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神影鎧装レツオウガ 第四十二話

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Chapter06 冥王 06


 転移術式装置を降りて、二歩三歩。
 制御装置群の只中に、巌《いわお》は立った。先程まで利英が作業していた場所だ。
 見れば、正面には大型のプレート状転移術式装置。直径こそ大きいが、紋様自体は足下のものと同じだ。
「改善されたとはいえ、やっぱ正規のに比べたらちといびつだな」
 顔を上げる。灰色の丘の上、レツオウガの姿が見えた。
 つい、と。鋼の鎧武者は視線を外す。
「ふ」
 苦笑する巌。その矢先、遠隔起動した制御装置群の一台から、立体映像モニタが投射される。
 映りだしたのは無論、この装置類の制御担当者、酒月利英《さかづきりえい》だ。
『そんじゃー用意は良いかね盟友! ぶっつけ本番でこんな事しでかすなんざ、ボカァ正直色々と不安で辛抱たまらんかったりしてアレだ!』
 画面狭しと肉薄する坊主頭。テンションその他諸々が振り切れかかっている相方に対し、巌の表情は冷めたものだ。
「おーよ、やってくれ」
 眼前の大型転移術式装置を見据える横顔は、半分上の空に近い。だが利英の方もそれを気にする素振りは無い。
『でわっ、切り札の発動をぉぉぉぉぉッ! する前に連絡をポチッとな』
 マウスをクリックする利英。事前に作成していたメールを送信したのだ。
 送り主は今作戦の共犯者、帯刀正義《たてわきまさよし》である。

◆ ◆ ◆

「……うん?」
 はたと、ステージ上のエルドは動きを止めた。そのまま、ウェストミンスター寺院の南西に立つ大鎧装部隊をじっと見る。
 今し方ナマスに刻んだディスカバリーⅢではない。合同作戦要請を受け、日本から派遣されて来た予備戦力、零壱式の一団だ。
 数は六。濃緑色の装甲に身を包む巨人達は、先のディスカバリーⅢ部隊と違って攻めてくる様子が無い。一瞬で大鎧装を解体したレギオンがダース単位で守りについているのだから、当然ではある。
 ルートマスターからの霊力は順調に集まっており、霊力供給術式と人造Rフィールドの接続も完了済み。おおむね全て順調だ。
 唯一の例外はファントム2だが、交戦していたジャックも本性を現してレギオンとなったので、勝負は互角以上に持ち直している。足止めは容易いだろう。
 では、何がエルドの眉根を寄せたのか。
「なんだなんだ、内緒話かな?」
 零壱式達が、おもむろに円陣を組んだのだ。
 どの機体も一様に片膝を突き、右肩のシールドを突き出している。
 一見すると、何の変哲も無い巨大な盾。だがこれは術式が内蔵出来る多目的装備であり、今回は作戦と内約に合わせて、利英が開発したある術式が搭載されているのだ。
 起動条件は二つ。一つは、盾を用いて円陣を造る事。即ち、今まさに零壱式達が取っている姿勢がそれだ。
 もう一つは作戦の責任者、即ち帯刀からの承認だ。
 この承認が、つい今し方降りた。利英の連絡がその合図だった。
 かくて何の変哲も無かった盾の上へ、にわかに浮かび上がる霊力光。精密回路のような紋様を描く光は、やがてその一部がシールド表面から投射される。寄り集まり、一個の円陣を水面上へ形作る。
「これ、は」
 エルドは片眉を上げた。自分達が禍《まがつ》へコネクターを分割収納していたように、利英もまた似たような処置を味方機のシールドへ施していたのだ。
 そうして完成した図形は、今まさに巌が月面で睨んでいるいびつな転移術式と、まったく同じ紋様を描いている。
 紋様は月面の術式と連動しており、唸りながら霊力光を増していく。
「……」
 何か、マズイ。
 直感したエルドは、霊力供給術式を守っていたレギオンの一体に連絡を取る。
 立体映像モニタは必要無い。彼等はレギオンという高位分霊の特性を利用し、霊泉領域――独自の霊力ネットワークで繋がっているのだ。
「あそこでゴニョゴニョやってる術式、どうにもヤな感じだ。ちょいとカマかけてくれないか、『僕』」
『お安いご用だよ、『僕』』
 端的な通信の直後、ステージから見て手前三体のレギオンが位置を離れる。零壱式部隊へ向けて走り出す。
 水面上を一直線に駆け抜けていく三つの影。彼等の両手には件の短剣が輝いている。
 斬撃の射程まであと五メートル。三メートル。一メートル――射程到達。
 しかして、レギオン達の刃が放たれる事は無かった。
 ごぼりと。巨大な音を立てて、彼等の足場が振動したためである。

◆ ◆ ◆

 その、数分前。
 月面、レツオウガが結界を設置したクレーターの中央部。
『それでわ、行ってみちゃったりしましょうか! まずは起動! ウェイぃークアップだ!』
 巌の正面、設置されていた大きな転移術式が、おもむろに起動する。精密な紋様からにわかに立ち上り始める霊力光は、零壱式部隊が組んだ円陣のそれと完全に連動していた。
 唸る転移術式。いびつながら、出力が上がる。それと連動したある術式を利英が接続した瞬間、間欠泉のような水柱が立ち上がった。
 勢いよく吹き上がるそれは、当然天井となっているワイヤーフレーム結界にぶつかる。そのまま噴水のように、壁面へ沿って流れてくる。
 そうして水は――もとい、ウェストミンスター区から転送されて来た霊力は、月面と、制御装置群と、その中央に立つ巌の足をじわじわ浸し始めた。零壱式部隊へ襲いかかる直前、レギオン達の足場を揺らした原因がこれである。
 要するに、ロンドンから吸い上げているのだ。
『オヒョヒョー! きたキタ来ちゃったよどうすんだコレー!?』
 モニタの向こうではしゃぎ回る利英。転移術式そのものは作戦に合わせて準備していたのだが、ロンドンから霊力を吸い上げている特注の吸引術式――巌の背後で慌ただしく働いている装置は、つい今し方に調整したばかりの代物だ。こんなテンションになるのも、まぁ無理はない。
「転移術式が壊れる心配はないだろー? 強度にはまだまだ余裕があるし――」
 対する巌は、やはりいつもの調子だ。霊力の水面は足首を過ぎて膝に届こうとしているのに、眉一つ動かそうとしない。
 ただその代わり、酷く無造作に。
 巌は肘を曲げ、左腕を前に突き出した。
 袖が自然に下がり、リストデバイスが露出。鈍色に輝く文字盤へ、巌は手をかける。
「――そもそも、もっと物騒なもんを転送するために用意したんだからな」
 カシン。
 硬質な音を立てて、文字盤が下にスライド。その下から現れたのは、雷蔵《らいぞう》と同じ鎧装展開術式――ではなく、I・Eマテリアルであった。
 色は赤、直径は三センチくらいか。何故か霊力光をまったく帯びていない石をそのままに、巌は右手をポケットに突っ込む。
 取り出されたのは一本の弾倉《カートリッジ》。以前辰巳《たつみ》がハンドガンに装填していたものの、原型となった実物だ。内部には霊力が充填されている。それも、かなりの量が。
 巌はこれをリストデバイス接続部へと持って行き――はたと動きを止めた。
「と、いかんなー。ついクセで出してしまった」
 苦笑し、巌は弾倉をポケットに戻す。それから巌はリストデバイスを口元に寄せ、改めて告げる。
「セット、プロテクター。モード、ドレイン」
『Roger Drain Mode Get Set Ready』
 辰巳や雷蔵とはまた違う、奇妙な電子音声が響いた直後、異変は起きた。
 巌の左手側。こんこんと湧き続けていた霊力の水面が、いきなり盛り上がったのだ。
 ただし先程のような間欠泉ではない。細く小さい、まるで蛇だ。
 鎌首をもたげた霊力は、するすると立ち上る。無造作に掲げられていた巌の左手首、I・Eマテリアルへと吸い込まれていく。そうして赤石は霊力光を帯び、にわかに輝き始める。
 これこそモード・ドレインこと、背後の装置へ組み込まれてもいる吸引術式の賜物だ。
『霊力が足りなくなったりした時、周りから持って来れたら面白いよねー!』というヒラメキの元に利英が開発した、補給というか簒奪用の術式なのである。
 無論、巌に霊力が無い訳では無い。だがとある事情があり、巌は己の霊力を引き出す事を固く禁じている。
 現在巌が使える自分の霊力は、全盛期の僅か数パーセント。平素であればその霊力を毎日溜め込んだ弾倉を用いるのだが、今回はその必要が無い。怪盗魔術師殿が用意してくれたからだ。
「ファントム1――」
 かくて巌はリストデバイスを構える。まっすぐに揃えられた五指が、ワイヤーフレームの天井を睨む。
「――鎧装、展開ッ!」
 そして、振り下ろされる。
 その音声と挙動を認識し、I・Eマテリアルから霊力光が赤い投射。やはり精密回路のように分岐する霊力は、瞬く間に巌の身体を覆い尽くし――完全に覆われた直後、鮮烈な赤光を最後にかき消える。
「ファントム1、着装完了」
 かくして、巌は制服から鎧装へと姿を変えた。
 形状はやはり、辰巳や雷蔵が装備していたものとほぼ同じだ。身体各所をプロテクターで鎧うバトルスーツ。現代の鎧だ。しなやかな筋肉が浮き彫りになっている。
 体表を走るラインは赤。手首のI・Eマテリアルと同じ色。
 その赤を追っていくと、右腕ラインへ繋がるように増設I・Eマテリアルが並んでいる。
 数は三、大きさは握り拳ほど。他の部位より一回り大きい、篭手のようなプロテクター上にはめ込まれているのだ。
 そしてその籠手と同じくらい目を引くのが、ヘッドギアだろう。
 顔の両側面にプレート状のパーツが増設されているのだ。武者兜の吹き返しさながらに。
「さて、いきますか」
 二度、三度。首を回して準備運動した後、巌はリストデバイスを口元に寄せる。
 そして、告げる。
「セット。モード、ハンドレッド」
『Roger Crimson Canon Ready』
 指令を認識するリストデバイス。同時に鎧装の機構が連動し、まずヘッドギア内蔵の半透明バイザーが展開。次いで両側面の吹き返しが、扉のように閉じた。
 二重に遮蔽される巌の顔。閉じた吹き返しに隙間ないが、視界は問題無く開けている。表面に灯る術式が、バイザーに外の映像を投射しているからだ。
 この吹き返しこそ、巌の射撃をサポートする視覚補助ユニットである。同時に、今し方電子音声の告げた術式、クリムゾン・キャノンの照準を担ってもいる。
 そして今、その中核を担う右腕のI・Eマテリアルを、巌は掲げる。
 籠手の上、明滅を繰り返す三つの赤石。拍動にも似たその輝きに連動して、霊力の水面がにわかにさざめき始める。
『……あれ?』
 と、眉をひそめたのはレツオウガのモニタで巌の動きを見ていた風葉《かざは》だ。疑問符を浮かべる同僚に、辰巳は振り返る。
『どうした? 何か忘れ物でも?』
『しないってば。そうじゃなくて、何か、減ってない? あの水面、が……』
 何気なく指差して、風葉は動きを止めた。さもあらん、霊力の水面が巌を中心に渦を巻き始めたとあれば。
 轟、々。凄まじい激しさで巌を取り巻く渦潮。それ程急激に、霊力が吸い上げられているのだ。
 だが、どこに? と、そこまで考えて風葉は気付く。巌の鎧装、体表に刻まれた赤色のライン。その線上を脈動する光が、足から右手のI・Eマテリアルへと伝わっている。
 あれが霊力を吸い上げているのだ。さながらポンプのように。
『ヘヒッヒヒィ! どうだねモード・ドレイン、もとい吸引術式の威力わ! 変わらないただ一つのアレっぽい何かだぞ!』
 唐突に灯った立体映像モニタ越しに、利英が水面減衰の理由を叫ぶ。当然風葉は犬耳と尻尾を逆立てた。
『うわぁビックリした!』
『分かったんで仕事して下さいよ、まだやる事あるでしょ?』
『ぬっは、つれない若人たちだ! まぁ実際そうなんだけどネ!』
 灯った時と同様、唐突に途切れる立体映像モニタ。
 その消失からたっぷり五秒後、二人の神影鎧装パイロットは同時に息をついた。
『そんでわツッコまれちゃった事だし、ガンバっていってみようかねぇ!』
 スコールのようにキーボードを叩く利英の指。対面にあるディスプレイの中では、転移術式を構成する文言がリアルタイムで調整されていく。
 今から放たれるものを、万一の不備無く転送するためだ。
 その調整が、今終わる。
『よっしゃあ終わったぞ盟友ぅぅ! というワケで、またもやポチッとな』
 押されるマウスボタン、送信される実行命令。
 受諾した制御装置が唸りを上げ、巌の正面にある大型転移術式装置がそれに応えた。
 まずウェストミンスター区からの霊力吸い上げが止まり、間欠泉のようだった吹き上げが中断。
 それと入れ替わりに立ち上った強烈な光が、一直線に天井を突いた。
 その正体は、やはり転移術式装置から発せられた霊力光だ。いつのまにか展開していたパラボラアンテナ状パーツから放たれるその光は、次第に凝集して光の紋様を形成。紋様には今し方利英が調整した呪文が封入しており、編纂に従ってくるくると整列。
 かくして組み上がったのは、やはり転移術式だ。ただし目算でも直径は十メートルはある上、地上五メートルほどの位置を音も無く浮遊している。形状はやっぱりまだ少しいびつだ。更にその向きは、何故か地面に対して垂直である。
 そんな術式陣を見上げながら、巌はリストデバイス上に手をかざす。
 投射される赤い霊力光。掌の上で組み上がっていく赤色のワイヤーフレームを、巌は掴み取りながら振り抜く。
 半ば抜刀するような勢いの元、手中で組み上がったのは一丁のハンドガン。以前辰巳が使ったものと同型。違うのはI・Eマテリアルと同じ赤色である事くらいか。
『あ、れ』
 その時、レツオウガのコクピット内で風葉はつぶやいた。
『水が、無くなってる?』
 目をこらし、レックウのセンサーも走らせる風葉。だがあれだけあったウェストミンスター区の霊力は、一滴たりとも見当たらない。
 何故か。
 答えは単純だ。吸い尽くしたからだ。
 クレーターの中心に立つ人物、ファントム1こと、五辻巌が。
 ハンドガンを持ったまま、水平に掲げられた右腕。その篭手上のI・Eマテリアル全てが輝き、霊力光を投射。光のワイヤーフレームは巌の斜め後方、丁度上空にある術式陣の対面で像を結ぶ。またもや一丁の銃を編み上げる。
 ただし、今度はハンドガンの比では無い。色こそ同じ赤だが、サイズは大鎧装と同じくらいあるだろうか。恐ろしく巨大な銃――と言うより、これはもはや砲である。
 あまりにも無骨な、戦車の砲塔部分を切り出したようなこの巨大砲こそ、巌が先程リストデバイスに命じた切り札、クリムゾン・キャノンなのだ。
 人間どころか大鎧装ですら構えに苦労するサイズであるためか、クリムゾン・キャノン自体に引金は存在しない。今はまだ。
 現状でその引金と照準は、連動したハンドガンが担当している。
 クリムゾンキャノンの砲口と、巌のハンドガンが同じ方向を向いているのはそのためだ。
「す、ぅ」
 呼吸を整え、巌はハンドガンをゆっくりと振り上げる。その動作に連動し、背後のクリムゾンキャノンも砲口が天を向く。
 次いでその砲口が、ゆっくりと、正面の転移術式を捉える。
 巌が、ハンドガンを転移術式へ構えたのだ。
 同時に、巌の視界へいくつかのモニタが飛び込んで来る。二重遮蔽されたバイザー内側に表示されたそれらは、ウェストミンスター区の霊力分布図を初めとした、狙撃に必要なデータ群である。
 それらを転送した利英が隅のモニタでサムズアップしていたが、巌は一瞥もくれない。
 ただ、その眼が。
 鋭く、怪盗魔術師の仕掛けを捕捉。意志に感応した補助ユニットが、分布図上に幾つもの印を刻む。ロックオン完了。
「モード、ハンドレッド・バスター。シュート」
 かくて巌は正面の転移術式を経由し、月面からウェストミンスター区を砲撃した。
 それは先刻サトウへ宣誓した通り、およそまともではない奇策であった。

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【神影鎧装レツオウガ 用語解説】
Eマテリアル及びI・Eマテリアル

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