片道航空券で実家に帰ってきてしまった今日のこと
今日、札幌の実家に来た。2月からメンタルの不調が続いているので、思い切って実家で療養生活をすることにしたのだ。
私は現在、都内に住んでいる。東京から札幌までの移動は、体調不良の身にはきつかった。
◇◇◇
羽田空港までは夫がついてきてくれた。
朝、自宅近くの停留所からバスに乗り、バスターミナルのある大きな駅へ。そこから羽田空港行きのバスに乗る。羽田に着き、自動チェックインを済ませてスーツケースを預けると、もう疲れ果てていた。
頭痛と吐き気がひどい。ロビーのソファに座る。
「大丈夫? 顔色悪いよ」と夫。
「何色?」と私。
「うーん……ねずみ色」
「そんなに?」
普通、血の気が失せて白くなるんじゃないか。いや、でも私はもともと色黒なので、黒に白を足してねずみ色、で合っているのかもしれない。
「でも、ねずみの中では白いほうだと思うよ」
「……そうかぁ」
肩がガチガチになっている。右肩が左へ、左肩が右へ引っ張られるような感覚。
そう夫に言うと、「わかんない」と言われる。そうか。夫は、私の肩や首に触れ「うわ、金属板みたい!」と言った。
「疲れた」
とにかく、疲れたとしか言いようがなかった。家から羽田空港までの2時間で、肩が金属板になるほど疲れてしまった。
なぜだろう。なぜ、私は街に出ると疲れてしまうんだろう。
昔は、体力の問題だと思っていた。体力がないから疲れやすいんだと。
だけど、私は蝶ガ岳から北穂高岳まで一日で行ける体力の持ち主だ(登山をしない人にはわかりにくい例えですみません)。スペイン巡礼をしていたときは、一日20キロ~30キロの距離を毎日歩いても平気だった。
だから、「体力がない」ということはないのだ。なのに、街に出たり乗り物に乗ったりすると、異常に疲れてぐったりしてしまう。
「人が多いからかなぁ」と私。
「人間アレルギーだったりして」と夫。
だとしたら、家に引きこもって暮らすしかないんだろうか。
人間が好きなのに人間アレルギーだなんて。
カキフライが好物なのに牡蠣アレルギーになってしまった夫よりも、ややハードモードだ。
◇◇◇
手荷物検査場の前で、夫と別れる。
「ありがとう」と言うと、夫がぎょっとした顔をした。
「なにが!?」
「え、わざわざ見送りに来てくれてありがとう」
「あぁ、そういう意味か」
なんなんだ。「今までありがとう」とでも思ったんだろうか。
「またすぐに会えるから。早く帰ってきてね」
「うん、なるべく早く治すね」
「いや、ゆっくりでいいから!」
どっちなんだ。
湿っぽくならないように、さっさと手荷物検査場に入った。
夫のいる自宅に帰るのはいつになるだろう。
◇◇◇
一昨日、荷物をスーツケースに詰めているとき。
「半そではいるだろうか?」と考えたところで、泣けてきた。正座のまま、畳におでこをくっつけて泣いた。
札幌で半そでを着る。それは、夏が始まるということだ。半そでを着る季節まで、私は札幌にいるんだろうか。
片道航空券での帰省は罪悪感でいっぱいだった。夫にも両親にも、申し訳なかった。34になってもまだメンタルが安定しない自分が情けなかった。
泣き止んで顔を上げると、おでこがヒリヒリしていた。姿見に映った私は、畳にこすりつけていたおでこと目が真っ赤になっていた。
ばかばかしいなぁ、と思う。
申し訳ないとか情けないとか、思ったところで解決するわけでもないのにね。
結局、半そでのカットソーもスーツケースに入れた。長期戦になるかもしれない。そう思い、ありったけの夏服を入れた。
◇◇◇
「サキさんってなんでピリピリしないんですか?」
昨年、勤めていた山小屋の後輩に聞かれた。最盛期で忙しく、スタッフみんな疲れが溜まってきた頃だ。後輩は「最近みんなピリピリしてて怖い」と愚痴っていた。
そのとき、私はこう答えた。
「ピリピリしたところで仕事が早く片付くわけでもないしねぇ。ピリピリして早く終わるなら、いくらでもピリピリするんだけどねぇ」
この考え方は、優しさからくるものではない。私は、損得勘定が好きなのだ。
問題解決において無駄なことをしたくない。ピリピリするのは無駄なエネルギー放出だ。自分も相手も疲れるだけで、仕事の効率が上がるわけでもない。損ばっかりで、得しない。
罪悪感も自己嫌悪も、同じだろう。
自分を責めてメンタルが回復するならいくらでも責めるけど、実際は、責めたところで回復は遅れるばかりだ。損ばかりで得しない。
なら、自分を責めるのはやめよう。
◇◇◇
新千歳空港には両親が迎えに来てくれていた。
「大丈夫か?」
「疲れたでしょう」
代わる代わる声をかけられ、いたたまれなくなった。
父が運転する車中で、母が「お腹空いたでしょう」と柳月の紙袋を差し出した。中には、アルミホイルに包まれたおにぎりがふたつ入っていた。
「ごめん」
自分を責めるのはやめようと思ったばかりなのに。やっぱり、申し訳なさでいっぱいになってしまう。
泣くのを堪えて、窓の外を眺めながらおにぎりを食べた。
ひとつが梅で、もうひとつはおかかだった。
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