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『物理学者のすごい思考法』(橋本幸士 著 集英社 2021)読書感想文

本書は理論物理学者である橋本幸士氏によるエッセイ集である。彼の日常、そして、その日常を彼がどんな視点で見ているのかが記されている。それぞれのエッセイからは、彼が理論物理学者の眼で世界をどう捉えているのかが垣間見られる。

本書に描かれている橋本氏の日常には、大きく二つあると感じた。

まず一つは、家庭での日常。つまりは、夫や父親としての橋本氏の日常。もう一つは研究者コミュニティでの日常。つまりは、物理学者としての橋本氏の日常だ。

家庭での日常に関わる話題では、ギョーザの皮が余った時やスーパーマーケットで人にぶつかった時に考えること、はたまた、娘さんの誕生日に考えたことなどが書かれている。読んでいて、根っからの物理学者なんだな、と感じた。

僕も一応、物理学者の端くれだけれども、ギョーザの皮が余っても、スーパーマーケットで人にぶつかっても、「あ、余っちゃたな」とか「次はもう少し気を付けるか」と感じるくらいで、他はたぶん、何も考えない。

じゃあお前は物理学者じゃないじゃないか、とどこからか聞こえてくるような気もするが。本書には関係のないことなので、一旦、棚上げしておく。

さておき。一方の研究者コミュニティでの日常については、「あるある」と感じるものもあれば、「ないない」と思うものもあった。ただ、所々に散りばめられている橋本氏の研究観とか科学観は、一流の研究者の凄みを感じさせるものだったと思う。

僕が一番印象に残ったものは「神と触れ合う時」というエッセイだ。橋本氏は理論物理学者だ。理論は実験によってその真否が検証される。この様子について、橋本氏は以下のように書いている。

理論物理学のあらゆる論文は仮説である。自然現象との比較によって、その仮説が真であるかどうかが判断される。実際に物理実験を行って、理論仮説の通りに実験結果が出た時に、その仮説は自然の真理をつかんでいる、という段階まで格上げされる。これを、「仮説が『自然』に選ばれる」と表現する。その時が、まさに神の視点に近づいた瞬間である。なぜなら、自然こそが人類の集合知を超えた存在であり、自然の仕組みを解き明かすことが物理学という学問だからである。だから、神と人間をつなぐ位置にあるのが研究論文なのだ。(p111-p112)

「神の視点に近づいた瞬間」という表現にしびれた。それに最高の喜びを感じ、真理を探究し続けている研究者だからこそできる表現なんだろうな、と感じた。

「ある物理学者の日常」が気になる方は手に取ってみても良いかもしれない。きっと、自分にはない視点に出会うことができるはずである。

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