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アイドルにはなれないけど魔法使いになりたい

こんばんは。
今日はわたしの推しの一人、石川梨華さん(梨華ちゃん)がモーニング娘。を卒業して16年目の記念日でした。アイドルを好きになると、そわそわするような記念日が増えて楽しいですね。周りの人と違う暦を生きてるみたい。

なんだかんだ言っても可愛い女の子には救われてしまう。どタイプの女の子が歌っていることはこの世の真理と思い込んでしまうし、その顔を見るために一日頑張れてしまう。梨華ちゃんの端正な顔立ちも、甘くて舌足らずな話し方も、健康的なスタイルも、比喩でなく人の命を救ってしまうのだ。
つくづく、アイドルってパンドラの箱を開けた存在だと思う。可愛い女の子をじろじろ見る権利を当たり前のように万人に与えてしまったのだから。「推し」を選ぶ権利も、育てる権利も、競争させる権利も。女の子を取り巻く欲望をシステム化して、ひとつずつ許して、最大限に膨らませてお金に変える。
膨れ上がった欲望に晒される女のわたしと、ちゃっかり救われてしまうオタクのわたし。アイドルになれなかったわたしは、その二つに引き裂かれながらアイドルを推している。

残念ながら、わたしは人を救う術を生まれつきは持っていない。みんなが振り返るような華やかさもなければ、想像を掻き立てるようなイイ身体をしているわけでもない。じゃあアイドルになれない人間はどうやって人を救うのか、ずっと考えている。それって「呪いを解く」ことかなあって最近は思う。
体毛のある女は幸せな恋ができないとか、炭水化物を一定以上摂ると罪悪感に苛まれるとか、笑顔を絶やした瞬間「怖い女」認定されるとか。そういう小さい呪いっていつの間にか染み込んでいて、気づくにも自力で解くにも限界がある。アイドルのキラキラは呪いを全力で隠すところから始まるから、そこに解く術を見出すのは難しい。キラキラせず道化にも回らず手に入れる幸せって、前例がないからわからない。
だから、自分の人生で実験したい。前例を作れたらもちろん素晴らしいし、作ろうともがいてる人がいるって事実自体が誰かの呪いを解くかもしれない。アイドルにはなれなくても魔法使いにはなれるかもしれない。あくまで希望的観測で、やってみないとわからないけれど。

ここは大事なところだけど、わたしがなりたいのは魔女じゃなくて魔法使いだ。
童話や絵本に出てくる魔女って、「怖い女」の呪いに凝り固まってて好きじゃない。アイドルか芸人か、姫か魔女かじゃなくて、それをピョッと超えていく魔法使いがいい。

(とはいえ、アイドル願望は完全には捨てきれていません。𠮷澤ひとみさんに憧れてベーグルとゆで卵を頻繁に食べているのはここだけの話。)

それでは、今日はこの辺で。夢の中ではアイドルになれるといいな。
おやすみなさい。



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