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お客さんが自然にバイト化する定食屋


ぼくは定食屋が好きだ。中でも、個人で経営してて、孤独のグルメに出てきそうなところが好き。

使い古された中華鍋で、年季が入ったお皿に、変わらない味の料理を盛る店がいい。なんなら、店主はおじいちゃんかおばあちゃんがいい。

そこに行けば、長い年月が自分を受け止めてくれるような店がいい。

そんなぼくにとって、忘れられない定食屋がある。


🚶‍♂️


「よさくくんがさ、絶対好きな定食屋教えてあげる」

ハンドルを握りながら、嬉々として先輩は言った。

ぼくは先輩の車でテニスコートに向かっていた。そこで好きなごはん屋の話になり、先輩はオススメの店を紹介してくれた。

「ラーメンとかもあるんだけど、豚バラ焼肉みたいのが美味くてさ、味めっちゃ濃いの」

はい、好き。

「しかもね、おばあちゃん1人で切り盛りしてるんだよね。もう80歳超えてるんじゃなかったっけな?」

はい、大好き。

「おばあちゃんがなんか可愛くてさ、店に流れてる雰囲気も、昔ながらで落ち着くんだよね」

はい、超絶好き。

ぼくの大好き認定スタンプが連続で押された。先輩、ぼくの好み、分かってますね。早速次の週、空いている時間を見つけて1人でそのお店に行ってみた。


🍥

そのお店はまさに昔ながらの中華屋という雰囲気で、駅から少し外れたところに佇んでいた。のれんをかき分け、ガラガラと横開きの戸を開ける。

「いらっしゃいませ〜」

いたいた。噂のおばあちゃんだ。腰はすっかり曲がっているけれども、こちらを見上げて笑顔で微笑んでくれた。

ぼくはカウンターにつき、「バラ肉焼定食」を注文した。

「はいよ〜」

おばあちゃんは小さな体で、厨房をのそのそと動いている。本当に1人でやってるんだなぁ。少し心配になってしまうくらいだ。

トンッ。

注文から2分後くらいだろうか、ぼくの目の前に器が置かれた。

「はい、タンメンね」

早くない? てかタンメンじゃなくない? バラ肉焼定食だよ、頼んだの。おばあちゃん、間違えちゃったのかな。

ぼくは少し戸惑いながら、おばあちゃんを見つめる。

すると、おばあちゃんは落ち着いた表情で、ゆっくりと口を開けた。

「あのね、悪いけど向こうのテーブルに渡してやってくれるかい?厨房出るの大変でね〜」



他のお客さんのやつなんだ。

なるほど。おばあちゃん1人だけだから、配膳をするのは大変だ。いちいち厨房を出入りしなきゃいけない。カウンターにいる人が、テーブルに運んだ方がいいわけだ。

これはセルフサービスを超えた新しい飲食店のカタチだ。お客さんが他のお客さんのサービスを行う、新境地を垣間見た。

ぼくはおどおどしながら、タンメンを運ぶ。

「…あの、すみません。タンメンできたみたいです」

一瞬にして新人バイトが爆誕した。初めてだし緊張しちゃったな。次はもっと自然に配膳するぞ。

「あ、ありがとうございまーす」

テーブル席にいたお兄さんは自然に受け入れていた。常連にとって、客がバイト化することはこの店で普通らしい。

そして、席に戻ってしばらくすると、ぼくのバラ肉焼定食が来た。脂身がふんだんにある豚バラ肉たちが、コッテリとお皿の上に鎮座している。

口に入れた瞬間、期待通りの「うまい」。なんだかちょっぴりギトギトで、味噌風味の味がすごく濃い。でもだからこそ、大盛りのご飯がズンズン進む。

大満足で、ぼくのランチが終了した。ふとお店を見渡すと、お客さんはぼくともう1人だけになっていた。クロネコヤマトの制服を着た、お兄さん。

そしてお昼時は過ぎたため、おばあちゃんは厨房から客席に移り、テレビを見上げていた。おばあちゃんがワイドショーの感想をつぶやき、2人の青年が「あー」と相槌なんだかよくわからない声を発していた。完全に昼下がりのおばあちゃん家。

すると、突然ヤマトのお兄さんが立ち上がる。店を出た。どうしたどうした。

しばらくしてまた店に入ってきた。手には畳まれたのれんがある。そして何の迷いもなく、のれんを店の中に立てかけた。


「ありがとね〜」

おばあちゃんはテレビを見ながらつぶやく。


客が店じまいした。

ヤマトの兄さんは常連客で、店の閉店時間を知っているんだろう。おばあちゃんに手をかけさせないようにしてるんだ。客がバイトになっているどころか、むしろ自主的に店運営に加担している。ほっこりレベルが高過ぎて、身が焼けてしまう…!


家みたいな安心感で思わずずっと居そうになってしまったけど、ぼくは千円札を取り出した。

「すみません、お会計お願いします」

「800円ね〜。お釣りは、計算してここからとってね〜」

カウンターを見ると、100円玉が大量に置かれている。え? お会計セルフ方式? 勝手に取ってっていいの? PayPayじゃなくて、性善説導入されてるんですね、このお店。

ぼくはありがたく、200円をいただいた。

「あたしゃもう、計算できないのよ〜」

おばあちゃんはひゃっひゃと笑っている。この人の優しさは、きっと伝染するタイプだ。周りの人たちも優しくなってしまう力がある。

不思議な空間に足を踏み入れてしまったアリスみたいな気分になりながらも、ぼくの全身はホクホクしていた。好きだな、料理も店主もこの空間も。

そしてぼくがお店を出ようとすると、おばあちゃんはしわしわの笑顔で、送り出してくれた。

「お兄ちゃん、ありがとね〜」

この「ありがとう」はお店の人がお客さんに言う、定例挨拶の「ありがとう」なのかな。

ぼくには、そう感じられなかった。勘違いかもしれないけど、おばあちゃんが「ウチに来てくれて、美味しくごはん食べてくれて、配膳も手伝ってくれて、ありがとうね」と言ってるように聞こえた。

それくらい、表情に、声に、視線に、想いが乗っかっていた。

店員とお客さんという境界線がどこかへ飛んでいってしまうことは、時にくすぐったくて、愛おしくて、あたたかい。

あのお店にまた行けたなら、次は何を手伝えばいいんだろう。

おばあちゃん、いつまでも元気でいてね。
次はもっと上手にタンメン運ぶから。

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