四葉のクローバーを探して

 夏が終わりに近づいてなんて言っているうちに肌寒い朝が顔を出すようになった。朝露に濡れ重くなった葉はサンダルに乗せられたむさ苦しい脚を刺激する。

 昨日の夜だった。勢い余って皆にアイスを奢り「俺は明日決める」と宣言し退路を塞いだ。皆それぞれアイスを口に運びながら「頑張れ」と笑って言っていた。アイスを食べるには少し無理をしなくてはいけない、そんな夜だった。けれどもアイスたちは溶ける間も無く皆消えた。

 不安と緊張で眠れない。これは遠足の前日の夜ほど甘いものではなかった。ただひたすらに重く責任を押し付けてきていた。甘い蜂蜜のプールでその重さとベタベタにもがいていた。けれど甘いと感じられるのはプールサイドにいる者のみで、中心で前へ進もうと手と足を動かす僕には甘さは感じられなかった。

 気がつけば窓の外は明るく光っていた。まぶたを閉じることなく。不安をかき消すべく僕は携帯を手離せなかった。応援要請を通達しすぐさま駆けつけてくれる友達もいる。そんな彼に朝から憂鬱を投げつけていた。僕の惚気と不安を一方的に押し付けられても嫌な顔せず笑いと安堵を提供し続ける彼には申し訳なさと感謝しかない。そんな僕は不安をかき消すためならなんでも良いからと藁にもすがる思いだった。ただ頭にふと浮かんだ四葉のクローバーをお守りとして持っていたいと口走っていた。

 朝の公園は連休を告げる子供達の和気藹々とした声に満ちていた。21歳にもなって公園の草っ原にしゃがみ込み下を向いたまま手を動かすのみ。睡眠をとっていない体には少しキツかったらしく立ち上がるとクラクラとする。

 彼はさすがに飽きたのか呆れたのか一人離れたベンチに座った。恥ずかしかったのかもしれない。けれども僕はそんなことを考える余裕なんてなかった。ひたすらに四葉のクローバーを探した。その日はわずかに雲が目につく日であまりいい天気という訳ではなかった。水滴で濡れた手足にもわずかに寒さを感じた。ただただ四葉のクローバーを探している僕はついに立ち上がることすらしなくなった。じっとクローバーの森を見ながらゆっくり手を動かす。長時間しゃがんでいたので足は痺れてきていた。次に立った時には足の痺れに立ちくらみが重なりかなりフラフラと足が動いていた。空も雲が少なくなり陽も出始めていた。ベンチに座る彼の元に歩き出し彼に左手を差し出した。少しの風で揺れるそれはなんとなく二人の間に笑いを作った。少し虫食いのある決してパーフェクトと言えないものだった。

 僕にとっての四葉のクローバーは持っているときに効果を発揮するものじゃなかった。探していることに探そうとすることに意味があった。今日僕は四葉のクローバーを見つけた。わずかな緑を財布に忍ばせて僕は彼に礼を言った。

 夜中になり雨も降り始めていた。今朝幸せの象徴を見つけた時に比べるととても安らかな場面ではなかった。一つ上の彼女は不安そうな顔をしていた。僕に呼び止められそれでいて呼び止めた本人が不安な顔をしているわけで、それはしっかり彼女に伝わっていた。僕は四葉のクローバーを探した。そして見つけた。その気持ちだけで何も考えずに僕は口から出る音に任せた。うまく和音になればいいと適当にゆっくり慎重に。何も考えていないのにゆっくり喋る僕はとてもバカに見えただろう、顔が不安すぎて引きつっていたかもしれない。けれども二人の幸せを容易に想像できた。

 僕は四葉のクローバーを探した。僕は四葉のクローバーを見つけた。僕は彼女に恋した。僕は彼女に伝えた。彼女は四葉のクローバーを褒めた。探した僕も。

 僕はそれからすっかり四つ葉のことなんて忘れていた。一つ大きな役目を果たしたのだからともう用無しと言うように。けれども四葉のクローバーは大きな仕事をした。恋に恋しているわけではない、恋をしている自分に陶酔している訳でも、ましてやその為に四葉のクローバーを探している自分にも。僕は彼女を好きだった。だから四葉のクローバーを探した。四葉のクローバーのことを忘れたのはそのためであると四葉のクローバーが教えてくれた。

 

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