パリの「君たちはどう生きるか」のポスターはネタバレではなく、戦略だった
あけましておめでとうございます。今年もみなさまにとっておもしろく、役に立つ記事を書いていきたいと思います。
最近、あるアニメ作品のうれしいニュースがありました。それは宮崎駿監督の「君たちはどう生きるか」。日本の作品としては初めて、アメリカで「ゴールデングローブ賞」のアニメ映画賞を受賞したのです。「ゴールデングローブ賞」は、3月に開かれるアメリカ映画界最大の祭典、アカデミー賞の前哨戦とされており、毎年大きな注目が集まります。
日本では昨年7月に公開された「君たちはどう生きるか」、みなさんは観ましたか? わたしは公開からだいぶ経った11月に観たのですが、それまではあの絵コンテの公式ポスターしか目にしておらず、内容や考察もうまいこと避けていました。
ただ一つ、思わぬ場所で、この「君たちはどう生きるか」のポスターを目にしてネタバレにあってしまいました。
それは、パリでした。
パリの「君たちはどう生きるか」ポスター
昨年の10月終わりに、わたしは旅行でパリを訪れました。そのとき、シャンゼリゼ通りで「君たちはどう生きるか」のポスターを見かけたのです。写真に撮ったものがあるのでお見せします。
これです。
わたしは思わずパリの路上で「ネタバレだ!」と叫んでしまいました(周りに人がいなくてよかった)。日本ではどんな雰囲気の作品なのかまったく触れてこなかったので、突然目にしたポスターにけっこう情報があってびっくりしたのです。
タイトルはフランス語の「Le Garçon et le héron」で、直訳すると「少年とサギ」、かなりシンプルです。ビジュアルも物語のワンシーンを思わせる切り取り方で、主人公の少年と重要なキャラクターである青サギがわかりやすく表現されています。
日本のポスターとの違いが気になりました。なぜ絵コンテにしなかったのでしょうか。わたしはフランスでの知名度が関係しているのかな、と思いました。
パリの若者向けの百貨店(ヤマダ電機に雑貨店が入っているようなところ)では、アニメのDVDや漫画は目につくコーナーで売られていてポピュラーですが、まだまだ日本ほどは一般的ではない印象でした。
絵コンテをポスターにしてしまうと、コアなジブリファンはピンと来ても、ライトなアニメファンにはわかりづらい可能性があります。そこで、世界でも有名なアニメ監督の作品であることをはっきりさせるためにアニメの絵を使い、ワンシーンを持ってくる。そのほうが幅広い層にアプローチできると考えたのではないでしょうか。
ちなみにフランス版の公式ポスターはこちら。
広告ポスターとしてはこんなバージョンも。わたしもパリの地下鉄で見かけました。
さらに北米版公式ポスター。やっぱりアニメの絵なんですね。フランス版と切り取るシーンや雰囲気が違って興味深いです。
日本の「君たちはどう生きるか」ポスター
日本のポスターもあらためて振り返ってみたいと思います。
フランスや北米ではアニメの絵ですが、日本は絵コンテ。公開から1ヶ月間はこの絵コンテ1枚だけしか情報を出さなかったそうです。SNSが大好きな日本の観客にこの戦略は見事にハマり、公開初期からTwitter(現X)のタイムラインで感想ツイートや考察ツイートがあふれていました。
日本ではジブリ作品を一度も見たことがない人はそういません。宮崎駿監督やスタジオジブリに関するドキュメンタリー番組も多く放送され、「ジブリ作品」のテイスト、つまりどんな作画のアニメになるのかはイメージしやすい。わたしたちの関心が向くのはテーマやどんな物語なのかです。だから、制作現場での並々ならぬこだわりを感じさせる絵コンテをポスターのビジュアルにすることで、事前のネタバレを極力なくしつつも期待感をぐっと高められたのだと思います。
また、タイトルも、宮崎駿監督が子どものころに読んで感動したという、児童文学者の吉野源三郎の「君たちはどう生きるか」と同じ。日本の観客はジブリ作品・宮崎駿監督との関係性が強いので、いっそう効果的です。というのも、小さい頃からテレビの金曜ロードショーで何度もジブリ作品を見てきている人も多いはずで、「君たちはどう生きるか」のほうがフランスや北米の「少年とサギ」よりはるかに、監督自身からのメッセージ、問いかけであるように受け止められるからです。
「君たちはどう生きるか」はしっかり観客を想定してポスターをつくり、成功した
映画を広告するとき、予告編と並んでポスターも非常に重要です。海外の作品が日本で公開される際に、原題から邦題への翻訳が微妙だったり、キャッチコピーが変だったり、構図が違ったりして物議を醸すことがあります。作品の意図を軽視して重要なメッセージ性をなくしてしまうような悪変は問題で、作品を待ち望んでいたファンから非難されます。
今回の「君たちはどう生きるか」のポスターでは、日本の観客の心をくすぐる表現として絵コンテを採用した一方、フランスや北米の観客に向けては、コア層だけでなくライト層にも響くようにアニメのシーンを採用しています。日本と欧米の観客の違いを組み込み、興味や関心を最大化させることに成功しているのです。ポスターの先にどんな観客がいるのかをしっかり想定した、優れた広告手法だったと思います。
アカデミー賞への期待も高まりますね。
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文:シノ
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