【天気】なぜ50年に1度の大雨が毎年のように起こるのか(前編)

■ 特別警報

 以前、特別警報についての記事を書きましたが、本日はその続編です。

■ 「50年に1度」なのに起こり過ぎじゃない?

 特別警報は50年に1度の現象を基準に出されるのですが、毎年のように耳にする印象だと思います。テレビで「命を守る行動を!」という字が出るような時です。たしかに地域の数が多いので、1/50の確率のコインを都道府県の数で47回振ったら、年に1度は全国のどこかで起きてもおかしくないですね。

 ただ50年に1度の現象が同じ場所で何度も起きるのはおかしいですよね。事実として、2013年8月の開始以来、福岡県・長崎県で4回、佐賀県・沖縄で3回の大雨特別警報が発令されています。7年間で4回となると、全然50年に1度ではないですね。。

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■「50年に1度の大雨」の求め方

 ではなぜこんなことが起こるのか考えてみましょう。そのためにまず前提知識として、「50年に1度の大雨はどうやって求められているのか」を見てみましょう。(※書いていると長くなったので、この前編では計算方法のみです。)

(1)1日の雨量を記録する

 例えば1日に降る雨の量を考えます。気象の世界では日雨量とか日降水量とか呼んだりします。テレビなどでよく聞く雨の量の1ミリとか2ミリって、実はコップで測れるんですね。家の外に円柱型のコップ(計量カップでもOK)を置いておいて、そこを10ミリの雨が通ったとすれば、理論上コップの中の水は10mmになっていると思います(もちろん観測誤差がつきものなので一致はしないと思います。)。

 それを毎日24時に交換しながら、今日は晴れだったから0ミリか。お!今日は2ミリか!今日は結構降ったから15ミリも!、というように、1日に降った雨の量を記録していきます。それを1月1日から12月31日まで1年間続けると、365日分の日雨量が得られますね。

(2)1年間の最大値をとる

 今の時代は便利なもので、一人ひとりがマメにそんな作業をしなくても、気象庁がアメダスという観測器で正確に記録してくれています。いや~ありがたい。

 試しに東京・名古屋・大阪・福岡の2019年の日雨量を集めてみました。比べて見ると一番多かったのは東京の209.5ミリで、多摩川が氾濫した台風19号ですね。関東地方に940hPaぐらいで突っ込んできた超大型の台風で記憶に新しいと思います。(※ちなみに箱根では900ミリ以上降っています。)

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 他にも大阪・名古屋・福岡で100ミリ以上の雨が降っていますね。大体こうした100ミリ以上の雨をもたらすのは台風か前線です。だからほとんどが夏場に観測されます。このように、日雨量の1年間の最大値を、年最大日雨量と呼びます。1年の中で最大の日雨量ですね。なるほど分かりやすい。

 この年最大日雨量ですが、少し見方を変えると「年に1度あるかないかの日雨量」と捉えることができますね。これを2年分で最大値を取ったとしたら、「2年に1度あるかないかの日雨量」、3年分で最大値を取ったとすれば「3年に1度あるかないかの日雨量」…という感じで、「50年に1度あるかないかの日雨量」はどうやら、50年分ぐらいの年最大日雨量を集めた最大値付近にありそうですね。

 スポーツなどで言う「5年に1人の逸材」と同じ考え方かもしれません。「君以上にうまい選手はこの5年間で見たことが無いよ。」というような選手ですね。ここで注意すべきが、「君は5年に1人の逸材だ!」と、新卒の先生に言われても説得力が無いんですよね。いやあんたまだ1年しか見てないだろうと。でも20年近く見ているベテランの先生に「5年に1人の逸材」と言われると、まんざらでもなくなりますよね。数々の名選手を見てきたあの監督が言うなら間違いない、と。

 だから大事なのは、50年に1度の大雨を語ろうとすると、やっぱり50年分ぐらいのサンプルが必要になるんですね。2年しか見てないのに50年に1度の雨はこれだ!と言われても信憑性にかけますよね。サンプルは多ければ多いほど信頼性が高くなります。

(3)年最大日雨量を数十年分集める

 よっしゃ!50個の年最大日雨量を目指して観測継続だ!今日は晴れだから0ミリで・・・という形で日々頑張って記録を取り貯めると、2070年を迎えてしまいますね。。しかも50年間採り貯めたとしても、おそらく検査官みたいな人に、

「あなた2034年のゴールデンウイーク、仙台に行ってたわね。その間の雨量ってもしかして仙台の雨量じゃないの?」

『いやいや、ちゃんと東京の自宅にコップを置いて測ってましたから大丈夫です!』

「そのコップ、3日間貯めっぱなしにしてなかった?ちゃんと1日で降った量って言える?そして誰かそのコップに水を注いだってことは無い?」

『えーと、いや・・その、雨は1日しか降ってないですし、治安は良い方なんで大丈夫だと思いますけど。。』

「はい!ちゃんと測れてない!2034年の年最大日雨量は使えないわね、却下!」

というような感じで、せっかく採った日雨量の記録が却下されてしまうかもしれません。。くそう、おれの50年を返せ。。そうなるともう涙なしには語れませんね。。

 ただ今の時代は便利なもので、一人ひとりがマメにそんな作業をしなくても、気象庁がアメダスという観測器があなたの代わりに粛々と正確に記録してくれています。いや~便利な世の中になったもんですね。そのため血と汗と涙の年最大日雨量のデータが気象庁ホームページから簡単に無料でダウンロードできるようになっているんですね。素晴らしい。

 さてさて、気象庁HPに行って、過去の気象データ検索・・地点は東京を選んで・・年最大だから、「年ごとの値の表示」かなぁ。。

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 おっ!あったあった。降水量の、最大の、日のところだからこの赤い列か!よし、見つけた見つけた。

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えぇ~っと、一番上が94.0ミリで、えぇ~っと年が・・・1875年?!・・・明治が始まったばっかりでは・・・?!

 そうなんです。ここが気象データの凄いところで、上記のように毎日の雨の量を同じ場所でコツコツと正確に測って観測して年の最大値を取る、という地道な作業がなんと明治の初めから脈々と行われているのです。時々ニュースなどで耳にする、「約140年間の観測史上で最も高い気温を~」という単語は、これが由来になっているんですね。だからあなたがこれから毎日頑張らなくても、既に過去の気象台のおっちゃん達がツッコミの入らない完璧な観測精度で測り貯めた日雨量のデータがあるので、ありがたくそれを使わせていただきましょう。

 という事で、データを拝借して東京の年最大日雨量を過去からプロットしてみました。こう見ると2019年の209ミリは確かに多いですが、そんなに特別に多いわけでもなさそうですね。ひとつ飛びぬけた371.9ミリがあります。これは1958年の狩野川台風と呼ばれる事例で、死者・行方不明者1,269人を出した有名な台風です。次は278ミリで1938年に梅雨前線により起きた雨のようです。これに比べると昨年の209ミリがあまり目立ちませんね。

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(4)年最大日雨量の頻度分布を作る

 こうして約140年分の年最大日雨量がめでたく集まったので、このデータから50年に一度の日雨量を求めてみましょう。ではどうやって求めるか、手順を見ていきましょう。

 まずは集めたデータから頻度分布(ヒストグラム)を作ります。これは先ほどの時系列から、毎年の年最大日雨量の数字だけを取り出して、50~60mmが〇回、60~70mmが■回、のように積み上げていくようなイメージです。すると右下のような頻度分布ができます。

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(5)確率分布を当てはめる

 次に、この頻度分布に一番よくフィットする確率分布を求めます。今回のような雨の計算ではガンベル分布という分布が用いられることが多いです。

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 「なんかいきなり難しくなったぞおい。いきなり確率分布って誰やねん。」と思われた方が多いでしょう。そうなんです、すみません。。補足として少しだけ、「確率」のお話しをさせて下さい。

 例えば今回集めたデータがちょうど100年分だったとすると、100年分の1位って、100年に1度の大雨ですよね。そして100年分の2位って、100年の中でそれを超える雨が2回あった(=98回はそれを超えなかった)と解釈できるので、大体50年に1度の大雨なんですよね。…そうすると100年分の真ん中の50位の値って、100年間のうちにそれを超える雨が50回あった、と解釈できて、大体2年に1回の頻度で起こる大雨、と捉えられます。

 イメージとしては下の図のような感じです。中が見えない箱の中に先ほどの年最大日雨量をどさっと入れて、その中から10枚をつかみ取りして、10枚のうちの1位の値を記録していく作業を繰り返すと、そこで出た数字っておおよそ「箱の中から1/10の確率で出てくる大きな値」なんですよね。50年だったら50枚掴んでその中の1位を記録していけば、だいたい1/50の確率に近い数字になります。

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・コインで言えば「2回に1回表が出る=1/2の確率で表が出る」
・サイコロで言えば「6回に1回4が出る=1/6の確率で4が出る」
・懸賞で言えば「100人に1人当たる=1/100の確率で当たる」
・雨で言えば「50年に1回超える=1/50の確率で超える」

という感じです。そう考えると50年に1度の大雨は、

その地点の過去の年最大日雨量のデータから
ランダムに50個取り出した時に1個だけが超えるような雨量
(≒1/50の確率で出る大きな値)

と解釈することができます。これは一旦カードを箱に戻して何回も繰り返すことで精度が高まってきますよね。合計500個取り出して上位10個だけが超えられる値も同じ意味(1/50の確率で出る大きな値)になります。

※こう考えると箱の中のサンプル数が大事なのがお分かりいただけると思います。箱の中にカードが5枚しか入ってなかったら、50年に1度の話はとうていできないですね。サイコロを5回振って2が3回出たから「このサイコロは2が出やすい!!」と言っているのと同じです。

(6)1/50の値を計算してみる

 という事で長くなりましたが、ボロボロとした頻度分布も、一度確率分布に変換してやることで、1/50の確率で出る値を計算することができます。実際に先ほどのサンプル(1876~2019年)で計算してみたところ、東京の50年確率日雨量は約240ミリぐらいでした。

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 ちなみに気象庁が過去にオフィシャルに求めた東京の50年確率日雨量は260ミリのようです。やっぱりデータの期間と分布のフィッティング方法、サンプルの異常値除去などで多少のずれは出ますね。。(ちなみに同じ期間(1901~2006年)のデータで試しても250ミリでした。)

■ 大雨特別警報の発表基準

 はい、これでめでたく50年に1度の大雨の目安となる雨量(=50年確率降水量)の計算方法がなんとなく分かったので、最後に復習として特別警報の話に戻りましょう。

 大雨特別警報はどうやら、48時間降水量・3時間降水量・土壌雨量指数の3基準で発表されるようです。先ほどの例は日雨量で行いましたが、それの48時間版と3時間版ですね。考え方や計算フローは日雨量とほぼ同じです。

 しかも驚くべきことに、先ほどあれだけ苦労して計算した50年確率降水量が5kmメッシュで整備されていると・・・なんとすばらしい。。(´;ω;`)

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 やっぱりこの図を見ると雨が多い西日本太平洋側や九州で多いですね。言い忘れましたが50年確率降水量などは、その土地で過去に降った雨量を基に計算されているので、場所によって違います。台風は滅多に来ないし梅雨も無い北海道で降る200ミリと、台風がしょっちゅう来る沖縄で降る200ミリではインパクトが違うのは当然と言えば当然ですね。

 そしてメッシュ状に50年確率雨量があるので、50格子や10格子のように、ある程度まとまった範囲で同時に超えると予測された時にはじめて大雨特別警報が発令されるようです。

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 以上、ちょっと計算も入って小難しくなってしまいましたが、特別警報の発令基準となる50年に1度の大雨はどうやって計算されているのか、という点について一通り書きました。なるほどこうやって出されているんですね。

 次回は皆様気になっているであろう、「そうは言っても出すぎじゃない??50年も経ってなくない??」という点について考察していこうと思います。(^-^)

↓後編はこちら

【参考資料】




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