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わたしのメンター、マレーシア教育移住のパイオニア、文筆家・編集者 野本響子さんとの嬉しい再会!

Matahari@マレーシアことえがしらようこです。

このnoteにはマレーシアという地で出会った人々との交流で学んだことを、その都度書き記して来ました。

このマレーシアという地で起きたことの歴史研究を通して「内面の平穏をどう作って行くか how to find inner peace and happiness in chaos」をテーマに書いています。

英領マラヤに日本軍が侵攻し占領した3年8ヶ月の太平洋戦争時代の証言やリサーチなどを綴っているnoteマガジンです。よかったらフォローしてください。
https://note.com/yokomindarise/m/m836f0c96ea22


完全に自分のために書いていると言っても過言ではない、趣味ブログなのですが、、、私がその時その時で感じたことを素直に書き残すことを通じて、読んでくださる方にも何かが伝わればいいなぁ、と思いながら、ほぼ日記のような文章ですが一般に公開して来ました。

【祝】1,800フォロワー

そんな想いから、もちろんフォロワーが一人もいない状態から書き始め、今日ふと気付いたら1,800名になっていました😭💕(2022年12月14日現在)

皆様、本当にありがとうございます!

これからも(完全にマイペースではありますが)大切にこのnoteを育てて行こうと気持ちを新たにしています。

これからの構想〜2023年に向けて

これまで書き溜めて来たことや、マレーシアで出会った人たちとの対話を通してリサーチしたこと、そのまま証言として公開するには躊躇いがある内容も数多くあるので、これからは歴史研究を通して学んだことを、限りなく事実に近い内容で物語にして綴って行きたいという構想が芽生えてきました。

はい、小説です。いわゆる歴史フィクションです。

そういう形でなら、それぞれの家族の物語も、もっとストレートに赤裸々に書けるのではないか、そこから導き出したそれぞれの個人の答えも、現代を生きる、今そのメッセージが必要な人の心へ届きやすいのではないか、そんな風に考えて来たのです。

実はこの想いは数年前からありました。

ある友人の勧めで読んだ山崎豊子さんの小説のファンになった私は、忠実なリサーチに基づいた時代背景をベースに綴る小説に強い関心と興味を持って来ました。

(※余談ですが、第二次世界大戦中の日系アメリカ人が主人公の「二つの祖国」と満州が舞台となった中国残留孤児を描いた「大地の子」は繰り返し読みました。)

ただ全く小説を書いたことがない私にとって、マレーシアで出会った友人たちから集めた家族の物語を小説として昇華させるというミッションは、とてもハードルが高く感じていて・・・どこから手をつけて良いか分からなかったというのが正直な気持ちだったのです。

そんな私に、先日思いがけない転機が訪れました。

わたしのメンター
クアラルンプール在住の文筆家・編集者
野本響子さんとの思いがけない再会

前回の記事で触れましたが、YouTubeチャンネル[BEFORE TOO LATE]でもご紹介したよしもと芸人のKLキンジョーさん。

出演映画の公開を記念したプレミア試写会にご招待いただき、KLCCのTGVシネマにお邪魔した際、KL在住の文筆家の野本響子さんも同じく招待客としていらしていて、思いがけない再会が実現しました。キンジョー君、ありがとう。

野本響子さんについてご紹介します。

日本で雑誌編集者として活躍されていましたが、紆余曲折あり、40代の時にクアラルンプールへ7歳の息子さんの手を引いて移住。

その経験を余すところなく書かれた「日本人は『やめる練習』がたりてない」を集英社さんから出版されています。この本は、現在東南アジアに教育移住される人々のバイブルとして広く人気を博しています。

現在ではマレーシアへの教育移住は珍しいことではなくなりましたが、当時は大変な勇気が必要だったのではないかと容易に想像出来ます。

マレーシアの教育移住のパイオニアとして現在多くのフォロワーのいる野本響子さん。

暗中模索の手探りの中、幼い息子さんと共にマレーシアで生活を始めた野本さんが日々経験なさったことを、文筆家として日々noteで発信されています。

https://note.com/kyoukn

このnoteの内容をまとめ著書として出版されていて、現在では著書はなんと7冊にも及ぶそうです!

数あるマガジンの中で、わたしが購読させていただいているマガジン「東南アジアここだけの話」は有料で500円/月ですが、毎回内容がとても濃くて、わたしも日々読ませて頂きながら大変勉強になっています。

話を戻すと、野本響子さんとKLキンジョーさんは、同じ事務所に所属されていました。(野本さんは某事務所が運営していたオンラインメディアの編集長、キンジョーさんはその事務所の所属タレントでした。わたしも通訳やイベントのバイリンガル司会を生業とするフリーランサーとして、またそのオンラインマガジンに寄稿するライターとしても、この事務所さんには大変お世話になりました。)

しかし、残念ながら、この2年間続いた事実上のマレーシア鎖国時代に、その事務所は閉鎖。

野本さんやキンジョーさんや私は、その後もこの地に残り活動を続けているいわゆるKL在住サバイバーなのです。

だからこそ、この再会がとてもとても嬉しかった、、、私の気持ちを、皆さんお分かりいただけますか😭


中央: 野本響子さん
右:よしもと住みます芸人KLキンジョーさん
左: 筆者
(TGVシネマズ@KLCC 2022年12月8日)

キンジョー君と映画出演のご報告を兼ねてクアラルンプール日本人墓地に慰霊に行き、その夜にお招きいただいた出演映画(ホラー映画Hani)の試写会で再会!というまたとない機会でした。

この日のことは私は生涯忘れないと思います。

かつてライター修行を支えていただいた師匠に思いがけず再会し、たくさんアドバイスをいただきました。野本さん、本当にありがとうございます。

この日を境に、これからの未来が開いて行くように、わたしも一つ一つ行動を起こさなくては!とエンジンかかりました。

・・・とは言っても、この2年間に飼い始めた猫たちとの昼寝が習慣になっているところを、まず少しずつ変えて行かないとね😅マイペースな投稿はこれまで通りかと思いますので、どうかあまり期待せず私の亀のような歩み見守っていただけたら幸いです(笑)


最後に

野本響子さんのTwitter 

最後までお読みいただきありがとうございました😊

よろしければ、サポートをよろしくお願いします!いただいたサポートは、マレーシアでの平和活動を続けて行く際に、大切に使わせていただきます。どうぞよろしくお願いいたします。