見出し画像

未来からの搾取

𝑡𝑒𝑥𝑡. 養老まにあっくす

 かつて南北問題と呼ばれた問題があった。北半球を主とする先進国と、南半球に位置する発展途上国との著しい経済格差から生じる、政治的・経済的問題である。だが現在、この南北問題は複雑化し、北半球の中にも貧困国はあるし、先進国の中にも富裕層と貧困層の格差が顕著になってきた。そこで、地理的な意味での南部ではなく、地球的規模における南部として、「グローバル・サウス」という呼び方が広がっている。
 われわれ先進国の贅沢なライフスタイルは、このグローバル・サウスからの搾取によって維持されている。たとえば、われわれが身につけるファスト・ファッションは、南米の途上国から原材料を輸入し、中国の安い労働力によって製造され、というように、かつての帝国主義のような生活様式は、グローバルな規模で現在も存続しているのである。
 しかし、資本主義下において、最大のグローバル・サウスは、まだこの世に生まれていない、未来の子や孫たちである。なぜか。資本主義は、原理的に、経済成長がいつまでも続くという前提で成り立っている。資本が投下される際、その資金はどこから調達されるかといえば、未来からもたらされるのである。お金を借りる者は、将来的に儲けて、その儲けでローンを返す。儲からなかったらどうするか。だから貸す方も、不良債権にならないように力を貸す。そうやって成長に向かってバイアスがかかるため、経済はつねに成長に向かって進むというわけである。
 とはいえ、動物界最速のチーターだって、いくら早いからといって宙を飛ぶわけではない。物事には物理的限界が存在するのだ。経済だって、永遠に成長できるわけではないのに、そこは見ないフリをして、成長する前提で考えましょう、というのが資本主義なのである。では、儲からなかった場合、誰がツケを払うのか。それは、これから生まれてくるわれわれの子供たち、孫たちである。
 要するに、われわれは子孫からお金を前借りし、あるいは出世払いで借金をしているのである。カエサルは借金王としても有名だったが、彼が惜しみなく金を使えたのは、その豪快な金遣いに貸主も共倒れを恐れて、新たな借金を断れなかったかららしい。われわれも子孫に対して、断れない借金を申し込んでいる。この借金は、いったいいつまで続けられるだろうか。
(二〇二一年十二月)


養老先生に貢ぐので、面白いと思ったらサポートしてください!