見出し画像

言葉の宝箱 0585【子供はいつの時代でも、眠っている間に育つものなのだ】

『博士の愛した数式』小川洋子(新潮文庫2005/12/1)


両親と早くに死別、17年前に交通事故に遭い記憶する能力を奪われた64歳の元大学数論専門教師。弟のために学費を工面し続け、博士号を取得し大学の数学研究所に就職した矢先に急逝した兄の妻(義姉)は子のいない未亡人。結婚できない男との間に生まれた「私」が高校三年の時に息子を出産、その相手は去り、母の理解も得られず産院からそのまま母子生育住宅へ家政婦となるが息子の小学校入学直前に母親と和解し同居するのも束の間、その母は脳溢血で死亡。恵まれない環境を背景に孤独が絡み合い慕情が培われていく第一回本屋大賞受賞作。


・子供はいつの時代でも、眠っている間に育つものなのだ P46

・老数学者、家政婦の「私」とその十歳の息子の三点が、
数学と阪神タイガースという二色の紐で結ばれた三角形をなしている。
独創的な構図である。しかも老数学者の記憶は正確に八十分しか持続せず、忘備録がわりのメモ用紙が身体中に貼られている。
数学者も顔負けの想像力である。
読み始めると同時に、こんな途方もない設定で始めて、
途中で破綻しないのかと心配になってきた。
ところが細部に入りこむと、
大胆不敵とはうってかわり、繊細な仕掛けが張りめぐらされている(略)
博士の身の回りの世話をしながら、
その人間性を知り、数学の美しさに触れるうちに、
いつの間にか「私」の心に芽生えた、
恋愛とも友情とも違う、家族愛とも敬愛とも少し違う、
博士へのほのかな慕情が暗示される。
そしてこの慕情の一方通行でないことが、博士の変化に気付いた、
博士とかつて特別な関係にあったと暗示される義姉の、
冷たい視線によって裏付けられる。
こうして、物語の核ともなるべき要素が、決して明示されないまま、
じわじわと読者にしみ入って行く P287⦅解説:数学者藤原正彦⦆



この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?