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【百年ニュース】1922(大正11)1月1日(日) 神田神保町の映画館「東洋キネマ」開館。活弁は徳川夢声と藤原無鳴。伴奏楽隊は波多野鑅次郎。大正活映の提供で洋画を上演。関東大震災で倒壊・焼失したが,1928(昭和3)小湊健二設計のダダイズム建築として改築開業した。1970年代まで親しまれたが閉館した。

神田神保町の映画館「東洋キネマ」が開館しました。オープン時の活弁は徳川夢声と藤原無鳴が務めました。伴奏楽隊は波多野鑅次郎。大正活映が提供する洋画を中心に上演され人気を博しました。こけら落としの作品は『胡蝶の歌』『森の一家』『嘘』の三作。

オープン時の建物は翌年9月の関東大震災で倒壊・焼失してしまいました。しかし1928(昭和3)年に建築家の小湊健二が設計した新館で開業。この建物はダダイズム建築として評価が高く、太平洋戦争を挟んで存続し、1970年代まで親しまれた。閉館に際して惜しむ声はたいへん強いものがありました。

神田神保町「東洋キネマ」の開館広告
「東洋キネマ」が示された地図
小湊健二が設計した「東洋キネマ」。1928(昭和3)年
「東洋キネマ」は1970年代まで存続していた


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