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シュール

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吉田図工のシュール作品です
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2022年11月の記事一覧

【ショートショート】校庭犬

「えー、まずは校庭犬の条件とは何でしょうか」 記者が問うと、校庭犬指導員の坂田哲雄は小さく頷き息を吸い込んだ。 声を発しようとしたその時、横に行儀よくお座りした犬がまるで自らが質問に答えるように小さく吠えた。 記者と坂田はそのタイミングの良さに思わず吹き出してしまった。 坂田は改めて息を吸い込む。 「まあ厳密に取り決めなどは無いんですが、しいて言えば雑種であることですかね。昔からそうなので」 「確かに思い返してみると、私自身も学生時代に何度か遭遇した記憶があります。それも当時

【ショートショート】佐藤様

「ボス。佐藤様がお越しになりました」 「お通ししろ」 薄暗い地下事務所にアタッシュケースを携えた佐藤が通される。 一番奥の部屋に入ると革張りのソファに恰幅のいい男が座っていた。 「佐藤さん。お待ちしておりましたよ」冷静を装いながら視線はケースに釘付けになっている。 佐藤は部下にケースを手渡し、男と応接テーブルを挟んでに向かい合う形でソファに腰をおろした。 部下がテーブルにケースを置き中身を確認すると袋詰めの白い粉がギッシリ詰まっていた。 一つを取り出し、男に手渡した。袋を開け

【ショートショート】今日だけの俺

やっと俺の番がやってきた。 本当に長かった。早すぎても遅すぎてもダメだったが29歳というこのタイミングは願ったり叶ったりだ。 まだ6歳の時に巡ってきた別の俺は意味が分からず気がついたらもう終わっていたと嘆いていた。 どうも噂では他の人間は一つの身体を一つの自分で独占出来るようだ。 しかし俺にはそれが出来ない。俺の中に大勢の俺がいるからだ。 身体を支配出来るのが日替わり交代制になっていた。 自身を支配でき『本当の俺』なるその瞬間に到るまでの過程は、人気アトラクションに並ぶ行列み

【ショートショート】観察キット

蟻の観察キットに充填されたブルーのジェルは食料と住居を兼ねている。 ただ眺めるだけでは気づかないがよく観察していると驚くべきことに文化的な暮らしぶりが垣間見えた。 ある部屋では年長者が若者を教育していたり、観客を入れて演劇をしていたり、驚いたことに刑務所のような部屋もある。飲食店のような部屋に行列をつくる蟻も見受けられた。 するとある部屋に一匹だけで何もせずに留まる蟻を見つけた。 散々文化的な蟻を見たせいで異質に感じるが、むしろこっちが普通なのかもしれない。逆に興味深くなり観

【ショートショート】お客様は仏様です

「昨日さ、駅前の居酒屋に居たろ。飲まないお前がこんな所に居るわけないって最初は他人の空似だと思ってさ、でも帰り際にもう一度確認したらやっぱりお前でさ」 「ああ、ちょうど客を接待してたんだ」「いやいや、一人カウンターで飲んでたじゃないか」 「俺、霊感が強くてさ」「…何の話?」 「ある副業を始めてね。生前まだまだ飲み足りなくて死んじまった霊に身体を貸して酒を飲んでもらうサービスを始めたんだ」 「…いや、言ってる意味が全然分かんねえや」 「具体的には身体に霊を憑依させて、俺の身体を

【ショートショート】自分リモコン

我社は入社すると社員に自分リモコンが支給される。 初期設定後、直属の上司に預ける決まりだ。 現在、課長の私は部下の分のリモコンを数本保有している。 「す…ません…のけん…そうだ…があ…」 新入社員の高橋が自席で声を上げているが小声の為聞き取れない。 「ごめん高橋、もう一度言って」高橋のリモコンを手に取り音量ボタンで声量を上げる。 「すみません、午後の会議の件で相談があるのですが」 「オッケー、じゃあ後で声掛け」「もしもしー。あー杉本さんお世話になっております。ちょうど電話しよ

【ショートショート】つかえ

様々な機械音が時に共鳴し、時に打ち消し合う製造工場。 建物のダクトや煙突から定期的に蒸気を噴出する様は、まるで巨大な生物が息吹をあげているようだ。 その内部は様々な機械がベルトコンベアーによって繋がれ、そこを流れる部品はさながら血液のようでもあった。 大勢の労働者がそれぞれの持場で己の作業を黙々とこなしてゆく。 流れを止めることがないように休みなく手を動かし己の技に磨きをかけてゆく。 しかしながらどれだけ注意をしていても、突如とし労働者の動きが止まる。 千を超える労働者の中か

【ショートショート】多様性相談室

待合室に入ると、ちょうど面談を終え出てきた先客と鉢合わせた。 先客は明らかに肩を落としており、私を見るなり「僕は恐らく無理かな。やっぱりなんだかんだ、ぐうの音も出ないですよ」 と私と並んで長椅子に腰掛けた。膝の上に置いた私の問診票を覗き込む。 「へぇ。あなた漢字だとそう書くんですか」 「そうなんです。生意気そうでしょ」と私は自嘲する。 「でも確かにそうですね」先客の目線に促される様に窓に目を移す。 外は雨が降っている。 「私達にも多様性を認めてもらいたい!」 気がつくと受付

【ショートショート】患者は誰だ

「悪性の腫瘍が見えますね」「…そ、そんなに重い病気なんですか」 告知を受けた男は動揺を隠せなかった。 「昔と違い治療方法に選択肢があります。ましてや早期です。治ることを前提とした前向きな告知です」医師は力強く言った。 「そもそも悪性の腫瘍とは何なのでしょうか」 「正常細胞は状態に応じて増殖をやめたりします、しかし悪性になるとそれを無視して増え続けます。言わば『元気過ぎる細胞』とも言えるんですよ」 「元気過ぎる…元気だけが取り柄だった私を蝕むのが元気だとは皮肉だな」 しかし、こ

【ショートショート】無欲な男

とある無欲な男の前に、突如神が現れた。 「これまで欲にまみれた人間は数多くみてきたが、お前は常に無欲で慎ましく生きてきた。その功績にどんな願いでも一つ叶えてやろう」 「とんでもありません。今で充分です」 「うむ、確かに無欲な男よ。ならば何か困っている事はないか。どんな悩みでも解決してやろう」 「いや本当に結構です」 「私も宣言した手前、神として後に引けぬのだ。私を助けると思って打ち明けてみよ」 「それならば…確かに無欲であることが人からは特異に映るようで。何か裏がないか勘ぐら

【ショートショート】勝手口な彼女

「私って一度しゃべり出すと止まらないじゃない?それでいつも食べるの遅くって美希のこと待たせちゃうし」 確かに里香はおしゃべり好きで今もフォークに巻かれて持ち上げられたパスタがおざなりになっている。 「別に気にしなくていいよ。里香の話好きだから」 私は無口な方なのでこれは決して嘘では無い。 『ありがと。でも食事としゃべる場所が同じなんて効率悪くない?』 そう聞こえたが里香の口元は今まさにパスタを頬張ろうとしている。「え、ちょっと待って。何これ。どういうこと?」 『だから、口は食