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神影鎧装レツオウガ 第四十一話

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Chapter06 冥王 05


 ごうどうと。どうどうと。
 瀑布じみて噴出する霊力が、ウェストミンスター区中へ凄まじい勢いで広がっていく。建物等への被害こそ無いが、その様はもはや水害のそれだ。
 水面の高さは三~四メートルくらいだろうか。その密度と流れる勢いだけで、全ての大鎧装が足を取られてしまっている。
  歩兵部隊も沈んでいるが、皆フェイスシールドを閉じていたので問題は無い。そもそも鎧装は宇宙でも活動出来る仕様だし、本物の水ではないのだから窒息するはずもない。
 だが、だとしてもこれほどまでに密度の高い霊力は、水さながらに纏わり付いて彼等の動きを著しく阻害した。もし幻燈結界《げんとうけっかい》が無かったら、被害は更に甚大なものとなっていただろう。
『ぬうう……!』
 ディスカバリーⅢのコクピットで、隊長が歯噛みする。
 霊力の出所は分かっている。ルートマスターだ。今し方禍憑き《まがつき》となってしまった大量の乗客達が、怪盗魔術師の手によって霊力を放出しているのだ。
『これが、連中の目的だったか……!』
 歯の隙間から無念を絞り出しながら、隊長機はモノアイで霊力を睨む。
 霊力は清水のように澄み切っている。通常であれば、一般人が放出しているのは無形の霊力だ。以前風葉《かざは》が宇宙で見上げたように、喜怒哀楽で虹色に濁っている筈である。
 だが、今流れている霊力にはそれがない。霊力を操るプロである怪盗魔術師が、禍《まがつ》となって憑依しているためだ。
 しかも、この霊力は指向性すら備えている。ゆっくりと、しかし確実にある一点を目指し流れているのだ。
 その流れの行き着く先にあるのは――やはりと言うべきか、テムズ川。そこにあるエルドのステージである。
 未だ輝く円陣の中央に立つエルドは、津波のように迫り来る霊力を前に、満面の笑みを浮かべていた。
『ンフフ! ンンーフッフッフッ! 来た来た来ましたよ! 活きの良い霊力が! 私達の悲願を達成する原動力が!』
 両手を大きく広げ、エルドは迫り来る霊力の波頭を睥睨。同時に転移術式のステージが、ゆっくりとせり上がる。ハロルドの操作だ。
 かくして姿を現したのは、冥《メイ》が発見したあのいくつもの術式陣であった。
 昇降機部分だけは地獄の火《ヘルファイア》洞窟に残し、術式群はウェストミンスター寺院の屋根くらいの高さまで速やかに上昇。直後に霊力の水面が術式群の直下へ到達。やはりここが目的地だったのだ。
『よしよし、よぉーしよし』
 足下で順調に霊力を循環させ始める術式群。その一部始終を満足げに見下ろしていたエルドは、ふと真顔に戻る。
『おっと、忘れるトコだった』
 ぱきん、とエルドの指が鳴る。途端、霊力に溺れていた禍達――すなわちキクロプスやリザードマンの群れが、唐突に動きを止めた。
 そして、一斉に消え失せた。エルドの指令により、霊力のワイヤーフレームに変えられたのだ。
 大量のワイヤーフレームは、一本の例外も無く霊力の波に乗る。回遊魚のように群れを成しながら、分解し、結合し、変形し――やがて、一個の巨大な術式に組み変わった。
 長方形、と言うには些か以上に長すぎるパッチワークだ。何せウェストミンスター寺院からテムズ川のステージまで、一直線に届く程なのだから。
『ぃよし!』
 そんなパッチワークを眼下に、エルドは一つ気合いを入れる。次いで、大げさな手振りでステッキを振る。
 指揮者じみた動き。それに吸い寄せられ、パッチワーク先端がステージ下部の赤い術式陣と接続。更に反対側、ウェストミンスター寺院側の先端も、霊力供給術式と当然のように接続してしまった。
『何ぃ!?』
 目を剥く隊長機。怪盗魔術師の予告に対抗し、あの霊力供給術式はいつも以上に堅いプロテクトが施されていた筈だ。隊長自身がその目で確かめたのだから間違いない。
 しかしモニタの向こうに居る冥やサトウからすれば、特に驚く光景でも無い。BBB《ビースリー》の一部と怪盗魔術師が内通している事は分かっているのだから、セキュリティホールの一つや二つは知らされている筈だ。
 同時に、冥は察する。
「アレは、コネクターってワケか」
 防衛部隊と戦った、キクロプスやリザードマンといった禍達。牽制にしては些か数が多いようだったが、これで合点がいった。あれは、コネクターの素地となる術式を運搬するためのカムフラージュだったわけだ。
 記録を検分すれば、戦闘に参加せず後方で待機してる禍が見つかる事だろう。恐らくそれが術式の芯となった個体であり、今まさに他の禍を霊力に還元して、それに肉付けをしたという訳だ。
 そして、そうまでして怪盗魔術師がニュートンの遺産へ食い込ませようとする術式など、一つしかあるまい。
「……つまり、あの赤いのが人造Rフィールドの術式陣だったワケか。もっとじっくり見とくんだったな」
 天井を見上げつつ嘆息する冥。それとほぼ同時に、画面の向こうで隊長機が叫んだ。
『――全機、俺に続け! あの術式を破壊する!』
 流石に本質や危険性の看破までは届かぬとしても、放置する理由が無い事は変わらない。故に隊長機は率先して脚部を折り畳み、ホバーモードを起動。一拍置き、僚機もそれに習う。
 鋼の巨体が次々に水面上へ浮かび、短時間だが元以上の機動力をディスカバリーⅢ部隊は獲得。
『ただし武器は使うな! 周りの霊力にどんな影響が出るか分からん! サブアームを使え!』
 未だ自由に動けぬ零壱式達を背に、ディスカバリーⅢ部隊は一直線に突撃。命令通りにサブアームを展開し、コネクターの霊力経路を片っ端から叩き壊す算段なのだ。
 それは端から見れば、明らかに好機。翻弄されてばかりだった怪盗魔術師の企みを、今こそ阻止する。そう焦る気持ちが無かった、と言えば嘘になる。
 そして、それが仇となった。
『させねえよ!』
 コネクターの手前。ディスカバリーⅢ部隊の接近を阻むように、水面から複数の人影が浮かび上がった。
 数は十人。クローンのように同じ体躯の男達が横一列に並んでいる。声がジャックと同じだった事から察するに、あれもまた怪盗魔術師の分霊か。
 だが装備はまるで違う。どこか甲虫を連想させる、丸みを帯びた鎧装を装備しているのだ。顔は大きなフェイスガードで完全に覆われており、表情はまったく窺い知れない。どことなく中世の騎士にも見える出で立ちだ。
 メインカラーは鈍く光る黒鉄色だが、それだけに顔と胸部装甲へ走っている三本のラインが目を引く。
 金、ピンク、灰。出で立ちの中で、些かちぐはぐな色彩。それに何の意味があるのか――などと、そんな疑問を抱く時間すら惜しい。
『全機、牽制射撃で連中の動きを封じろ! とにかく今は』
 今は、アレの破壊を優先しろ。
 そんな隊長機の指令が、最後まで僚機に届く事は無かった。
 突如、モニタが暗転したためである。
『な、にっ!?』
 驚愕する間も無く、隊長はコクピットごと巨大な衝撃に揺さ振られた。キクロプスのパンチを上回る強烈さである。
 一体、何が起きたのか。
 答えは単純だ。隊長のディスカバリーⅢが分解され、コクピットブロックのある胴体が地面を滑っていたからだ。
 そしてそれを為したのが、今し方鎧装姿の男達が放った幾条もの銀閃であった。
 彼等は迫り来るディスカバリーⅢに対し、おもむろに腰から短剣を引き抜いた。ジャックのククリよりも肉厚で、大振りな両刃剣だ。
 彼等はそれを、無造作に振った。びょうと風が裂け、霊力光が孤を描いた。
 薄墨に瞬く、三日月のような斬線。しかしてそれは消える事無く、むしろ凄まじい速度を持ってディスカバリーⅢ部隊へと突進。
 かくして放たれた三日月は、地平線へ消える代わりに全ての機体をバラバラに分解したのだ。
 しかも恐るべき事に、どの機体も装甲にはまったく傷がついていない。裁断されたのは頭、肩、肘といった関節部の隙間ばかりである。彼等も隊長と同様に霊力への誘爆を懸念し、機構の死角を狙ったのだ。
 故に、爆発はしない。代わりにディスカバリーⅢだった鉄塊は、全力疾走していた勢いのまま、男達やコネクターを跳び越えてテムズ川の上に転がったのだ。先程隊長機のコクピットを襲った震動がこれである。
 霊力供給を断絶され、本当にただの鉄塊に戻る腕や頭。幻燈結界はそれを自動的に閉め出す。
 結果、物理法則を思い出した大質量によって、巨大な水飛沫が突然テムズ川の中央に踊った。
 たまたま近くに居た人々が声を上げ、更にたまたま近くに居たスタンレーがBBBへ連絡。
 隠蔽はすぐに済むだろう。だから目下の問題は、コネクターを守る男達の存在だ。
 あれこそエルド・リカード、ハロルド・マッケンジー、ジャック・マクワイルドの三魔術師が、身命を賭して制御した高位分霊の姿だ。
 長い年月をかけて最も制御しやすい形へと改良されたその姿を見ながら、モニタの向こうで巌《いわお》は呟いた。
 その高位分霊の、正体を。
『へぇー、レギオンをああいう風にアレンジしたのか。ユニークだねぇ』
「おや。ご存じですか」
 片眉を吊り上げるサトウ。だが、良く考えればそう不思議でもない。何せ巌はそれを封じた場所、地獄の火洞窟を突き止めていたのだから。
 当の巌は、立体映像モニタ越しに本性を現した怪盗魔術師……もとい、レギオンをじっと見ている。
 ――レギオン。あるいはレギオーン。新約聖書に登場し、『大勢』という意味を持つ名を冠する悪霊である。
『我が名はレギオン。我々は大勢であるが故に』
 イエス・キリストの問いかけにそう返した通り、レギオンとは数千に及ぶ想念の塊であった。
 それと一体化したエルド達にとってすれば、十数人の自分を同時に発生させる事は造作も無い事だったろう。何せ怪盗魔術師は『大勢』いるのだから。
 また新約聖書において、レギオンは憑依した人間の筋力を爆発的に高めている。その権能を鎧装とする事で、彼等はディスカバリーⅢを分解するほどの戦闘力を得たのだ。
『……とんでもないな』
 ただ一言、巌はつぶやいた。
 怪盗魔術師は本気を出してきた。霊力が続く限り、大鎧装並の戦闘力を持ったレギオンを際限なく作り出せる。
 対してこの場に残っている戦力は、僅かに零壱式六機のみ。あまりに厳しい状況だ。
『やれやれ。このままじゃあどう頑張っても勝てないねー』
「白旗でも上げますか? 今なら安くしておきますよ」
 眼鏡のブリッジを押し上げるサトウに、しかし巌も不敵な笑いを返す。
『いえ、遠慮しておきますよ。まともに戦って勝てないなら、まともに戦わなければ良いだけの話ですし』
「……何ですって?」
 怪訝顔をするサトウだが、巌の目はもうそちらを見ていない。手元、新たな立体映像モニタへ向いている。
『利英《りえい》、そっちの準備はどうだい?』
『もーんだいナッシン! 今さっき終わったトコだぜ盟友!』
 三枚目となるモニタの向こう側、青い顔をしながらまっすぐにサムズアップする坊主が一人。
 言わずもがな、ファントム・ユニットの技術開発担当、酒月利英《さかづき りえい》だ。
『それは重畳、んじゃ今からそっち行くよ』
 すぐにモニタを消去し、巌はサトウへ向き直る。
『と言う事で、少し外させて頂きますねー』
 ぶつん、と地獄の火洞窟の立体映像モニタも途切れる。後に残った冥は、無言のまま肩をすくめた。

◆ ◆ ◆

 やや時間を巻き戻して、雷蔵《らいぞう》とジャックの戦いにディスカバリーⅢ分隊が割り込んだ頃。
 月面、凪守《なぎもり》が管理する多目的演習場の一角。
 以前風葉がレックウで走り回った近辺で、黙々と働いている神影鎧装が一機。
 言わずもがな、レツオウガである。
 宇宙を照らす霊力装甲を纏ったレツオウガは、直径五十メートルほどのクレーターの縁で、結界術式の敷設作業を行っていた。
 見回せば、クレーターの縁には等間隔で鉄杭のようなものが刺さっている。距離は十メートルくらいで、鉄杭の長さは三メートル強。黒いその表面には術式の紋様が刻まれているが、霊力光の気配はまだない。
 この杭を、レツオウガは今まで刺して回っていたのだ。
「むぅ」
 自分も手伝った杭の列を眺めながら、風葉は口を尖らせる。
「休みが潰れたのはしょうがないけどさぁ……前から散々聞かされてた対抗策が、こんな地味な仕事っていうのは、なんかなあ」
「まあ気持ちは分かるけど、そういうもんだよファントム5。で、これでどうですかね、っと」
 辰巳《たつみ》が訪ねる立体映像モニタの向こう、二度ほど刺し直しを命じた指揮官――酒月利英は、目を見開いて色々と確認開始。
『うむッ……!』
 手元のタブレット、周囲を泳ぐ大小様々な立体映像モニタ、機材が示すパラメータ。どれも問題無い。
 次いで画面から顔を上げ、利英は周囲を取り囲むすり鉢状の山脈――もとい、クレーターを見回す。
 彼は今、レツオウガが作業していたクレーターの真ん中に居るのだ。
 灰色の縁に刺さった鉄杭を目で追っていくと、四本目の向こうに巨大な鎧武者、レツオウガの姿が見えた。
『ゥオッケイィ! 今度こそ文句の付けようも無いぞ辰巳ィ!』
 その巨体に向けて、利英は勢いよく親指を突き出す。サムズアップである。
 因みに現在、利英は鎧装どころか防護術式すら付けていない。彼を今真空や宇宙線から守っているのは、周囲にある機材の一つから発せられている防護結界の賜物だ。
 それらの機材は一見ごちゃごちゃ散らばっているように見える。が、よく見れば二つの区画に分かれているのが解る。
 前部と、後部だ。
 後部には今し方通信していた立体映像モニタ投射装置を初め、何らかの制御装置らしいものがひしめいている。角張った、規格統一された装置群。それだけに、左手側へ敷かれた円形のプレート状装置が目立っている。直径は一メートルくらいだろうか、精緻、と言うには少々歪な術式陣が刻まれている。
 そして前部には、やや離れた場所に同様のプレートが設置されている。と言うよりそれ以外に何も見当たらない。
 描かれた紋様こそ後部の物と同じだが、その代わり随分と大きい。直径五メートルはあるだろうか。
 幾本ものケーブルで後部の制御装置群と繋がっているこの大きなのプレートが、巌が用意した切り札の一つなのだ。
 そしてもう一つの用意を終えた辰巳が、ぐりぐりと首を回す。
「そりゃ良かった。大鎧装の手でセンチ単位の調整ってのは、中々手間物だからな」
 手のひらを叩いて砂を落とすレツオウガ。ごんごん、という響きがコクピットまで届く。
「さてファントム5、動作確認頼む」
 ひらひらと手を振る辰巳。その手をじぃーっと見ながら、風葉は首を傾げる。
「……どうした、ファントム5? 早くしてくれ」
「え? あ、あぁそっか。了解だよ」
 一拍遅れで自分の呼び名を思い出した風葉は、傍らに浮かんでいた立体映像モニタを指でなぞる。
「ええと、これだったかな。し、しせい……?」
 試製三十六号酒月式乙種結界術式。むやみやたらに長ったらしい名前の読み上げを、風葉は早々に諦めた。
「……んもうめんどくさいなぁ。酒月さんの結界術式、作動します」
 モニタ上、承認ボタンをタップする風葉の指。途端、レックウを中継して鉄杭へ流れ込む風葉の霊力。杭の表面へ刻まれた紋様に霊力光が灯る。光は杭の頭頂部へと寄り集まり、左隣の杭へと一直線に照射。
 隣の杭はその光を受け止め、同様に霊力光を紋様に漲らせた後、更に隣へ霊力光を照射。
 光のリレーは一分も経たぬ間に最初の走者へと帰還し、巨大な霊力の輪が完成。
 その輪を基点として幾条もの線が立ち上がり――瞬く間に、半球型の巨大ワイヤーフレームをクレーター上に完成する。
「おおー。でっかいザルだね」
『ぬはっ、確かにその通り! けどアリの子一匹通さない力場が出来てるのはファントム5にも分かってるだろう?』
「それは、まぁ」
 頷く風葉。実際、術式に霊力を供給した当人なのだから、その頑丈さは良く分かっている。
 単純な耐久力だけならタービュランス・アーマーにも匹敵する力場の状況を確認しつつ、辰巳は首を捻る。
「で、このザルを何に使うんだ? 水を切るワケでもないだろ」
『ぬふっ、確かにその通りだが割とイイ線いってる気がしないでも無いぞファントム4!』
「いやワケわからんのだが」
『これから料理するのに使うって事さ! もっとも鉄人はまだ先方と交渉してる最中なんだけどねぇーッ!』
 ハイテンションな笑いとは裏腹に、テキパキと撤収準備をする利英。意味が分からず、辰巳と風葉は顔を見合わせる。
「どゆこと?」
「さぁなぁ。あの人の言動がワケわからんのは今に始まった事じゃないし」
『聞こえてるぞ君達ィ! そうまでハッキリ言われると流石の僕でも割と傷ついたりつかなかったりするんじゃないの?』
「自分の心情くらいキチッと把握してください」
『そうだねそうするよソーリー! んじゃ後は鉄人が来るまでこのクッキングスタジアムを守ってくれ給へ!』
 片手にタブレットを抱え、反対の腕をパタパタ振りながら、利英は左手にあったプレート状装置の上に立った。
 慣れた手付きでタブレットを操作すると、連動した術式陣がにわかに発光。立ち上る霊力が数秒で利英を覆い隠し、爆ぜるように消える。
 飛沫のように舞い散る霊力光。その中に、利英も消えてしまっていた。
 死んだ訳では無い。天来号の自室へ転移したのだ。
 ――以前、勝手にバイパスを造って構築した利英謹製の転移術式。
 あの後色んな方面からこっぴどく絞られたものの、術式の凍結処分はもったいないと言う巌の口添え等があり、一応ながら正式な開発認可が下りたのだ。
 消え行く霊力光をしばらく眺めた後、辰巳はポツリとつぶやく。
「鹿島田《かしまだ》さんの時も、みんなあれくらい物分かりが良ければ楽だったんだがなぁ」
「そだね」
 項垂れる辰巳と風葉。その脳裏に飛来するのは、ひたすらに誤解を解いて回った先日の一件である。
 渦中となった泉《いずみ》のみならず、あの場に居合わせた全員、そこから伝播した噂の数々。あと一歩遅ければ、冗談抜きで幻燈結界の助けを借りたかも知れなかった状況に、風葉は溜息をついた。
「……でも、その元凶になったのは五辻《いつつじ》くんだからね」
「……すまん」
 風葉の方へは振り返られぬまま、辰巳はコメカミを突いた。
 ――利英の言う鉄人が現れたのは、それから十数分後の事であった。
「おいおい、ちょいと広すぎるんじゃないかー?」
 転移術式を潜って現れたのは、つい今し方までサトウと交渉していたファントム・ユニットの隊長、五辻巌であった。
 軽く柔軟体操をした後、巌はおもむろに左手を掲げ、袖をまくる。
「ま、その分遠慮する必要もなさそうだけどねー」
 露出した手首に巻かれていたのは、ファントム・ユニットの共通装備である多目的装置、リストデバイスだ。
「出来れば使いたくなかったんだが、まぁー、やるしかない以上ハデにいこうか」
 間延びした言葉とは裏腹に、巌は鋭く左腕を翻す。
 手首のリストデバイスが、地球光に鈍く輝いた。

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【神影鎧装レツオウガ 用語解説】
レギオン

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