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『原子力の哲学』(戸谷洋志 著 集英社 2020)読書感想文

以前、戸谷洋志氏の著書『Jポップで考える哲学 自分を問い直すための15曲』を読んだことがあった。彼が哲学者であり、原子力も一つの研究対象としていることも知っていた。そんな戸谷氏が『原子力の哲学』という新書を上梓したと知ったので、読んでみた。

本書では、ハイデガー、ヤスパース、アンダース、アーレント、ヨナス、デリタ、デュピュイ、という7人の哲学者の原子力に対する思想が紹介されている。ここで言う、「原子力」には核兵器だけでなく、原子力発電も含まれている。

我々のような哲学の非専門家がハイデガーなどの思想を原著から読み解くのはかなりハードルが高い。思い返せば、僕も物理学科の学生の頃、ハイデガーの『存在と時間』を読もうとしたが、数ページで断念した覚えがある。

そのような哲学者の思想を、別の哲学者(ここでは戸谷氏)が平易な言葉で非専門家向けに紹介してくれるのは、一読者として嬉しい。さらには、新書という形で紹介してくれる点もとても有り難い。

さて、特に印象に残っている内容を二つ紹介したい。

まずは、ハイデガーの言う現代が「技術の動向によって規定された時代」であり、我々「人間は、原子力時代のなかにいながら、自分がその時代に属していることを、理解できていない」という考えだ。

確かに言われてみれば、「技術の動向」が時代に強い影響を与えている。いや、「強い影響」なんかでは収まらない。だから、「規定」とまで言わねばならないのだろう。そう考えると、現代は「原子力時代」と言える。事実、核兵器や原子力発電の話題はニュースでも度々取り上げられている。しかし、それについて僕たちはあまり考えはしない。ハイデガーの指摘にハッとさせられる感覚になった。

もう一つはアンダースの「想像力の有限性」についてだ。アンダースは加害側・被害側双方の関係者と対話を行っていた。加害側との対話からは核攻撃が「実行した者を精神錯乱に追い込むほどに、人間の能力の限界を超えた行為」であることを知った。また、被害側との対話からは、原爆投下について「広島の人々は原子爆弾をあたかも天災であるかのように捉えていた」ことを知った。このような対話を経て、彼は人間の「想像力の有限性」について言及していた。

原子力が招く破局は甚大であることは誰でも想像できると思っていた。しかし、その「甚大さ」について僕たちは想像できていないのだろう。この「想像力の限界」が原子力問題の解決の足かせになっていると、アンダースは警鐘を鳴らしているのだ。

上記の2点はあくまでごく一部の内容である。ハイデガーやアンダースの思想をより詳しく知りたい、もしくは、他の哲学者の思想についても興味がある人は本書を手に取ってみてほしい。

さて、7人の哲学者の思想を紹介した上で、戸谷氏は「原子力の問題は自然科学的な専門知だけでは解決できない」と結論付けている。その理由として戸谷氏は、以下の3点を挙げている。

  • そもそも自然科学的な専門知に基づく予測には限界がある

  • たとえ破局が科学的に予測できたとしても、人間にはそれを信じることができない

  • 科学的な予測はそれに対してどう行為すべきかを教えてくれはしない

原子力は人類がこれからも対峙し続けねばならない巨大な問題だ。この問題に対して、科学が一定の役割を担うことは間違いない。それと同時に、科学だけでは解決できないことも間違いないだろう。政治や経済も関わってくる。そして、そこには哲学も重要な役割を果たすのだろう、と本書を読んで感じることができた。

原子力問題における哲学の役割。今後も注目していきたい。

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