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古民家宿からあふれる過去と未来を観ていたい

あなたが旅に求めるものはなんですか?

壮大な自然。人との出会い。舌鼓を打つグルメ。色々あるでしょう。

そして、求めるものは宿選びにも反映する。露天風呂がついているか。夜景が綺麗か。ごはんが美味しいのか。判断軸はいくらでもある。

そんな宿選びの判断軸がぼくには1つ増えた。それは「ストーリーがあるか」。

きっかけは、忘れもしない、あの夏休み。

🚶‍♂️

数年前、大学の友人2人と和歌山へ旅行に行った。この3人で旅をするのはいつものこと。毎回、計画は立てない。前日やその日に行き先を決めていく。

「普通の観光だけじゃ物足りないよね」という理由から、ぼくたちは目的地を熊野古道に定めた。熊野三山へ続く参詣道であり、古来より先人たちが足を踏みしめた林道だ。

何も調べていなかったので舐めていたが、ぼくたちが行きたいルートは丸々2日間歩く必要があった。This is修行。

道中で宿泊する必要があるので、あわてて宿を探した。泊まれるならどこでも良く、「今夜泊めてもらえませんか?」と電話をかけ続けた。3つ目の民宿に空きがあった。

今夜の宿も確保できたので、レッツ巡礼。古道歩きスタート。1000年以上も使われ続けた徒歩道ということもあり、自然に囲まれた神秘的な空間だった。

都会の喧騒を離れ、マイナスイオンを浴びながら足を運んでいく。一歩、一歩と前に進むたび、雑念が取り払われる。心に清らかな風が吹くのを感じた。

…のは、最初の15分くらいだった。普通にしんどい。ゴリゴリの山道で永遠に景色が変わらない。「普通に白浜温泉とか観光したほうがよくなかった?」とみんな顔に書いてあった。

なおかつ、ぼくたちは準備不足すぎた。当日「熊野三山、巡礼しちゃう?」みたいなお散歩気分で来た。よって、3人ともTシャツ・短パン・スニーカーという少年三種の神器で挑んでしまった。

周りを見渡すと、トレパンにトレッキングシューズ、登山っぽいリュック、とバチバチに決め込んでいる人しかいない。

短パン小僧たちは場違い感を体に打ち込まれながらも、ずんずんと山道を進んでいった。もう戻ることはできない。

しかし、道中おしゃべりしかすることがない。終盤話題もつき「自分の心を、おうちに例えたらどんなカタチしてると思う?」という不可解な問いをし合うほどネタは困窮を極めていた。

歩き続けて日没も近づいてきた。「俺の心、玄関のセキュリティ甘いと見せかけて厳重だわ。」という謎の結論に達しそうになった頃、民宿に到着した。丸一日動き続けた脚を労い、短パンボーイズは胸を撫で下ろす。

ぼくたちを迎えてくれた宿はあたたかかった。古民家を改築したつくりで、不思議と初めて来た心地がしない匂いが、そこにはあった。古民家宿に泊まるのは初めてでドキドキしたけど、すぐに空間が体に馴染んでいくのを感じた。

そこから、ガタイのいいご主人が出てくる。一見イカつい見た目だけど、笑うとすべてを包んでくれるような広さをもった人だった。「ガハハ」と笑う海賊の親分みたい。

「そんな服装でここまで来た人、初めてだわ!」

と親分に言われた。少年たちは「えへへ…!」と絵に描いたように頭の裏を掻く。

そして、ここで働くお姉さんも出迎えてくれた。小さくて、人懐っこくて、愛嬌のある人だった。ぼくと同じ歳くらいだろうか。

丸一日歩き続けた苦労や、ぼくたち3人が大学で何をしていたか、2人は楽しそうに聴いてくれた。まるで、抱え続けた疲労感を溶かしてくれるように。


🧳

荷物を整理して、夕食の時間。すぐにビールを頼む。しばらくして、ぼくたちは目を丸くした。


「ど、どうぞ〜」


ビールがめちゃくちゃ低い位置から手渡された。目を向けると、ちっちゃな女の子がウェイトレスをしていた。小学生くらいじゃないか。

ビールを置くと、ささっと逃げるように裏に消えてしまった。レアポケモンの動き…!

ぼくたちがポカーンとしていると、お姉さんが出てきた。

「すみません。ウチの子、恥ずかしがり屋で…!」

おいおい。なんてハートフルな宿なんだ。家族でお手伝いね。そういうジブリ感ある設定、ぼくは好きですよ。とニヤニヤが止まらないでいると

「はい!どうぞー!」

次は男の子がおつまみを運んできた。お兄ちゃんらしい。

「うわぁ、えらいね〜」

と我々3人はもれなくおじさんコメントを発した。小僧になったりおじさんになったり、ぼくたちは忙しいのである。

夕食後、まったりとおしゃべりをしていると、先ほどのちっちゃな兄妹がそろそろと近づいてきた。妹の両手の上にはカルタが載せられている。

隣にいるお兄ちゃんが、妹を代弁するように口を開いた。

「一緒にやろう!」

子どもたちとのカルタ大会が始まった。短パン小僧改めおじさんたちは酔っ払っていたので、ちょうどいいハンデが課せられている。「お兄さん、本気出しちゃうよ〜!」と腕まくり。謎の昭和感。

お兄ちゃんは元気に、バンバンとカルタをめくっていく。間違えたらめちゃくちゃ悔しそう。負けず嫌いみたい。

妹は自信なさげにじっくりとカルタを返していく。カードに触れるときは不安そうなのに、当たっときはパッと花開くような笑顔になる。応援したい。

何度も何度もカルタを繰り返し、笑い声が部屋いっぱいに満ち溢れた。「ここ親戚の家だっけ?」と4回くらい錯覚した。

夜もふけてきた。「もう1回やりたい!」とお兄ちゃんがつぶやき、妹はうなずく。しかし、お姉さんが「もう寝なくちゃだよね」となだめた。子どもたちは物足りなさそうに、すごすごと帰っていく。

初めてきた場所で、初めて会った子どもたちと心を通わすのが、こんなにも楽しいなんて。この先会えるかなんてわからないけど、この瞬間のつながりを感じる喜びがこんなにも大きいなんて。民宿泊まったことなかったけど、民宿ってすごいな。親族体験型テーマパークだな。

そんなことを思いながら、なぜか泣きそうになった。すると、静かになった空間で、お姉さんがぽつりぽつりと語り始めた。

元々は遠く離れた地で、旦那さんと子どもたち4人で幸せに暮らしていたらしい。しかし、離婚を機に2人を連れて飛び出した。住む場所と仕事を求めて、この民宿に行き着いたという。

割とシリアスな話だったのに、お姉さんはころころとした愛らしい表情を崩さずに話し続けた。

「あの子たちとなら、どこへでも行けるって思ったんです。」

どこか遠くでも見ているような表情で、お姉さんは強く言い放った。

まるで、映画の主人公と話している気分だった。運命に翻弄されながらも、自分の運命を自分で決める意志を彼女は持っている。彼女のストーリーをもっと見たいと思った。過去も、未来も。

🌙


そうして、次の日を迎えた。

ぼくたちは身支度を整え、短パンをはいて小僧に戻る。また丸一日歩かなきゃいけない。

宿の親分とお姉さんにお世話になった感謝を伝えた。お姉さんの後ろに隠れながら、女の子もこちらをチラチラと見ている。お姉さんがふと口を開く。

「普段はお客さん、外国人が多いんです。だからコミュニケーションをとるの、この子難しくて。でもお兄ちゃんたちだったから、昨日は楽しかったって言ってたんですよ。」

キュン…!日本を代表する3人の少年は心を撃ち抜かれた。この子には、幸せになってほしいと強く祈りを捧げる。

ちなみに、お兄ちゃんは「寝る」と言って見送りに来てくれなかったらしい。おじさんたち悲しい。昨日あんなに楽しく遊んだ仲じゃない。

そうして、またぼくたちは古道歩きを始めた。道案内も兼ねて、お姉さんが付いてきてくれた。

お姉さんと話しながら、たくさんのストーリーを想像した。ここにたどり着くまでの苦労。そして、これから2人の子どもたちが成長していく未来。ぼくたちが何年後かに来たら、覚えてくれているだろうか。

頭にストーリーが浮かんでいる間に、山道の入り口に着いた。お姉さんとはここでお別れだ。ふと、心にあることが浮かんだ。まだ、聞いていないことがある。

それは、彼女の名前。

子どもたちの名前は聞いていたけど、お姉さんの名前を知らない。

名前だけ聞いたところで、これからのことは何も変わらないけど。けれど、彼女のことを輪郭を持って心にとめておきたいと思った。名前が、この思い出を冷凍保存してくれる。そんな気がした。

反対方向へ歩き始める彼女を呼び止めて、心の声を外に放った。

「あの、最後に、名前。名前を教えてくれませんか?」


振り向いた彼女は、日が注ぐような笑顔で名前を教えてくれた。イメージ通り、太陽みたいにまっすぐな名前だった。

いつかあの宿にまた行って、みんなの名前を呼びたい。そうして、あの人たちのストーリーの続きを観たい。

これから旅先で宿を探すときは、ストーリーが垣間見れる場所が、いいな。

過去も未来も観たくなるのが、旅だと思うから。

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