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【小説】 ゆるふわ愛され☆猟奇殺人

 あたし、マユミ!

 この前、彼氏と付き合って三ヶ月の記念日を祝ったの。せっかくだからお家デートで、美味しいアクアパッツァとケーキを焼いて、二人でお祝いしたんだ。

 彼氏はマユミに「指輪にしようか迷ったんだけど、"重い"って思われるかなって……」と言いながら、可愛いネックレスをくれたよ。……んもう、指輪でも重くても何でも、あなたの気持ちが嬉しくないわけないじゃん! もちろん、ネックレスのプレゼントもとっても嬉しい、ありがとう。マユミ、幸せ!

 あたしは彼氏をいじめていた、アイツの手首をプレゼントしたよ!

 骨って結構、硬いんだね。ちゃんと関節に合わせて切り落せば、もっと簡単だって後で調べて知って、あっちゃーって思っちゃった。でも、何事も最初は時間がかかったり、失敗しちゃうことよくあるよね。失敗は成功の母だもん。

 あ、でも。手首を切り落とす前に息の根は止めるのは、ちゃんとうまくいったよ! 包丁で内蔵を狙って刺したんだけど、このときに刃を横に倒して刺すの。刃が縦だと肋骨に阻まれちゃうからね。胃に穴が空いて、胃の内容物がこぼれ落ちちゃった。臭いがキツくて、掃除がちょっと大変だったなぁ。

 手首の消臭も結構、気を遣ったの。ね、ちゃんとしてるでしょ? 切り落とした手首に防腐処理を施して、臭いがしないようにしたんだよ。腐敗が始まっちゃうと途中で止めるのはなかなか難しいから、すぐにやるのがコツ!

 やっぱり、こういう気配りって大事じゃない? 料理も同じで、ひと手間加えるだけで美味しくなるの。このひと手間を面倒だぁーって思わずにちゃんとやると、料理に込めた気持ちが伝わるんだよ。これが「料理は愛情!」って言われる理由だと、マユミは思うなぁ。

 でも、彼氏はマユミのプレゼントに戸惑っていた。

 マユミが「ジャジャーン!」ってプレゼントの箱を開けると、すごくキラキラしていた目をして彼氏はプレゼントを見てくれてたの、最初はね。でも「マユミ、これなに?」って理解が追いつかなかったみたいで。「見てみて!」ってマユミが促すと彼氏は手に取って近くで見てくれて……その後、身体をビクッとさせて手首を落としちゃった。床に落ちた手首はボトッと鈍い音がした。

 「……マ……ユミ、こ、れ……な、に?」って、彼氏はさっきと同じことを聞いてきたの。うん、うん、わかるよ! 手首って、普段は人体にくっついている状態でしか見ないもんね。切り離された手首だけを見る機会なんてなかなかないし、何なのか分からなくてもしょーがない!

 だから、マユミはちゃんと答えたの、良い子でしょ? 「○○君の、手首だよ!」って……あ、○○君ってのは彼氏をいじめていた人の名前ね。ほんとは、ムカつくから名前も出したくないの。名前を口にすると、喉と唇が汚れそう。この気持ち、わかるでしょ?

 彼氏はしばらく呆然としていたよ。そしてしばらく経ったら、「へ、は? アイツの、は、ははは。マジか、え。アイツは?」って聞いてきてくれた。あ、やっぱそこ気になっちゃいますよね。なので、マユミは携帯電話でニュースサイトの記事を見せて答えましたっ!

「ジャン! この"身元不明の遺体"ってのが、それです。たぶん身元の特定にも時間かかるだろうし、事故死として処理されると思うよ」

 彼氏はニュースサイトの記事を読みながら「は、はは……は……」と声にならない声をつぶやいてました。嬉しすぎてリアクションが取れないことって、あるもんね! ふふふ、彼氏にもっと好きになってほしいなぁ……。だからね、マユミは床に落ちた手首を拾って、彼氏に笑顔でこう伝えたの!

「ね、そしたらさ! 毎年、アイツの命日にお墓参りに行こう。きっと素敵な記念日のデートになると思うよ!」

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 彼氏があたしの首を締めている。

 三ヶ月記念日の後、彼氏は様子がちょっとおかしかった。頭痛を訴えたり、食欲がなかったり、よく立ちくらみをしたり、嘔吐したり……心配してマユミが声をかけると「ひっ」と小さな悲鳴を上げることがあったの……そのリアクション、ちょっと傷つくなぁ。

 でも、彼氏はあたしの顔を見て「あ、大丈夫……ごめん、ごめんな」ってすぐに謝ってくれる。こういう優しいところが、好き。

 彼氏は独り言が多くなった。小さな声でブツブツと「アイツが死んだ……」「これで良かったんだ……」「悪いのはアイツだ……ざまぁみろ」「ははは……」「……本当に、これで良かったのか……」とつぶやいていた。

 うーん、マユミはどっちかというと「やっちゃったことでクヨクヨしてても、しょーがない!」って思っちゃう派かなぁ。でも、人それぞれ違う価値観なのは当たり前、お互いに尊重し合える恋人関係が理想ですっ!

 そんな彼氏に今、あたしは首を締められている。

 マユミの部屋で彼氏と一緒に過ごしているときだった。マユミは机のパソコンで可愛いネコちゃんの動画を見ていたの。で、ねぇこれ可愛くない!?……と彼氏に見せようとしたとき、背後から首をギュウと締められた。掌から伝わる強い圧迫感、喉元の鈍い痛み、そして愛しい彼氏の体温。あたしは彼氏が「本気」なんだって理解した。

 このままじゃマズい!……と思って、あたしは彼氏の手をトントンとタップする。彼氏は首を締める力を緩めない。視界が白んでいく、顔に血が溜まって熱を帯びる、息が詰まる、嘔吐感がある、でも、吐けない。もう一度、必死で彼氏の手をトントン、トントンと手を優しく叩いて訴える。お願い、やめて。

 ……彼氏は手を緩めて、離してくれた。本当に、本当に、優しいと思う。こういうところが、あたしはこの人が好きだって、愛しいって、そう強く思うんだ。

 ゲホッゲホッとあたしは咳をする。「……だ、大丈夫か?」と彼氏は声をかけてくれる……嬉しい。彼氏はさっきまで、本気でマユミの命を奪おうとしてた。それでも、非情に徹しきれないで、躊躇して、心配しちゃうなんて、優しすぎると思う。そんな優しい彼氏に、あたしはこう伝えた。

「首を締めるときは、ゲホッ……圧迫するんじゃなくて、ゲホッゲホッ……ちゃんと首の骨を、ボキッて折らなきゃ、ダメだよ」

 まず伝えたかったのは、これ。マユミだったから良かったものの、他の人だったら首を締められたらすぐに暴れて、彼氏が怪我しちゃってたかもしれない。逃げられたら警察に通報されて、捕まっちゃってたかも。自由を奪われるのは、死ぬほど……ううん、死ぬよりキツイよね。想像しただけで……すごく嫌だ。

 だから、首を狙って殺傷するときは頚椎(けいつい)を折って首の神経を損傷させなきゃ。人体はひねる動作に脆弱だから、首をねじって骨を折るのもアリだけれど……できれば仰向けの状態で、その上にまたがって、体重をグッとかけて、マユミの首を折ってほしいなぁ。

 あたしは、彼氏の顔を見ながら死にたい。

 それにしても、危なかった。あのままマユミが命を落としていたら、彼氏一人じゃマユミの死体を適切に処理できなかったと思う。彼氏が警察に捕まるのは、嫌だ。こんなに優しい彼氏に刑務所生活なんて、させたくない。彼氏には、幸せになってほしい。

 彼氏がなんでマユミの首を締めたのか、それは分からない。でも、あたしは彼氏の考えを、彼氏の行動を、彼氏の価値観を、尊重しようと思った。あたしは自分自身よりも、ずっと彼氏が大事だなって感じる。理屈じゃなくて……うん、これが「愛」ってやつなのかも。

 あたしは、死体処理の手順を書いたノート(ピンクの可愛いやつ、彼氏が初デートのときにマユミに買ってくれたの!)を彼氏に渡した。彼氏は、恐る恐るといった感じで、ノートを手に取る。彼氏の顔から血の気が引いている……恐がらなくていいよ、大丈夫、大丈夫だから。

 そのあと、パソコンと携帯電話をスパナで殴って破壊した。ハードディスクの情報を隠蔽するには、セキュリティソフトよりも物理的に壊すのがイチバン! マユミと彼氏の関係を警察に知られる可能性は、なるべく抑えておきたい。普段から、彼氏へのメールは海外サーバを三重に経由していたから、警察に辿られることはないと思うけど……でも、念には念を入れて、ね!

 うん、よし。

 あたしは、彼氏の手を引いて、床にゆっくりと横たわった。そのまま、仰向けになる。

 本当はベッドで最期を迎えたいけれど、ベッドじゃ柔らかすぎて体重をかけても首の骨を折れない。首を圧迫しての窒息死も期待できるけど、確実じゃないしなぁ。優しい彼氏のことだ。

 万が一、マユミが息を吹き替えしたら、救急車を呼んじゃうかもしれない。うん、彼氏にトドメを刺してもらえるだけで幸せなんだから、これ以上の贅沢を望むのは……。

「……ねぇ、もう一度だけ、好きって言って」

 あたしは彼氏にそう言った。それくらいのワガママは、許してほしい。マユミの心臓が止まった後、彼氏がどうするのかは分からない。マユミのノートの通りに死体を処理して逃げるかもしれないし、自分も死んでマユミと心中するつもりかもしれない。でも、それは彼氏が自分の意思で選ぶこと。彼氏の意思を、あたしは大事にしたい。

 彼氏がどんな生き方を選んだとしても、どんな死に方を選んだとしても、マユミの愛は彼氏と共に、ずっと一緒。

 彼氏は、ボソボソと小さな声で、何かを言った。あたしはそれを聞いて、ああ、幸せってこういうことなんだ、と感じた。そして、あたしは彼氏の手を、大好きな愛しい手を、ゆっくりと自分の首に導いた。

 彼氏の指先が、あたしの首元のネックレスに、優しく触れた。

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