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ゴールマウスの恋人【後半】創作大賞2023応募作品

ゴールマウスの恋人・後半

・ラ・リーガからのレンタル移籍・・・

〇ファルコン狭間・クラブ・練習場
コーンの列をくぐり抜ける選手たち。
俊敏な動きが何度も繰り返される。
ハネト、入念にストレッチを行う。
明日花「選手の皆さん、ニュースです。至急クラブに集まってください」
ハネト「明日花さん、どしたの?」
明日花「チェイスマン赤倉に、ラ・リーガのビルバエダから、GKパウロ・コクランがレンタル移籍です」
ハネト、すぐには思い出せない様子。
ハネト「パウロ? ラリーガ……」

○侍クロス・資料室
鞠菜、『ラ・リーガの栄光』のバックナンバーを探し当て、急いでページをめくる。パウロの小さな写真付き記事が掲載されている。
鞠菜「あった! 今月の注目サブキーパー!」
と、小さなパウロの写真を見つめる。
鞠菜「パウロ……まさかね」
太田、来て、チラリと記事を覗く。
太田「そんなにガツガツしても意味ないよ。パウロ・コクランはそんな有名じゃない」
鞠菜「そうなんですか?」
太田「どっちにしても、スペイン語事業部の岡部さんには、パウロ・コクランのインタビュー2、3取ってきて貰えれば。後は俺たちスポーツ事業部が書くから」
鞠菜、鞄を抱え、飛び出して行く。

○空港・ロビー
鞠菜、他の記者たちとパウロを待ち構えている。
パウロ・コクラン(26)、スーツ姿で到着する。
パウロに囲み取材する記者たち。
記者A(英語)「ウェルカム、パウロ。ハウアバウト、ジャパニーズインプレッション」
鞠菜(西語)「Esta es Marina Okabe de Samurai Cross. Una cálida bienvenida, Pablo. ¿Cuál es tu impresión de venir a Japón después de cruzar el puente arcoíris desde LaLiga?(侍クロスの岡部鞠菜です。パウロ、心から歓迎します。ラリーガから虹色の橋を渡り、日本に来た印象はどうですか」
パウロ、懐かしそうに鞠菜を見る。
パウロ「日出ずる国日本。遠い昔、そう習った」
流暢な日本語に驚く一同。
パウロ「少年の頃、少しの間日本で暮らした事がある。お隣りには、鞠菜、今ちょうど君くらいの年頃になっている筈の、キュートな少女の一家がいたよ」
鞠菜、ハッとする。
他の記者たち、親日アピールと思い、笑顔でパウロに注目。

○(回想)・鞠菜の家・ベランダ横の駐車スペース
ベランダから、外に飛び出すピースケ。
裸足で飛び出す鞠菜(9)。
パウロ(12)、ピースケを掴み、鞠菜にその手を差し出し微笑む。
鞠菜、喜びと安堵の表情に溢れる。

○空港・ロビー・会見コーナー
簡易テーブルに座っているパウロ、別の記者の質問に応えている。
鞠菜、メモを取りながら、パウロの顔に少年時代の面影を探してしまう。

〇ファルコン狭間・クラブ・中
ファルコンの選手たち、集合している。
パウロについて、皆殆ど知らない様子。
明日花「パウロ・コクランが移籍するチェイスマン赤倉とは、最終節にホーム対戦を残してます。パウロのプレー動画、流します」   
モニター画面、ラ・リーガでのパウロのセーブ集の動画が流れる。
選手たち、真剣に見つめる。
白田、ハネトの元に来る。
白田「ハネ、君は、これから自分自身の戦略をもっと立てるべきじゃないか。戦略の選択肢は多い方が良い」
ハネト「パウロ・コクランのプレーを見た限り、僕に勝ち目はないと?」

○同・同・ロッカールーム
ハネト、悩んでいる様子。
ダイキ「ディフェンスも頑張るから安心して」
ハネト「俺、GKとして取り柄ないかもしれない。J1に上がってそう思ったけど、今日、パウロのセーブ集見て、確信したよ」

○空港・ロビー
パウロの記者会見が終わり、パウロや記者たち、場を離れて行く。
鞠菜、鞄からスペイン語雑誌『ラ・リーガの栄光』を取り出しページを開く。
パウロのプロフィール、‘少年時代、数年間、日本の福岡県で過ごす。好物は日本食のしゃぶしゃぶ’とある。
鞠菜「(呟いて)福岡か、全然違う……私ったら、何考えてんだろ」
パウロ、一人で鞠菜の隣りに来る。
パウロ(西語)「Bien encontrado, Marina. Un articulo tan pequeno en espanol.(よく見つけたね、鞠菜。スペイン語の、そんな小さな記事を)」パウロ、少年のような笑顔を見せる。
鞠菜の口元からも笑みがこぼれる。
パウロ(西語)「Marina, me acorde de ti. Por favor, espero con ansias mi exito en la J.League en Japon.(鞠菜、君の事は覚えたよ。日本のJリーグでの私の活躍を楽しみにしてくれ)」
鞠菜「¡Paulo Cochrane, el guardián del arcoíris de LaLiga! Ilumina Japón consiete colores de luz.(パウロ・コクラン、ラリーガの虹の守護神! 七色の光で、日本中を照らしてください)」
パウロ「実は、お腹が空いて大変だ。僕のクラブの近くに、お勧めのしゃぶしゃぶの店はある?」
と、茶目っ気たっぷりに微笑む。

○ジュネーブパレス・202号室・中
風呂上がりのハネト、TVを点ける。
今週のJリーグニュースに、パウロの記者会見の様子が映る。
鞠菜が食いつくようにパウロに声をかける場面が映る。
驚くハネト。腰を下ろし画面に見入る。

○しゃぶしゃぶ店”虹の橋”・表(夜)  

○同・店内
鞠菜、仕事しながら、一人食事中。ふと誰か探すように眺めた後、諦めたような表情になる。
店員「お客様、お待ち合わせでしょうか」
鞠菜「いえ、すみません」
店員「(愛想良く)ごゆっくり」
目の前に、パウロが現れる。
鞠菜、落ち着いてパウロを見つめる。
鞠菜(西語)「Buenas noches, Guardián del Arcoíris.(こんばんは、虹の守護神さん)」
パウロ、鞠菜の向かいに座る。
×     ×       ×
パウロ、ゆっくりと箸を口に運ぶ。
パウロ「この野菜は美味しいね」
鞠菜「京都で採れた京野菜です。日本語も、お箸の使い方も上手なんですね」
パウロ「手の使い方には自信がある」
鞠菜「私も自信あります。才能あるスペイン人GKを見つける自信」
パウロ「それは皮肉かな? 僕の記事はあれが全てだよ。ラ・リーガの栄光どころか、下位チームの3番手止まり。もうラリーガの誰も、パウロ・コクランの事を覚えてやしないさ」
鞠菜「(力強く)そんな事ありません。キーパーのプレーは素晴らしい。一瞬で好きになって忘れられません」
パウロ、鞠菜の目を覗き込む。
パウロ「日本のJリーグで活躍するGKに、尋ねたい事がある。将来有望な日本のGKは、将来海外リーグでプレーすることは考えてるのかな」 
パウロの瞳を見つめる鞠菜。

○(回想)狭間十番街・鏡華・表
鞠菜とハネト。
ハネト「スペインには、ラリーガっていう有名なサッカーリーグがある。俺も、一度で良いからプレーしてみたい。サッカーの聖地だからね」

○しゃぶしゃぶ店“虹の橋”・店内
鞠菜「勿論考えてると思います。ヨーロッパリーグへの移籍は、日本人選手の夢です」
パウロ「今、ヨーロッパではGKも攻撃型のプレーが主流だ。Jリーグもそうなのか」
鞠菜「足元の技術が求められているのは確かです。それと例えば、今シーズン初めてJ1に昇格を果たしたファルコン狭間のように新しいチームは、残留のためには、正GKであっても様々なプレースタイルを取って相手に仕掛ける必要があるかのかもしれませんね」
パウロ「そうか。そのファルコンのGKが、監督の期待に応えて柔軟に対応できる事を祈るよ。一つのプレースタイルで固定されると、海外リーグからのオファーが来る可能性は低くなるからね)」
鞠菜、テーブルを叩き、立ち上がる。
鞠菜「ファルコン狭間のGK・砦 跳人は、私の恋人です。可能性と才能に溢れています!」
鞠菜、しまったと口元を押さえる。
パウロ、肉を鍋に沈め、微笑む。
パウロ「怒った? ごめんね鞠菜。GKは、攻撃の起点だからね」
鞠菜、必死で感情を抑える。
鞠菜「日本のサッカー選手となった今、どんなGKでありたいと思っていますか」
パウロ「信頼されるGK。激しい雨の後には、必ず虹が出ると、信じてほしい」
鞠菜「素敵な言葉。ありがとうパウロ」
パウロ「鞠菜、君は僕に、日本での新たな選択肢を示してくれた。そのお礼さ」
鞠菜、首を傾げる。
パウロ「“虹の橋を渡る”空港での君の言葉さ。僕は必ず、この日出る国、日本でブレイクして、もう一度虹の橋を渡り、ラリーガに帰る。悪いけど、君の恋人より、僕の方が真剣だよ」
鞠菜、パウロから目が離せない。

・取材するだけのヤツ・・・

○ジュネーブパレス・202号室・中(夜)
鞠菜、帰宅する。
鞠菜「ただいま」  
ハネト「お帰り。Jリーグニュースに映ってたよ。鞠菜のスペイン語、やっぱ上手いな。最初にファルコンの見学コーナーで聞いた時の事、思い出したよ」
鞠菜「やだ恥ずかしいな。一応仕事だから。ハネさん、夜ご飯ちゃんと食べた?」
ハネト「ああ。鞠菜は? パウロとディナー、味かっただろ」
鞠菜「って言うか、お腹一杯で苦しいだけ。パウロの事、二時間も待って、食べ始めたの遅かったから」
と、ハッとして口元を押さえる。
鞠菜「仕事よ。私、パウロの取材に行ったの」
ハネト「パウロに夢中なんだな。俺には一度も、取材頼んで来ないのに」
鞠菜「(必死に)スペイン語担当だもん。私、自信あるの」
と、真剣にハネトを見つめる。
ハネト「(刺さり)自信か、鞠菜は変わったよ」
鞠菜「(ショックで震え)……え?」
ハネト「それが、なりたかったデキる女か」
鞠菜「私を責めるの? 何で? 意味分かんない」
ハネト「プレイヤーは色んなもんしょってる。自信無くす時だってある! 取材するだけのヤツより大変なんだ。引っ掻き回すのは止めろよ」
鞠菜「(怒りで言葉を失う)……」
ハネト、ベランダに出て扉を閉める。
ソファの上で膝を抱え、泣く鞠菜。
ハネト、ベランダから出て来る。
ハネト「ごめん鞠菜……言い過ぎた」
鞠菜、嗚咽がひどくなる。
ハネト、咄嗟に鞠菜を抱きしめる。
ハネト「もう一度、俺を信じて……」
鞠菜、ハネトを振り払い、出て行く。

○レストラン“サフラン”・中(夜)
明日花、疲れた様子で飲んでいる。
バックの内側に付けた、ダイキのキーホルダーを取り出して眺め、ため息。
鞠菜、突如、明日花の隣りに座る。
明日花「(驚いて)鞠菜! ぐ、偶然だね」
そっと涙を拭う鞠菜、次第に嗚咽。
明日花「(狼狽えて)よしよし、どうした?」
鞠菜「喧嘩しちゃって」
明日花「そっか」
鞠菜、少し落ち着き、一口飲む。
鞠菜「私、ハネさんと出会ってからの人生全部、彼を好きな気持ちだけで突っ走るような気がしてた。でも、仕事も大事。今、自分がそう思ってることが意外で」
明日花「わかる。私も二年前までは学生で、大のサッカーファン。今は大好きなチームの、スタッフになった」
鞠菜「明日花さんは、一番選手に近い所にいるんですね。いいなぁ。私、自分が恥ずかしい。どうして、もっとすぐに許す事ができないんだろう。私だって、皆に色んな事許されて、信じて貰ってたくせに」
明日花「許せないのは、大切な人だからでしょ?」
鞠菜、グラスを一気に空ける。 
鞠菜「此処で初めて、ハネさんに明日花さんと知り合いだって暴露したよね。嬉しかったなぁ。ファルコンの人たちに温かく見守って、認めて貰えて」 

〇サフラン・前の道路(夜)
ハネト、車で通りかかる。
ハネト「何処行っちゃったんだよ、こんな夜に。この辺まだそんな詳しくないだろ……」
サフランの前を通過した際、ハッとした表情になる。

○サフラン近くの駐車場(夜)
ハネト、車を止め、駆け出して行く。

○サフラン・店内
鞠菜、疲れと酔いでグダグダ。
明日花「そろそろハネさんに連絡すれば?」  
鞠菜、頑固に首を振る。
鞠菜「(絡むように)プロサッカー選手との恋愛と、記者の仕事との両立は、思った以上に大変なの。気も使うし。わかる?」

○同・出入り口(夜)
ハネト、急いで入って来る。
鞠菜を見つけ、真っしぐら。   

○同・店内
鞠菜「私、自分の仕事の事、一々ハネさんに報告したい訳じゃない。ただ、一日が終わる時、一緒に、ただ、何気なく過ごせたら」
うんうんと聞く明日花、ふと向こうを見て驚いた表情になる。
ハネト、鞠菜を見つけ傍に来る。
ハネト「鞠菜、帰ろう」
鞠菜「ハネさん……」
と、瞳を潤ませ、立ち上がる。
明日花「(呆気に取られ)ハネさん……」
ハネト、ゴメンと手を合わせ、鞠菜と店を出る。
明日花「……なんだ、幸せかよ」 

〇サフラン近くの駐車場(夜)
フードで顔半分を覆った不審者・梅蔵、ハネトの車を念入りに眺め、提げている袋から、シュークリームを取り出し、ニヤリとする。車のボンネットにもたれ、不敵な感じで寛いている。
鞠菜とハネト、手を繋いで来る。
酔って、やや斜に構えていた鞠菜、(梅蔵とは気付かず)驚く。
鞠菜「(叫ぶ)あーっ、何してるんですか!」
梅蔵、車にシュークリームを投げ付け、鞠菜の横を通り抜け、逃げて行く。
ハネト、すぐに車を確認する。
ハネト「車に傷は無いみたいだけど……」
鞠菜「ひどいイタズラ。通報しようよ」
ハネト「いや、鞠菜も無事だし、いいよ」
鞠菜「そんなお人好しな事言って……」
ハネト、やはりショックな様子でクリームを拭う。
鞠菜「運転する前に、コーヒーでも飲もっか。ほら、あっちにコンビニある」
と、歩き出す。

○コンビニ・表(夜)
フードを被った梅蔵、缶ビールを手に出て来る。すぐに缶を開け、旨そうに飲みながら、辺りを見回す。やや遠くを目を細め眺める。 

○同・近くの道(夜)
鞠菜とハネト、並んで歩いて来る。
ハネト「情けないよ。俺がファルコンのGKとして認められてないせいだな」
鞠菜「ヨーロッパはね、新しく正GKになった選手の車が、パンクさせられたりするんだって。でもそれは、キーパーの注目度が高い証拠なんだよ」

○同・店内(夜)
鞠菜、マシンでコーヒーを淹れる。
ハネト、じっとコーヒーを見つめる。 
鞠菜「ヨーロッパでは、キーパーが、勝敗の重要な鍵を握る存在だって認められてる。だからハネさんも、サポーターに攻められたら、一流になった証拠なんだって、思えばいい」
と、コーヒーをハネトに差出す。

○同・表(夜)
鞠菜とハネト、コーヒーを手に出て来て、去って行く。
物陰から梅蔵が現れる。
梅蔵、グイッとビールを飲み、鞠菜たちの後を尾け始める。

〇駐車場近くの道(夜)
ハネト、自分の車の方を注意深く見て、
ハネト「車、もう大丈夫みたいだな」
鞠菜「(ホッとして)良かった」
ハネト「(改まって)鞠菜、ごめんね。ホントにごめん。俺が悪い。俺がバカ。俺が……」
鞠菜「あれ、珍しく饒舌じゃん」
イイ雰囲気の二人。
梅蔵、背後で、ビール缶を握りつぶす。
残っていたビールが毀れだす。
後ろを振り返るハネトと鞠菜、梅蔵と目が合う。
鞠菜「(恐怖で震え)梅蔵さん? まさか、さっきの車の不審者は、梅蔵さんなの?」
ハネト「鞠菜、知り合いなのか?」
頷く鞠菜。身体が震える。
ハネト、素早く梅蔵を捕え、フードを勢いよく外す。
ハネト「おいっ、何とか言えよ。狙ってたのは、鞠菜なのか?」
梅蔵、小馬鹿にしたように笑う。
梅蔵「当り前よ。誰がお前みたいな野郎に構うもんか。な、マリちゃん」 鞠菜、観念して目を閉じる。
梅蔵「探したんだよ。彼氏と一緒かぁ。随分大人になったじゃない、マリちゃん。ね、お目々開けて」
ハネト、梅蔵を羽交い絞めにする。
ハネト「止めろ。鞠菜、警察に連絡!」
鞠菜、硬直している。
ハネト、羽交い絞めの片腕に力を込め、反対の手でスマホを出し110番しようとする。
鞠菜、ハネトからスマホを取る。
ハネト「え? (何で?)」
と、反射的に、梅蔵を捕えた手が緩む。
梅蔵、ハネトから逃れ、地面に転がっていたビール缶を蹴飛ばし、ふざけたように土下座する。
梅蔵「申し訳ございませんでした」 
ハネト、梅蔵の胸倉を掴む。
ハネト「ふざけんなよ。(鞠菜に)どうしたんだよ。はやく警察呼ぶんだ!」鞠菜、躊躇っている。   
梅蔵「(余裕で)マリちゃんは俺の味方だもんね。(豹変して)マリーっ、俺の金で取った免許返せ! 教科書も返せ!」
ハネト、梅蔵を掴んだ手を緩めない。
鞠菜、泣きながら梅蔵の元へ行く。
鞠菜「そうだよ。梅蔵さんのお蔭だよ。私、梅蔵さんのお蔭でサッカーを好きになった。ゴールキーパーは孤独なポジションなんかじゃない。十人プラスキーパーじゃない。フォワードからキーパーまで、全部一緒で十一人なんだって。その時、生まれて初めて、サッカーを理解できる気がした」
梅蔵、バツが悪そうに立ち上がり、千鳥足で去って行く。

・結婚しよう・・・

○走る車の中(夜)
運転するハネト。
鞠菜、相当落ち込んだ様子である。
鞠菜「ごめんハネさん、車のイタズラ、私のせいだった」
ハネト「そんな訳ないだろ」
鞠菜「そんな訳あるよ。そもそも、今夜、私が出て行かなければ、こんな事にならなかった訳だし」
ハネト「だからそれは、俺が悪いんだって」
鞠菜「ハネさんの言う通り、私、出会った頃とは別人だ。ハネさんの練習着洗濯してた頃が懐かしい。あんな風に、ずっとハネさんだけを支えてれば良かったのに」
ハネト「結婚しよう、鞠菜」
鞠菜「(驚いて)嘘……どうして?」
ハネト「鞠菜の全部を受け止めたい。今夜、その決心がついた。俺の一生かけて、鞠菜を守り続ける」
鞠菜「私なんかと、これ以上関わっちゃダメだよ」
ハネト「行き着く所まで行く覚悟は決めた」
鞠菜「でもハネさんには、沢山のサポーターがいるんだよ。ごめん、今夜は、自分のアパートに帰る」
ハネト「……わかった。送ってくよ」

〇鞠菜のアパート・表(夜)
ハネトの車、アパートの前に停車。
鞠菜、断腸の思いで車を降りる。
ハネトの手が鞠菜の腕を掴む。
ハネト「返事、聞かせて。連絡する」
鞠菜「……考えとく」

○同・部屋・中(夜)
鞠菜、帰宅し明かりを点ける。
ガランとした生活感の無い部屋。
鞠菜「ただいま」
鞠菜、床に倒れ込み、眠る。

○侍クロス・スペイン語事業部
スッピンに眼鏡の鞠菜、パウロの記事を黙々と書いている。

〇同・資料室(日替わる)
鞠菜、スペイン語の資料を漁っている。
太田、来て、鞠菜の手元を覗き込む。
太田「岡部さん、最近、一心不乱だね」
鞠菜「元々、集中力あるんですよ。翻訳も通訳も、集中力が命ですから」
太田「にしても、まるで忘れたい事でもあるみたいな」
鞠菜「(図星で焦りつつ)そうだ太田さん、ありがとうございます。スポーツ事業部に言ってくれたんですよね。パウロの記事、私に全面的に任せて良いんじゃないかって」
太田「まあね。今後もネタ集め頑張って」
鞠菜のスマホが鳴る。【パウロ】から。
鞠菜「もしもし?」
パウロ(電話)「Marina, que estas haciendo ahora?(鞠菜、今何してるの?)」
鞠菜(西語)「Es trabajo.(仕事です)」
パウロ(電話)「Estas de buen humor. Peleas con el amante de GK?(ご機嫌斜めだね。GKの恋人と喧嘩?)」
鞠菜、太田や周囲を気にする。
太田、向こうの書棚に移動している。
鞠菜(西語)「Es una empresa en este momento. Nadie sabe de mi y de el.(今、会社です。私と彼の事は誰も知らない)」
パウロ(電話)「Conoces a alguien mas en espanol? (スペイン語、他に誰かわかるの?)」
鞠菜、フッと自嘲的な笑みを漏らす。
鞠菜(西語)「le propuso. Esa fue la primera vez que sentí que entendía. lo estoy arruinando. (彼にプロポーズされました。それで初めてわかった気がしたんです。私、彼をダメにしてる)」
パウロ(電話)「(軽く笑い) En realidad. ¿Escribiste mi artículo correctamente? (そうか。ボクの記事は、ちゃんと書いてくれてる?)」
鞠菜(西語)「¿No es eso obvio? (当たり前でしょう?)」
パウロ(電話)「La práctica termina a las 5:00. ven al campo de entrenamiento.(5時に練習が終わる。練習場に来て)」
鞠菜(西語)「Si. Es una entrevista a partir de las 5:00.(はい。5時からインタビューですね)」

○チェイスマン赤倉・クラブ
パウロ、外国人選手数名と仲良く談笑しながら、鞠菜に手招き。
パウロ「話そう、鞠菜。おいでよ」
鞠菜、パウロたちの側に座る。
外国人選手A、B、パウロと肩を組み、陽気にスペイン語の歌を歌う。
鞠菜、手拍子で聴き、合間に夢中で雑談し交流する。
鞠菜(西語)「Hubo un seguidor que comparó a portero con un lince español. (GKをスペインオオヤマネコに例えたサポーターがいました)」と、ネコのポーズで明るく説明する。

○同・同・練習場
誰もいない練習場の芝生の片隅、鞠菜とパウロが寝そべっている。
鞠菜、晴れ晴れと練習場を見渡す。
鞠菜「ありがとうパウロ。あなたは私の心の守護神です。あーあ、恋も仕事くらい上手く出来ればいいのに」
パウロ「鞠菜には、これから世界中のGKの事を伝えてほしいな」
鞠菜「そうですね。でも私、今の自分が嫌い過ぎて、前に進めません」
パウロ「それなら簡単さ。鞠菜は、もっとスペイン語を話せばいい」
鞠菜、視線を落として何度か頷き、パウロを見つめる。
見つめ返すパウロの瞳に、吸い込まれそうな誘惑に駆られる。
パウロ「もし鞠菜が、ハネトより先にボクのスーパーセーブを目にしていたら、ボクの恋人になったかな」
どちらからともなく縮まる二人の距離。
鞠菜、寸前で思い止まり、身体を起す。
鞠菜「それは考えても無駄。先制点は、相手チームに入ったんです」
パウロ「(明るく)そう。じゃあ、気持ち切り変えなきゃ」
と、勢いよく立ち上がり、鞠菜に手を差し伸べる。
鞠菜、パウロの手を取って立ち上がる。
笑顔の二人。

○ファルコン狭間・クラブ・練習場
白田の元に、選手たちが集合している。
白田「次節はいよいよ最終節だ。対戦するチェイスマン赤倉は、我々と同様、昨シーズンにJ2から昇格したチームだが、昇格を機に大胆に選手の入れ替えを行った結果、ハイプレスによる波状攻撃が上手くフィットし、現在9位。18位のファルコンとは、大きく差を付けている。とは言え、最終節ともなれば、ハイプレスをかけ続けてきた、チェイスマンのFWの疲労はピークに達しているだろう。だが、油断はできない。勝ってJ1残留を勝ち取ろう」
選手たち「(雄叫び)オーッ!」

〇同・同・同
明日花、チーム練習の様子を動画撮影。
ボールを保持したダイキ、FWジェイ(24)のプレスをかわす練習。
リョウマ、マサト、タクミ(25)、ニシキ、4人で高速パス回し。
明日花「リョウマさん、魅惑のプレーでトコトン翻弄して、チェイスマンを完全に崩してね」
リョウマ「(飄々と)うん、明日花ちゃん。生配信の時は、いつでも呼んで」
ジェイ、ハネトのいるゴールを見る。
ジェイ「ダイキ、ハイプレスの相手するのも光栄だけど、FWとしては、そろそろシュート練したいんだけど」
ダイキ「ゴメン、ジェイ。どうぞ」
ジェイ「ハネ!俺のシュート受け止めてくれ」
と、ハネトの元に走る。
明日花、ゴール前にカメラを向ける。
ハネト、巧くはないシュウヤのシュートをひたすらキャッチしている。
ハネト「ジェイのは巧すぎるからダメ」
ジェイ「嘘ぉ」
ハネト「冗談だよ。後でね」
シュウヤ「ハネさん、俺の出来損ないシュートで良いんスか?」
ハネト「良いよシュウヤ、どんどん打って」
と、黙々と、シュウヤの甘いシュートキャッチを続けている。
ビデオを外し、首を傾げる明日花。
ダイキ、明日花のそばに来る。
ダイキ「おかしいよな。甘いシュートキャッチばっかしちゃって。ついに俺の弾丸シュートに恐れをなしたか」
ジェイ「(即座に)それはない」
ダイキ、拗ねてみせる。
明日花「皆、熱入ってますね~」
ダイキ「次節のチェイスマン戦、J1残留が掛かった、最終節だからな」
白田、来る。
選手一同「(緊張しつつ)お疲れ様です!」
白田、笑顔で制する。
白田「私に対して固くなる必要はない。ファルコン狭間は、ファミリーだ。良い雰囲気である事は、チームにとって重要な要素だ」
ハネト、グローブを外しながら聞く。
白田、ハネトの目の前に来る。
ハネト「俺止めます。コーチングもビルドアップも大事なのは わかってます。でも一番は、止めたいんです。俺に、止めさしてください」
白田、一流の監督の表情で考える。

・スタジアムの見える丘・・・

○同・同・同(夕)
ダイキ、一人で練習している。
明日花、通りかかり、見守る。
ダイキ「よっ、明日花。仕事終わり?」
明日花「はい。ダイキさん、自主練お疲れ様です」

○夕方の空に飛行機が飛んでいる。

〇ファルコン狭間・クラブ・グラウンド(夕)
明日花、嬉しそうに見上げる。
明日花「わぁ、飛行機近い」
ダイキ「今頃気付いたのか? 近くに小さい飛行場あるんだよ」
明日花「へぇ、知らなかった。良いなぁ」
二人、無心で飛行機を見上げる。
ダイキ「飛行場のすぐ近くに、丘があってさ。そっから、ファルコンのホームスタジアムも見えるんだぜ」
明日花「うそっ、それ絶対行かなきゃ。J1残留できますようにって、祈りたい」
ダイキ「行ってみっか。スタジアムの見える丘」
明日花、思わずダイキを見つめる。
明日花「え?」
ダイキ「明日花もファミリーなんだよな」
と、爽やかな笑顔で明日花を見る。
ダイキ「今から行ってみるか。残留祈願」

〇夕焼けが夕闇に変わっていく。
夜空に飛行機のライトが点滅。

〇小さな飛行場(夜)
一つだけの滑走路。
小型飛行機が高度を下げて着陸。

〇スタジアムの見える丘(夜)
飛行場が、すぐ真下に見える。
小高い丘から、飛行機を見ているのは、ハネト。スマホを出して架ける。
発信先は、【鞠菜】である。

○ジュネーブパレス・202号室
鞠菜、スーツケースを抱え、玄関ドアを閉め、リビングに入る。
スーツケースを開く。中は空っぽ。
ふと、飾ってある写真が目に入る。
鞠菜が最初に撮った、ハネトのスーパーセーブ。
鞠菜、写真を抱え、ストンと腰を下ろす。
スマホが鳴る。ハネトからである。
鞠菜「もしもしハネさん? (聞こえにくく)もしもし? あ、飛行機の音。ハネさん、もう着いたんだ。スタジアムの見える丘」
ハネト(電話)「うん、来れる?」
鞠菜、写真を見つめながら、
鞠菜「ごめんねハネさん。今ね、ハネさんのマンションに着いたの……私の荷物、まだ置きっぱなしだったから、取りに来た」

○スタジアムの見える丘(夜)
ハネト、静かに飛行場を見ながら話す。
ハネト「もう詰めたの? 荷物」
鞠菜(電話)「……まだ」
ハネト「詰めなくていいじゃん。鞠菜の荷物は、今まで通り、俺の部屋に置いとけばいい。今から来て」
鞠菜(電話)「(泣きそうで)でも、また仕事で遅くなっちゃったし。今からそっちに行っても、ハネさんのこと、すごい待たせちゃうし」
ハネト「今、俺のマンションにいるんだろ」
鞠菜(電話)「そう、だけど」
ハネト「車のキー、いつも通りの場所にあるから。俺の車に乗って。スタジアムの見える丘、ナビに登録してあるから、ナビの通りに運転すればいい」鞠菜(電話)「(暫し泣き声の後、切れる)」
ハネト、スマホをしまい、夜景を見る。

○同(時間経過・夜)
明日花、ダイキ、小高い丘の上に到着。
丘の上に、一人の人影がある。
ダイキ「あれっ? ハネ?」
すぐに振り返ったハネト、落胆した表情に変わる。
明日花「ハネさんも、残留祈願?」
ハネト「……俺はフラれちゃったよ。情けないな」
明日花「ハネさんには、恋愛よりサッカーに集中して欲しいんじゃない?」
明日花、ダイキ、ハネト、丘の上から、ライトアップされたスタジアムを見つめる。
明日花「ほんとだ、スタジアムきれい」
ダイキ「やっぱ夜景が良いな」
明日花「チェイスマン赤倉との最終節、勝ってJ1残留できますように」 
と、手を合わせ、目を閉じる。
ダイキ、明日花をまねて手を合わせる。
明日花「ほら、ハネさんも、ちゃんとお願いして」
三人で、暫し目を閉じ祈る。
三人の背後から、徐々に見えて来る人物がいる。鞠菜である。
鞠菜「ダイキさん、狭間十番街、どの辺ですか?」
三人とも、振り返る。
明日花「鞠菜! (来れて)良かった。ね、鞠菜も一緒にさ、残留祈願」
鞠菜「ごめんなさい明日花さん、私、明日花さんと友達になる資格なんて、最初から無かったんです」
明日花「(全く理解できず)え?」
鞠菜「明日花さんと初めて会ったファルコンの昇格戦の後、私、ガールズバーで働いてたんです」
明日花「(遠い世界で)ガールズバー……」
ダイキ「思い出した、マリちゃんだ! 『猫みたいでした!』だっけ?」と、ハネトを見た後、明日花に、
ダイキ「俺の地元の狭間十番街の中の、こじんまりした店だよ。ママは俺の幼なじみ」
鞠菜「でも、それが原因で、元お客さんに絡まれて、ハネさんを巻き込んじゃった。許される事じゃない」
明日花「(驚いて)ハネさん? 何があったの? まさかクラブに報告すべき事を黙って……」
ハネト「(強く)何も無かった。何も起こってない。そもそも、鞠菜は何一つ悪い事なんてしてない!」
明日花「(グッと言葉に詰まる)」
ダイキ「狭間十番街。大体あの辺だな。小さすぎて見えないけど」
と、夜景の一部を指す。
ハネト「ダイキは、狭間十番街で育った。俺は、狭間十番街で恋に落ちた。俺は、この夜景の中にいる、何万人という、ファルコン狭間サポの為に頑張る」
ダイキ「何だよ、守護神だけでゴール守れると思ったら大間違いだからな。このダイキ様も一緒に守ってやるから、安心しろ」
ハネトとダイキ、顔を見合わせ笑う。
明日花、やれやれという表情。
鞠菜、感無量でハネトに寄り添い、肩にもたれて夜景を見つめる。
ハネト、そっと鞠菜の肩を抱く。
鞠菜「最終節、チケット取った。行くね」
ハネト「ありがとう」
鞠菜「猫みたいでしたっ。覚えてる?」
ハネト「ああ」
鞠菜「ハネさんのスーパーセーブを見た日、私の中で革命が起こった。サポーターはね、ハネさんが思ってる以上に、ハネさんの事を見てる。勝ったら、もっと顔を上げて、確かめてみて」
ハネト「分かった。約束する」
見つめ合う、鞠菜とハネト。寄り添って、丘を下りて行く。
ダイキ「ハネ帰る? 俺も……」
と、一緒に下りようとする。
明日花、腕を掴み、お邪魔だと止める。
明日花とダイキ、二人の背中を見送る。
明日花「最終節、私もサポーター席から、ダイキの事見守ろうかな。有休取って」
ダイキ「えっ、仕事は?」
明日花「ずーっと忙しかったんだもん。去年の入社以来、色んな対策対応で。知ってるでしょ?」
ダイキ「まぁ、な。明日花、いつもありがとな」
明日花「(嬉しく)それに、ハネさん見てたらダイキも羨ましいでしょ。可憐な熱烈サポーターが見つめて……だから私が」
ダイキ「いや、俺にもそれなりにいるっしょ。サポーター」
明日花「いないでしょ。いないの!」
ダイキ「はい、いません。じゃあ最終節、応援宜しくな」
明日花、小さくガッツポーズ。

・運命の残留争い・・・

○同(夜明け)
徐々にスタジアムにズームアップ。
夜が明け、太陽の光が照らす。

○狭間スタジアム・ロッカールーム・中
ファルコンの選手たち、試合の準備を整えている。
ユニフォーム姿のハネト、『侍クロス』を読んでいる。
‘キーパー特集 “虹の守護神vs昇格をもたらした男” 個性あふれるGKの役割。ファルコン狭間 J1残留をかけた負けられない試合!’
編集者に、『岡部鞠菜』の名がある。

○同・フィールド
VSチェイスマン赤倉
両チーム、正面に向かい整列している。
パウロ、隣りのDF士堂(26)に、作戦らしくを耳打ち。
相槌を打つ士堂。
ハネト、ダイキ、真っ直ぐ前を見る。

○同・実況ルーム・中
実況「J1最終節、ファルコン狭間対チェイスマン赤倉の一戦。ファルコン狭間にとっては、J1残留をかけた大事な一戦となります。この試合、ファルコン狭間が勝って、勝ち点3を取れば、自力でのJ1残留が決定します」解説「ファルコン狭間にとって、絶対に負けられない試合ですね。必ず勝って、サポーターの皆さんと残留の喜びを分かち合いたいところですね」

○同・フィールド
レフェリー、キックオフの合図。ゲーム開始。

○同・応援席・ホームゴール裏
鞠菜と明日花、並んで着席。
それぞれハネトとダイキのユニフォームを着用している。
明日花「私、今日だけは、ファルコン狭間チームスタッフじゃなく、ダイキのサポーターとして、ファルコンを応援する」
鞠菜「(笑顔で)うん。明日花さんは、ダイキ押し。私は、ハネ押し」
二人、緊張した顔でゲームを見守る。
明日花「チェイスマンのハイプレス、どうにかして崩さなきゃヤバいね」

○同・フィールド
ハネト、チェイスマンFW片山の緩めのシュートをキャッチ。
ハネトからのボール、ダイキに渡る。
片山、すぐさまダイキに付き、猛然とプレスをかけ、執拗にボールを狙う。

○同・応援席・ホームゴール裏
鞠菜「ハネさんがボール持った瞬間、チェイスマンのFWがファルコンのDFにプレスをかけて、ゴールを狙い続ける体勢。こっちのDFが奪っても、MF長谷川のゲーゲンプレスが待ち受ける。これを突破しないと、勝利はない」
明日花「ダイキ、頑張れ!」

○同・フィールド
ダイキ、向かってくる片山をかわし、
逆サイドのアツヤにボールをパス。
アツヤもプレスをかけられてコーナーに追い詰められ、苦し紛れにMFリョウマにパス。
リョウマ、ボールをトラップしようとするが、展開を読んだ長谷川が奪う。長谷川、奪ったボールを再び前へ送る。
サイド寄りでパスを受けた片山に対し、ダイキが必死につき、シュートコースを消そうとする。
片山、サイドからのシュート。
ハネト、落ち着いてキャッチし、ボールを出す味方を素早く探す。
ダイキ、上手くマークを外し、一瞬フリーになる。
ハネト、ダイキに素早くボールを出し、ダイキからリョウマへ。
リョウマに対し、長谷川、池永、片山に囲まれる。
リョウマ、それでも周りも見ながら粘る。
ハネト「キープ、そこでキープ!」
池永の前にボールが出てしまう。
池永のシュート、中途半端に終わる。
ハネト、ボールをキャッチする。

○同・応援席・ホームゴール裏
明日花「危っない。中途半端なシュートで良かった。ダイキのリョウマさんへのパス、甘かったかな」
鞠菜「大丈夫。ダイキもリョウマさんもナイスだよ。あの位置でキープできれば、奪われてシュートされても中途半端。ハネさんが絶対取る」
明日花「(ハッとして)ハネさん、中途半端なシュート確実にキャッチする練習、ひたすらやってた。このためだったんだ」
鞠菜「どういう事?」
明日花「奪われても危ないシュートに持ち込ませないよう、相手の嫌な位置で少しでも長くボールキープするファルコンの作戦」

○同・フィールド
長谷川、MFタクミからボールを奪い、 
長めの浮き球で、池永へのロングパスを試みるがリョウマが直前に身体を入れ、パスはややコントロールを失う。
池永、ヘディングでゴールを狙うも、合わない。
ハネト、余裕でボールをキャッチ。
ハネト「上がろう!」
と、ファルコンの陣形が整った後、敵陣へのパントキック。
右SH・カケル(23)、ハネトからのパスを受け、トップスピードで駆け上がり、シュート。
しかし、パウロがキャッチする。
レフェリー、前半終了のホイッスル。
選手たち、ベンチへ戻って行く。

〇同・応援席・スクリーン
“HALF TIME”表示。

○同・同・ホームゴール裏
明日花、『侍クロス』を捲り、鞠菜が書いた特集に目を通しながら、
明日花「あー、運よくカウンターできても、ゴールには虹の守護神パウロがいるか」 
鞠菜「そうだね。でもハイプレスをかけ続けてきたチェイスマンFWの片山や池永は、後半、とてつもない疲労感とも戦わなきゃいけない」
明日花「うん。後半は、ファルコンの、反撃の、のろしが上がるよ」
鞠菜「うん」

○同・フィールド
ハネト、ダイキにボールを出すと見せかけ、左SBアツヤへ送る。
アツヤ、中央にボールを入れる。
ダイキ、全力で上がり、MF長谷川の背後に付く。
ボランチのリョウマとタクミに加え、CBマサトが上がり、トップ下ニシキが下がってボールを回し、攻撃の態勢を整えていく。
右SHカケル、下がってパスを受ける。
左SB士堂、上がってカケルにつく。
その瞬間、ダイキ、斜めに走り、サイドのアタッキングサードにオーバーラップ。
カケルからパスを受けると、ゴール前のジェイに対し、クロスを上げようと狙いを定める。
パウロ、突如現れ、ダイキの足元からボールを奪うと、士堂にボールをパスし、ゴールに戻る。

○同・応援席・ホームゴール裏
ファルコンサポーター陣、ため息が大きくなる。
明日花「嘘でしょ。キーパーであんなに足技が使えるなんて……」
鞠菜「でも今の良い形だった。ハネさんの、アツヤへのパスと同時に、ダイキが相手ボランチ長谷川の背中に走るアイディアで、ハイプレス突破。ファルコンは、ペース掴みかけてる」

○同・フィールド
パウロ、前線にロングキック。
ボールを待ち構えるチェイスマンFW陣、密かに息が上がっている。
ファルコンDF陣、示し合わせ頷く。
アツヤ、チャンスとばかりにボールをトラップし、マサトにパス。
マサトからリョウマにボールが渡る。
リョウマ、タクミ、トップ下ニシキでのパス回し。
ダイキ、長谷川の背後を取っている。
長谷川、ダイキが気になり動きが制限されている。
右SHカケル、下りてサイドでパスを受ける。
士堂、再びカケルをマーク。
パウロ「福岡! マーク」
と、ダイキをマークするよう指さす。
チェイスマンDF福岡(27)、ダイキをマーク。斜めにサイドに駆け上がるダイキに必死でついて行く。
カケル、今度は中央へ絶妙なクロスを上げる。
ジェイのシュート。パウロが何とか弾くが、上がって来たニシキ、毀れ球を振り抜くシュート。ゴールが決まる。
場内アナウンス「ゴーーール!」

○同・応援席・ホームゴール裏
熱狂するサポーターたち。
鞠菜・明日花「(大喜びで)やったーっ!」
と、ハイタッチして喜ぶ。

○同・フィールド(時間経過)
1対0で、ファルコン狭間のリード。
チェイスマン、必死の攻めで、ファルコンサイドでボールを保持し、猛攻。

〇同・応援席・スクリーン
“Additional Time 3分”の表示。

○同・同・ホームゴール裏
鞠菜、不安げに見つめる。
明日花「そろそろラストプレーだね」

〇同・フィールド
チェイスマンのセットプレー。
長谷川のコーナーキック。
ハネト、チェイスマン選手たちに動きを制限されながら、ハイボールをキャッチ。フィールド全体を見渡し、キックの狙いを定める。

○(回想)スタジアムの見える丘
鞠菜「サポーターはね、ハネさんが思ってる以上に、ハネさんの事を見てる。勝ったら、もっと顔を上げて、確かめてみて」

○狭間スタジアム・フィールド
ハネト、吹っ切れた様に、空に向かって大きくボールを蹴り出す。
ボールはピタリとリョウマに届く。
ハネト「ライン上げよう!」
と、自らも絶妙な位置に上がる。
ダイキたち、駆け上がって行く。
ダイキ、カケルとオーバーラップし、ペナルティーエリアに突入。

○同・応援席・ホームゴール裏
鞠菜「ダイキ、ペナ入ったよ」
明日花「ヤバい! カッコ良すぎ」

○同・フィールド
パウロ、ダイキのパスコースを切るように立ちはだかる。
ダイキ、パスを受けて必死にボールを操り、新たなパスコースを探す。
ニシキ、ゴール中央に詰めて来る。
パウロ、ニシキの動きを察知。大胆にサイドのダイキに寄り、素早く横に倒れ、ダイキのボールをキャッチ。すぐに起き上がり投げたボールは、瞬時にゴールから遠ざかり、前線の片山へ。
片山、トラップし、カウンター開始。
一人自陣に残っていたマサト、片山に対応。
片山、意表を突くミドルシュート。

〇同・同・ゴールマウス付近
ゴール前のハネトに、弾道が迫る。
ハネト、下がりながらジャンプし、ボールを弾くが、ややプッシュが足りず、ボールは中途半端に浮いてしまう。
前方から、士堂がヘディングで押し込もうと迫って来て、跳ぶ。
ハネト、負けじと跳び、競り勝って、ボールをキャッチ。
試合終了のホイッスル。

〇同・同
大喜びするファルコンの選手たち。

○同・応援席・ホームゴール裏
 歓喜溢れるファルコン狭間サポーター。
鞠菜「(感激して)勝った……良かった」
明日花「鞠菜、ハネさん見て。あんなハネさん、初めて」
鞠菜、驚いたように向こうのゴールマウスを見て、嬉しそうに微笑む。

○同・フィールド・ゴールマウス付近
ハネト、目を閉じて深呼吸した後、振り返って後方のサポーター席を見る。   ファルコンサポ全員が、ハネトに注目し、讃えている。
ハネト、席に走り、雄叫びを上げる。
ハネト「(叫ぶ)愛してるよーっ」
ファルコンサポ、ハネトに煽られ、さらに熱狂的に讃える 

○同・同
ファルコン選手全員、喜びを身体中で表している。
ハネト、その輪に勢いよく入って行き、選手たちにもみくちゃにされる。
×      ×       ×
フィールドに全員集合したファルコン選手陣、応援席沿いを周回し、手を振って応える。

○同・応援席・ホームゴール裏
鞠菜と明日花、ドッと脱力した感じ。
鞠菜「あーっ、キーパー押しってキツイ」
明日花「DF押しの身としてわかる! 守りに入った時の緊張感、半端じゃないよね」
鞠菜、クスッと笑う。
明日花「何?」
鞠菜「明日花さんは凄いよ。自分の事そっちのけで、24時間、全身全霊でダイキを応援し続けてる。そんな明日花の恋、純粋に応援したくなる」
明日花「嬉しい。じゃあ、もうちょっと勇気出しちゃおうかな」
と、バッグから手作りのゲーフラを出して見せる。
“ダイキ LOVE”と書かれている。
鞠菜「いいじゃん、出しなよ」
明日花「(覚悟を決め)うん」
ファルコン選手陣、鞠菜たちの前に来る。
明日花、思い切ってペナントを掲げる。
鞠菜、ハネトのユニフォームをを掲げる。
“MERRY ME!”と、ペン書きしてある。
ハネト、鞠菜に気付き、大きく手を振って応える。
鞠菜の頬を幸せな涙が流れ続ける。
おわり

                                     

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