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ゴールマウスの恋人【前半】創作大賞2023応募作品

【あらすじ】
岡部鞠菜は、大学のゼミの教授から貰った、サッカーJ2リーグのチケットを手にし、一人で何となくサッカー観戦に出掛ける。
初めてのスタジアムで、ファルコン狭間GK・砦跳人のスーパーセーブを見た瞬間から、鞠菜は変わり始める。跳人と恋人関係になり、跳人と過ごす幸せを実感しつつ、“侍クロス”スペイン語事業部への就職も決める。
しかし翌シーズン、J1リーグに昇格したファルコン狭間は苦戦する。ラリーガから移籍した、GKパウロ・コクランを夢中で追う鞠菜は、仕事と恋愛との間で悩む。
 
【主な登場人物】 
岡部 鞠菜(23)大学生~サッカー雑誌侍クロス・スペイン語担当記者
砦 跳人    (27)ファルコン狭間GK(ゴールキーパー)
パウロ・コクラン(26)チェイスマン赤倉GK
引田 明日花(24)ファルコン狭間スタッフ
ダイキ(28)ファルコン狭間・右SB
鏡華    (30)ガールズバー“鏡華”のママ
梅蔵    (55)ガールズバーの常連客
池上 涼子 (42)大学教授
太田 (45)侍クロススポーツ事業部・記者
シュウヤ(19)ファルコン狭間若手GK
リョウマ(37)ファルコン狭間MF
タクミ (25)ファルコン狭間MF
ニシキ (33)ファルコン狭間FW
ジェイ (24)ファルコン狭間FW
マサト (29)ファルコン狭間CB
アツヤ (30)ファルコン狭間左SB
カケル (23)ファルコン狭間右SH
ソフィア(19)スペイン人サポーター
他 

ゴールマウスの恋人・前半


・一枚だけのチケット・・・

〇駒東大学・キャンパス 
楽しそうに過ごす大学生たち。
岡部鞠菜(21)、他の学生を遮断するように、イヤホンを付けて歩く。

○同・教授室・中
壁に貼られた大きなポスター “スペイン留学生募集”。×印とともに、“未定”と書き足されている。      
鞠菜、イヤホンを外し、ポスターを見つめる。
フラメンコ調の服装の大学教授・池上涼子(42)、残念そうに鞠菜を見る。
涼子「で、岡部さん、後期のゼミ、一体、いつまで休むつもりなの?」
鞠菜「(空虚に)……延期にならなくても、お金用意できませんでしたよ」
涼子「留学の事、引きずってるよね? 無期延期」
鞠菜「仮に行けてたとしても、スペイン語なんて、日本ではマイノリティですし」
と、机の上にあった、サッカー雑誌『侍クロス』を何となく手に取る。
表紙は、ゴールキーパーである。
鞠菜(西語)「Frío.(カッコいい)」
と、読み始める。
涼子、鞠菜の正面に来て、目を覗き込む。
涼子「岡部さんって、サッカー好き?」
鞠菜「(素っ頓狂に)へっ?」
涼子の机には、中学生くらいのゴールキーパーの少年が、ボールキャッチした姿の写真が飾られている。
涼子「Jリーグのファンクラブのチケット、一枚余っちゃって。岡部さんにあげる」
と、雑誌の間にチケットを挟む。
鞠菜「一枚ですか? 一人で? そもそも私、全然ルール知りませんよ」
涼子、写真を高く掲げる。
涼子「うちの子、ゴールキーパーなのよ。いつかJリーガーになる日を夢見てるの」
鞠菜「GK、分かります。たった一人でゴールを守る、孤独なポジションですよね」
涼子「(心底可笑しそうに笑う)」
鞠菜、訳がわからず涼子を見つめる。
涼子(西語)「El fútbol es mi pasatiempo. mi vida.(サッカーは私の道楽。私の人生)」
鞠菜「道楽? 人生? サッカーが……」

○同・図書館・中
鞠菜、テーブルの片隅に座ろうとする。
鞠菜の元カレ(21)と、今カノ・知香(21)、少し離れた席で勉強している。
鞠菜、思い切って二人に近づく。
知香、鞠菜に気付き元カレを見る。
元カレ、居眠りを決め込む。
鞠菜「知香、やっぱ付き合ってるんだよね」 
知香、突っ伏した元カレに困惑。
鞠菜「私、全然気にしてないから。二人のこと応援してるし」
知香「私たち、友達なの。(彼に)ね?」
しかし、元カレは顔を上げない。
鞠菜「二人とも私に気を遣わなくて良いからね。ずっとそれが言いたかったの」
と、イヤホンを付け、荷物を抱え帰る。

○同・涼子のゼミ室・中
ゼミの仲間数名、集まっている。
鞠菜は、来ていない。
ゼミ生一「岡部さん、最近どうしたのかな。池上ゼミの随一の秀才、岡部鞠菜も、友だちに彼氏略奪されたショックは大きいのか」
ゼミ生二「周りみんな知ってたのに、当の本人だけ全然気付かないっていうね。岡部さん、今、何かヤバい事やってるらしいよ」
涼子「(明るく)さ、始めましょう」

○鞠菜のアパート・鞠菜の部屋・中
スペイン語学習音声が流れている。
鞠菜、熱心に聞きながら、気怠そうに濃いめのメイクを始める。
スマホが鳴る。【鏡華ママ】から。音声をオフにし、出る。
鞠菜「あぁ、ママ? お疲れ様です」
ママ(電話)「マリちゃん、今日お店来るよね?」
鞠菜「行きますよ。どうしたんですか急に」
ママ(電話)「この前来たお客さん、梅蔵さん。今日も来たいけど、マリちゃん入ってるかって言うもんだからさ」
鞠菜、思い当たるが嬉しくはない。
鞠菜「梅蔵さん、何時に来るんですか」
ママ(電話)「十時位だって。頼むね」
鞠菜「(気乗りせず)はーい」
と、スマホをオフ。スペイン語の音声をオンにするが、すぐにオフにし、ため息。ふと、『侍クロス』からはみ出した、サッカーのチケットを手に取る。

・キーパー推し・・・

〇狭間サッカースタジアム・フィールド
ファルコン狭間GK砦 跳人(以下、ハネト)(27)、若手GK・シュウヤ(19)とアップ中。
GKコーチ・黒石(41)、ゴール手前にゴロを投げる。
ハネト、シュウヤ、スライディングキャッチ。続いて後方のゴロを取りに行く。
最後は、ゴール上ギリギリのボールをジャンプしてキャッチ。キャッチ精度は、ハネトがシュウヤを上回っている。

○同・ゴール付近の席
引田明日花(22)、通路の横の席で、一眼レフを覗いている。レンズに写る、ファルコン狭間DF・ダイキ。しかし、画面が突如大ブレ。
明日花の列に入ろうとした鞠菜、望遠レンズに当たってしまった。
鞠菜「ごっ、ごめんなさい大丈夫ですか」
迷惑そうに微笑む明日花、ダイキのユニフォームシャツが目立つ。   
鞠菜、やっと自分の席を発見して座り、見よう見まねで、スマホを構えピントを合わせる。
ファルコン狭間GK・ハネトが映る。

○同・フィールド
ファルコン狭間vsトルマリン月光。
中盤でのボールの奪い合いが続く。
ボール奪取した、トルマリン月光FW、不意打ちのミドルシュートを放つ。 ダイキたちファルコン守備陣、万を辞しボールの行方を見守る。

○同・同・ファルコンゴール前
スピードのあるループシュート。ゴール上部のポストの僅か下に、絶妙に決まりそうである。

○同・ゴール付近の席
サポーターたち、万事休すと祈る。
鞠菜、スマホの画面を見つめる。
鞠菜「(呟く)あーっ、駄目だ。決まる」

○同・同・ファルコンゴール前
ハネト、ボールの弾道を目で追いながら素早く下がり、大きくジャンプ。見事にボールをパンチングして、スーパーセーブ。
ボールはゴール上へと弾き出される。

○同・ゴール付近の席
サポーター、一変して大喜び。
鞠菜、つられてガッツポーズ。
サポーターたち「ナイスキーパー!」
鞠菜「(大きく)ナイスキーパー!」

○同・フィールド
試合終了のホイッスル。
仲間の祝福を受けるハネト。
喜びに沸き返るファルコンの選手たち、客席のサポーターに手を振る。

〇同・観客席
サポーターたち、『おめでとう』『祝!J1昇格』などのペナントを掲げる。

○同・スタジアム周辺
鞠菜、鮮やかに撮れたハネトのスーパーセーブを満足げに眺めながら帰る。明日花、前方に鞠菜を発見し近付く。明日花「ね、もしかして、ファルコンのディフェンス押し?」鞠菜、首から下げた一眼レフを見て、近くの席にいた明日花だと気づく。
明日花「ファルコン狭間のゴール前のせめぎ合いの時、私の後ろで凄い声出してた!」
鞠菜「ゴールキーパー、凄かったですね」
明日花「そっか、キーパー推しね」
鞠菜「(咄嗟に)はい」
明日花「(嬉しそうに)私とかぶってないっ。因みに私はDFのダイキ押し」
鞠菜「(戸惑って)私、此処来たの初めてなんです」
明日花「ウソ、じゃあ、ファルコン狭間の練習も、観に行った事ない?」
鞠菜「練習も見学できるの?」
明日花「勿論。クラブの練習場でね。運が良ければ、練習の終わりに選手と話せるよ」
鞠菜「本当にそんなこと出来るの?」
明日花「何なら今から行ってみる? ちょうどユースが練習……」
鞠菜「ごめんなさい、今日はちょっと」
明日花「あ、いきなりゴメンね。じゃ!」
鞠菜と明日花、軽く手を振り別れる。
明日花、少し立ち止まり振り返る。
明日花「ファルコン狭間の練習! 場所とスケジュールは、HPに載ってるよ」
歩く鞠菜、明日花の声は届いている。

〇狭間十番街(夜)
小規模な商店街。その中に、ガールズバー“鏡華”がある。

○同・ガールズバー“鏡華”・表(夜)
こじんまりとした外観―。
鞠菜、イヤホンを外し、入って行く。

○同・同・中
鞠菜、カウンターの中で、グラスなど準備しながら、常連客・梅蔵(55)と話す。
鞠菜「梅蔵さん、私ね、今日初めてサッカー観に行ったんだ」
梅蔵「へぇ、そう」
と、上の空で鞠菜の顔ばかり眺める。
鞠菜「(意地悪く)あー、ゴールキーパー格好良かったなぁ。スーパーセーブって言うの? バッチリ見えちゃった」
梅蔵「(見つめて)俺も知ってる! スーパーセーブ」
鞠菜「嘘ぉ。じゃあ、どういうの?」
梅蔵、いきなり鞠菜の顔を両手で挟むように掴む。
梅蔵「こういうの」
鞠菜、驚いて飛び退く。
鞠菜「いやぁ、梅蔵さんには敵わないなぁ」
と、ひきつった笑顔でおつまみを出す。
梅蔵「俺もさ、サッカー習ってた事あんのよ」
鞠菜「嘘っ」
梅蔵「小さい頃ね。俺、足遅かったから、いつの間にか辞めることになってた」
鞠菜「(不満そうに)えーっ、ボール持ったらドリブル出来るかもしれないじゃん」
梅蔵「ダメダメ。フォーメーション保って、ボール追っかけんだから。そっから一人遅れたら、スペース生まれて狙われるでしょ」
鞠菜「(感心し)梅蔵さん、サッカー超詳しい!」
梅蔵「今でも観るのは大好きだから」
鞠菜「凄いよ梅蔵さん。そうだ、私、キーパーは孤独なポジションですねって言ったら笑われたんだけど、何で?」
梅蔵「マリちゃん、サッカーは十一人でするスポーツでしょ?」
鞠菜「それ位わかる」
梅蔵「わかってないから、笑われたの。マリちゃん、十人プラス、キーパー一人じゃないんだよ。フォワードからキーパーまで、全部で十一人」
鞠菜「梅蔵さん、人格者だね」
梅蔵「今頃気付いた? ゴールキーパーは、十一人目のフィールドプレイヤーってね」
鞠菜、感心したように頷く。

○鞠菜のアパート・部屋・中(深夜)
鞠菜、帰宅する。放置していたコンビニ弁当の殻を捨て、上着を脱いで、クローゼットを開ける。
スマホが鳴る。【母・和枝】から。
鞠菜「(恐る恐る)もしもしお母さん?」
和枝(電話)「鞠菜、最近、夜電話に出ないけど、大丈夫?」
鞠菜「ごめん、疲れて寝ちゃうから、全然気付かなくて」
和枝(電話)「早起きしてる?」
鞠菜「(言いにくそうに)早起きはしてない」
和枝(電話)「部屋ちゃんと片付けてる? 鞠菜は特に、クローゼットの中が真っ先にひどくなるから」
雑然としたクローゼット。バーでのバイトの服が目立つ。
和枝(電話)「(怪しんで)鞠菜、最近、何かしてるの?」
鞠菜「(苦し紛れに)実は、サッカーの追っかけしてる」
和枝(電話)「サッカーって、何でまた急に」
鞠菜「友達に誘われて断れないんだもん。応援行った時に限って延長戦でさ、接戦の末に勝つと、友達が盛り上がり過ぎちゃって、お酒が進んじゃうみたいで」
和枝(電話)「そうなの?」
鞠菜「そうなの! 友達がさ、お酒強いんだもん」
和枝(電話)「ふーん、二十歳過ぎたからって、あんまり飲み過ぎないようにね。ママの家系は、お酒強い方じゃないんだから」
鞠菜「はーい、ごめんお母さん、明日授業早いから、寝るね。お父さんにも宜しく。おやすみ」
と切り、ホッと胸を撫でおろす。
 ×     ×      ×
鞠菜、やっとクローゼットの片付けを終え、バタンとベットに倒れ込むが、目が冴えてしまい、スマホでファルコン狭間のHPを検索。練習場の行き方の画像など、丁寧に掲載されている。
鞠菜、起き上がり熱心に見始める。

○同・同・同(朝)
ベットの中の鞠菜、目を覚まし、カーテンを開ける。温かい日差しが眩しい。

○ファルコン狭間・クラブ・練習場
練習に励むファルコンの選手たち。
ゴール付近に、ハネトとシュウヤ。
黒石「ハネ! ゴール右隅ね」
と、ゴール右上に緩めのシュート。
ハネト、ゴール右に素早く移動し正面気味にキャッチ。黒石にボールを返す。
黒石「次! ボール奪って逆サイドに蹴って」
と、ハネトにドリブルで迫る。 
ハネト、前に出て黒石から華麗にボールを奪い、サイドに流す。

〇同・同・ロッカールーム
ファルコン狭間チームスタッフ明日花、同僚・佐古(26)と、清掃用具を抱え、疲れた様子で掃除している。
明日花「あー、一体いつになったら……」
佐古「(ニヤニヤして)多いんだよね、サッカー選手と付き合えると思って入社するコ」
明日花「ち、違いますよ。私は」
佐古「じゃ、これ何?」
と、ポケットからはみ出した、ダイキのキーホルダーを指す。
明日花「ちょっとっ、お願い黙ってて……」

○同・同・見学コーナー
鞠菜、初めて見る練習風景に釘付け。ハネトのいるゴール前が気になる。  スペイン人女性サポーター・ソフィア(19)、鞠菜の隣りに来る。
ソフィア(西語)「portero, te respeto.(GK、あなた方を尊敬しています)」
鞠菜(西語)「En Japón, portero es una posición bastante modesta.(日本では、GKは、どちらかと言えば地味なポジションです)」
ソフィア(西語)「No puedo creerlo.(信じられない)」
ソフィアと鞠菜、話し込む。
ソフィア(西語)「Los porteros son héroes en España. Un jugador que asumió la posición del portero habitual puede tener su auto pinchado por los aficionados como venganza.(スペインではGKは英雄。正GKのポジションを奪った選手が、腹いせにサポーターに車をパンクされられる、なんて事もあります)」
鞠菜(西語)「¿De verdad? Si un portero japonés lo escucha, podría envidiarlo. (本当? 日本のGKが聞いたら、羨ましがるかもしれない)」

○同・同・練習場
黒石の蹴ったボール、大きく逸れ、外に飛んで行ってしまう。
ハネト「取ってきます」
と、練習場を出て見学コーナーへ。

〇同・同・見学コーナー
明日花、通りかかる。
ハネトが駆けて行く先に、鞠菜とソフィアを見つける。
明日花「あれ? あのコ最終節の……」

○青空から降って来るサッカーボール

・好きを仕事に・・・

○ファルコン狭間・クラブ・見学コーナー 
ソフィアと鞠菜の元に、落ちて来るサッカーボール。
鞠菜、すっぽりと偶然キャッチ。
ハネト、近くまで走り来る。
ハネト「すいませんっ」
と、投げ返してのジェスチャー。
鞠菜「(緊張して)えっ、砦 跳人?」
ソフィア、感激で狼狽えている。
ハネト、ついに二人の目の前に来る。
鞠菜、ボールを両手で差し出す。
鞠菜「この前のスーパーセーブ、凄かったです。猫みたいでしたっ!」
ハネト「猫ォ? 俺、猫に似てるの?」
ソフィア「ネコ、知ってるよ。(西語)¡Nos parecemos! lince español! (似てます! スペインオオヤマネコ!)」
ハネト「(意味がわからず)???」
鞠菜「ソフィアは、跳人さんが、スペインオオヤマネコに似てるって言ってます」
ハネト「あ、ありがとう。そちらソフィアさんね、君は?」
鞠菜「鞠菜です。岡部鞠菜。大学生です。J1昇格がかかった最終節の跳人さんのスーパーセーブ、本当に素晴らしかった。あの瞬間、私の中で革命が起こりましたっ」
ハネト「(照れて)ありがとう。これからも頑張るよ。またいつでも練習覗きに来て」
ソフィア、鞠菜の腕をつつく。
鞠菜「(西語でソフィアに通訳) Gracias. Seguiré dando lo mejor de mí. Ven y mira la práctica de nuevo en cualquier momento.」
ソフィア、感激して何度も頷く。
鞠菜、魔法にかかったようにハネトを見つめる。
ハネト「鞠菜さんも大学で頑張って。じゃあ!」
と、爽やかに戻って行く。
ソフィアも場を離れて行く。
鞠菜、何となく時計を確認。
鞠菜「(呟いて)大学……今更行けるかな」
と、フェンスにもたれ、悩む。
明日花、隣りにやって来る。
明日花「スペイン語、超上手いんだね」
鞠菜、驚いて姿勢を正す。
明日花、名刺を探し当て、渡す。
明日花「私、此処のスタッフの引田です」
鞠菜「どうも。岡部です。大学生。4年です……あれ? この前の試合で」
明日花「実は、関係者でした。明日花でいいよ」
鞠菜「明日花さん、ファルコンのチームスタッフさんだったんですね。すごいですね。(無邪気に)あ、あの時は選手のPRとかだったんですか? 何番でしたっけ……ユニフォームとグッズで固めてましたよね。」
明日花「(焦って)あ、あぁ、試合の様子をSNSにアップする仕事で行ったんだけど、事務所にちょうどあれしかなかったんだ。うん、それより練習どうだった? 興味湧いた?」
鞠菜「勿論です。スペイン語が話せるなんて思わなかったし」
明日花「そんなに上手かったら、就職は、やっぱそっち関連?」
鞠菜「スペイン語活かせる仕事なんて、無いも同然ですよ。日本では、マイナーな言語ですから」
明日花「(ふと)あるよ」
鞠菜「え?」
明日花「アントニオ・ベルって言う、うちの選手がいてね、今期で契約終了して、国に帰るんだけど、日本での3年間の印象を率直に語る的なインタビュー受けたのよ。『侍クロス』から。知ってる?」
鞠菜「あっ、もしかして、これの事ですか」
と、バッグから取り出す。
明日花「そう、それ! この号にも載ってるんじゃないかな。これの出版社の、スペイン語担当記者の募集。オンラインセミナーは、今日だったはず」
と、ページを捲って募集案内を示す。
鞠菜、すぐに案内から目を逸らして、
鞠菜「後十分で始まる。今からどんなに急いで帰っても、絶対間に合いません」
明日花「近くに、サフランってカフェバーがあるよ。WiFiもあるから、そこで」
と、鞠菜の背中を押す。
鞠菜「え? えっ、あっち?」
と、向こうを指す。
明日花「そう、あのビルの1階だから」
鞠菜「は、はい」
と、押された勢いで小走り。
明日花「頑張ってねー!」
と、笑顔で見送る。

 〇カフェバー“サフラン”・近くの道
鞠菜、歩き進むにつれ、段々と笑顔になる。ついに嬉しそうに走り出す。

○同・表
鞠菜、急いで店内に入る。

○同・店内
カウンターバーがある、洒落た内装。
鞠菜、席に座り、スマホをセットして姿勢を正す。

〇“侍クロス”オンラインセミナー画面
ゲスト講演、元ファルコン狭間FW・アントニオ・ベルが映る。
アントニオ(西語)「Me iré de Japón esta temporada y volveré a España. Japón, donde pasé tres años, era un país extraño y frío.(私は今シーズンで日本を去り、スペインに帰る。3年間過ごした日本は、不思議で冷たい国だった)」
画面に反射して写る鞠菜の顔、非常に真剣な様子に変わる。
アントニオ(西語)「En el partido de fútbol, muchos japoneses me vitorearon. Un paso fuera del club, ningún japonés me habló.(サッカーの試合で、私は多くの日本人から声援を受けた。けれど、一歩クラブを出ると、日本人は、誰も私に話しかけなかった)」
鞠菜、瞬きもせず、画面に注目。

〇同・表
明日花、来て、中の様子を伺う。
窓ガラス越しに、熱心な表情の鞠菜が見える。

〇同・店内・鞠菜の席
テーブルの上、全く手を付けていない、飲み物と軽食。
オンラインセミナーが終わる。
鞠菜、スマホをオフにし、やっと食べ始める。
明日花、来て声を掛ける。
明日花「見てくれてたんだ」
鞠菜「(驚いて)明日花さん。お仕事大丈夫なんですか」
明日花「お昼休憩まだだったから。ここ良い?」
鞠菜「勿論です」
明日花、鞠菜の向かいに座る。
鞠菜、美味しそうに食べながら、
鞠菜「アントニオの話、感動しました。私、このままじゃ駄目ですね」
明日花「どういう事?」
鞠菜「明日花さん、私、侍クロス、受けます」
と、食べ終わり、席を立つ。
明日花「え? 面接、さすがに今日じゃないよね」
鞠菜「大学のゼミ、ずっとサボってたんで。今から行って、謝罪して来ます」明日花「そっか。色々と頑張ってね」
鞠菜「はい、採用されたら、連絡しますね」
明日花「うん、待ってる」
鞠菜、一礼して去る。
店員がオーダーを取りに来る。
明日花「あ、これ(鞠菜の)と同じの」
店員「かしこまりました」
明日花、満足そうな笑顔で待つ。

○駒東大学・ゼミ室・中
鞠菜、涼子とゼミ生に頭を下げる。
ゼミ生たち、驚いて鞠菜に注目。
鞠菜「長らく欠席してしまい、ご迷惑おかけしました。すみませんでした」涼子「おかえり。待ってたわよ」
と、専門書や語学CDを差し出す。
鞠菜「あ、リスニングは大丈夫です。ずっと、聴いてましたから」
と、語学CDを涼子に返す。
鞠菜(完璧な西語)「Definitivamente me pondré al día con todos. (必ず皆に追いつきます)」
ゼミ生たち、上手いと感心する。
ゼミ生一「(ヒソヒソと)良かったね。岡部さん戻って来て。一体何があったんだろう」
ゼミ生二「革命ぐらいスゴイ事が起きたんだよ」
ゼミ生一「本物の恋とか?」
と、したり顔で頷きあう。

○同・同・同(時間経過・夕)
窓の外は暗くなっている。
一人勉強に没頭している鞠菜、時計を見てため息。本を閉じる。

○狭間十番街・ガールズバー“鏡華”・中(夜)
鞠菜、カウンター内で、接客中。
梅蔵、特に酔った様子で鞠菜に絡む。
梅蔵「マリちゃん、ここでどん位稼いだ?」
鞠菜「何言ってんですか、全然ですよ」
梅蔵「あれか、男に貢いでんの?」
鞠菜「違います! そうだなぁ、車の免許取ったりぃ、教科書買ったりもしてるよ」
梅蔵「エライなマリちゃんは。もう乾杯! マリちゃんも飲んで」
鞠菜「ありがとう梅蔵さん、じゃあ一杯だけ」
と、梅蔵とグラスを合わせる。
鞠菜「本当はね、留学資金貯めようと思って此処入ったんだけど、根性無くて」
梅蔵「良かったよ、外国行っちゃったら、マリちゃんに会えなかったもん」
鞠菜「本当? 良かった。そう言って貰えて」
梅蔵「こんな馬鹿な爺さんが、出来の良い大学生の女の子と酒飲んでさ……」
と、酔って寝てしまう。
鞠菜、ママ・鏡華(30)と目が合い、苦笑。
鏡華「マリちゃん、タクシー来たから、梅蔵さん乗せてあげて」
鞠菜、やれやれとため息を吐く。

○同・通り(夜)
ハネトとダイキ、ブラブラ歩いて来る。
ハネト「なぁダイキ、俺、猫に似てる?」
ダイキ「ハハ、何だそりゃ」
ハネト「うちの練習見学に来てたコにさ」
ダイキ「何々、愛の告白?」
ハネト「『スーパーセーブ、猫みたいでしたっ』って言われた」
ダイキ「微妙だな。告白ではないか。いや」

○同・ガールズバー“鏡華”・前(夜)
鞠菜、タクシーに梅蔵を押し込む。
鞠菜「梅蔵さん、またね」
タクシー、ちょうど出発する。
ハネトとダイキ、ブラブラ歩いて来る。
ハネト「あのコだ! 猫みたいでしたっ!」
ダイキ「え?」
と、目を丸くして立ち止まる。
鞠菜、目の前に現れたハネトに驚く。
ハネト、鞠菜に軽く手を振る。
鞠菜、バツが悪く、咄嗟に店に戻る。

〇同・同・店内
扉が開き、鞠菜が入って来る。そわそわとテーブルを片付けたり。
鏡華、少し首を傾げて鞠菜を見ている。
扉が開き、ハネトとダイキが入店。
鞠菜「いらっしゃい……(焦って)うわっ!」
と、ただ狼狽える。
鏡華「あれ、ダイキじゃなーい? お帰り! 懐かしの故郷、狭間商店街へ!」
ダイキ、やれやれと言う風な笑顔。
ハネト「お前、ママと知り合い?」
ダイキ「まあ、逆らえない、くされ縁的な」
ハネト、勘違いして納得する。

○同・同・カウンター
ハネトとダイキ、カウンターに座る。
鞠菜、二人の前にビールを置く。
鏡華「私が、この狭間十番街の会長の息子さんに失礼な真似する訳ないじゃん」
鞠菜「(驚いて)会長さん?」
ダイキ「少し先の唐揚げ屋だよ。鏡華とは、子どもの頃、町内対抗の運動会に出された頃からの付き合い」
ハネト「良かった~、泥沼かと思った」
鞠菜、好ましくハネトの笑顔を見る。
鞠菜「唐揚げ十番、知ってます!お客さんに何度かお勧めされた事ありますよ」
ダイキ「マジ? 嬉しい。小さな商店街の、小さな唐揚げ屋だからさ」
鏡華「(茶化して)よっ、唐揚げ十番の息子! ファルコン狭間のJリーガー、狭間商店街の星!」
ダイキ「来シーズンは、J1リーガー!」

鞠菜、グラスを掲げる。
鞠菜「J1昇格、おめでとうございます」
ダイキ・ハネト・鏡華「乾杯!」
鞠菜「J2からJ1に昇格するのって、やっぱり大変だったんですか」
ダイキ「そりゃもう。先月、今シーズン残り5節の段階で、ファルコン狭間は俺たち史上最高順位の第3位」
鞠菜「何位まで昇格できるんですか?」
ハネト「今年は、上位2チーム」
ダイキ「うちと2位のトルマリン月光は、勝ち点十の差だった」
鞠菜「えーっ、じゃ奇跡だったんですね。サッカーって一対0とか多いし、5試合で十点差追うって、普通無理でしょ?」
ダイキ「マリちゃん、相当サッカー知らない感じ?」
鞠菜「すみません」
ハネト「Jリーグの順位は、勝ち点が多い順。勝ったら3点、引き分け1点、負けは0」
鞠菜「わかった。じゃあ、2位のチームに3連勝して、一回引き分けたら追い付くってことですよね」
ダイキ「エライ簡単そうに言うね~。しかもリーグ戦は、ホームとアウェイ一試合ずつ。同じ相手とは基本2試合だけだよ」
鞠菜、半分理解したような顔。
鏡華「ダイキとハネトがいれば、ファルコン狭間はJ1でも十分通用するわよ」
ダイキ「ありがとうママ。よしっ、そろそろ帰るわ」
鏡華「(プンと怒って)えー、もう?」
ハネト「ごめんねママ。30近いと、夜更かしすると動き悪くなるからさ」と、席を立つ。
○同・同・表(夜)
鞠菜、ハネトとダイキを見送る。
鞠菜「また、ファルコンの試合観に行きます」
ハネト「嬉しいな。宜しく」
ダイキ「俺がサイドバックからシャーッと上がって、絶妙なクロス上げてアシストするトコも見て。じゃあ、お先」
ハネト「ゴメンね、ダイキ。親父さんに挨拶、また今度で」
ダイキ「どうせ、もう爆睡してる」
と、ダイキだけ徒歩で帰る。
鞠菜「ありがとうございました~」
鞠菜、通りの向こうを眺める。
鞠菜「今日はタクシー来ないなぁ。私、営業所行って頼んで来ますね」
ハネト「営業所?」
鞠菜「この商店街を抜けた所に、タクシー営業所があるんですよ。タクシー5台位しかないから、迎車に出る運転手さんに、直談判して、次の予約するんです」
ハネト「そこまでしなくて良いよ。少し待とう。マリちゃんは、時間、大丈夫?」
鞠菜「はい。学生ですし。私、大学でスペイン語習ってるんです。スペイン語、日本の中ではすごくマイナーですけど」
ハネト「スペインには、ラリーガっていう有名なサッカーリーグがある。俺も、一度で良いからプレーしてみたい。サッカーの聖地だからね」
鞠菜「ラリーガ? へぇ、知らなかった」
ハネト「本当? どうしてスペイン語を?」鞠菜「子どもの頃、お隣にスペイン人ファミリーが引っ越して来たんです。そこに、3つ年上のパウロって少年がいて、同じ小学校に通っていたんです。学校での接点は全然なかったんですけど、ある日、飼っていた小鳥を逃がしてしまって……」

○(回想)鞠菜の実家・中
鞠菜(9)、鳥かごを開け、水を取替える。小鳥がお気に入りの様子だが、小鳥は、不意に鳥かごから出て、開いていたベランダへ飛ぶ。
小鳥、低く飛び、外へ逃げる。
鞠菜「ピースケ! いやーっ!」
と、後を追い、ベランダから外へ出る。

○(回想)ベランダに面した駐車スペース
雑草の生えた空きスペース。
サッカーボールを抱えて来たパウロ(12)、地面に着地した小鳥を素早く掴む。
鞠菜、パウロを見上げる。
ブロンドヘアが太陽光を受け輝く。
パウロ、明るい笑顔で小鳥を掴んだ手を鞠菜に差出す。
パウロ(西語)「Lo tengo.(取れたよ)」
鞠菜の笑顔、喜びに輝く。
(回想終わり)

○狭間商店街・ガールズバー“鏡華”・表(夜)
ハネト「じゃあスペイン語は、パウロから?」
鞠菜「いいえ。それから何度かパウロを見かけたけど、一家はいつの間にか引越してた。私は、パウロに助けて貰ったピースケに、片言のスペイン語を教えながら、自分も少しずつ覚えていった」
ハネト「パウロとは、それっきり?」
鞠菜「はい。今も、大学以外でスペイン語話す機会は全然無いし。だから、ファルコンの練習場で、ソフィアさんと話せたのは、ほんっと嬉しかった」ハネト、鞠菜の横顔に惹かれる。
鞠菜「私、ハネトさんのスーパーセーブ、撮ったんですよ。最終節の、最後の最後の」
と、スマホを出して画像を探す。
鞠菜「あった!」
ハネト「ホント? 見せて」
と、スマホに手を伸ばし、つい鞠菜の手首を掴んでしまい、慌てて離す。
ハネト「ごめん、勢い余っちゃった……」
鞠菜、クスクスと笑う。
鞠菜「こんなの、ハネトさん沢山あるでしょ」
ハネト「FWで、ゴール決めたぜってのに比べたら、キーパーのは全然少ないよ」
俯き加減に笑顔を見せるハネトの横顔。
鞠菜、ハネトに恋する気持ちが確定。
鞠菜「じゃあ、宝物にします。いつかハネトさんが、ラリーガの選手になったら、価値が上がるかもしれませんし」
鞠菜、冗談抜きで信じている様子。
ハネト、思わず鞠菜にキスする。
ハネト「終わるまで待ってる」
鞠菜「(嬉しく恥ずかしく)はい」
ハネト「じゃあ、タクシー営業所で」
鞠菜、思わずクスッと笑い、頷く。

〇ジュネーブパレス・外観(夜)
低層マンションの前、タクシーが停車。
ハネトと鞠菜、降りて中に入って行く。

○同・202号室・中(夜)
ハネトと鞠菜、見つめ合い、抱き合う。

○同・外観(朝・日替わる)
ごく普通の低層マンション。
練習に行くハネトと、リクルートスタイルの鞠菜、仲良く寄り添い出て来る。

〇ファルコン狭間・クラブ・練習場
ハネト、スライディングキャッチ。ボールが僅かに毀れ、相手選手が群がる中、必死にボールを掴む。

〇駅の洗面所・鏡の前
リクルートスタイルの鞠菜、キリリと髪を束ね、前髪をピンで留める。

○出版社“侍クロス”・面接会場
鞠菜、採用面接に臨んでいる。
面接官の中には、スペイン人もいる。
鞠菜「御社のオンラインセミナーに深く感銘を受けました。アントニオの“冷たい日本人”というフレーズが、今も胸に突き刺さっています。アントニオのような外国人選手の支えになれたらと、強く思いました。また先日、サッカークラブの見学に出掛けた際、スペイン人の方とお話する機会がありました。彼女によると、ヨーロッパにおけるGKの地位は非常に高いそうです。異国のサッカー事情についても詳しくなりたいです」
スペイン人面接官(西語)「Frío japonés, portero de bajo rango. Es como las palabras negativas que te impulsan(冷たい日本人、地位の低いGK。あなたを動かすのは、ネガティブな言葉のようだ)」
面接官たち、和やかに笑う。
鞠菜、つられて笑顔になる。

○レストラン“サフラン”・店内
鞠菜と明日花、シャンパンで乾杯。
明日花「内定おめでとう」
鞠菜「ありがとう」
明日花「まさか本当に、鞠菜が侍クロスの記者さんになるとはね」
鞠菜「あの時、明日花さんが声掛けてくれて、ここでオンラインセミナー見られたから、なれたんです」
明日花「やだ、そんな。じゃあ、恩返しがてら、ファルコンの取材も宜しくね」
と、気分良くシャンパンを飲む。
鞠菜「(早口で)明日花さん私、ハネさんと付き合ってる」
明日花、驚いて鞠菜を見る。
鞠菜「バイト先に偶然ハネさんが来たの。マズイかな。コンプライアンス的に」
明日花「うーん、どうだったかな」
鞠菜「何か、選手の恋愛事情を知り得たら、報告しないといけない、みたいな」
明日花「何それ行政報告? 無いよ。その代わり……」
鞠菜、張り詰めた表情で聞く。
明日花「ハネさんがサッカーに集中できるように、ちゃんと支えてあげてね」
鞠菜「(ホッとして)わかった。約束する。(改まって)明日花さんと友だちだって事も、まだ伝えてないんだ……明日花さん、ハネさんの関係者だし」
明日花「ここでこうしてたら、その内バレるよ。選手もよく食事に来るから」
鞠菜「じゃあ、このメニュー真似して作ってみようかな。『あれ、俺がよく行くお店の味に激似なんだけど』とか言われて(笑)。美味しい! これは真似できないな」
と、料理に集中し始める。
明日花、ふと周りを見て驚く。
ハネト、シュウヤ、黒石が入って来る。
ハネト、明日花と目が合い、鞠菜にも気付き、驚く。
シュウヤ「あ、明日花さん見っけ」
と、明日花に手を上げて近づき、黒石、ハネトも続く。
シュウヤ「明日花さん、お疲れっす」
明日花「(やや引きつり)シュウヤくん、お疲れさま~。ハネさんに黒石コーチも。今日は、キーパーチームでランチですか」
ハネト、目で何故と訴えている。
鞠菜、思い切って立ち上がる。
鞠菜「ファルコン狭間の選手の皆様、いつもお疲れ様です! 私、岡部と申します。明日花さんは、私の恩人なんです」
黒石、鞠菜のテンションに首を傾げる。
明日花「(慌てて)うちの練習見学に来てた時、アントニオが侍クロスのセミナーに出るって教えただけ。岡部さん、見事、侍クロスの記者さんになったんだよね」
鞠菜「(恥ずかしそうに)はい、そういった流れですね」
と、そっとハネトの反応を窺う。
ハネト「そういう事か」
黒石、違和感を覚えハネトに注目。
ハネト「あー、いや岡部さんあの時、偶然会ったスペイン人の方と話してて、スペイン語めちゃくちゃ上手くて通訳してくれたから覚えてたんですよ。(大げさに)なるほど、そういう事ね。いや良かった」
黒石「(納得して)就職、おめでとうございます」
鞠菜「ありがとうございます」
シュウヤ「記者さん、俺、取材いつでもOKっすから。バンバン連絡くださいね」
鞠菜「当分はスペイン語関係の仕事中心になると思いますけど、もっと幅を広げられるように頑張ります」
ハネト、シュウヤ、黒石、明日花も温かく鞠菜を見守っている。
鞠菜、一人一人を見つめ、とても幸せそうに微笑む。

○鞠菜のアパート・部屋・中
鞠菜、狭いキッチンで、作り置きした惣菜を大き目のタッパーに入れ、煮込んでいる鍋の火加減を調節。

○ジュネーブパレス・202号室・中
鞠菜、ダイニングテーブルに、作り置きした食事を並べる。
ハネト、顔を上げず黙々と食べ始める。
鞠菜「(心配そうに)味、大丈夫?」
ハネト「旨いよ。ごめん、俺一人暮らし長いから、黙って食べる癖付いちゃって」
鞠菜「美味しいならOK。そうだ、ハネさん、練習着の洗濯ってある?」
ハネト「ある。結構溜まってたかも」
鞠菜「洗濯するよ。今日、洗剤安かったの」
と、数種類の洗剤を出して見せる。

○同・同・脱衣スペース
洗面台の近くに洗濯機がある。
鞠菜、洗面台に水を張り、汚れたユニフォームを広げる。肩周辺の汚れが目立つ。
ハネト、様子を見に来る。
鞠菜「キーパーって、上半身こんなに汚れるんだ……」
ハネト「肘も結構汚れちゃったな」
鞠菜「本当だ。でも任せて」
と、スプレーや石鹸で、ゴシゴシ洗う。
鞠菜「好きを仕事にって、こういうことかな。試合のユニフォームはどうしてるの?」
ハネト、背後から鞠菜を抱きしめる。
ハネト「ユニフォームの洗濯なら、クラブがやってくれるよ。来シーズンはJ1だから、練習着も頼めたりして」
鞠菜「じゃ、意味ないか」
ハネト「(まんざらでもなく)まぁね。でも、取りあえず、これ(洗濯)はお願い。侍クロスの記者さん」
鞠菜、任せてと力を込める。 

・J1リーグは辛いよ・・・

○出版社“侍クロス”のあるビル・前
T ―数ヶ月後。
ハネトの運転する車、ビルの前に停車。
スーツ姿の鞠菜、車から降り、運転席のハネトに軽く手を振る。
鞠菜「ありがとうハネさん。試合、今日はテレビ中継だよね、流石J1リーガー」
ハネト、寝不足なのか冴えない表情。
鞠菜「ハネさん、最近ちゃんと眠れてる?」
ハネト「大丈夫。鞠菜も頑張れよ」
鞠菜、心配しながらビルへ向かう。

〇赤倉スタジアム・外観
チェイスマン赤倉のホームスタジアム。
サッカーの歴史を感じる大きな文字。
T. 2023 第15節

〇同・ロッカールーム
明日花、佐古、ユニフォームをセッティングしている。   
ハネト、やや覇気のない感じで現れる。
明日花・佐古「(慌てて)お疲れ様です」
ハネト「(だるそうに)お疲れ~」
明日花、心配そうにハネトを見守る。

○同・フィールド
VSファルコン狭間。
ハネト、チェイスマンFW片山(25)の緩いシュートをキャッチ。ダイキ、マサト(29)、アツヤ(30)らDF陣のラインが整うと、ダイキにボールを送る。
その途端、片山、ダイキをめがけハイプレスを掛ける。
ダイキ、辛うじて片山をかわし、CB・マサトにボールをパス。
マサト、ボールを確実に足元に納めたその瞬間、チェイスマンFW池永(32)が、鮮やかに駆け付けボールを奪い去る。
ダイキ、猛然と池永を追い、マサトと二人で池永のボールを奪おうとする。
ハネト「ダイキ上がれ!」
ダイキ、我に返り定位置に上がる。
池永、マサトからボールを奪いきり、片山へクロスを上げる。
片山、やや強引なシュート。
ハネト、一度は弾くが、ボールはゴールに吸い込まれる。
副審のホイッスル。オフサイドフラッグが上がる。
ハネト「オフサイ(ド)!」
ホッとするファルコン選手たち。
ダイキ、ハネトの肩に手を置く。
ダイキ「サンキュー」
ハネト「真ん中入れて、中央で時間作ろう!」
と、ダイキにボールを繋ぐ。
ダイキ、センターライン付近にロングボール。MFリョウマ(37)を狙う。
待ちかまえるリョウマの前を、チェイスマンの長身MF長谷川(28)が遮り、ヘディングで前線へ戻す。
ハネト、PA内ギリギリでジャンプし、パンチング。ボールはラインを割る。

○同・ファルコン側ベンチ
ハーフタイム
ハネト、血走った雰囲気で立っている。
ダイキ、ユニフォームを脱ぎ汗を拭く。
ダイキ「ハイプレス、キッつい。俺とマサト、速攻でやられる」
マサト、浴びるように給水する。
マサト「チェイスマンのFW、神出鬼没だよ。片山と池永、J2の時はいなかったからな」
リョウマ「(サバサバと)化けモンだな。ミッドの長谷川も、今シーズンから入ったヤツだ。デカイ上にジャンプも高い。パスコースも確実に消される」
ダイキ「大丈夫だろ。前半ゼロで押さえた」
リョウマ「(明るく)ハネ、なるべく早くフリーな選手を見極めろや。DFやMFだけじゃなく、トップ下のニシキまで視野広げて」
トップ下・ニシキ(33)、笑顔で、
ニシキ「ロングフィード、待ってるぜ」
ハネト「(動揺しつつ)任せろ」
監督・白田(50)、選手の輪に入る。
白田「ハネ、私が教えたこと思い出して。敵のハイプレス。GKの前に、敵の前線の壁ができる。その壁を崩すのは、攻撃の起点である、GKなんだよ」
ハネト、プレッシャーを感じる。

○同・フィールド
ゴール前、池永、マサトを背負いながらボールを保持し、振り向き様にシュート。
ハネト、這い蹲る様にして止め、トップ下のニシキにロングフィード。
長谷川、またもヘディングで前線へ。
サイドでボールを持ったダイキを片山と池永が囲み、ラインが押し下げられる。
ハネトに迫り来る、チェイスマンFWの壁。
チェイスマンFW三井(29)、走り込んでパスを受け、強烈なシュート。ハネト、一歩も動く事ができない。
場内アナウンス「ゴーール!」
ファルコン選手一同、ハネトに注目。
ハネトの視界、焦りと疲労のため揺れる。
試合終了のホイッスル。
喜び合うチェイスマン選手たち。
ハネト、震えが止まらず飲水ボトルを落とす。吹き出す汗も止まらず、よろめき膝をつく。
ダイキ「ハネ、大丈夫か? ドクター!」
チームドクター・澤田(48)、ハネトの元に駆け寄り、脈をとる。

○侍クロス・オフィス・資料室
鞠菜、書棚の一角にある、スペイン語雑誌『ラリーガの伝説』コーナーから、最新刊を手に取り、嬉しそうに眺める。
スポーツ事業部・太田(45)、バタバタと来る。
太田「岡部さん、ファルコン狭間の資料、何処か知らない?」
鞠菜、ファルコン狭間の資料を素早く持ってくる。
鞠菜「どうぞ」
太田「早っ、ファルコンに恋人がいるみたい」
鞠菜「まっ、まさか」
太田から、作成中の原稿が滑り落ちる。
見出しに”ファルコン狭間4連敗。降格の危機!”失点シーンに、ハネトが大きく写っている。
太田「ヤバイけどな、ファルコン」
鞠菜、原稿を拾い、太田に差し出す。
鞠菜のスマホが鳴る。【明日花】から。
鞠菜「(太田に)ちょっと失礼します」
と、急いで廊下へ。

〇同・同・廊下
鞠菜、急いで電話に出る。
鞠菜「もしもし明日花さん? ハネさんが病院に?……どこの病院ですか? 大丈夫です。仕事終わったら、すぐ迎えに行きますから。絶対行きますから」と、切る。非常に心配な様子。 

〇とある病院・廊下
終わりそうな点滴スタンド。
ハネト長椅子に腰掛け点滴中。
鞠菜、急いでハネトの元に駆け寄る。

○走る車の中
ハンドルを握る鞠菜。
助手席のハネトの表情は冴えない。
鞠菜「ハネさん、ごめんね、来るの遅くなっちゃって。大丈夫?」
ハネト「不眠による体力の消耗だってさ」
鞠菜「ハードな試合で疲れている筈なのに、眠れてないの?」
ハネト「メンタル弱いって事だろ」
鞠菜「励ますように 次の試合には出られるみたいで、良かったね。今日はゆっくり休もう」
ハネト「仕事中に悪かったな。お礼にキムチ鍋でも作ろうか。お一人様時代の得意料理」
鞠菜「無理しちゃダメ。今、ファルコン大変なんだから」
ハネト「俺のせいで、だろ?」
鞠菜「何言ってるの。今日対戦したチェイスマン赤倉は、昨シーズン、一緒に昇格したライバルだけど、過去にはJ1で優勝経験もある。今シーズンは、FW中心に補強を行って、J2だった昨シーズンとは全く違うチームになったと言っても過言じゃない。伝統のあるクラブだから可能な事で、元々格上のチームなんだから」
ハネト「格下は一生格下だけどな」
鞠菜、ドリンクを飲む。軽く鼻を啜り、涙をこらえる。
ハネト「(気付いて)ごめん」
鞠菜「今日の失点はしょうがないよ。DFのダイキから、ミッドのリョウマまで、ずっとハイプレス掛けられて。どうしようもないタイミングでキーパーに戻されて、またすぐ奪われて。いつかは押し込まれて当然」
ハネト「(驚いて)鞠菜、そんな事考えてたの?」
鞠菜「まぁね。会社の資料室で猛勉強したの」
ハネト「凄いな。でも適切なタイミングでパスを要求出来なかった俺にも責任がある」
鞠菜「GKの役割は沢山ある。フィールドへのコーチングは、その中の重要な一つ。他にも、ポジショニングやキャッチングの正確性。足下の技術。ビルドアップ。私、サッカー雑誌の仕事してるのに、スーパーセーブだけでGKを評価してた自分が、恥ずかしくなった」
ハネト「俺ってバカだな。皆、俺の事ちゃんと判ってくれてるのに、全部一人で背負い込んでるって勘違いして」
鞠菜「皆、ハネさんを信じ続けてるよ」

○ジュネーブパレス・202号室・寝室
ハネト、安心したような寝顔で眠る。
鞠菜、添い寝し、ハネトを見守る。
鞠菜のスマホがマナーモードで鳴る。
鞠菜、ベッドを抜け、慌てて出る。
鞠菜「岡部です。え、ラリーガから、GKが移籍? わかりました。すぐ行きます」
と、ハネトを起さないよう支度する。
・ゴールマウスの恋人【後半】へ続く・・・



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