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【ショートショート】校庭犬

「えー、まずは校庭犬の条件とは何でしょうか」
記者が問うと、校庭犬指導員の坂田哲雄は小さく頷き息を吸い込んだ。
声を発しようとしたその時、横に行儀よくお座りした犬がまるで自らが質問に答えるように小さく吠えた。
記者と坂田はそのタイミングの良さに思わず吹き出してしまった。
坂田は改めて息を吸い込む。
「まあ厳密に取り決めなどは無いんですが、しいて言えば雑種であることですかね。昔からそうなので」
「確かに思い返してみると、私自身も学生時代に何度か遭遇した記憶があります。それも当時の校庭犬なのでしょうか」
「恐らくは。基本的には野良犬に気をつけましょうという啓蒙が主な目的です。ですがやがて生徒達に非日常的な刺激を与えるエンタメ的な要素も含まれていったことは確かです」
「はい。非常にドキドキした記憶も同時に思い出されます。まさかそれらが演出だったとは驚きでしかありません。本来、極秘だったはずの素性を明らかにしたのは何故でしょうか」
「はい。現在の代でもって廃業をすることを決意しました。そうなってくると歴代がんばってくれた犬達の姿が思い起こされ、皆様にはその存在を知って頂きたいという願望が自然と湧き出てきました」
「なるほど。廃業を決意された理由は何なのでしょうか」
坂田はその答えを探すように青空を見上げた。
「そうですね。一番大きな理由は『自然な流れでそうなること』が困難になったからですかね。これも時代の流れです。全盛期はおよそ五千頭の校庭犬が全国各地で活躍していましたが、タロ…こいつが現役では最後の校庭犬です」
そう言って坂田は犬の頭を撫でた。腕時計を確認すると「そろそろ時間ですね」と犬の首輪に手をかける。
「では、最後の公式活動に向けて一言お願いします」
「今回、学校のご厚意で侵入を特別に許可して頂きました。生徒達の学生時代の記憶の一ページに鮮やかに残ることを願っています。よし行け、タロ」
首輪を外すと犬は勢いよく駆け出した。

何処からともなく校庭に迷い込んだ犬に生徒たちは悲鳴に似た歓声をあげた。

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