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創作大賞感想【連作短編小説「次元潜水士」/水月】

前半がネタバレ無し、後半がネタバレありになっています。
ネタバレタグをつけると、避けてしまう方もいらっしゃると思うので、先に断り書きをつけることにしました。よろしくお願いします。

 水月すいげつさんは今回、とてもたくさんの作品を、創作大賞に応募されている。

 全部は追い切れていない。でも、中に私の大、大、大好きな作品がある。

 次元潜水士シリーズ!!

 これについて、私は以前、紹介をしたことがある。

 水月さんの書く言葉が好きだ。

 記事を時折目にするようになったころには、すでに水月さんは沢山の物語や詩を投稿されていて、すごい先輩だと思っていたので、なかなかコメントができず、最初にコメントをしたのが、「次元潜水士」だった。

「五次元世界まで、ちょっと潜ってみない?」
夢がないことに悩んでいるフリーターの境井さかいさんは、バイトの帰り道で高校時代の同級生の西君と再会する。次元潜水という新技術を開発し、独りで異次元を研究しているという西君に誘われて、五次元へ潜水した境井さん。そこでは別の時間軸の自分が路上ライブをしていて……。
大学受験失敗で落ち込んでいた加納ちゃんや海士あまの藤野君も仲間に加わり、五次元の不思議な地図描き師の姉妹やパラレルワールドの自分自身たちとも出会い、境井さんと西君の二人から始まった次元潜水物語はどんどん広がっていく。次元を超えて宇宙にまで飛び出していく異次元探索ストーリー。

第一話「あらすじ」より

 境井さんがある日、※路地裏で衝撃的な再会を果たした小・中学校の同級生、「西くん」(※あの路地裏ではありません)。
 彼はなんと「次元潜水」なる技術で異次元を独りで研究していた。
「どの次元でも、やっぱり僕たち再会するんだなぁ!」と喜ぶ西くん。
 そして彼は、境井さんをこう、誘う。

「五次元世界まで、ちょっと潜ってみない?」

 土手で待ち合わせて、酸素ボンベや見たことのない機械、重そうな潜水服などが積まれたリヤカーを引いてきた西くんが言った言葉だ。

 殺し文句だろ、西くん。笑

 言われて見たい。誘われたい。「ディズニーランドに行ってみない?」とか「USJに行ってみない?」とかよりずっと、「15世紀のオスマン帝国のイスタンブールに行ってみない?」とか「紀元前のエジプトのアレクサンドリア図書館に行ってみない?」とか誘われたい。そしてなんなら「五次元世界まで、ちょっと潜ってみない?」と言われてみたいじゃあないか!

 西くんは、私の憧れを強く刺激した。
 そして。

 穴から穴へ抜けると、そこは五次元だった。

 西くんが現地調達した服に着替え、潜水道具をコインロッカー(!)に預けて街を歩くと、双子のような人がたくさん歩いている。西くんは、「五次元世界には、複数の時間軸が重なってる。パラレルワールドの自分が当たり前にいる次元なんだ」と説明する。

 たまらんじゃないか!

 そして境井さんと西くんは、自分たちが路上ライブをしているところに遭遇する。彼らは、別の時間軸のふたりなのだった。今までいた次元では諦めていた夢を、想像とはちょっと違う形ではあるが叶えていたふたりが輝いているのを見て、二人は少し、落ち込む。

 でも西くんは、これまでの潜水の旅で、どの時間軸でもどの次元でも、西くんのそばにはいつも境井さんがいることに気が付いていた。そして彼は、境井さんを助手にスカウトするのである。「研究をさらに進めるには助手が必要なんだけど、次元潜水は危険だからね。なかなか見つからない」とか、サラッと言いながら。———え。危険なんだ・・・。

 でも、今の自分に少し不満を抱いていた境井さんは、その話を受けるのである。

 その先は、境井さんと西くんの出会いと冒険の物語になる。
 屋上の貯水タンクのところで出会った加納さん。西くんが三次元に帰るワープの穴を出す機械を壊して三次元に帰る地図を書いてもらうために訊ねた、双子(同一人物)の凄腕地図描き師のイアとリン(彼女たちは空想上の星に行ける地図すら書ける!)、五次元の加納さんにも会えるし、素潜りで十二次元まで潜れる天才、藤野さんとの冒険もある。

 次元が絡まり合ってときどきこんがらがりそうになりながらも、人と人との優しいつながりと思いやり、そして硬派な物理学に翻弄される展開のギャップ。

 たまらない魅力のある「次元潜水士」の短編連作。
 皆さまにもぜひ、上か下かのリンクをポチッと押して、味わっていただきたい、と思う。

 他にも、こちらのお話も魅力的だ。

 十三弦で歌と朗読もされている。水月さんは、多才な方なのだ。

※「ダフネのオルゴール」については、読むのが間にあわなかった。残念。

 さて、ではここからはネタバレで―――



 「次元潜水士」は実は硬派なSFである。サイエンス・フィクション、というか、サイエンス・ファンタジー。

 水月さんは、宇宙や物理学についてきちんと下調べをしたうえで、これらの連作を書かれている。そこが凄い。

 多次元世界、平行世界(パラレルワールド)、折り鶴のように折りたたまれたカラビヤウ空間、超弦理論、クラインの壺、スパゲッティ化現象・・・

「五次元では、三次元が特に重要な研究対象なのです。なぜなら三次元は、カラビヤウ空間がある唯一の世界だから。カラビヤウ空間は、四次元より上の六次元分の世界が鶴そっくりな形状に折りたたまれた空間です」

「次元潜水士」第4話「カラビヤウな折り鶴」より

「今のところ次元を超えていける粒子は重力子だけなんだ。重力の源になる粒子だね。僕らはこの重力子を操って、次元潜水をしているんだよ。重力子以外にも色々な粒子があってね。それらの粒子を閉じた紐、開けた紐で説明できる理論がある。それが超弦理論」

「次元潜水士」第7話「エウロパの海へ潜降」より

「藤野さんが四次元のエウロパという星の内部に潜水する実験を成功させたおかげで、次元潜水スーツの改良が進んで。このスーツを着ていれば、宇宙空間にも滞在できます」

「次元潜水士」第9話「ブラックホール・スパゲッティ」より

「僕もさっきクラインの壺を作ってたんだよ。同じ四次元プリンターで。未来と過去で、ほぼ同じ状況で四次元プリンターを使ったことが境井さん消失事件に繋がったんだ。つまり、四次元の時間軸のせいで厄介なタイムパラドックスが起きてしまったんだね。おそらく試作品の四次元プリンターの調整不足が原因だろう」

「次元潜水士」第8話「四次元プリンター」より

「あの光、スパゲッティ化現象だ……。ブラックホールは本当に星や銀河も飲み込んでしまうんだ……。ブラックホールの近くにある星や銀河は強い重力で細く引き伸ばされて、スパゲッティのような形になるんです。そしてそのまま、吸い込まれてしまう」

「次元潜水士」第9話「ブラックホール・スパゲッティ」より

 さまざまな物理学の現象を、どうしたらこんなにうまく「次元潜水」というファンタジーの世界につなげられるのだろう。水月さんには尊敬しかない。西くんが「次元潜水」を研究していて、研究所でも有能な博士である、というのは伊達ではない。彼らは別次元の自分たちと交流し、助け合いながら、様々な物理の現象を「体験」していく。
 物理学のことが書いてあるけれど、少しも難しくはない。西くんは誰にでも、いつだって、こんな風に誘うからだ。

「やぁ、藤野君!お久しぶり!違う星の海に、ちょっと潜ってみない?」

 折り鶴のようなカラビヤウ空間や3Dプリンターのクラインの壺、エウロパの海を見てみたい、という気持ちになる。
 

 特に物理学に開眼したのは加納さんだ。五次元の加納さんはなんと次元潜水調査研究の指揮を執っているほどの有能な調査員で、彼女の影響なのか、三次元の加納さんもどんどん知識が増え、研究の目的も定まっていく。
 その姿を見て、いまだ目的の定まらない自分に不安を抱く境井さん。
 最後の短編ではそんな姿が描かれていた。

 西くんは「境井さんはどの次元に行っても自分のそばにいた」と言っていた。だから境井さんは西くんにとって片腕であり、無くてはならない人なのだと思うのだが、境井さん自身は彼を手伝うことに喜びを感じながらも、彼女自身の生きる目的が欲しい、ともがいているようだ。

 西くんと境井さんが大喧嘩して加納さんが別の次元の西くんと境井さんに助けを求めに行ったことがあるが、その時の喧嘩の原因も、西くんが境井さんに気を使って研究所に戻る話を蹴ろうとしたことが原因だったようだ。西くんは素人ながら危険な助手を務めているふたりがいなければ研究が続けられないと思ったのだろうが、境井さんは自分が不甲斐ないせいで、彼の研究の邪魔をしてしまっていると思ったのかもしれない。

 短編なので、込み入った心理には踏み込んではいないのだが、連作を読んでいるうちに、どんどん登場人物に感情移入してしまう。水月さんの筆には、背景を想像させる余韻があると思う。文章に過不足がない感じがする。そしてほんのちょっとのノスタルジーもある。

 おそらくまだ続いていくはずの連作短編集。
 終わって欲しくない。
 西くんと境井さんを中心にしてみんなと旅をしてみたい。
 そんなふうに思わせてくれる物語。

 あなたもぜひ、体験してみてはいかがだろうか。


 

 

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