05_重力01_ヘッダ

神影鎧装レツオウガ 第三十一話

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Chapter05 重力 01

『なーるほどね、事情は理解したよ』
 日乃栄《ひのえ》高校付属翠明《すいめい》寮、その男子棟の三○一号室。
 机上に浮かぶ立体映像モニタ越しに、辰巳《たつみ》と風葉《かざは》は巌《いわお》へ諸々の報告を終えた。
 二人とも鎧装は既に解除し、元の制服に戻っている。
 しかして、二年二組へはまだ戻れずにいる。時間がかかりすぎたためだ。
 そもそも寮に戻って来たのが、午後一時二十分。昼休みどころか、既に五時限目が始まっている。
 もちろん席に座った状態で幻燈結界を解けば、その瞬間にクラスメイト達の記憶は最適化されるだろう。
 だがそれで授業について行ける筈がないし、直後に指名でもされたら凄く困る。
 なので二人は今までの説明をしながら、部屋にストックしてあったカップ麺を食べていたのだ。食堂でやけにあっさりと辰巳が昼食を諦めたのは、これが原因である。
 そんな二人を見ながら、巌は腕を組む。
『それにしても、エルド・ハロルド・マクワイルドかー。まーた面倒なのが出張って来たねー』
「有名なひとなんですか?」
 気を紛らわせるように風葉は言う。造りは自室とまったく同じだが、それでも男子の部屋に入るのは初めてなのだ。
『あー、実際に会うのは初めてだけどねー。怪盗を自称する犯罪者さー。古代の遺物、新型の術式、あるいは単純に金品宝石。こっち側に関わるもので、ヤツの眼鏡にかかったらさー大変だ』
 巌がリストデバイスを操作すると、立体映像モニタが長方形に拡大。新たに伸びた画面に、エルドのデータが表示される。
「これは?」
『エルドの犯罪履歴さ。これが中々に厄介でね。統計学的に見て、ヤツの腕前は百発“十”中と来ている』
「百発十中? 百中じゃないんですか?」
 首を傾げながら、風葉は略歴を見てみる。小難しい文章が多くて良く分からないが、成否判定の欄は確かに○より×の方が多かった。それも遙かに。
『そこが厄介な所でねー。どうも彼はどんな状況だろうと、利益より信念とかポリシーを優先する傾向があるらしくてさー』
「……ひょっとしてよ、その信念てのは、『美しさ』って名前だったりするのか?」
 備え付けの堅いベッドに座る辰巳は、コメカミつつきながらエルドと対峙した時の事を思い出す。
 ブーストカートリッジで竜牙兵《ドラゴントゥースウォリアー》を倒した直後。あの怪盗は確か「美しい」と言っていたはずだ。
『ああ、その通りだ。何でもこのデータによると、エルド・ハロルド・マクワイルドの犯罪目的はただ一つ――自分の美的好奇心を満たす事、だそうだ。つまりは満足するためかねー』
「何でそこまで詳しく分かってんだ?」
『前にエルド本人がそう語ったらしいよ』
「ああそう」
 溜息をつく辰巳。確かにあの時も、聞けば当人は答えたかもしれない。
『盗みに関してはかなりの手練れだってのに、そのくせ獲物が自分の手元へ来なくても気にしないタチでねー。結局それが本人の安全確保、引いては逃亡補助に一役買ってる。加えて――』
 データを確認していた巌の手が、ピタリと止まる。
『――常に分霊で現れる、と言うのも中々厄介な点だね』
「成程、その辺は用心深いってコトか。だが、そこまでしてなんのために、あんな……」
 考え込む辰巳と巌。その脳裏を過ぎるのは、鼓笛隊に扮した骨共の姿と、全開甚だしいエンターテイナーっぷりだった。
 少し頭痛がした。
「……」
 眉間に皺を寄せる男達。その脇で、風葉はおずおず手を上げる。
「あ、そう言えば質問なんですけど。マクワイルドさんの言ってた『最後の魔術師』って、どなたなんですか?」
 素朴な風葉の疑問に、何故か辰巳と巌はきょとんとする。
 次いで、得心したように手を叩いた。
「ああー、そうか。霧宮《きりみや》さんは凪守《なぎもり》入りして間も無いんだよな。じゃあ知らなくても無理ないか」
『エルドと違って、こっちは世界的な有名人だよー。霧宮くんも名前は知ってるはずさー』
 口々に言う二人の五辻《いつつじ》に、いよいよ風葉は首を傾げる。
「……? 誰なんです?」
『アイザック・ニュートンだよ』
「はぁ、アイザック・ニュートンさんですか……」
 反芻し、はたと風葉は思い至る。
「え、えぇっ!? ニュートンって、あのニュートンですか!? あの万有引力の!?」
『そー、あの万有引力のニュートン』
 頷き、再びリストデバイスを操作する巌。すると立体映像モニタが更に伸び、今度はニュートンに関する情報が追加表示された。
『いかんせん表社会におけるニュートンの情報、こと日本の教科書における扱いってのは『リンゴが落ちました、万有引力を見つけました、まる』で終わってるからねー』
「違うんですか?」
『違っちゃいないけど正確でもないねー。アイザック・ニュートンは優秀な科学者であり、錬金術師であり、造幣局の長官でもあったのさー』
 教科書では見た事の無いニュートンの経歴に、風葉は目を丸める。
「なんか、ものすごい肩書きを背負ってるように聞こえるんですけど」
『実際にものすごい人だからねー。彼の理論が無ければ、オウガの運転とか霧宮くんの鎧装は、設計図すら出来なかったかもしれないねー』
 牽引《トラクター》ビームやオウガのコクピット周りに使われている、慣性及び重力の制御術式。これらの基礎はニュートンの理論によって成り立っているのだ。
「へえぇ。落ちるリンゴからすごい発想をしたんですね」
『そうだねー。もっとも、リンゴの件は創作じゃないか、って説もあるけど……まー、その辺は飛ばそう』
 画面が切り替わり、錬金術師としてのニュートンの略歴が表示される。ざっと見てみる風葉だが、英語ばかりでまったく読めなかった。
『さっきも言ったけど、アイザック・ニュートンは優れた学者であり、魔術師だった。一六六九年にイギリス造幣局の長官となった彼は、当時流通していた偽造貨幣を厳しく取り締まった。そしてその傍ら、魔術の、取り分け錬金術の研究を積極的に行っていた』
「錬金術、ですか。確か色んな実験をして、金を作ろうとした人達ですよね?」
 教科書やら漫画やらに載っていた話を、風葉は口にした。が、巌は緩く首を振る。
『惜しいねー。確かに卑金属を貴金属へ変えるのは、錬金術師にとって目指すべき位階の一つだ。けど、最終到達点はそこじゃない。彼等が目指していたのはただ一つ、賢者の石さ』
「あ、全体回復するヤツですね。武闘家に持たせておくと重宝します」
『そうだねぇ欲を言えば戦闘中以外にも使えれば――って、そっちじゃないよ』
「……何の話だ?」
 辰巳が首を傾げていたが、巌は咳払いして強引に話を戻す。
『えー賢者の石というのは、錬金術師達が追い求めた究極の物質の名前だ。不老不死をもたらす霊薬である、と言われているねー』
「そんなもの無くても、命を延長する手段はいくらでもあると思うがな」
 頬杖を突く辰巳に、巌はまたも首を振る。
『至上命題を追い求めるのは、別に錬金術師に限った事じゃ無いさ。で、ここからが肝心なんだが――伝説によると、ニュートンはその賢者の石の精製に成功した、らしい』
「曖昧ですね」
 眉根を寄せる風葉を余所に、巌はリストデバイスを操作して何やら資料を探す。
『仕方ないよー。いかんせん、現物どころか研究資料もほとんど残ってないからねー。何せニュートンの研究所は、錬成中のトラブルで火事になって……えーと……あった、コレだ』
 そう言って、巌はモニタ上へ一枚の写真を呼び出す。眼下に地球が見える星空の風景は、衛星軌道上で撮ったものだろうか。
 これだけでも素敵な一枚だが、風葉の視線は中央に映る球体に吸い寄せられる。
「これ、何ですか」
 星と言うには小さすぎて、隕石と言うには綺麗すぎる。
 例えるなら泡か、あるいはビー玉だ。投射される地球光の中で闇色を保っている球体は、不思議な事にその中へ赤々と燃える炎を封入していた。
『……実はニュートンは、二十五年間も論争をするくらい、病的なレベルの懐疑主義者でもあってねー。重力理論のみならず、その試作型制御術式も中々発表しなかったのさー。この遺産を作ってしまうまではねー』
「遺産って、この丸いのがですか?」
 仄暗い球体を指差す風葉に、巌は頷く。
『ああ。首尾良く賢者の石を精製したニュートンだったが、慎重な彼はその効能を確実に確かめたかった。なので賢者の石で何かの実験をして――何らかのトラブルが発生し、研究所は焼けてしまった』
 巌の説明に合わせて拡大される球体。燃え盛る炎の中に目をこらすと、確かに何か建物らしきシルエットが見えた。
『多分何か、途方もない事故だったんだろう。ニュートンは既存のどんな沈静手段よりも、自らが造った方法――重力制御術式による結界で、事故が起きた区画を火災ごと封印したんだ』
「なんか、すごいことをサラッとやってるんですね。昔の人なのに」
 教科書の片隅に載っていた暗記対象の一人。その裏に隠れていたもう一つの顔に、風葉は素直に感心する。
「……でも、どうしてその研究所が宇宙に浮いてるんですか?」
『それもニュートンの仕業さ。彼は封印だけでは飽き足らず、結界を地球の重力と反発させて空の向こうに追放したんだよ。よっぽど大変な事態が起きたんだろうねー』
 言葉を切る巌。知らず、三人の視線はニュートンの遺産に吸い寄せられる。
 超重力の障壁と、三百年近くも燃え続ける炎。その中に、果たして最後の魔術師ことニュートンは何を残したのか――成程、エルドでなくても気になる所ではある。
「そう言えば、何でそのニュートンが『最後の魔術師』なんですか?」
 傾ぐ角度を深める風葉に、肩をすくめたのは辰巳である。
「ああ、それは単にニュートンを研究した学者の言葉さ。資料を調べたら、ニュートンが魔術師として活動してた事にビックリしてよ。そうした側面を現すために、最後の魔術師って呼び名を付けたのさ」
『で、その呼び名がこっちの界隈では有名になってる訳さー。そもそも広義的に見るなら、ここに居る全員が魔術師だからねー』
 魔力と霊力。体系の合一化こそ一悶着あったが、結局パワーソースは同じものなのだ。術式の制御に魔法陣が使われているのも、それが所以である。
『そして、そんな最後の魔術師が残した遺産を、エルド・ハロルド・マクワイルドは狙っているわけだねー』
「はぁ……」
 改めて、風葉は溜息をついた。あの事情怪盗は、一体何をやらかそうとしているのか。こちらの力量を見定めに来たと言う事は、また人造Rフィールドが関わって来るのか――そこまで考えて、風葉はふと気付いた。
「あれ? でも仮に封印を解いたとしても、出て来るのは事故現場ですよね?」
『そうだねー。けど十中八九賢者の石は手に入るだろーし、よしんば無かったとしても、断片的な資料や痕跡でも十分な収穫になる。何せ歴史上、賢者の石を造れたのはニュートンだけだからねー』
 情報を消去し、立体映像モニタを正方形に戻す巌。重要そうな事を語る割には素っ気ない感じである。
『どうあれ、招待状を貰った以上は僕らも対エルド・ハロルド・マクワイルドを目的に動く事になると思う』
 もう一度、あの怪盗と戦う事になる――その予感に、辰巳は腕を組む。
「そうか。具体的にどうすれば?」
『諸々の事は追って連絡するよー。取りあえず、二人は心の準備をそれっぽくしといてくれ』
 んじゃまた、と締まらない挨拶を最後に、立体映像モニタは途絶えた。映像を中継していた術式が消え、ただの漆喰の壁に戻る。
「それっぽく、って……どうしよう?」
「まぁ深く考えないでくれ、肝心なトコ以外が適当なのはいつもの事だ」
 鼻を鳴らし、辰巳は空になったカップ麺の容器をゴミ箱に放る。
 因みに、幻燈結界はまだ解除されていない。辰巳達の行動を摺り合わせる都合上、五時限目が終わるまではそのままなのだ。
 しかして、辰巳の部屋は薄墨に包まれていない。これは幻燈結界の効果範囲の除外登録を済ませていたからだ。このお陰で、辰巳達は幻燈結界内でもカップ麺が食べられたのである。
「んー、そだね……」
 辰巳に習って空容器をゴミ箱へ入れた後、風葉はそれとなく窓の外を見やる。くたびれた駐車場、日に焼けた体育館の壁、校舎へ続く渡り廊下。
 薄墨色に沈んではいるが、見慣れた風景である。
 次いで椅子に座り直しながら、風葉はそれとなく室内を見回す。勉強道具一式が乗る机、着替えが放り込まれている洗濯籠、まだまだストックしてあるカップ麺の山。
 置いてある物は随分違うが、それでも自室と同じ間取りである。
 良く見る風景。過ごし慣れた部屋。
「む、むむ」
 だというのに、何というか、落ち着かない。
 繰り返すが、男子の部屋に入ったのは、初めてなのだ。
「……ぅぁ」
 頬を押さえる風葉。今更ながら顔が赤くなって来ている。そして五時限目が終わるまでまだ少し時間がある。
「? どうかしたのか霧宮さん」
「な、なんでもないなんでもない、なんでもないから」
 わたわたと手を振る風葉。辰巳は訳も分からず首を捻るばかりである。
「そっ、そういえばさ! 前から聞きたかったんだけど!」
「ん、なんだい」
「ええっと、そのあの――」
 さて。つい勢いに任せてしまった風葉は、加熱したアタマを遮二無二回転させる。フェンリルが呆れてあくびをしたような気もしたが、気にする余裕は一秒とてない。
 時計の秒針が一回転し、辰巳が口を開きかけ――その直前、風葉はようやくちょっとした疑問を思い出した。
「――そ、そうだ! E! Eマテリアルだよ! あのEって何かの略なの!?」
 なんかもういっぱいいっぱい気味な風葉に、辰巳は少し引く。
「あ、ああ。エーテルの略だよ。霊力の事を、英語ではエーテルって呼んでるからな」
 ここで言うエーテルとは有機化合物の事ではない。かつてアリストテレスが提唱した第五元素の名を、魔術の体系化の際に採用したのだ。
 そんな体系の結晶であるEマテリアルが格納された左腕の腕時計を、辰巳は指差す。
「ちなみにコイツが時々言うエーテライズってのは、霊力《エーテル》の具現化って意味があるそうだ」
 と、そんな事を辰巳が言った直後にキンコンとチャイムが響く。ようやく五時限目が終わったのだ。同時に幻燈結界が解除され、窓の外に精細が戻ってくる。
「さてと。随分と長居しちまったが、最後の授業はちゃんと出ようぜ」
「そ、そだね、うん」
 ぎくしゃくとする風葉が少し気になったが、取りあえず辰巳は先んじて扉を開く。
「これからまた、忙しくなりそうだな」
 それから振り返り、何気なく風葉を見る。
「よろしく頼むぜ、ファントム5」
「ふぇっ」
 ドアノブから手を放す辰巳。当然ドアは閉まる。
 風葉は出て来ない。すぐ続くだろうと思っていた辰巳は、片眉をつり上げて踵を返す。
「霧宮さん? どうしたんだ?」
 ――それは辰巳からすれば、ごく普通の挨拶だったのだろう。
 だが風葉からすれば、不意打ち以外の何物でも無かった訳で。
「いや、なんか、その……ゴメン、先行ってて」
 ひんやりした鉄扉に顔を押し当てたまま、風葉はしばらくそうしていた。

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