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【ショートショート】悩める貯金箱

商店街の鮮銭店にらっしゃいと威勢のいいダミ声が轟く。
貯金箱母さんはうんと見つめ商品を目利きする。
「今日ご主人開封日だっけ。新鮮で良い五百円入ってるよ」
「じゃあ、五百円玉をひとついただこうかしら」
「あと百円玉も五枚ください」と千円札を出した。
「まいど。百円おまけしとくよ」と店主は笑顔で百円を六枚入れ袋の口を縛った。

「ただいまー」貯金箱父さんの声にチャリンチャリンと貯金箱坊やは玄関に走った。
父さんは坊やを抱っこする。「いやぁ。だいぶ貯まってきて重くなったな。いや俺が軽くなったのか」ハハハと父さんは笑った。
「ダメでしょ。父さん今日、開封日で中身が空なんだから」と母さんは坊やを諭した。

「今日はご馳走だな」と父さんは投入口へ五百円玉を入れた。美味いと満面の笑みをこぼす。
母さんは坊やの投入口へ百円玉を入れた。
「あなた。現金の取り扱いが減ってきてるって本当?」
「ああ。最近電子マネーの勢いが凄い。残念ながら現金の需要が落ちてるのは確かだ。客先でも小銭を取り扱う場面が激減して我々の収入に大打撃がきているんだ。職場でも対策に奔走してるよ」
「私達も早いうちに現金をやめて暗号資産か何かに両替すべきじゃ…」
「待て」父さんは既に振り上げている右手を更に掲げて母さんの話を制した。
「三丁目のブタさん貯金箱さん一家。ちょっと前に暗号資産に鞍替えした途端、価格が大暴落して一夜にして一家全員蒸発したって噂だ」
「まあ恐ろしい。やっぱり焦って変えない方がいいわね。でもこの時代の流れの中で現金しか扱えない私達貯金箱はどうすればいいのかしら…」
母さんは隣の部屋を見た。つられて父さんも視線を送る。
「そうだな。現金の象徴でもある、先祖代々守り抜いてきたこの小判を手放しては申し訳がたたないのだが…」
視線の先には仏間に飾られた招き猫の遺影が並ぶ。

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