の地において、異なる業種の優れた経営者から様々の刺激を受けてきたことも大きいのだろう。

もしかしたら、堀場製作所の堀場厚会長を鈴木社長は尊敬しているのかもしれない。『バランス経営』を基本方針に掲げて、海外企業のM&Aによる業容の拡大を図る手法はまさに堀場会長と同じである。さらに、鈴木社長の最近の写真を拝見したら口ひげをたくわえていた。これも厚さんを見習ったのではないかと思う。



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