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【考え事】100日間のストーリー

■ 100日後に死ぬワニ

 無事に完結しましたね。終わった後のPR色が強いとか何とか言われていますが、個人的には「そのぐらいいいんじゃない?」という感想です。100日間休まず投稿し続けたことと、何よりこの発想を思いついた作者に乾杯です。

 個人的にこの話の凄いところは、みんな初めから100話目が見たかった訳ではなく、100日後に死ぬという前提を知った上で、それを知らない本人の日常をリアルタイムで外側から眺めて感傷に浸る、という100日間のリアルタイムストーリーだったことだと思います。最終日の投稿が210万いいね、75.6万リツイートだったことを見ると、少なく見積っても500万人以上の人がこのリアルタイムストーリーに参加していたのだと思います。

 既に100日目まで完結してしまったので、もうこのリアルタイム感を味わうことはできません。また、「○日後に□□」のネタも使うことができません。

■ 「死ぬと分かっている100日間」がもたらす変化

 これが普通の「ワニの日常を表した4コマ漫画」だったとしたら、ここまで注目はされなかったと思います。ここに「(100日後に死ぬ)ワニの日常を表した4コマ漫画」という形で前提を付け加えたことで一気に火が着きました。つまり「100日後に死ぬ」という前提を知った事によって、同じ漫画でも受ける感想が変わったのだと思います。

 これは他のケースにも当てはまることで、

・(犯人を知っている)推理小説
・(楽しみにしている)卒業旅行
・(余命1年の)花嫁
・(月から採ってきた)石
・(史上最年少の)プロ棋士
・(三ツ星シェフの)卵焼き
・(砂漠で見かけた)自販機
・(101回目の)プロポーズ
・(40年勤め上げた方の)最終出勤日

など、()の前提がつくと同じ単語でも受ける印象が変わります。これは正に以下の記事でも書いた「知ることの本質」であり、前提の変化が生じることによって直感的な感想が変わる、という事例だと思います。

■ 日本人の共通認識としての「空気」

 前提を知る前と知った後で、どう感じていた感想がどう変わるかは、本当に時と場合と人によると思うので無限のパターンがあると思います。それが「間」であり「TPO」であり「空気」であり「常識」であり、人間の心理の難しい(かつ奥深い)所だと思います。

 現在の日本人は高度経済成長と学校教育・テレビや新聞などのマスメディアの影響により、海外でも類を見ないほどの均質性を持っており、「空気」や「良識」という名で前提がある程度共有されています。「忖度」という言葉が通じるのも、俳句の感慨深さが共有できるのも、日本人が持つべき共通感覚として暗黙知的に共有されてきた価値観の基盤があるからこそ成り立つのだと思います。

 価値観の基盤が共通化されていることは、いい意味ではコミュニケーションが楽なのと、何かのきっかけで集まると凄いパワーを生むのと、治安が良いのと、などなど沢山あります。反対に悪い意味では同調圧力や村八分、悪しき慣習や変化が遅くなる、出る杭が打たれやすいなど、諸刃の剣だと思います。

 私個人的には日本特有の均質感や非言語的な一体感が好きなので、多様な価値観が出てくる世の中で「色々な人がいるから」のような個人主義へ流れていくのは長所を失うような感じで淋しい気がします。いい形で日本の良さを残して行けたらいいなぁなどと考えています。昨日のこのツイートがバズるのも、AIに予測させようとしたら死ぬほど大変な空気感の共有の産物だなぁと思います。

■ 相手の前提知識を推測する難しさ

 その人の今の感情が知識と体験から自然と溢れるものだとすれば、その人が何を知っていて何を知らないのか、また今日ここに来るまでにどんな出来事と心境の変化があったのか、などその人の感情に影響しそうな要因を推察しなければなりません。しかしそれはほとんどの場合相手が教えてくれることは無く、表情で推察するか、言葉のやり取りから推測するしかありません。我々日本人は普段から無意識にこのような「空気を読む」行動をとっていますが、AIにとっては教師無し深層強化学習のカテゴリになり、死ぬほど難しい分野の学習です。

 「A君とBさんはひそかに付き合っていて、それはC君とDさんに言ってはダメで、C君はBさんに思いを寄せていて、Dさんは最近フラれて恋愛ネタは極力NGで、、」のような場を地雷を踏まずに乗りこなすような気遣い力はもはやアスリートの世界だと思います。。。この議論になると長くなるので、「その人の感情はその人の前提知識と経験から自然と溢れ出るが、その人の前提知識と経験をすべて知ることはできない」という事だけ覚えていただければ幸いです。

■ 未来の事は誰も知らない

 だからこそ情報が大事なんですね。「知っていればそんなことしなかったのに」とか、「分かり合えていると思ってた」とか、情報の非対称性や共有不足によってその後の対応や状況が変化する上に、競争優位や価値のある情報の売買など、情報は人の心や行動を動かします。

 一方で、未来の事は誰も知らないという事も言えると思います。今の時点でコロナウィルスがいつ収束するかを知っている人はいないし、次の大きな地震がいつ来るかも言い当てられる人はいません。

■ 予報は未来を先に知らせる情報

 ここでいきなり天気の話ですが、気象は物理学的に未来を予測することができます。近年の計算機の発展により、「明日は雨でしょう」という予報は9割近い精度で当たるようになってきましたし、予報できる期間もどんどん伸びてきました。今では2週間先まで日別の天気の予報ができるようになってきました。

 言い方を変えると、天気予報を通じて「少し先の未来がどうなるかを知らせる」ことができます。そうすると、実際にその通りの天気になるかどうかは予測精度の問題がありますが、予報を伝えることで、誰も知らないハズの未来のフィールドに以下の2種類の人を作ることができます。

A:(週末に暑くなることを意識して)生活する人
B:(週末に暑くなることを意識せずに)生活する人

 今現在、ほとんどの人がこの先の天気はほとんど気にしないのでBとして生活されていますが、天気の変化は感情や購買行動に変化を与えるので、企業側も、生活者もAのように天気を意識して行動を変え始めるとすれば、生活やサービスが結構大きく変わっていくのではないか、と期待しています。

・(今は晴れているけれど2時間後に雷雨になると知った上の)交通手段
・(明日が雨で寒いことを意識した)棚割り
・(来週梅雨明けすると知った上での)プロモーション
・(暖冬だと構えた上での)生産計画

など、天気予報を発信することで、多くの人の未来に関する前提を変える事ができる、というのが、個人的には気象情報のポテンシャルだと感じており、面白さでもあります。今回の(100日後に死ぬ)ワニの影響力を見ても、前提の違いに十分な影響力があることは実感できましたし、予報を出した後の不思議なワクワク感・ソワソワ感のあるリアルタイムストーリーを新たな市場として、天気予報を通じた色々な取り組みができたらいいなと考えています。


・・・「最後結局宣伝かい!」と思われた方もいるかもしれませんが、ワニさんに免じてご容赦ください。

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