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ある秋の日の記憶。

 真っ青な空だった。吸い込まれそうだ。
 暑くもなく寒くもなく、空気も適度に乾いて心地よい。
 ぼくは斜面いっぱいに広がるサツマイモ畑の真ん中に立っていた。
 秋の太陽が南の空高くから暖かな日差しを浴びせてくる。
 左からごおんごおんという音が聞こえてきた。
 セスナ機だ。プロペラの回転音が空いっぱいに響きわたる。
 セスナ機から、紙の束がふってきた。
 はらはらと畑いっぱいにひろがって落ちる。
「デパート三好 10月20日開店 !!」
 宣伝のちらしだった。ここから歩いて30分ほどの街中に町で初めてのデパートが開店するのだ。
 デパートと言っても名古屋の松坂屋や丸栄みたいな本当のデパートではなくて、平屋の今でいうスーパーみたいなものだ。
 中に、肉屋、お菓子屋、おもちゃ屋など地元の専門店を集めて開店するのだ。
「ここも名古屋みたいな都会になっていくね」
 そんなことはありえないのだが、ぼくら小学生は大いに期待した。
 ゔいいいいいいいんん。
 正午を知らせるサイレンが鳴り響いた。1分近く続く。4キロほど先の町役場で毎日この時間になるとサイレンのスイッチが入る。
 この音を合図に、野良仕事に出ていたお百姓さんたちはいっせいに手をとめて、自宅に戻ったり、野良で弁当を広げてランチタイムとなる。
♪ なつかしい、なつかしいいいい。あのリズム・・・オリエンタルカレぇぇー ♬
 耳なじみのあるオリエンタルカレーのメロディーが聴こえてきた。
 畑の先に現れる県道を宣伝カーがゆっくりゆっくり走っていく。
 県道と言っても田舎道を行き交う車は少ない。舗装もされていないでこぼこ道だ。
 トラックを改造した宣伝カーの横っ腹には、「オリエンタル即席カレー」と大きく描いてあった。
 サイレンを聴いて、オリエンタルカレーの宣伝カーを見たら、ぼくはすっかりおなかがすいてきた。
 今夜はカレーかな。カレーライスにカゴメのウスターソースをたっぷりかけて食べる。こないだ親戚のおじさんがやっていた。おいしそうだ。
 カレーのルーはご飯の上にかけるのがいいか、ご飯とカレールーをお皿の上で半々にしっかり分けたほうがいいのか、テレビコマーシャルではしっかり分けていたぞ。ぼくもそうしよ。
♫ Woo ooo  got a one way ticket to the blues ♪
 どこかからニール・セダカの「恋の片道切符」が流れてきた。ラジオだ。 みんなお昼はラジオを聴きながらランチをとるのだ。
 おなかペコペコのぼくはサツマイモ畑のつるをかきわけながら家へ急いだ。
 つるに足をとられて1回ころぶ。「いたた」でも泣いたりしない。
 すぐに立ち上がる。
 セスナ機の爆音も宣伝カーの音楽も遠くに去った。
「もう、おなかと背中がくっつきそうだよ」
 ぼくはそのとき6歳だった。         了


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