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[想像に眠るあなたへのメッセージ]王様のスープ

 王様のスープ
 
僕は、コノ島の『はみ出し者』だ。

 コノ島のルール、風習、文化、価値観が全てだと思っていた。しかし、1年前のあの日から、僕はコノ島の暮らしに違和感しか抱かなくなっていた。
 コノ島は小さい。1日あれば大人の足で島を一周する事なんて容易なことだ。しかし、島をぐるっと優雅に散歩するなんて無駄な道は存在しない。小さな島にある、全ての建物が計算尽くされたパズルのように、完全にピタりとハマり、1292人の人々が重なり合うように、ひしめき合いながら暮らしているからだ。隙間風は通らない、雑草さえも息苦しくなる程に、全てが滞っている。
 ここの島人達は、余白の場所、余白の時間が怖い。余白に入り込んでくる新しい変化が何よりも怖いのだ。

 僕はコノ島の『はみ出し者』。島人たちが一分一秒の無駄な時間を惜しむように働いている中、もう働く気すら起きない僕は、人ひとり通るのがやっとの狭い道を通り抜け、隣島と結ぶ橋で身を隠すだけの日々が続いていた。

 年に一度のお祭りにしか使われない古びた吊り橋の向こう側には『アノ島』がある。
 アノ島は、コノ島の100倍以上の土地面積があるのにも関わらず、国王とたった213人の島人しか住んでいない。しかし、余白に恐怖を感じるコノ島の島人達は、余裕だらけのアノ島へ行くことが何よりも恐怖を感じ、誰もこの橋には近づこうともしない。

 「あれ?なにか書いてある。」
吊り橋の柱に貼り紙がめずらしく貼られていた。

『明日開催予定の王様のスープ祭りに際し、アノ城の清掃の手伝い求む。』

「行ってはいけない。」という暗黙のルールを吊り橋の向こうへ置き去りにして、体だけが前へ前へとアノ島を目指して勝手に動いていた。

 一年前の『王様のスープ祭り』に初めて参加した日から、僕の中には、初めてピッタリとハマらないパズルが現れ、僕を支配しようとしている。
 あの日、生まれて初めてアノ島を見た。そこには、無駄としか思えない広大な土地があり、無駄としか思えない時間が流れていた。それなのに、一瞬だけ垣間見たアノ島の人々の表情は、柔らかく豊かさで満ち溢れていたのだ。それは、コノ島しか知らなかった僕に、コノ島に対する違和感と欠乏感を与えるには十分だった。変化を恐れ、変化を起こさぬように育ってきた僕は、この新しい感情をどう処理して良いのかわからなかった。違和感を払拭することもできず、受け入れることもできず、僕はあの日から、コノ島の島人らしくなくなってしまったのだった。

 アノ城に着くと早々に、執事から窓拭きの仕事を頼まれた。コノ島では、嫌イヤしていた窓拭きは、なぜかアノ城では自由で楽しくて、夢中になって磨いていると、背後から声をかけられた。

「明日のスープ祭りには参加するのかい?」

 後ろを振り返ると、あの王様が立っていた。どのスープにも美味しいと絶対に言わず、優勝者さえ決めない、自分勝手で気難しく、繊細で、怒りっぽいとコノ島で噂の王様だ。

「は、はい…」と僕は恐る恐る答えた。

「君が城に来てくれたってことは、君自身に余白を作り出したんだ。変化を受け入れられる準備ができたという事だよ。僕は君のような存在をずっと待っていたんだ。君はコノ島へ新しい風を吹かせるパイオニアになるのだ!
 変化が何よりも苦手なコノ島の人たちは、変化を持ち込んだ君の事を傷つけ嫌うだろう。今まで作り上げたものを壊される不安と、変化を受け入れられない気持ちを君にぶつけてくるだろう。
 彼らが不安を込めて発した心ない言葉は受け取る必要はなく、君にしてもらいたいのは、君の背中で僕のメッセージを伝える事だけ。君には十分な余裕がある。大丈夫。君ならできるさ。」

 僕は、驚きと戸惑いで声の出し方を忘れてしまった。
「…は、んんん。」何度も喉を鳴らして調整して、やっと声が出てきてくれた。「は、はい。やらせてください。何をしたらいいのでしょうか?」と王様に尋ねた。

 帰り道、王様の話をコノ島の住人にどう伝えるべきなのか考えた。なぜなら、王様が言ったことは、既にみんなが知っている事だったから。

 王様が僕に言った事はこうだ。
「『王様のスープ祭り』の決まりは、極めてシンプルで、私の誕生日である明日、午前6時から午後6時までの間に、1杯のスープを一家の代表者が城まで届けるだけだ。
スープを届けられた者には、アノ島の大きな家と広大な土地をプレゼントする。
 いいかい、30年以上も勝者がいない事実をもう一度見つめ直して欲しいんだ。無駄のないスープを作り、無駄なく王に届けられた者が明日の勝者になる。そんな簡単なことなんだ。」

 結局、長い吊り橋を渡っても、僕は伝え方を見出せなかった。とりあえず王様の言葉を紙に書き、僕の背中に貼って島中を歩いてみることにした。
 忙しい島人たちは、「こんなことは誰でも知っている事だ!」と、いつもと違う日常が迫っているストレスで、いつも以上に怒り狂い、紙を僕の背中から引き剥がし豪快に破って捨てた。
 傷つきやすいはずの僕だったが、冷たい島人の態度なんて、もうどうでもよくなる程に明日の事しか考えられず、さっさと家路につくと、明日の準備を始める事にした。でも、スープを作り始める前に、未だに正解がわからない王様の話を一晩かけて僕なりに読み解くべきだと思った。

 午前6時、僕はこの島を一望できる高台で、答え合わせの時を待っていた。『王様のスープ祭り』の開始を知らせる花火が静かな島に鳴り響く。一斉に玄関の扉を開け、狭い道に飛び出した島人たちの手には、皆、同じ大きさの器があり、そこには、濁りが一切ない熱々のコンソメスープがなみなみと注がれていた。
 
風の音さえもない静寂だった島が怒号で震え上がる。
「ぶつかるな!」
「熱いスープをかけるな!」
「遅い!スープが冷める!」
「急げ!早く、どけ!」
 器の淵の際の際まで注いだ熱々のスープを運ぶ島人たちは、不安からくる疲れと緊張、そして怒りが島民の器から溢れ出していた。

 僕には、結果が既に見えていた。

 去年、僕がアノ島に辿り着いた時に、器を見て愕然とした事を思い出したのだ。人々に揉まれ、気づいた時には、器は空っぽだった。同じ理由で、誰も王様にスープを届けられていない。だから、勝者もいないのだ。僕が予想した通り、島人たちは疲れ切った表情で続々と戻ってきた。

 僕は、さっそく家へ戻りスープを準備した。日が傾き再び静まり帰った島に、『ギーッ』と古いドアが開く音が響く。一歩外へ出ると、隣の住民が玄関先から僕にこう言った。
「もう祭りは終わりだ!何をやっているんだ!」
その声を聞いた隣の住人も、玄関先から僕のスープを見てこう言った。
「王様が好きなスープは熱々のコンソメスープだけだ!そんなの持っていても無駄だ!」

 コノ島の島人達の器は、1ミリの隙間もない程に一杯一杯になっている。だからこそ、頑固になるしかなく、執着心を持ち続けるしかないのだ。暮らしに工夫を凝らしたり、柔軟な新しい考えを受け入れるなんて、もってのほかなのだ。
王様の事だってそう。実際に会った事もない王様に、僕らが考える『王様のあるべき姿』を勝手に当てはめて、事実とは全く異なる王様像を作り上げてしまっていた。余裕のないコノ島の島人達には、それしか出来なかったのだと、王様に直接会ったことで気づかされた。
 だからこそ、今まで持ってはいけないと思っていた自由な発想さえも受け入れて、王様の言葉に純粋に向き合い謎解きした結果がこうだ。
 『住民との無駄な争いをさける為、ひと気のない祭り終了間際に、冷めても平気なじゃがいもの冷製スープを、揺れる吊り橋を歩いても、こぼれる心配のいらない器の半分の量まで入れ、心と器に余白と余裕を持って行く事。』
 吊り橋を渡り始めても、住民からの心ないヤジは僕の耳には届いている。僕にだって、これが正しいのかどうかなんてわからない。だけど、進みたい。進むしかない。僕の心は、城に灯った明るい光に一直線だ。
ー終わりー

王様のスープ〜あとがき〜
  
 器に並々と注がれたスープのように、私の気持ちもいっぱい、いっぱいになる時があってもいいと思う。
 些細な刺激でイライラしたり、理由もなく涙がポロポロこぼれてきてしまったり、そんな時があってもいい。
 今にも溢れ出しそうな気持ちを、どうにか溢れ出さないように、自制心を保とうと頑張る。けれど、溢れ出すことがあってもいいと思う。むしろ、我慢なんかするより、わざとこぼしてしまう方がスッキリする時もある。

 さか上ること約8年前、上の3人の息子達が2歳差で生まれ、3人ともがそれぞれ手のかかる年齢。本当に可愛くて、癒しで、楽しくて、子供達のことを愛しているけれども、私の体力も精神力も限界ギリギリの日々が毎日続く。
「あんなこと言わなきゃ良かった。」「あんなことしなければ良かった。」と、怒りたくないけど怒ってしまうような後悔する日々が続いていた。
周りには頼る家族もいないし、当時は旦那が大学院に通いながら仕事をしていたから、彼にも頼れない。毎日寝不足で常に疲れている状態。記憶が飛ぶ程、いっぱい、いっぱいだった。
 でも、その状況を作り出したのは私。自らの選択で「助けて」と言わなかった私。自らの選択で家族から離れて暮らしていた私。自らの選択で、『家事も育児も完璧にしたい』と寝る間も惜しんでいたのも私。
 イライラが止まらないし、辛くて苦しくて、なんで私ばかりがこんな想いをしているのかと思っていたけれど、人生にはそんな時も必要なんだと思う。

 私の器を一杯一杯にしなければ、大きな器を必要だとは思えないし、器に入っているスープの量を減らそうともしない。だからこそ、器を見直しましょうっていうタイミングが人生には何度かくるのだと思う。
 器の中身を整理して、必要と思えないエゴや固定概念を捨て、器に余裕を作り出す。
そして、人生の大きな山を超えることで、一回りも二回りも大きな器を手に入れる事ができるからこそ、心の余裕も手に入る。
「器からスープが溢れそうだ。」と気づけたならば、器が大きくなるチャンスがきた!と喜んだらいい。そうしたら、大変な時も、なんとか乗り切れる気がする。


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