No.90可視化される世界でこれだけは止めてほしいこと
世の中は「可視化」することに溢れている
自分が気づいたときには、いつの間にかこの世の中に溢れていた。
「数字による可視化」
今では何でも「可視化」「可視化」の嵐。
可視化と言っても、「数字による可視化」。何でも数字で全てを判断する世の中だ。
日常生活での最たる例はSNS上での「フォロワー」の数や「いいね!」の数だろうか。
確かに、数が増えることにより励みになったり自信がついたりと、良いことはあるのだが、かなり中毒性の高い危険が常につきまとう。
SNSの中毒性はもうかなり以前から問題視されていることだが、何か改善があったのかといったら変わっていないように思う。
SNSの運営者側としては、利用者離れを止めようと、あれやこれやの仕掛けを作り、利用者をつなぎ止めている。
例えば毎日アクセスしたらメダルがもらえるとか、何回投稿したらまたメダルもらえるとか、「いいね!」をある一定の数をもらったらメダルがもらえるとか・・・。
んん?そう考えたら、このnoteでそういったものやっているな・・・。
自分も完全にその中毒に陥っている気がする(笑)。
でも、自分の場合は、たしかにスキを頂いたりコングラボード頂いたりしたら正直嬉しいが、フォロワー数はあまり気にしていないので、中毒になっていないはずだと自分自身に言い聞かせる(苦笑)。
今後「可視化」されたくないこと
SNSの他には、ウェアラブルで健康管理したり、人事評価を数字で可視化したり・・・、小学校では最近数字による評価をしていないようだが、世の中は完全に「数字による可視化」に舵を切っている。
そういえば、数年前に所属していた部署で、組織の幹部候補になっている課長の下に仕えたときに、その課長が人事評価のことについて、
「別に真面目に仕事していれば評価なんてみんな同じだよ。
ただ、長く働いたからとか、ちょっと難しい仕事したからといって、地道にルーティンワークしている職員より評価を上げるのはおかしい。
ルーティンワークだけやっている職員も立派だし同じ評価を与えたいけど、この相対評価ってやつは意味が分からん。仕事こなせば、私からしたらみんな同じ評価だよ、そう思わない?よしまるさん。」(記憶をたどった限りこんな話)
とおっしゃられて、とても共感し、そして感動した。
数字では計れない他の点について評価するべき。その課長には今でも尊敬している。
ただ、他にも組織の悪い点や世の中の納得できない点について、よく自分の前に話しては意見を求められたときは答えに窮したが・・・。
どちらかといったら組織の異端児扱いされているだろうから、トップまで上りつめるのは厳しそうだが、この方ならトップになって頂いても構わないと感じた。
・・・完全に話が脱線したので戻すが、世の中の可視化はもう防げないと思うので、これだけはやって欲しくないものがある。それは、
「家事・育児の数字による可視化」
これだけは絶対に止めてほしい。
既に取り入れているご家庭もあるかもしれないが(あったら怖い・・・)、自分が想像するに、こんなの完全に配偶者の主観で決まるので、例えば、
「機嫌良ければポイントアップ」「機嫌悪ければポイントダウン」
とかされたらたまらない。気が狂いそうになる。
「皿洗いで10枚洗ったら+5点、それ未満なら-5点、汚れが落ちていなかったら1枚につき-1点」
や
「子どもの勉強を教えたら+10点、だけどテストで順位が落ちたら、教えたあなたのせいだから-30点」
や
「お風呂掃除で快適に入れるくらい綺麗にしたら+10点、水垢が残っていたら-20点、カビが生えていたら-30点」
など。
そして月終わりの総合点で夫のお小遣いが決まる。
「今月-200点だから、お小遣い無しね」。
・・・心理学専攻ではないが、人間は大体ネガティブなことに目がいきやすいので、加点より減点の方がより大きくなる傾向があるんではないだろうか。
評価される側(夫か?)が明らかに不利だ。
あとは、上記で書いたとおり、気分の良し悪しで決まる・・・これはどう考えても、総合点でもマイナスになる確率が多いのではないだろうか。
恐ろしい・・・こんなことになったらもうくつろげる場所なんてどこにもなくなってしまう。
点数方式でお小遣いも決められた日には、何のために働いているか分からなくなる。
これだけは頑張って阻止しなければならない。
毎度ダラダラ感溢れる記事ではあるが、自分は本気で恐れている。
もし取り入れようとお考えのクリエイターさんがいらっしゃったら、今一度考え直して欲しい。
夫婦関係が破綻するその前に・・・(誰)。
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