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掌編小説『消息』(続・いずれ夏らしくなる夏に)


 拝啓、人類各位。お元気ですか。

 いつからか寒さはめっきり冬らしくなり、もう来年があと数時間に迫りました。私は気付く間もなく疾うに秋を超えていたようで、ほんの少しそれに安心しています。

 晩夏、昼間の暑さも減ってきた頃。私は、秋が来た、と仮定して、友人たちはまた会ってくれるか、会いたいとまた言ってくれるか、そんな思案をしたものです。

「夏は暑さに迷わなかったけれど、秋は袖丈がわからないのだよ」
 そんなことを言った旧友がいました。
 偶然会った長い袖元を見て自分だけが夏に取り残されていたらと思うと、もう金輪際あの人と季節を巡れない気がして恐いのだよ。
 旧友は、そう私に話してくれました。

 我々はどうしようもなく油断しています。
 明日も生きていると油断していて、同じく十年後を油断している。
 軽率にスケジュール帳を埋めて、軽々しく永遠を契る。バイトのシフトも、面倒な会議も、結婚も、友人と会う約束も。いつか滞りなく果たされ、幾度も悩み、喜び、これからも耐え難い絶望と類まれなる幸福を幾らか繰り返して死ねる。そう信じている。次の季節が来ると信じていて、それをどうにも疑えずにいる。梅雨にいれば夏へ、冬にいれば春へ、今まで流されてきたように。あるいは流れに乗れず置いていかれてきたように。
 それしか季節との付き合い方を知らず、季節と共にある限りはどうしようもなく油断する。

 私がそんな話をまた別の友人にしたある日、その友人は私にこう返しました。
「どうせ油断するしかないのなら、永遠は語っておいた方がいい。愛は伝えた方がいい」
 私はそれを聞いて、今度呑もう、とだけ言いました。
 友人は、いいね、酒愛してるから、なんて笑っていました。
 油断する幸せを、静かに抱きかかえながら私はその日を終えました。

 ある夜、また別の友人は〝自分を大切にしたいよ〟という相談を持ち掛けました。秋も深まってきた頃でした。
 その友人は恐ろしく気の優しい人間で、他者へ尽くすことに生きる喜びを感じるような人でした。
 ただ、少々その喜びに苦しんでいる様子もあったのです。本人も気付いていました。気付いていながらどうすることも出来ず、友人は緩やかに泣いていました。
「他者は二の次でいい」
 仮に。もし仮にそれが普遍的真理だとして、道徳や倫理がそれなりに機能していれば、我々は誰もが自分を愛し自己肯定感に満ち溢れ、そして周りには自信に輝く他者が残る。
 その他者は強く自己を持っているが、決して無理せず、やれる範囲でやりたいことを滔々と行う。それは遊びも然り、夢追いも然り、人助けも性生活もたまにする本気の喧嘩も然り。
 理想論かもしれない。

 けれど、実際に我々は我々が思う以上に強い。

 二〇二〇年、思い通りに時節を愛でられた者は一体何人いたのでしょうか。
 六月。久々の雨に梅雨を予感した時、ふと春を愛で損ねたなと。瞬間、春なんて愛でたことあったっけな、と自省した六月上旬。
 花見なんて口実でレジャーシートを広げたかっただけじゃないか、くだらない話を陽光の下延々としたかっただけじゃないか、ただ、誰かに会いたかっただけじゃないか。
 そんな話をしようとした矢先、オンライン飲み会の参加者の一人は、会いたい人に会えないことよりも、会いたい人に会えなくてもやっていけてしまうことが寂しいそうで。
 あぁ、なるほど、我々は弱さに縋っていたのだな、と思い直した一日でありました。
 つまるところ、我々は自身が思っているよりも遥かに強い存在で、例えば春先に決めた夏の予定が軒並み決行出来ないことを告げる緊急事態宣言に愚痴を吐ける余裕や、新型ウイルスとの一生共存説を語る専門家の話をネットサーフィンのうちに消化しきってしまう鈍感さや、ステイホームで新しく始めた趣味や、通販での散財や未読のLINEや「出勤だるい」のツイートなど。
 そういった強さに我々は生かされているし、今までもそうして生きてきた。
 思った以上に、我々人間は強い。

「だからね」

 だから、心的自己犠牲の伴う謙虚も配慮も優しささえも、それらは全て相手に対してこの上ない無礼になり得るのだと。
〝自分を大切にする〟ということは〝ささやかに他者を重んじる〟ということなのだ、と。
 緩やかに泣いていた友人は、それを聞いてほんの少し表情を明るくし、短い礼の後に他愛もない話を始めました。
 何となく、ずっとその夜に閉じ込められていたいほどに私はその日の夜が好きでした。

 ふと思い出したことがあります。
 秋の始まる頃でしょうか。
 来る夜が毎晩酷く涼しくてあまりに夏らしいものだから、私はこのまま季節の境目に落ちてしまうのではないかと錯覚したものです。
 実際、絶え間なく夜に流され着いた先にあった季節の境目に死んだ友人が一人いました。
 彼は作家をしていました。

「俺を救うのは愛だけだ」
 そう叫ぶ彼は、誰よりも寂しそうだった。
 ある日の飲み会、彼は自身の生きる意味が〝幸福と愛〟だと話していました。
 愛されること、そしてそれ以上に愛すこと。そこから得られる幸福にのみ価値があり、逆に言えば、それ以外を以て生に価値はない。生が死を超えることなどそれら以外に有り得ない、と。
 私はそれを聞いて咄嗟にこう言いました。
 幸せを何処から享受するかは人それぞれと言うけれど、少なくとも幸せへの柔軟性はあった方がいい。絶対に。
 なかば慌ててそう言いました。
 思えば学生時代から〝予感〟があったのです。彼は、どことなく危うかった。
 彼は徐ろに、私へこんな話を始めました。
 我々は狂っている、という話でした。
 人を殺すことに快楽を見る者、そして本能に抗い死にたがる者。人肉を好んで喰らう者に、傷付けられることを快感とする者。
 文化や宗教によって常識も違う。挙げればきりがないほど、我々は多種多様に狂っている。誰一人として同じ人間はいない。
 そんな我々の唯一の共通思想は何か。
 それは「幸福」を目指しているということである。
 不幸を目指す人間は存在しない。存在できない。目指して手に入れた不幸は、当人にとっての幸福だから。
 我々は、それほど幸福に囚われている。

「ずっと死にたかった。自分という孤独を終わらせたかった」

 淀みなく話す彼は毅然としていました。
「破壊衝動はいくつになっても消えないでいた。周りの何もかもが酷く愚かで、世界を嫌うことが個性で、引き裂くような寂しさは自分だけのもので。そんな驕りの中で自分は特別だと思いたくて必死で」
 彼の口調はどこか儚げでもありました。
「俺は復讐を遂げたかった。この世に対する復讐を」
 私は、彼に何も言えないでいた。
「みな生きる理由ばかり探している。どうしようもなく求めてしまう。生きたいから生きるなんて出来ずにいて、死にたいから死ぬ、という訳にもいかないでいる。だけど俺は違う。俺は」

 それからの彼の声色を、私は正直覚えていません。

 震えていたような、落ち着いていたような、あるいは泣き叫んでいたような気もします。
 ただ、彼は〝幸福と愛のために生きるのではない。生きるため、幸福になるしかなかったのだ。愛し愛される他なかったのだ〟と。
 そして〝ここに在る一人の人間として、寂しさを以て復讐を果たすには、方法がこれしかなかったのだ〟と。

 彼は今年亡くなりましたが、誰かを愛し愛されることはなされたのでしょうか。
 なされなかった結果が、もう今後彼に会う術が一切ない、ということなのでしょうか。

 人類各位、愛とは何でしょう。幸福とは何なのでしょう。
 私が思うに、幸福も愛も「定義した途端に自壊するもの」である気がしてならないのですよ。そしてそれは、人が何千年も追い求めてきた「生きる理由」に少し似ている、とも。

 想い人と同じ季節を巡るために生きている人がいました。
 それほど多くない友人とする晩酌を楽しみに生きている人がいました。
 他者を思いやり手を差し伸べることに生きる理由を見る人がいました。
 そして、愛し愛されるため、いや、生きるために、生に食らいつくために目的をつくってまで生きようとした人がいた。
 ただね、きっと生きる理由を持たない者が結局一番強いのです。
 生きる理由がなくても生きていていいと思えた人間は、きっとずっと生きていける。
 生きる理由をこれと決めた人間は、もしそれを壊されたり見失ったりした時、別のそれを早々に見付けられなければ、恐らく死の方を向いてしまう。
 幸福や愛も、定義してしまえばそこからはみ出したものをそれとはもう見れなくなる。
 全ての悩みごとの終着点が〝時と場合による〟へ行き着くように、我々は価値観に縛られてはならない。常に柔軟性を持っていなくてはならない。
 築いた価値観や哲学の類は、等しく道標であると同時に呪いです。それらは壊れることにこそ意義があり、壊されることでこそ美麗たりえます。
 その瞬間の恐怖に期待出来るか。浮かぶ瀬を予感し、ただ待てるか。

 今年ももう終わります。
 善悪の本質は何かとか、正義の所在は何処だろうとか、そういう悩んでもどうしようもないことを悩み続けながら、悩むことから降りるなよ、と自分を戒めた一年でした。
 年の瀬に思えば、あれは問題解決能力だとか哲学を語り明かす頭だとか、そういう類のものが鈍らないための本能による脅迫だったのではなかろうか、と思うわけです。
 今夜くらいは一年間の後悔も反省も全部脱ぎ捨てさせてほしい、なんて甘えながら、ずっと後悔し続けることが我々に許された贅沢であることも、この一年間で私はしっかりわかっていて。

 とりあえず、小さい頃に気に入ってよく聴いていた名前の思い出せないアーティストの曲だとか、忘年会とは名ばかりの参加者誰もが忘れる気のない飲み会だとか、年越しそばと呼ぶことにした何の変哲もないカップ麺に、あれほど仲良くしていたのに全く会わなくなった昔の同級生だとか。
 そういう、小さな幸せをいつかふっと忘れたり、どうでもいいと思いながらもずっと忘れられなかったりすることこそが、ただ「生きている」という証明であり、我々の人生の正体だと思います。

 今宵もいい夜を。全人類、愛しています。


 あ、そういえば。

 敬具。


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