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神影鎧装レツオウガ 第三十話

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Chapter04 交錯 07

「GIIIIIIIlッ!」
 竜牙兵《ドラゴントゥースウォリアー》が再び吼えた。骨でありながら近代の軍隊に似た戦闘服を着込む兵士達が、徒党を組んで殺到する。辰巳達に襲いかかる。
「GI、GIIッ!」
 左、右。閃く骨兵どものコンバットナイフ。中々の動きだ。だが二人には通じない。
「シッ!」
 まず辰巳側。斬撃の隙間を絶妙にかいくぐりつつ、放たれるカウンターの一撃。電光石火の右掌は、一匹の竜牙兵の手首をホールド。
「GI!?」
 万力のように掴まれ、押す事も引く事も出来ぬ刃。ならば腰の銃を――と手を伸ばすより先に、竜牙兵の思考は砕けた。
「フンッ!」
 逆手。銀色に輝く辰巳の左拳打が、竜牙兵の胸骨を戦闘服ごと叩き壊したのである。
 次に風葉側。辰巳のカウンターとほぼ同じタイミングで、風葉は真横に飛んでいた。骨兵どもの斬撃を回避しつつ、メートル単位で大きく間合いを離したのだ。風葉の鎧装の両手足に配置されたスラスターは、レックウの姿勢制御だけでなくこうした動きも可能とするのである。
「GIッ! GIッ!GIIII!」
 それでも竜牙兵共は数に物を言わせ、果敢に距離を詰め続ける。踏み込み、刺し、斬り、薙ぎ払う。
「おっとっ、と!」
 対する風葉はスライドし、跳ね上がり、急停止してことごとく回避。転写術式と訓練のお陰で、使い方は分かっている。が、やはり実践となるとまだ少し覚束ない感じだ。だがそれでも霊力を煌めかせてくるくると舞い踊る姿は、雅やかな雰囲気すらあった。
 しかして、竜牙兵共からすればたまったものでは無い。
「GIII……ッ!」
 付かず離れずの位置を、縦横無尽に飛び回る風葉。その軌道を先読みし、一匹の竜牙兵が刺突の予備動作を造る。腰だめに、弓のごとく引き絞られる刃。
 だがそれが放たれるよりも早く、風葉の攻撃が先んじる。
「よしっ、と!」 
 実戦の緊張感と、その最中におけるスラスターの操作。二つの感覚を理解した風葉が、いよいよ反撃に転じたのだ。
 脚部スラスター噴出、飛び上がる風葉。
 高度、およそ一メートル。大きく息を吸う。
 そして、吼えた。
「ぅわぉーーーーーんっ!」
 ソニック・シャウト。かつて人造Rフィールドを揺らし、つい先日巌《いわお》に命名された、攻性衝撃音波が奔る。
 正確に言えばこれは術式ではなく、霊力を媒介に具現化されたフェンリルの特色だ。言わば禍憑き《まがつき》固有の霊力武装であるワケだ。
「G、II……!」
 どうあれ、それは凄まじい衝撃を伴う破壊音波。それを至近から浴びた竜牙兵は、構えたナイフを突き出す暇も無く吹き飛んだ。
「や、やった」
 着地し、胸を撫で下ろす風葉。
「ほう。良いね、中々に美しい」
 嘆息するエルド。辰巳の方は当然だが、風葉も中々どうして見事な立ち回りである。
 中でもエルドが注目したのが、風葉の鎧装そのものだ。
 人体を羽のように浮遊させ、同時に自由自在な方向転換を可能とする両手足のスラスター。これによってもたらされる胡蝶じみた動きは、なるほど確かに驚異的だろう。
 納得し、感服し、笑みを深める。
「ンフフ。ではレベルアップしてみようか?」
 カン、とエルドのステッキがアスファルトを叩く。横隊に広がっていた竜牙兵団が遂に一歩踏み出し、次々にマシンガンを構える。前衛は立て膝を突き、後衛は腰だめに構えた二段編成である。
「セット! ハンドガン!」
『Roger Handgun Etherealize』
 だがその引き金が引かれるよりも、辰巳の叫びが先んじた。左腕部Eマテリアルから光が投射され、ワイヤーフレームとなって銃の形を成す。
 しかして、先んじる事が出来たのはそこまでだ。
「そんな銃一丁で対抗できると、思っているのかね?」
 号令、照準、発射。
 突き付けられるエルドのステッキのまま、竜牙兵団が一斉に引き金を絞る。
 銃弾、銃弾、銃弾、銃弾、銃弾の嵐。放たれる幾筋もの火線が、暴風雨のごとく二人へ殺到する。
「っ!」
 即座に辰巳はジグザグに走って後退し、火線を攪乱回避。標的を逃した銃弾が空を切る中、唐突に霊力の残光が吹き抜けた。
 粉雪のように流れるそれは、やはり風葉のスラスターから噴出した霊力であった。
「わわっ!? わーわー!」
 辰巳と同様に狙われていた風葉は、いっぱいいっぱい気味な声を上げながらも、宙を舞って弾幕を回避し、更にリストデバイスを起動。その下で、辰巳が叫ぶ。
「チェンジ、ブーストカートリッジ!」
『Roger BoostCartridge Ready』
 弾雨をかいくぐりがら、辰巳はブーストカートリッジを精製、交換。深く深く身を屈め、竜牙兵団の逆方向へ銃口を向け――発砲。
 しつこく追尾する火線の束をかいくぐり、ついでに弾丸を一発掴み取りながら、辰巳が跳ぶ。
 コンマ四秒。エルドの左側に展開していた一団へ、辰巳は瞬く間に飛び込んだ。更に返礼がてら、今掴んだ弾丸をクナイの要領でエルドへ投擲。
「おうっ!?」
 奇声を上げ、のけぞるエルド。通用したかどうかはともかく、少なくとも数瞬の間は指揮が途切れる。
 後はもう、辰巳の独壇場である。
「GIIII!?」
 存在しない目を剥く竜牙兵団は、それでも勇敢に銃を、あるいはナイフを構える。だが遅い。
「シ、ィ、ィッ!!」
 打撃、打撃、打撃、打撃、打撃の嵐。正拳、裏拳、アッパー、一本背負い。怒濤のごとく繰り出される白兵戦の妙技が、エルドの左側へ展開していた竜牙兵のことごとくを薙ぎ払った。
 その姿、まさに台風の目。だから、エルドは呟いてしまう。
「おおお……美しい」
「あ?」
 残心こそ忘れぬものの、思わずエルドを見てしまう辰巳。見れば顔の辺りへ掲げたステッキに、丸い弾痕が穿たれている。のけぞったのはやはり演技だったか。
 しかしてそれ以上に異様なのが、目に灯り始めた異様な輝きであろう。
 何か、夢を語っていた時のギノアも似た顔をしていたような――そんな疑念などつゆ知らず、右側の竜牙兵団が一斉に銃口を突き付ける。
「その美しさ、どこまで持つか――」
 轟。
 唐突に轟いた爆煙が、エルドの戯言ごと残りの竜牙兵団を薙ぎ払った。
「ノォ!?」
 反射的に振り向くエルド。そこにはシルクハットを吹き飛ばそうとする炎と、丁度停車した風葉の駆る二輪、レックウの姿があった。
 ――辰巳がブーストカートリッジを精製していた時、風葉はリストデバイスにこう告げていたのだ。
「あのっ、霧宮……じゃなかった、ファントム5です! レックウを送って下さい!」
『了解だ』
 新人の初々しさに微笑みながら、冥《メイ》は紫色の転移術式を起動。オウガローダーの移送にも使われる円陣は、ファントム5の正面へ、正確にレックウを送り届けた。
 後は即座に搭乗し、辰巳の援護をすべくサークル・ランチャーを起動。残っていた竜牙兵へ爆撃を仕掛けたという訳だ。
 実に見事な連携である。思わず、エルドは溜息をついた。
「後は、あなただけですね!」
 未だ燻る爆煙に、風葉の犬耳が揺れる。
「さてどうする? 白旗でも上げて貰えりゃ助かるんだがな、色々と」
 口調こそ軽いものの、突き付ける銃口には一部の隙も見せない辰巳。
 弾倉は通常弾。エルドが振り返っていた間に変更したのだ。
 挟み込むように立つ二人の若人。その眼差しを交互に見やった後、エルドは口を開いた。
「ン、フ。ンンーフフ! ンンーフッフフフフ! いいね! 実にいいよ君達! これなら問題なさそうだ!」
「何を、言って……」
 訝しむ風葉。その隙を突き、エルドはステッキを翻す。何かの術式発動の予備動作か。
 だがそれより先に劈く銃声が、エルドを縫い止めた。辰巳が引き金を引いたのだ。
 額に穴を開け、どうと倒れるエルド。シルクハットが宙を舞う。
「……い、五辻くん」
 容赦のなさに風葉は閉口しかけ、しかしすぐさま叫ぶ羽目になる。
 さもあらん、そのエルドの身体が爆発したとあれば。
 どぱぱぱぱぱーん、というダース単位の爆竹とクラッカーを鳴らしたような炸裂に、風葉はレックウごと飛び退いた。レックウは2WD駆動であるため、バックも出来るのだ。
「うわわわわ!? な、なんなのもう!?」
「エンターテイメントに関しては、つくづく抜かりの無い男らしいな」
 フラッシュ、紙吹雪、更にはハト。くす玉を割ったような騒々しさをばらまきながら、世紀の怪盗エルド・ハロルド・マクワイルドの分霊は、消えた。
「……で、してやられたという訳か」
 ハンドガンを消去し、何故か辰巳は苦々しげにつぶやく。
「え? 何言ってるの五辻く、じゃなくて、ええと――」
 ファントム4、という名を風葉は呼び損ねた。
 陸橋の向こう、友人宅へ遊びに行った事がある見知った住宅地。
 その中から唐突に、巨大な竜牙兵が立ち上がったのだ。
「え、ええええっ!?」
 風葉が声を上げる合間も、巨大な骸骨は屋根に手をかけ、ゆらりと立ち上がる。
 それも、三体もだ。
「キクロプスの時と同じだな。多分、別働隊に術式の用意でも用意させてたんだろ」
 通信回線を準備しながら、辰巳は正面の巨大竜牙兵を睨む。こうなるとあの鼓笛隊は、こちらの目を引きつけるための囮だった公算が高い。
 だが、その起動トリガーはどこに――とセンサーを走らせて、辰巳は気付いた。
 シルクハット。今まさに消えかけているそれから、微弱な霊力が流れている事を。
 今し方の派手な爆発も、同様の囮だったのだ。
「つくづく大したエンターテイナーだな、それで食ってきゃ良かろうに」
 ぼやく辰巳を、エンターテイナーの置き土産三体が睨む。まだこちらの戦力を見極め足りないという訳か。
「ならこっちもサービスだ、とことん見せてやるさ」
 繋がる通信。辰巳はすぐさまオウガローダーの発進を要請した。

◆ ◆ ◆

「ふっはぁ!」
 同時刻、奇声を上げながらエルド・ハロルド・マクワイルドは復活した。辰巳に撃ち抜かれた分霊の意識を、また別の分霊へ転写したのだ。
 別の身体、別の座標。だが、心の中は数秒前とまったく同じだ。故に、目を閉じずともありありと思い出せる。あの、二人の若者の眼差しを。
 ファントム4、五辻辰巳。敵の撃滅以外の要素を削ぎ落とした、透明で無機質な兵士の目。
 ファントム5、霧宮風葉。未だ迷いある瞳の奥に、時折垣間見る確かな獣性。
「ンフ、フフ――!」
 ゼイゼイと息を荒げているのは疲労か、それとも興奮か。どうあれエルドは気持ちを落ち着けるため、手元にあったコップの水を一気飲みする。
「――フゥー」
 人心地着いたエルドは、改めて窓の外を見やる。だがここからでは、二駅離れた場所にあるハンバーガーショップからでは、竜牙兵どころか幻燈結界《げんとうけっかい》すら見えない。
「……お帰りなさい、エルドさん」
 そんなエルドとテーブルを挟んだ反対側。もむもむとチーズバーガーを食べながら、一人の少女が言った。
 ちなみにすぐ声をかけなかったのは、食べるのに忙しかったためである。
「おお、待たせたね。今帰ったよ、サラくん」
 だがエルドは気にした様子も無く、懐から拳大の水晶玉を取り出してテーブルに置く。
 それから、サラと呼んだ少女を見やる。
 小さな身体、小さな顔、可愛らしい唇。
 肩口まである金髪は緩くウェーブかかっており、エアコンにやわらかく揺れている。
 雛芥子《ひなげし》のような、控えめに言っても美しい少女、なのだろう。
 だが一点。彼女の美貌を大きく損なっているものがある。
 バイザー、とでも言えば良いのだろうか。欧州にある騎士兜のような目隠しで、サラは両目を隠しているのだ。
 赤紫を基調とした、刺々しいその縁についたケチャップを、サラは紙ナプキンで拭き取る。
「それで、如何でした? 前情報通り、きちんと殺しがいのある方々だったのでしょうか」
「ああ、それはもちろんだとも。流石はサトウくんの眼鏡にかかっただけはあるね。今も――ほら」
 エルドが水晶玉を指差すと、内部に一枚のモニタが浮かび上がる。映っているのは、一機の大鎧装。
 今まさに巨大竜牙兵どもを打ち倒しているオウガの勇姿が、ここにあった。
 牽制のガトリングで一体の動きを封じつつ、リバウンダーでもう一体へ肉薄。至近距離で放たれかけたマシンガンを寸前で打ち払い、加速と自重が十分に乗った膝蹴りを叩き込む。
 くの字に折れる竜牙兵。更にそこへ膝のパイルバンカーが炸裂し、竜牙兵は形を失って四散する。
「まぁ」
 流れるようなオウガの動作に、サラはポテトへ伸ばしかけた手を止める。
「成程。これは確かに結構なお手前のようですね」
「だろう? これなら最後の魔術師の遺産もスムーズに――おっ、良いぞ! そこだ頑張れ!」
 手を振り上げて応援するエルドであるが、二体目の竜牙兵も難なく倒され、映像を送っていた三体目へもオウガは肉薄し――そこで、立体映像モニタは砂嵐となった。
「あぁー、残念でしたね」
「まぁ戦力差があり過ぎたな。だが、ンンーフフ、それでいいのだよ! 美しい! 実に美しい!」
「あんな元気な姿を見せられると、私も戦ってみたくなりますねぇ。どんなパソを見せてくれるのでしょうか」
 哄笑と微笑。種類こそ違えど、似たようなマイペースでファントム・ユニットを分析するエルドとサラ。
 この二人こそ、以前ギャリガンがサトウに言った戦力であった。
 彼等の目的は何なのか、最後の魔術師とは誰なのか。
 これから起こる事態の全ては、未だ彼等の胸中に仕舞われたままだ。
 ――ところでサラがポテトを摘まんでいたように、今この一帯は幻燈結界の範囲外にある。禍《まがつ》の霊力を感知した訳でも無い以上、それはむしろ当然だ。
 だがそれはつまり、この二人が周囲の一般客達にキッチリと認知されているわけで。
「ままーへんなひといるー」
「シッ、マーくん指差しちゃいけません!」
 周囲の視線を余所に、二人はしばらく談義した後、きちんと会計して出て行った。

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【神影鎧装レツオウガ 人物名鑑】
サラ

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