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【物流】『2024年問題:物流・運送業界、健康を守りながら未来を切り拓く』



概要

 いよいよ始まる2024年4月の労働時間規制改革は、物流・運送業界に大きな変化をもたらすものと考えられます。主たる変化であるドライバーの勤務時間制限強化は、業務の効率化と人材不足の解消、そして何よりドライバーの健康と安全を守ることを目的としています。
 本稿では、改正点、業界と企業が直面する課題、そして具体的な対策を解説します。労働時間規制の背景と目的この改革の根本的な目的は、ドライバーの長時間労働による健康リスクを軽減し、労働環境を改善することにあります。長時間労働は、運転中の事故リスクの増大、慢性的な健康障害、そして家族との時間の欠如など、ドライバーの生活全般に悪影響を及ぼしています。
 政府は厳格な労働時間の管理を求めていく方針ですが歩合制の色合いが強い業界でもあり、構造改革を行わずに単に労働時間の削減を行えばドライバーの実収入に影響が出ることも容易に想定されるため、賃金の向上や生産性の向上も必要不可欠です。
 近年はAmazonや楽天などEC上で買い物をする方も多いと思いますが1クリックでに荷物が届くその裏側にはリアルに物を運んでいることでもあるので今回の2024年問題を良い方向に導くにはどこかに負担をかけるのではなく購入者、荷主、トラック事業者、ドライバー相互の理解が必要です。

主な改正点

2024年労働時間規制改革と呼ばれる厚生労働省トラック運転者の改善基準告知に次のように変更になります。

新旧比較表(厚生労働省トラック運転者の改善基準告知に基づいて著者が作成)

 2024年3月31日までは、1ヵ月の拘束時間の上限を原則293時間とし、1年のうち6回までは、1年間の拘束時間が3,516時間を超えない範囲内で最大320時間までが認められています。
 1日の拘束時間は13時間以内が基本で、宿泊を伴う長距離輸送の場合は週2回まで16時間までの延長が認められています。また、1日の休息期間は、勤務終了後、継続して8時間以上必要です。
 この基準が、4月1日以降は、1年の拘束時間が3,300時間まで、1ヵ月の原則的拘束時間が284時間へと変更されます。1日の拘束時間の上限、延長可能な回数には変更がないため、延長できる時間が15時間に短縮されたことになります。(改正改善基準告示4条1項)
 労使協定を締結した場合は、1年の拘束時間が3,400時間まで、1ヶ月の拘束時間が310時間(年6ヶ月まで、284時間以上は連続3ヶ月まで)まで延長できます。
 さらに、休息期間は、従来の「8時間」から「継続して11時間以上」を基本として9時間を下回ってはならないとなりました。ただし、宿泊に伴う長距離輸送の場合は、運行終了後に12時間以上の休息を与えれば、週2回までは8時間以上とすることができます。

課題

厚生労働省トラック運転者の改善基準告知により次の課題が発生すると業界団体などでは警鐘を鳴らしています。

■輸送貨物量の減少
労働時間の制限により、運転可能時間が減少し、結果として貨物の輸送量が減少すると考えられます。

■運送コストの増大
歩合制の性質が高いトラック事業者では貨物の輸送量=ドライバーの給与とというぐらい相関関係があり、給与が低下する場合、ドライバーの引き留めで実質給与の補填を行う企業も多くなることも予想され、運送コストが上昇します。

■ドライバー不足
日本の物流企業は多重構造化しており、荷主に近い企業ほど高い運賃を収受し、それを下請け企業などに再委託します。それにより運送コストの増大分を荷主に課したとしても下位の企業には行き渡らず、ドライバーの賃金を上げることが出来なくなります。それにより、下位の企業ほど新規のドライバー確保が難しくなり、9割以上が中小企業といわれる物流業界では業界全体が人手不足に直面します。

業界がとるべき対策

私も大手物流企業にいた際にすでに実施や検討が進んでいたものもありますが業界単位でさらに社会的な課題に対して対応を進める必要があります。

■企業間の協力体制
最近ではヤマト運輸のDM便を今後、日本郵政が配送することになるなどで話題となりましたが限られたリソースの中で最大の効果を得るにはこれまでライバルであった企業とも協力関係を構築して共同配送や配送規格の統一などに取り組む必要があります。

■効率化技術の導入
これまで紙の点呼記録簿、配車表、許認可書類などを使用していた企業も多かったと思います。近年ではそれらを電子化する企業も大変多くなってきました。日本ではChatGPTが話題ですが今後、さらに運送業界にもAIの波が到達すると思いますのでしっかりとその流れに乗り、輸送ルートの最適化、車両管理、自動化技術を駆使し、運送の効率化を図る必要があります。

■地道な啓もう活動
近年ECの隆盛により宅配便の再配達問題が顕著になりましたが政府や業界の働きかけを受けて平成30年4月には15%であった再配達は令和5年4月には11.4%と宅配便の取り扱いは右肩上がりにもかかわらず改善の一途をたどっています。これは配送料ゼロ円問題とともに大手配送業者や業界団体がドライバーの負担を軽減しようとEC事業者と消費者に向けていわいる置き配を働きかけてきた効果であると考えられています。これらの活動はすぐに効果が出るものではありませんが継続して実情をアセスメントしてより国内の物流が持続可能な状態になるように継続していく必要があります。

トラック事業者がとるべき対策

これまでは業界がとるべき対策を考察してきましたが次は事業者がとるべき対策を検討していきたいと思います。

■荷主との交渉
 上記でドライバーの賃金や輸送コストについて述べてきましたが、それ以外にも改善基準を厳守することになれば今までは東京⇔中部・関西間などで1日運行であったものが2日運行になる可能性や1日運行を優先するために空荷で走行することも考えられます。荷主や発注主との交渉は容易ではありませんが2024年問題として社会で話題になっていることに鑑みれば何もない時期に比べれば事情の理解を得られやすい時期であるとも言えますので直ちに値上げと合わせて輸送スケジュールの理解や運転以外の役務の効率化などコミュニケーションを取るとよいでしょう。

■ドライバーへの情報提供
 トラックドライバーの中には労働環境よりも、とにかくお金を稼ぎたい方も一定数います。今回のトラックドライバーの改善基準告知は労働環境の改善によるドライバーの健康に主眼を置いていることと共に業界の多重下請け構造や業務の効率化まで視野に入っているように感じます。トラック事業者の方は定期的に開催される安全会議などでも議題に挙げていただき、会社が目指す方向性や単に働く時間が減ることが目的ではいことについて議論していただきたいと思います。

■多様な人材の採用
 ヤマト運輸などでも配達、集荷、時間帯などで業務を区切り、主婦などの短時間ワーカーの活用を進めています。今後、日本では少子高齢化する中でさらにトラックドライバーという職業を選択していただくハードルは顕著に上がると考えられています。高齢者、女性、外国人などこれまで3Kの代表格でもあり物流を敬遠してきた人でも活躍できるような教育方法、業務設計、意識改革を進める必要があります。

幅広い層からの人材採用により、労働力を確保します。荷主との交渉による運賃の見直し: 運送コストの増大に対応するため、荷主との間で運賃の見直しを行い、コスト増加分を適切に反映させます。まとめ2024年問題への対応は、物流・運送業界にとって大きな挑戦ですが、同時に業務効率化と労働環境改善の大きなチャンスでもあります。技術革新による効率化、人材の多様化と育成、そして荷主との協調による運賃の見直しは、この挑戦を乗り越え、業界の持続可能な発展を支える鍵となります。

まとめ

 これまで日本の物流は早く、安く、確実に届くと世界から驚きをもって賞賛されていましたがその裏には過酷なトラック業界の労働環境があったと言わざるを得ません。
 2024年問題が浮き彫りにした日本における多重下請け構造、無理をせざるを得ない給与体系、働き方の見直しを急務とし、持続可能な物流網が再構築することを願っております。

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