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【765】海のキュウリ?

キュウリを食べたことがない方はあまり多くないと思います。これからの季節は私も冷菜にしてよく食べます。叩いて切って、にんにく、塩、醤油、ごま油、黒酢、あと砂糖あたりを加えて拍黄瓜にします。戻した湯葉を加えても美味しいですね。

栄養価の面でキュウリはあまり良好でないとも言われていますが、とまれ食感や(含む水分の多さに由来する)清涼感によって食卓の一角を占めている野菜です。

もちろんヨーロッパでもキュウリは売られていますし、一般的な食材です。日本のものよりも随分太く、少し身がスカスカしているイメージですが、よくサラダなどに入れられているのを見かけます。

落ちつきはらっていることを英語ではas cool as a cucumberなどと表現しますが、一般的な比喩表現になっているということは、キュウリは(少なくとも現代には)ごく一般的に消費されているということです。中学や高校でこの種の表現を知ったときに「は? どうしてキュウリ?」と思われた方もいらっしゃるかもしれません。「まあ、キュウリは冷たいほうが美味しいよな」くらいのイメージでなんとか納得した人もあるでしょう。実際キュウリと冷たさの関係は『ランダムハウス英和辞典』によれば占星術由来らしいのですが——これ以上の詳細に興味が湧かない——、とまれ比喩に持ち出されるくらいにはポピュラーな野菜です。


さて以上は陸のキュウリの話ですが、では、「海のキュウリ」と言うと何を指すでしょうか。

もちろん陸のキュウリに比べればマイナーなもので、しかしキュウリに似たものです。

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そうですね、ナマコですね。色々な国で珍味扱いされているあの棘皮動物です。

英語ではsea cucumberと言いますし、さもなければ学名を使うことになります。私が読める限りでは全ての西洋語で、またロシア語でも、「海のキュウリ」がナマコを指します。古代ローマの時代から、ナマコは「キュウリ」を意味するcucumisと呼ばれていました(Plinius, 9, i, 3)。

「え、キュウリ?」と思われる方もあるかもしれませんが、言われてみればキュウリっぽくないですか。

緑色をした青なまこだけがキュウリっぽいというわけではなく、一応は円柱状でイボイボしているようなあのフォルムは、言われてみればキュウリでしょう。

考えてみれば、日本語に見られるように「海鼠」と書いてあの赤・緑・黒のイボイボした軟体動物を意味する日本語のほうがちょっとおかしい気がしてきませんか。あの円柱形のどこが鼠なのでしょう。由来はよく知りませんが、言われてみれば鼠っぽくはない。なんだかこれからは「海鼠」と手書きするたびに違和感を感じそうなものです。

……とかく慣れというものは怖い、とは言わずとも、他の言語や他の表現の体系を学ぶことで得られるのは、新たな外部性の獲得ですが、それはとりもなおさず自らに対する反省です。

同質性の中にこもることなく、新たな表現の手札を持ちたいものです。