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ミュージカル映画『ヘアスプレー』考

※この記事は、筆者が大学3年次に大学の授業でレポートとして提出したものを修正したものです。「メロドラマ的道徳律」を軸にミュージカル映画を考察するという講義に準拠しています。無断転載や剽窃はご遠慮ください。


本稿では、2007年の映画『ヘアスプレー』について、「人種差別」「自己肯定」「相互受容の革新性」という3つのキーワードに基づき、メロドラマ的道徳律を考察していく。
まず、1つめのキーワード「人種差別」に注目する。物語の舞台は1962年のボルチモアである。黒人差別がいまだに色濃く残っていることが物語の随所でありありと示されており、特に後半では物語の根幹となる。
居残りすることになったトレイシーがシーウィードたち黒人と出会い絆を深めていき、自身は白人であるにもかかわらず黒人差別撤廃デモに参加する。そのようなことをすればマジョリティーから白い目で見られるのは明白である。それでも、自己犠牲的に危険を冒してまで正義を貫くトレイシーの姿が明るく楽しいナンバーとともに描かれている。これによって、深刻な社会問題を取り上げていても作品全体の娯楽性と調和している。また、ペニーとシーウィードが人種の壁など問題にせずに自らの内面的衝動に従って恋愛を成就させていく様子もメロドラマ的である。
ちなみに、この作品の公開がされた翌年の2008年には、バラク・オバマがアメリカの政治史上初めて、黒人として大統領に就任した。社会の風潮が差別撤廃に向けて動いていたことも、観客に黒人差別に対するアンチテーゼがさらに真に迫るものになったのではないだろうか。
また、黒人差別ほど顕著に描かれてはいないが、ユダヤ人に対する揶揄も垣間見える。本作の監督であるアダム・シャンクマン自身がユダヤ系であることからやや自虐的雰囲気も漂う。しかし、最終的に結ばれるトレイシーとリンクについても、トレイシーを演じるニッキー・ブロンスキーの父親はユダヤ系であり、リンクを演じるザック・エフロンもユダヤ系であることから、シャンクマンのユダヤ人の成功への希望がうかがえる。
次に、2つめのキーワード「自己肯定」について考える。黒人差別に加えて、美しさの価値観の固定からの脱却も描かれている。ふくよかな体型のトレイシーをアンバーやベルマは邪険に扱うが、コーニー・コリンズは排他的な固定観念にとらわれずにトレイシーを起用し、トレイシー自身も自分に自信を持っている様子が観客を勇気づける。また、自分に自信を持っているトレイシーとは逆に、エドナは自身の体型にコンプレックスを抱いている。それでも、老いや体型も含めて肯定するウィルバーやトレイシー、多様な美しさを認めるメイベルたちに励まされ、エドナは徐々に自分に自信を持てるようになっていく。
また、トレイシーと敵対するアンバーとベルマ親子の金髪に青い目、スレンダーなスタイルという風貌にも固定された美意識がうかがえる。にもかかわらず、色仕掛けでウィルバーを陥れようとしても見向きもされないアンバーや最終的にリンクに見限られるアンバーの姿を見ていると、彼女たちも固定観念に縛られた犠牲者と言えるかもしれない。
そして、3つめのキーワード「相互受容の革新性」についてである。トレイシーたちは、異なるとされているものに対しても寛容に受容し旧来の偏見を打破していく。トレイシーやペニーは、最初から偏見を持つことなく黒人文たちに接する。ダンスという文化で共通項を見出し、黒人たちの文化を尊重するのである。
これとは反対に、マジョリティーの大人たちは旧来の価値観にとらわれている様子が顕著に示される。差別意識の強いベルマはミスボルチモアに選出された過去の栄光と番組のプロデューサーであるため権力という実利的価値を振りかざす。また、エドナは太っていることがコンプレックスだったため10年間も外出せず、外の世界が以前よりは寛容になったことを知らなかった。それゆえに自分に自信を持てずにいたことも、古い価値観に縛られていることの表れであろう。
ただしコーニー・コリンズはマジョリティーの大人でありながら彼らに賛同する者の一人として描かれている。物語の終盤で不当に排斥されたトレイシーが番組に乱入してきたことに対して憤慨するベルマに対して言う「これが未来だ」という台詞にはそれが顕著に表れている。このよに、肌の色にしても体型にしても、マイノリティーを排除せずに受け入れることで革新が生まれることを、若い世代が中心となって教えてくれるのである。
これらのキーワードから見るメロドラマ的道徳律は、人の本質を見るべきであるという、旧来の考え方にとらわれない考え方だと考える。本作は、社会問題が登場人物たちの恋愛関係や夢の実現とともに描かれており、何重にも重なったテーマを楽しみながら考えることができる、メロドラマとして非常に意味のある作品であるといえる。

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