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ようこの軌跡23~長男緊急入院~

4月11日
夫は自家用車で救急車を追ってきていた。
コロナ禍で、付き添いできる保護者は1名だった。
一緒に救急車へ乗った私が、そのまま長男に付き添うことになった。
せきを治めるために、吸入の処置があった。
コロナの検査や、血液検査、心電図が行われた。
診察の結果、アナフィラキシーの可能性は低そうだった。
幸い、せきと本人の辛さは少しずつ治まっていった。
しかしまだせき込むこともあり、急変時の対処として急きょ入院が決まった。
そのとき、深夜0時頃だった。

入院病棟が決まるまでしばらく待ち時間があった。
やっと病室に着いた、と思ったら今度は入院書類の記入に追われた。
長男も疲れていて、「もう眠たい」といって、まもなく眠りについた。
当直の先生曰く、「眠れるということはせきが治まって安定しているということですよ」とのことで、胸を撫で下ろした。
私は一日中横になっているような体調だったのに、火事場のバカ力を発揮して、付き添ったのだと思う。
その夜は寝付けるはずもなく、私は憔悴しきっていた。
そして、もう自分がだめになってしまうと感じていた。

今思うと、自分を守るために、入院時の付き添いを夫にかわってもらうなどの方法もあったのではと思う。
緊急事態に動揺して、そのような冷静な判断ができなかった。
どのみち、どこにいても長男のことが心配で気が気でなかったには違いない。

4月12日
5時前に長男は起きた。
「お腹がすいた」と元気にぐずり出すではないか。
前日に吐き戻してしまったのだから、それは仕方がない。
その後、朝食の時間になるまで「ご飯早く食べたい、待てないよ、いつになるの?」とずっとごねていた。
私はもうそこにいるのが精一杯で、ただやり過ごしていた。
とにかく早く家に帰って休みたかった。
私の体調が著しく悪いことを看護師さんに伝えて、先生の診察を早くしてほしいとお願いしてみた。
なかなか来ない先生。
10時半ごろ、やっと先生が長男の診察に来てくれた。
私の様子を察して、先生は診察後、てみじかに状態を説明してくれた。
たまたまその週にアレルギー科の予約をしていたので、詳しい説明は先送りにしてもらった。
長男のせきはたまに出ていたけれど、退院許可がおりた。
手荷物をまとめて、退院の手続き、お会計を済まして、夫と合流した時はお昼だった。
やっと自宅に帰れる。
とにかく疲れた。
しかしこのあと、もっと辛いことが起きる。


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