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「東大の女子比率が少ない」のは本人の自己責任?

 東大の構成員の中に女性の方が非常に少ないことは、よく知られていることだと思います。しかしながら、この事実に対してはっきりとした問題意識を持っている人は東大の中では意外に少ないと、実際に東大の中にいる人間の経験として感じています。さらにはアファーマティブ・アクション(積極的差別是正措置)に対する反発にみられるように、その問題意識自体にも否定的な態度がみられます(2024年8月、京都大学の公式Twitterが「女子枠創設」の発表を行なった時のコメント欄は、その現状を見事に再現していました※1)。


 ではなぜ、難関大の男女比率に関して、問題意識を持つ必要があるのでしょうか。今回は私の主観だけではなく社会正義論の話や実例などを用いることで、なるべく多くの人が納得してもらえるような答えを提示できたらと思います。さらには、こうした議論に対して考えられる反論や仮説などにも様々触れることで、より説得力の高い内容を目指していきます。

【目次】

  • 「東大の女子率が低いのは単に女子の選択や入試の結果であり、仕方がない」という主張について 

  • そもそも東大入試は公平か

  • どの切り口で見ても「男女差」が問題になる

  • 「女子が選んだ選択」なら仕方がない?

  • まとめ

  • 出典・参考

「東大の女子率が低いのは単に女子の選択や入試の結果であり、仕方がない」という主張について

 まず、そもそも東大の低い女子率が、何を原因として起きているものなのか、それをはっきりさせることから始めます。これが不正義によるものなのかを明らかにすることで、初めて有効な議論が成立すると思うからです。

そもそも東大入試は公平か

 最初に考える命題は、「大学における男女比の差は、公平な入試を行なった後の結果論であり、仕方がないのではないか」というものです。これについて、入試の公平性を考えることで、本当に仕方がないで済ませられることなのか考えてみましょう。


 東大入試では、推薦形式の選抜で100人弱を合格させる以外は、全て筆記によるテストのみで3000人近い入学者を決めています。テストには明確な「正解」があって、正解の数に応じて学力を示す「点数」が出てくるのだから、これは非常にフェアな選抜方式だ、というのがおそらく世間一般の認識でしょう。


 しかし、本当にそうでしょうか?


 ハーバード大学教授マイケル・サンデルの有名な哲学書『これからの「正義」の話をしよう』の第七章では、次のように述べられています。

成績に差がつく理由がなんであれ、出願者が入学後によい結果を出せるかどうかは、標準テストの点数だけでなく、その人の家庭的、社会的、文化的、教育的背景を考慮して判断しなければならない。サウスブロンクス地区の荒れた公立学校の卒業生がSATで700点を取ったなら、それはマンハッタンのアッパー・イーストサイドにある名門私立校の卒業生がSATで700点を取るよりも意味がある。

(『これからの「正義」の話をしよう』第七章p267 より)

つまり、点数が同じだったとしても、その点数をとった人の背後にある文脈で、その人が本質的に持つ能力は違う可能性が高いわけです。それは私の経験からも保障できます。私は某進学校出身ですが、私の高校で共通テスト700点をとったとしたら、おそらく平均以下となってしまいます(900点満点)。ですが、一般的な高校の学生が共通テストで700点を取ったとしたら、周りからは賞賛を浴びることでしょう。この場合、後者の学生の方が「地頭」という意味では優れていると思います。


 東大入試はこのような事情を完全に無視した方式となっていますから、この現実を考慮した今、「地頭はそこまでだが教育環境に恵まれていたので点が取れる人」が「地頭はとても良いのに十分な教育環境がなく点は伸びない人」に勝りうるという点で、真に公平とは言い難いことがわかると思います。

どの切り口で見ても「男女差」が問題になる

 前節で、「東大入試は絶対的に公平だから男女差が生じるのは仕方がない」という前提を崩しました。これにより、入試の結果を社会的文脈を考慮した上で考察することが有効となりました。このうえで、なぜ東大の男女比はこれほどまでに偏るのかを分析していきましょう。


 まずは、東大に受かりやすい環境を手にしているのは誰でしょうか?それには東大合格者数トップの高校がどんな高校かを調べてみれば良いでしょう。
 インターエデュというサイトが公開している2024年度東大合格者の高校別ランキングで、上位に来る高校を調べてみたところ、合格者数上位50校のうち、男子校が17校、女子校が5校、共学が22校、記載なしが5校でした。さらに注目すべきは、これを上位20校に絞ると男子校12校、女子校1校、共学7校となり、トップ4校が全て男子校という結果になりました※2。


この結果は、東大に入学するために最もレベルの高い教育を受けられる層は、男子学生に著しく偏っていることを示しています。この点だけをみても、東大入試は男子受験生側に圧倒的に有利な環境で行われていることがわかります。しかもこれは学校の制度の問題ですから、男女の元々の差ではなく社会が作り出している差であることが明らかです。放置せず、男子も女子も公平なスタートラインに立てるような受験改革が必要と言えるでしょう。


 次に、#YourChoiceProject(以下#YCP)もターゲットにしている、地方の学生に注目して社会的文脈を読み解いていきます。
 地方から東大に進学する女子学生が少ないと聞いて、想定される反応(ここではあえて、#YCPの理念と反対のものを想定します)として私が考えついたものは以下の2つでした。

  • 地方から東大に行くと、一人暮らしの費用がかかる分、ハードルが地元の大学より高い。特に地方の方が賃金が安いため、【首都圏→地方】の場合よりも【地方→首都圏】の方がなおハードルが高くなる。

  • 首都圏の方が人口も多く、教育資本も集約的になりやすいから、必然的に地方出身の東大生は少なくなる。

確かに、どちらも筋が通っている主張に見えます。今はこの場でこの2つに有効な反論を示すことはしません。なぜなら、これが社会的に容認できるものかどうかを置くとしても、やはり不正義によるものと考えられる問題があることには変わりがないからです。これが正しいにせよ間違っているにせよ、今の状況には問題があります。


 その問題は、「地方出身の学生を母集団と見たときに、男子と女子の間で明らかな差が出ている」ということです。


 それを示すのが、東大でジェンダー論の講義を務める瀬地山角氏の著書『炎上CMで読み解くジェンダー論』の終章にある、ある地方の高校の進学実績を示すデータです(ちなみにこれは前回のSJFのパネディスの記事で用いたものと同じであり、これは私が男女共同参画の取り組みに関心を持った原点となるデータです)。

 見ての通り、東大と京大に合格する学生は、男子の方が女子よりも5倍以上多いです。さらに、浪人の欄に注目すると、東大京大はおろか地元の旧帝大でさえ、女子は浪人して進学しないことがわかります。同じ高校で同じ教育を受けたにもかかわらず、です。瀬地山氏はこのデータを提供先である高校の先生の反応を、「こんな指導方針はとっていない、表にするまで気がつかなかった」と紹介しています。

 以上のことからわかるのは、

  1. 日本の大学受験の環境は、学校の制度的に男子学生に元々有利である。

  2. 地方の場合、女子は(男子とは異なり)東大京大は避けて地元の大学を目指し、かつ現役志向である。

という2点です。次の節では、2番の点について、さらに突き詰めていきます。

「女子が選んだ選択」なら仕方がない?

 もし、前節のような女子が東大京大を避け、現役合格のみを目指す傾向が女子たち本人の選択としての結果であれば、そのことを正当化する余地があるのかもしれません。ここでは、この仮説に対する反論を示すべく、サンデルの『これからの「正義」の話をしよう』の第四章に提示されている「代理出産契約」の例になぞらえて、考えていきます。
 「なぜ大学の男女比率の文脈で代理出産契約の話をするのだ?」というのは真っ当な疑問ですが、この代理出産契約と、(特に地方の)女子学生の進学選択の問題には、「彼ら/彼女らの選択はどこまで自由な条件下で下されるものなのか」という共通の論点があるように思います。


 まずはサンデルの著書に紹介されている代理出産契約の話の内容を要約します。

 ニュージャージー州に住むスターン夫妻は子供を欲しがっていたが、妻エリザベスの医学的リスクの問題で子供を持つことができず、そこで「代理」出産の依頼を行なった。その依頼に応じたメアリー・ベス・ホワイトヘッドという女性は、スターン夫妻の夫ウィリアムの精子を人工授精し、出産した子供を夫妻に引き渡すことに同意した。さらに、その子供に対する母親としての権利を放棄することにも同意した。一方でウィリアムの方は、メアリー・ベスに1万ドル+医療費を支払うことに同意した。
 ところが、メアリー・ベスは生まれた赤ん坊を自分の手元に置いておこうとし、フロリダへ逃亡した。その後フロリダの警察が彼女を発見し、赤ん坊はスターン夫妻に引き渡され、養育権の争いはニュージャージー州の裁判所に持ち込まれた。

(『これからの「正義」の話をしよう』第四章 p.p.148-149,より筆者要約)

 この事件で争点となったポイントの一つに、「同意に瑕疵(かし)があったのかどうか」というものがありました。この裁判は、最高裁にて「両者の同意には瑕疵があった」「代理出産は赤ん坊の売買であり、間違っている」の二つの理由から、契約は無効であるという判決が下っています。この「同意に瑕疵がある」とはどういうことかというと、「『訴訟の脅威と一万ドルもらえるという誘惑』にさらされており、『完全に自発的とは言えない』」と述べられています。私が一見関係のないこの事例で言いたかったのはこの点で、我々が「自発的な選択」と呼んでいるものは、実は外的な要因によって判断を歪められている場合がある、ということです。


 もし、地方女子の進路選択が「自発的な」ものだったとしても、その背後に同じような外的要因があれば、必ずしも正当化できるとは言えないでしょう。


 代理出産契約の議論は、女子学生の進路選択の問題にも、だいたい当てはめることができます。「女子が東大のような難関大を避け、現役で進学できる地元の大学を目指す」という傾向が自由な選択の結果だとして正当化できるのは、その背景に不当な圧力が一切ない場合に限られます。そしてサンデルが同意の瑕疵の議論で述べているように、「別の選択肢についてもある程度の情報がある場合」に限ります。実際は、#YCPが繰り返し強調してきた調査が示すように、「偏差値の高い大学に行くことは自分の目指す将来にとって有利だと思うか」ということと、「保護者からできるだけ偏差値の高い大学に行くことを期待されていると思うか」との間には強い相関関係があり、進路選択には保護者という外的な要因が働いていることがわかります※3。そして同調査では、「保護者の方からの実家に近い大学に行くことの期待度について、地方女子は地方男子に比べて有意に高かった」とありますから、その圧力が地方の女子の選択に影響を与えていると結論づけられるのです。以上から、「女子は現役で地元の大学へ」という主張は、保護者からの期待という外的圧力の存在があるため正当化ができない、と言えるでしょう。

 また、「男子と女子とでは得意な分野や能力にも差があるから、進学選択に差が出るのは必然」という反論(これは決して架空のものではなく、実際に私個人が目撃した主張です)にも説得力に欠けるものがあります。「得意分野での男女差」がここでの論点ですから、現在女性の割合が特に少ない理系分野に焦点を当ててみましょう。今の理系に女性が少ないのは「女性は理系分野が苦手だからである」というのは果たして本当でしょうか?


 実はこれを否定する、かなり説得力の強い調査結果が存在します。東京新聞が2022年に公開した記事の調査によると、理系の女性研究者が考える「女性研究者が少ない理由」は以下のグラフのようになっています※4。


これを見ていただければわかるように、ほとんどの女性は(研究業界に限ってはいるが)理系に女性が少ない原因として、「家庭との両立」「無意識の偏見」「職場環境」など、本人の実力とは関係のない外的要因を挙げています。そして、「女性は理系分野が苦手」と言う主張を支持する「性別による適正、能力の差」を挙げた人は、わずか4%にとどまります。従って、「得意分野には男女差が出るのは当然であるから、理系に女子が少ないのは当然」のような言説は、信憑性に欠けると言って良いのではないでしょうか(※質問内容は「理系に女性が少ない理由」ではなく「女性研究者が少ない理由」ですが、回答者が理系の女性であることから、ここに「理系」というニュアンスを付け加えても問題がないと判断しています)。

まとめ

 今回の記事では、「東大の女子比率」が低いことの背景について様々な仮説を立てて、その仮説から問題点を発見していくことにより、この現状を是正する必要性を強調していきました。私の今回の検証によって、今の東大(難関大)の現状を黙認せず、解決すべき問題であるという認識を持ってくれる人が増えたら嬉しいです。
 次回の記事では「難関大の低い女子比率」がもたらす弊害を考えることによって、別のアプローチからこの問題に取り組む必要性を示します。

出典・参考

  1. #YourChoiceProject 「なぜ、地方の女子学生は東京大学を目指さないのか【2023年度調査結果】」https://yourchoiceproject.com/column/pressrelease2023 2024/8/19 閲覧

  2. インターエデュ「2024年 東京大学 合格者 高校別ランキング 合格数順」https://www.inter-edu.com/univ/2024/jisseki/todai/ranking/ 2024/8/26 閲覧

  3. 京都大学のXアカウントより https://x.com/univkyoto/status/1770725884103672093 2024/8/3 閲覧

  4. 瀬地山角「炎上CMで読み解くジェンダー論」光文社新書 2020年 

  5. 東京新聞「「続けられたのは奇跡」少数派、理系の女性研究者の胸の内 高いジェンダーの壁も喜びも」https://www.tokyo-np.co.jp/article/173223 2024/8/19 閲覧

  6. マイケル・サンデル「これからの「正義」の話をしよう」早川書房 2011年

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