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人生の黄昏の楽園


ずいぶん長い間見ていないが、かつて私は「人生の楽園」という番組を好んでみていた頃があった。


好んで見ていた理由、そして見なくなった理由は説明するまでもない。


この番組を熱心に見ていた頃、私は大都会に住んでおり、大都会を離れたことで見なくなった。それだけである。


あれは都会での生活に疲れ、田舎を<癒やし>の対象と見ていなければ面白くもなんともない。田舎の現実を知る人たちにとっては「そんな、甘いもんじゃない。こんなことがずっと続くわけがない」と感じるであろうし、都会に住むことに歓びを覚えている者にとっては、そもそも興味の範疇から外れてしまう。

「人生の楽園」に登場するのは中年期以降に都会を離れて田舎暮らしをはじめた人たちの物語、というかドキュメンタリーである。


もちろん、そこには都会では考えられない障害があるが、それを乗り越え、田舎ならではの「ロハスな生活を得る」というのが基本コンセプトだと思うし、少なくとも私が見ていた頃はそのような内容から外れることはなかった。

しかし、熱心に見ていた頃から疑問がなかったわけではない。
一番疑問だったのは移動にかんすることである。


それこそ、運転免許さえあれば、夫婦とも60代くらいまではとくに問題なく暮らせるであろう。が、70代を過ぎたらどうするのか。そこがどうも理解できなかった。

一昨年の池袋の事故を例に出すまでもなく、高齢者の運転が如何に危険なものか、そしてそれに併せて免許返納も議論される世の中である。


自動車での移動が封じられた田舎暮らしは、自動車のない都会暮らしとは比べものにならない。ずっと田舎に住んでいた人ならともかく、都会で長く暮らしてきた人がそうした生活に耐えられるのか。

よしんば不便を味わうという、ある種のキャンプのような感覚で挑んだとしても、医療はどうしようと考えているのであろうか。


年々衰える身体を無理矢理引き摺って、自家用車もない中で、病院まで通うというのは想像を絶する。


さらに、これは田舎でも地域が限られるが、雪深い地域の場合、雪降ろしというとてつもなく重労働が待ち受ける。もちろん、足場が悪いので転倒しやすい。

ある程度高齢になってからの怪我は一気に老けさせる。


私の知り合いで大怪我をして長期入院した人がいるのだが、怪我以降、あまりの老け具合に愕然としたことがある。


その人は、怪我したのはまだ60代に差し掛かったばかりだった。だから怪我する前はとくに老人くさいところもなく、年齢に比してむしろ若々しいくらいだった。


ところが怪我をしてからは、まったく、見た目は老人になった。怪我の影響で足腰が悪く歩行が困難になったこともあるが、それより単純に見た目が変わってしまったのだ。

これはあくまで個人的な気持ちだが、少なくとも都会で生まれ育った人は、人生の楽園ならぬ人生の黄昏時は都会に住むべきだと思っている。


都会といっても東京のような大都会だけではなく、政令指定都市レベルで生まれ育ったならば十分に都会の人間と言える。

「人生の楽園」に登場した人たちも、ある程度の年齢で田舎暮らしに見切りをつけるつもりかもしれない。が、本気で「ここ(田舎)を終の棲家にしよう」と考えているのであれば、やはり首をひねってしまう。

田舎が好きとか都会が嫌いとかという問題ではないのだ。たとえば喘息などの止むに止まれぬ事情がない限り、Iターンに必要なのは「憧れ」ではなく壮絶な「覚悟」だと思うのだがどうだろう。




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