短歌『吐息の見える街角』

『朝』

1.海の陽もぼろい硬貨も暗がりもシーツに包んで燃やそう全部

2.モザイクにひらいた網の膜間へと紛れる朝は汽笛に霞む

3.さえずりの音階が意味不明すぎる愛を囁くことにしておく

4.だらだらと崩れる放縦精神はベッドでひたに存在を吐く

5.街宿る雨は地上に跳ね壊れゆく、白き朝の吐息は奏

6.色褪せる永遠(とわ)を謳った翌日に囀る鳥は雪に踊りて


『木陰』

1.屋根たちに隠されるあのけやきにはきっと異界の鍵がねむれり

2.なつかしいにおいを寄せる木漏れ日にあなたが消えたり浮かんだりした

3.おさかなやさんにもおはなやさんにもないのあなたのくすみ具合は

4.君のその代わりの効かない透徹は桜並木の陽に壊される

5.陽を巻いてページの星座を覗きこむ放課後たちをかえりみていた

6.「言語とは孤独な者です」言いたげに、木陰の隅で紙をただ繰る

7.建物が拵えた逃げ得ぬ藍を光の窓が破砕して風

8.そよ風に天使の微光が駆け抜けば皮下の器官が啼きてさざめく

9.燐粉が徐に注ぐ更し夜に銀を振り撒く調べが鳴りて


『アスファルト』

1.プラスチックカラーを纏いし靴たちも嘘しかつかない夜に塗れて

2.目袋の可愛いあの子が沈んでた水も光で平たく見える 

3.人間は脊髄でかわいいと呼ぶ機械が静かに虫を食む夜

4.吐く息はゆっくり街に溶けてゆくバス停の椅子はもう錆びている

5.雲まではあと何回転すればいい タクシー 舌打ち 聞き飽きた街

6.夢落ちて明日も落ちて波萌えず、枯れ葉を泳ぐ風になりたい

7.待ち合わせ場所に間に合うことのない人の翼は薬を待たず

8.期待した巡る季節のスーサイド、耳を塞いで雑音を摂る


『アパート』

1.天使たれ君が言うから半額で買ってきた羽根のサイズが合わない

2.闇雲に手を握り合う私らも都合の良すぎる交尾で産まれた

3.現実の悩みはサカナに比べたら何でもないよと見るヒトの爪

4.鮮やかな髪を抱きしめ無機質な光で満ちた冬の日の朝

5.直される裾は薬缶の音を聞き(一昨日音が跳ねた土壌で)

6.雨間にただよう湿度は肌色で君の吐息がまだあるみたいだ

7.極彩色シャンプーの匂い歩き出し遠く遠くの箱の夢見る

8.アパートの上で手伸ばすアンテナは誰に話しかけ何を支える


『微睡み』

1. タイピングのタすらできなくなっていく明日の嘘は僕にも分かる

2.生活は日記通りに順調で橋渡ったら全部終わりだ

3.おはようやおやすみたちの導きが迷った遠くで彼方が暮れる

4.蹲る夜には夢が充ち満ちて羽撃く蝶は讃美歌の中

5.風景が見たいと言って飛び乗ったバスの行方は風の向こうへ

6.生命に声があったと歓声は次の国へと出発してく

7.夜雨から零れた夏の隙間かいくぐって泳ぐ旅は朝まで

8.柔らかな窓にこぼれる燐光は幼きかけらを訪ねて揺れる   

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