〔0日目〕佐藤 尚樹(さとう しょうき)視点



みんなの遺書を読みながら

大人達というよりは社会から見て理由の分からない子供の自死が増えたのはいつからだろうか。
少なくとも、20年前くらいからは、ポツリポツリと起きていて、けれどもそれはニュースにはなっても、やれ学校の問題だ、とか、いや、家庭環境はどうだったんだ、とかその子の交友関係は?とか、もう居ない幼い個人を悲しむ時間よりも、生き延びているその子の周り大人達の責任のまるで擦り付け合いだ。

戦争を知る時代の大人や、それを立て直す時代の大人は、まるで今の若者達が弱くなり、或いは駄目になり、今の時代を甘いとすらする。

人数で圧倒的に劣る若者や子供は、その意見を、耳にしても反論する余力も無いほど、諦めている。何を、かと言えば、国のあり方とか、そもそもが、自分自身を諦めていたりする。

世代の差を埋めることより、ジェネレーションギャップを良い訳に、上の世代は歩み寄らない。同じ意見の人間が山ほどいればそれは確かに楽園だろう。楽園から出たい人間なんてきっと中々希有だ。または本当に今の時代の苦しみが解らないのだろう。解らないから、目を閉じる。目を閉じるから、もっと見えなくなる。だが、その盲目さが、今日も、幼い命を、或いは、もう現実的には幼くないが、内面に孤独な子供を抱えた命を、奪っていくのかも知れない。


そろそろ解ろうとしなくては、きっともう手遅れだ。


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「見える側の人間に生まれる地獄を知っていますか?」

もう付き合いも長いが、時々よく分からない発言をする幼なじみが言う。
意味が分からないからしばし返答せず固まって、その言葉を反芻するが、お手上げだったので、質問に質問で返した。
「それは、視力があるから、例えばあの辺の・・・人だかりが見つけられる、とかとは違うんだろ?」
例を出すのにも困ったが、偶々見つけた人だかりは人だかりで、気にはなった。何が、あった?
だが、自分たちの足はそちらの方向にゆっくりと近づいていたので、まぁ、その内解るか、と、幼なじみとの会話に意識を戻した。

「・・・違うけれど、僕も、なんて言ったら良いか・・・すみません。」
この幼なじみは、正直頭が良いのに、嫌、或いは良すぎて、時々言葉に詰まる。それはいつものことだった。それに付き合って、ずいぶん自分も頭を捻らせることがあった。
だが、今回の質問に関して言えば、自分が考えて意味が分かる気もしなかったので、あえて、幼なじみが、言葉を見つけるのを待つ。沈黙して待つ。

ザワザワ、と人混みは更に大きくなっていたし、少しずつ近づいていたので、人混みの中の一人一人の声も意識すれば聞き取れるくらいになっていた。
「え、やだコワ…」「正直家に帰ってやれよなーウザw」「何考えているんだ…やって良いことと……」

「尚樹くん?」
名前を呼ばれて、意識を幼なじみに戻す。だが、まだ内心は、この先の人混みでは確かに良くないことが起きたのだ、と思ってしまった。
「悪ぃ、ちょっと忘れ物したかも、さっきの図書館戻って良いか?」
「……尚樹くんも、案外見える側の人間なんでしょうね…勘が良い、から…」
「?さっきの話か?俺意味分かってないけど…」
幼なじみは、少し困ったような顔をした、そして、羨望と失望の入り交じったような、でも羨望の方が強いような、なんとも難しい表情をした。

「君は確かに見える側だけれど、見ない選択も出来るから、きっと大丈夫ですね」

人混みは膨らむ、もう足を止めていた俺たちを包むくらい。やがて俺たちも人混みと一体となる。人混みの中心は、けれどもぽっかり空いている。そこだけは誰も入れない、のか、それとも誰も入る気が無いのか、或いは、中心に居る主が、誰も入れる気が無いのか。


「図書館、一人で戻って貰っても良いですか?僕は…この人混みが気になるから、何の事態か解ったら、帰ります。」


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身長160㎝、体重なんてきっと一部女子より軽い。顔立ちは特に女顔ではないのだけれど、中性的と言えば中性的な顔をしている。

頭脳面で言っては、会話の端々で時々気付かざるを得ないほど、明らかに俺のボロ負けなのに、テストの点は俺の方が良い。

だが、劣等感とも違う、"負けた"という感覚に陥るのは、さっきのような事が起きたときばかりだ。

癸 真矢(みずのと しんや)

俺の幼なじみは、何の力も持っていないのに、或いは男として考えれば、非力で頼りない部類ですらあるのに、当たり前に、何か起きれば、その何かと向き合う。

その度自分のつまらなさを痛感する。俺は、自分が無駄に傷ついたり、嫌な思いするよりは、なるほど確かに、"見ない選択肢"を選ぶのだ。

あいつはその只の情けない選択を、何故か、"選ぶことも出来るから大丈夫"と
少し羨ましそうにすら、言っていたっけ。

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