小規模校の半数以上が収容定員充足率100%を下回り、50%を割るところも――苦境に立たされる私立大学の存在意義、そして、私たちが忘れてはならないことを考える
100 %未満は中規模校で36.4%、
小規模校は 57.1 %に
23 年度入学者選抜の結果、私立大学の収容定員がどうなったかをいろいろな角度からご覧いただきましたが、ここで、大学を規模別にみた場合の収容定員充足率が 100 %を下回っている大学がどれくらいあるのかを表にしてみました。
超大規模校( 20 校 )では 1 割にあたる 2 校、大規模校( 29 校 )では 2 割強の 6 校となっており、80 %を下回る大学はありません。
一方、中規模校( 88 校 )になると格段に増え、3 分の 1 以上の 32 校が 100 %を切り、小規模校に至っては何と過半数を超える 245 校が収容定員割れとなっています。
80 %以下の大学は中規模校で 3 校あり、小規模校では 79 校、なかには 50 %を割っている大学が 4 校あります。
80 %を下回ると修学支援制度の対象外に
前回お伝えしましたように、高等教育就学支援制度では 80 %を下回ると対象外となりますので、その可能性のある大学が小規模校は既にたくさん存在するということです。多くの小規模校はまさに赤信号が点滅する危険な状況だと申し上げておきたいと思います。
改善事例の多くは、「特別選抜」が要因
そのような募集環境が厳しい中、入学定員充足率を大幅に向上させた大学もあるのです。
ここに示した大学の多くは、入学定員充足率を大きく改善させ、収容定員充足率の方も改善していることが表からわかります。
では、これらの大学が、どうしてうまくいったのか?
詳しく見ると、一般選抜(個別入試)、あるいは共通テスト利用方式では志願者数や合格者数を減らしてはいるものの、「特別選抜」で志願者数・合格者数を増やしている事例が多いのです。つまり、総合型選抜や学校推薦型選抜などの特別選抜がうまく機能したことにより、定員充足率が向上しているのです。
特別選抜でしっかり受験生を集め、そこで確保した合格者を最終的には入学にまでつなげられた、というわけですね。
ここから言えることは、一般選抜や共通テスト利用方式の募集状況が苦しくても、
ということがポイントになるかと思います。
①においては、高校生たちへの早期の広報活動、特別選抜実施のアピール、意識づけがとても大事です。つまり、どのようにオープンキャンパスや高大連携のイベントを開催するかは募集戦略の最重要課題となるわけです。
②については、併願可能な総合型選抜が増える中、「合格」させた受験生を他の大学に逃がさず、確実に「入学」にまでつなげることを意味します。専願で合格した受験生はともかく、そうではない場合は、合格を受け取った受験生には、そこからのフォローがとても大切になるというわけです。その時点では、多くの受験生はまだ高校に在籍しているはずです。しかし、そこが「大学の学びのスタート」であるとみなすことで、間髪入れずフォローを開始し、入学前教育などを通して未来の学生の一員を育てる、という姿勢が求められるのです。
“共学化”転換で、大幅増加した女子大も
個々の大学の事例について、一点付け加えさせていただくと・・・
入学定員収容率が最もアップした神戸親和大学は 23 年度、女子大学から共学化に舵を切り、その結果、大幅な志願者増加につなげることができました。
女子教育から共学化への方向転換には、おそらく相当な軋轢や苦労があったことは想像に難くありません。
しかし、そうした難題に立ち向かい、共学という新たな教育理念・ポリシーを打ち立て再出発したご決断には心よりエールを送りたいと思います。
この成功事例が影響したからかどうかはわかりませんが、これ以降、
女子大の共学化というニュースが相次いでいます。
このような流れが今後も続くのか、そして、共学化したあと、期待通り学生募集状況が改善するのか、注目してまいりたいと思います。
間もなく示される、「今後の大学の在り方」
さて、多くの私立大学が苦境に陥っている現在、国の方では中央教育審議会大学分科会などを中心に今後の大学の在り方についての議論が活発化しています。
とくに大学分科会に置かれた「高等教育の在り方に関する特別部会」は 2 月末までに 3 回の会議をすでに開いていますが、まもなくその議論が取りまとめられ、今後の方向性が明らかにされるとのことです。
まさに、日本の高等教育の一翼を担っている私立大学の今後を占う非常に重要な審議が続いているわけですが、このような状況だからこそ、「私立大学そのものの在り方」について、改めて考えてみたいと思います。
「私学の国であった」
高等教育に関する高名な研究者でいらっしゃる天野郁夫氏は、著書の中で、このように言及しています。
もともと我が国は明治維新以前より私学の国であった。
『大学の誕生』(上)(中公新書)
過去を振り返れば、幕末、明治維新以降、“私学”が質量ともに日本の教育の屋台骨を支えてきたことは、改めて指摘するまでもありません。
特に大学においては、学校数、学生数について、現在 7 ~ 8 割のシェアを占めており、私学が高等教育のメインの存在であると言っても過言ではありません。
まるで不用品扱いの私立大学も
ところが、多くの私立大学がこのように苦境に喘ぐようになった途端、
“学生を集められなくなった弱小私立大学はさっさと退場すべき”
とか
“募集停止もやむなし”
というような乱暴な意見があちこちで見受けられるようになりました。
そうなってしまった私学はまるで社会のお荷物であり、“使い捨て”となった不用品の扱いです。
悲しい話です。
唯一無二の「建学の精神」がある
そもそも、それぞれの私立学校には、唯一無二の「建学の精神」があり、その下に独自の教育理念が打ち立てられ、長年の教育実践により百花繚乱の伝統・校風が育まれたのです。日本の学校教育に多様性と豊饒さをもたらしたのはまさに私学であると言っても差し支えないでしょう。
ここが、政府や自治体が設置した官立(国立・公立)の学校とは性格が大きく異なる点です。
そのような多彩な私立学校に憧れを抱いた多くの若者が、その精神や理念の下に集い、学び、愛着を持ち、そして誇りを抱きつつ社会に巣立っていきました。
教えを受けた母校が心の拠り所となって、卒業生たちは社会で活躍をしているのです。
母校喪失はあってはならない
では、そのように母校を慕い、愛し、信じ、心の拠りどころにして頑張っている卒業生たちが、仮に自分の母校が“潰れてもよい”“閉じるほかない”というような理不尽な扱いがなされることを知れば、どのような感想を抱かれることでしょう。
驚くだけでなく、不信感に苛まれ、絶望や虚無感に襲われることでしょう。
そのような状況を想像するだけで、私たちもとても辛い気持ちになります。
もう一つ忘れてはならないのは、同窓生たちの存在でしょう。
多くの人たちにとって、同窓生たちの存在がどれだけ人生の大きな支えとなっているかは、わざわざここで申し上げるまでもないでしょう。
自分たちの学び舎が消えてしまう・・・
もし母校が無くなれば、同窓生たちはまるで空中に放り出されたようになってしまい、悲嘆にくれるでしょう。
そうなのです。母校喪失は、決してあってはならないことなのです。
これについては、弊noteシリーズ『相次ぐ募集停止で問われる、私立大学のレーゾンデートル』(全5回)でレポートしておりますので、是非ご覧ください。
相次ぐ募集停止で問われる、私立大学のレーゾンデートル②
相次ぐ募集停止で問われる、私立大学のレーゾンデートル③
相次ぐ募集停止で問われる、私立大学のレーゾンデートル④
相次ぐ募集停止で問われる、私立大学のレーゾンデートル⑤
町のコンビニや商店とは訳が違う!
ここで敢えて強調したいのは、
私立学校は経営的に立ち行かなくなれば、自然淘汰されるのが当然、
というような強者生存の経済理論を援用して語ってほしくないのです。
学校というのは、町のコンビニや商店とは訳が違う、のです!
たとえ、募集状況が芳しくない私立学校があったとしても、そこにはその学校にしかない固有の存在価値があり、そして背後には、その学校を誇りに思い巣立っていった数多の卒業生たちが存在することを見失ってはいけません。
他国に較べ日本の教育に卓越性があるとすれば、そのかなりの部分は私学が支えていることを再確認すべきです。
現在、高等教育の在り方を議論している方々に切にお願いしたいこととして、軽はずみに廃校や統合礼賛論を振りかざし、整理統合に走ることではなく、どうやったら、個々の学校を存続させられるかに集中することである、と声を大にして申し上げます。
決して、短絡的に“お取り潰し”に手を貸すようなことがあってはなりません。
そして、
「学校」こそ、特別扱いすべき
なのです。
私学の教育・経営に携わる方々には、いまこそ、これまで公教育を支えてきたという矜持と自信を取り戻していただき、そのうえで、「 1 校たりとも潰させてはならない」という強い心構えを持って臨んでいただきたいのです。
閉校の連鎖は高等教育の信用不安につながる
現在、私立学校同士の「統合」についての方策が議論の俎上に載っているようですが、そもそも私立学校はそれぞれの創立者の寄附によって成り立っているわけで、私立学校同士の統合はそう簡単に実現する話ではないのです。
仮に、経営難に陥った学校があって救済のための統合が検討されたとしても、実際には統合が叶わず、仕方なく閉校に追い込まれてしまう、ということは十分に想定されます。まさに最悪の事態です。
そして、こうした事態が広がり、私立大学がずるずると、なし崩し的に閉校してしまう事態が全国的に連鎖すれば、国民の高等教育に対する信頼は一気に地に墜ち、大学は“信用不安”に陥ってしまうのは必至でしょう。
そうなれば、大学のグローバル化や国際競争どころではありません。
たちまち日本の高等教育の危機となります。
明治維新以来、多くの人によって営まれてきた高等教育発展への努力はたちまち水泡に帰してしまうのです。
私学は単なる穴埋めではない
端的に申し上げれば、日本をここまで発展させてきたのは教育であり、高等教育のかなりの部分を担ってきたのは私立大学なのです。
国や文部科学省にしてみれば、自らが力不足のときは私学を穴埋めとして都合よく利用させてもらい、そして、用が無くなれば、勝手に潰れてくれ、と願う、というようなやりかたをするのであれば、それはあまりに無責任である、と申し上げたいと思います。
そもそも学校とは何なのか、学校の持つ意味・意義はわかっていらっしゃるのか。
私学云々という前に、学校についての哲学、つまり学校が存在する意味・意義を再確認すべきかもしれません。
議論は後手に回ってしまっている、
ことを前提に
さて、いよいよ 24 年度入試がいままさに終盤に差し掛かり、各大学の志願状況が明らかになりつつあります。
今年は、新課程入試を前に受験生は確実に進学先を押さえておきたいという志向が高まったせいか、志願者数を伸ばしている大学も数多くあるようですが、一方、予想通り減少に拍車がかかっている大学も多数見受けられます。
志願者数を増やしている大学でも、はたして定員充足率の改善につながるのか。
入学者選抜において志願者が増え、そして合格者を多く出したからと言っても、充足率が上がらずにむしろ下がってしまったり、定員割れをおこしてしまったりするケースが多発するのではないかと危惧されます。
いずれにせよ、4 月を過ぎ、最終的に学生の歩留まりがどうなるのか、充足率がどうなるか、こればかりは、まさに蓋を開けてみなければわかりませんが、とても気になるところです。
夏以降判明する 24 年度の状況についても、われわれは引き続きしっかりウォッチしてまいりたいと思いますが、残念ながら、高等教育、そして私立大学の在り方についての議論はすでに後手に回ってしまっているのです。
このことを前提にした緊急措置が講じられるべきである、ということを最後に申し添えて、この連載を終えたいと思います。
ありがとうございました。
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