見出し画像

近隣が背負わされている倒壊リスク ~景観日照だけでない、中高層の隠れた問題


国立市の集合住宅が、法令上の不備なくほぼ完成したところで、デベロッパーが自主的に解体すると公表し、話題になっている。

70平米(21坪)7000万クラスの部屋が18室、売上高でいくと13億円程度か。ふむふむ。

https://www.sekisuihouse.co.jp/company/topics/library/2024/20240611/20240611r.pdf


その経済活動の面だけ取り上げるなら、新しい商品を苦労して造り上げようとする寸前で、いきなり自ら解体ハンマーをふるいはじめたわけで、自治体も周辺住民も、気でも触れたのか?と訝しんでいるのではないだろうか。

でも、この裏に何があるかとか、そういう話は事情通にお任せしたい。設計業務から離れて久しい、自称一休建築士に出る幕はない。


また経済的に損害を負ったのは、そのデベロッパーの株主である。彼らはなにか言う権利はあるが、解体と保障を入れてもたかだか数十億の損失、安いものだと考えるかもしれないね。営業利益、昨年は700億くらいあるわけで。

だが、法令上の不備はなくとも、こういった周囲に比べて飛び抜けて高い建物について、制度の隙間で埋もれているリスクがあることは指摘されてもいい、と思っている。あまり指摘している人もいないようだし。なので書く。

それは、倒壊時の影響範囲の問題である。


建物が倒れてきても、だれも補償はしない


そもそも、天災によって隣家が倒壊してきても、それは不可抗力として損害賠償を請求することができない。民法では故意または過失由来限定である。

民法 第709条 故意または過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。

天災は故意でも過失でもないのであった

そして建物の場合は、想定されている地震動で倒壊しないだけの性能を確認した、という前提で建っている。なので、どんな高さであれ、リスクはないものとみなされている。
でも、形あるもの、いつか壊れる。ということでそういった事態、検討はしてもいいはずである。



高さが変われば、当然に万が一、倒壊した際の影響範囲も変わる。
10階建てのビルだとおおよそ30mの高さになることが多いのだが、それが倒壊した際の影響範囲をざっくり、建物周囲半径30m以内と考える。すると、
30×30×3.14=2,826≒3,000㎡、これが倒壊時の影響範囲となる。

なので20階なら影響範囲はその4倍、40階なら16倍、と累乗で増えていく。

この建物が存在しなければゼロであった、倒壊した場合のリスクをその範囲内の住民がほんのわずかずつ、負っているということになる。


本来なら、事業に関係しない人々が背負わされているリスクは、その事業が営利を目的としたものであるならば、事業者(とその株主)に付け替えられてしかるべきものである。

でも、現状それを付け替える法的な理路がない。デベロッパーは建物が倒壊することなどないというリスクの見積を盾に、実はわずかながら存在するそのリスクを周辺に負わせ、その分を利益に付けかえて内輪で分配している。


国立の問題を生んだのはなにか


また、国立の例を見ると、この状況を生んだのは、ひとえに都市計画であるといえる。オレンジ色のところが今回の案件の敷地なのだが、一種低層区域の横の、高さ制限のない近隣商業地域にこの敷地はあったようだ。

一種低層と高さ制限のない近隣商業(容積率400%)が接している地獄

ちなみに、近隣商業地域は国立市には他にもあるが、容積率300%区域なら3種高度地区があわせてかかる。なので、北側隣地の高さが10mとなり、そこから斜線を引いても最高20mがやっとだったはず。

それなのに、なぜ自治体はできるだけ容積を大きく指定したがるのか、が問題の核なのである。
これは単純で、容積が大きければ土地の価格が高くなる、つまり税収が増えるからである。日本で現実の世界に立ち現れている、唯一の錬金術と言ってもいい。

その結果、ここは高さ制限無しの400%区域である。それをもとに地価は決まっていくので、開発する側もそれを使い切る方向にならざるを得ないだろう。


なので、建物が高さ方向に拡大していく流れを、行政も、デベロッパーも止める理由がなくなってしまうのだ。何なら結託して規制を外していくのだ。
なので、デベロッパーには随分と役所の人が天下るとのことで、そういう仕組みなのだなあと理解はしている。

かくして、建物は上に伸びていく。


中高層建物は本当に倒壊しないのか


だが、先に述べた震災時の倒壊リスクは放置されたままである。それが現実的な懸念なのか、と建築関係者に問えば、そんな事は起きるわけがないと、ほとんどは答えるだろう。でもそれに近い事例はある。

記憶に新しいところでは、元日の能登の地震で、5階建ての鉄筋コンクリート造のビルが横に倒れ、隣の居酒屋さんのご家族が亡くなられた。ニュースで何度も流れているので、ご存じの方も多いだろう。

でも本来、杭頭が壊れたくらいでは建物はそうそう倒れない、そもそも重量があるから。ただしそれに加えて片側の地盤が大きく下がるとそうはいかない。今回のケースは居酒屋さん側の地盤が3mほど下がったという話なのだが、構造設計者としては、それは想定外と言うしかない。日本のすべての建物は、地盤の不均等で急激かつ大幅な沈降を考慮していないはずだ。法律的にそれをする必要がないし、現実的には困難だからだ。

高層住宅の柱が断裂したことも過去にはある。阪神大震災のとき、とある高層住宅群の19階建と24階建ての、50cm角・厚さ50mmもある鉄骨柱が6ヶ所、見事に千切れた。幸い、謎の隙間を晒したその鉄骨柱はいまでは補強溶接されて、何でもない顔をしてその建物は建ってはいるが。

あの場合は、たくさん設置した杭のおかげで、建物の水平が保てていたのが幸いだったが、柱が断裂した状態で建物が傾いていたらと考えると、背筋が凍るものがある。


中高層の建物とバッファ


本来なら、高層の建物は、周辺に空き地をつくるためという建前で許されていたはずである。超高層の集積地区のはしりである、新宿副都心エリアなどは、公開空地がどのビルにも公園のように連なっており、足元の広がりがしっかりともたらされている。また何より、あれは住宅地ではない。もともと浄水場の跡地だからね。

だが、いまの高層マンションなどは、敷地がそれらよりも小さくなっていることや、周囲の計画と断絶していることも影響し、公開空地はあっても、それほどの広がりが感じられない事が多いように思う。

そして、その空き地は本来、万が一のときの被害を限定するためのバッファという面もあったはずである。

新潟県営川岸町アパート・1955

例えばこの事例。
新潟地震の際には新しい団地の建屋が液状化で倒れたが、採光のための隣棟間隔があったことで、倒壊した際に他の建物を巻き込む事態は避けられている。

建物が上に伸びる際に、万が一の倒壊の際の、近隣への影響を考慮することは、別の理由に隠れていることは多くても、いまよりは配慮されていたように思える。


微小な確率×巨大ハザードのリスクは、無視させられがち


先日のリスク論を上に貼った。この中で、確率が限りなくゼロ、ただし巨大なハザードという組み合わせが、結果的に現前した事例を2つ書いている。ヘッジファンドLTCMの破綻と、福島原子力発電所の過酷事故である。

本質的に、日本で高い建物が増えていく理由は、先の容積と錬金術の話に加えて、その万が一の倒壊の際の、巨大なハザードが、確率の少なさを理由に無視されていることにあると思う。

だが、上記のやらかし2例をどうやったら避けられたのかと考えたうえで、この建物の倒壊リスクに対してその回避策をどう適用するかの策をつくるとしたら、その倒壊リスク相当の金銭を事業者の利益から、周辺の住民に対して非常時に分配する仕組みが必要に思える。供託金にするか保険にするか、そんなところだろう。そのコストをデベロッパーに課すことで、影響範囲の増える高い建物を建てることがハイコストになる仕組みができる。つまり建物の高さを経済性の面から抑えることにつながる。


これを今から現実的な政策に落とし込むことは難しいとは百も承知だけど、高層建物の乱立に一定の歯止めをかけるヒントくらいにはなるのではないか、新自由主義的な建築業界から離れて随分経つ者としてつらつら思うのであった。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?