見出し画像

リスクについてのメモ ~3年前の息子へのお手紙から


リスクマネジメント、という言葉がある。要はリスクをコントロールするための考え方、マネージ【manage】は管理運営取り仕切る、みたいな意味だからね。
こちらの仕事だと、転倒防止などにはこの発想が必要になる。リスクの軽減だけを見ていると、そのリスクの反対側にあるベネフィット、利得が忘れられてしまうし、そのコントロールに必要になるのが人の労力や、金銭などのコストになる。

3年前、高校生だったうちの子が、学校で新型コロナウィルスのmRNAワクチン接種をするかどうか、という選択に迫られた。いちおう、接種は強制ではなく、自己判断で出来るという前提を確認したうえで、父は考えた。
そもそもリスクについて自分は何を語れるだろうか、と。

そこで、いくつか文章を書いた。まずはワクチンの歴史から。
ジェンナーさんの種痘の前に、天然痘患者の水疱から取った液体を他人に接種する医療行為があり、一定の効果があったことも、その時知った。それを受けた方は、不思議なことにそれなりに副作用も軽症で済んだのだ。
もちろん、ごく一部の運の悪い人は天然痘をガチで発症し、亡くなったのだけれど。それを軽減するための発想として、違う動物(牛)の天然痘を使ってその行為を行い、サイドエフェクトの劇的な軽減を果たしたのだね。
あらためて書くことって勉強になるな、とこのとき思った。


そしてリスクについても、考えた。

人はリスクについて考えるとき、ついその確率について目を向けがちだが、その確率にだけ目を向けていると、確率極小な場合にリスクを取りに行くという判断ミスを冒す。

事例もある。

ひとつは1998年のロシア危機、アルフレッド・ノーベル記念スウェーデン国立銀行経済学賞(ノーベル賞ではないのです)受賞者を2人も抱えたロングターム・キャピタル・マネジメント(LTCM)の破綻である。要は、ロシアは吹っ飛ばないに全部、どころか数十倍のレバレッジを掛けて、他人から借りた金を突っ込んだのである。ところが。
あのとき、アメリカはロシアに財政援助までしたんですよ、226億ドルも。ロシアの国債が償還不能(デフォルト)になると、アメリカなどが依って立つ金融システムが吹っ飛ぶことがわかってしまったので。そしてその結果、日本にもゼロ金利政策がもたらされ、アベノミクスによる財政膨張から現在の円安まで、まだ決着はついていない。その我々の現状の困難の引き金は、間違いなくあの2人、マイロン・ショールズとロバート・マートンのつくった、一見儲かるヘッジファンドの無謀なリスクテイクである。

もうひとつは我々がよく知る2011年、福島第一原発事故である。
天災に依ってもたらされる事故の、ハザードの大きさを軽視していたことがその類似点であり、その膨大な被害は民間の損害保険ではカバーできず(というより原子力事故を引き受ける損保会社はそもそも皆無だった)、東京電力は債務超過に陥った。
そしてそこで行われたことは、東電の公費救済であった。ロシアに兆円単位の資金を入れたアメリカと同じような対応である。東電株は公的セクターの持ち分も多く、日本航空のように株を紙くずにすることで破綻処理することが許容出来なかった、ということだろう。でもそのときに日本は資本主義国家を名乗る資格を失った、と個人的には思う。株は自己責任という建前を捨てたからだ。あ、これはりそなショックという前例があるか。


そういう厳しいことをつらつら考えつつも、計算が苦手な息子にはもっとわかりやすく伝えねばなるまい。ということで、下記の原稿を書いて、送ったのだった。

内容は、厚労省が出しているこのあたりの話に、コストがそこにどのような変化をもたらすかを加えて、ざっくり調整しています。


***********************************************

【リスクってなんなん?】


リスクとは?


ひとことで済ますと、

「ヤバい目に遭う可能性」

なんだけど、これ、ヤバい目に遭う確率とは同じではないことに注意が必要です。


ここで、ちま(仮称)という謎の猫科の動物を各種想像してみましょう。

 写真:ちま(Aタイプ)

ちまA:小型ちま、機嫌がいいと人を癒すが稀に怒ると人の指を食いちぎる
ちまB:中型ちま、機嫌がいいと人を癒すが稀に怒ると人の腕を食いちぎる
ちまC:大型ちま、機嫌がいいと人を癒すが稀に怒ると人の首を食いちぎる

ちま各種の特徴になります 

まずは、それぞれのちまが人間に与えるベネフィット(利益)や、餌代やうんち片付け手間(コスト)はほぼ同じとここでは仮定します。あくまで仮定です。

そして人間と同居する場合はどのような工夫が必要かを考えてみます。


ちまAは全力を尽くしても人間の指1本しか奪えないので、そのまま同居してもまず人が死ぬ事はなさそうです。

ちまBは大型犬並みの大きさで押さえつけるのは容易ではないことから、電撃首輪を開発していつでも動きを止められるようにしないとヤバそうです。

ちまCは人間の5倍程度の体重があり怒らせたらほぼ確実に殺られるので、ほぼ100%隔離できる別の部屋を用意して、鉄格子を隔てて愛でるほうがよさそうです(腕1本くれてやる覚悟は必要ですが)。

あ、たまにここで、ちまCでも完璧に手なづければ、ちまAと同じ環境でいいじゃん、という奴が現れますが、これに耳を貸すとよく人は死にます、気をつけましょう。


さて、ようやくこれで全てのちまとほぼ同じリスクで暮らせるようになりました。

つまり、怒りちまの強さの違いを、怒りちまと接触する確率を変えることで均しているわけですね。

【ちまリスク=ちま強さ×ちま接触確率】

ちまリスクを計算するならこうなります

このちま強さのことを一般的にハザードと呼びます

よく、リスクは確率のことだと誤認されていますが、定量化して分析するときは確率だけでなく、まずその危険の大きさを測ることが大切です。


ベネフィットとコスト


さて、実際のちま飼育はこれだけ考えれば良いわけではありません。

先に触れたベネフィット(利益)やコストも、各種ちまで違います。
ちまCは危険で大食いのため、飼育環境整備費や餌代がめっちゃかかります。ですが、大きさに比例した至高の爆音ゴロゴロにより、唯一無二の癒しを飼い主に与えるとしたらどうでしょう?

ちまA でもこのレベルのベネフィットをもたらします

リスクを判断するときは、合わせてベネフィットやコストも比較して考えないと、望む結果にたどりつけないことがなんとなくお分かりでしょうか?

リスクをポイント化するのと同様にベネフィットとコストもポイント化して比べると、

・同じかたちの家で各種ちまを飼う場合

 こちらのコストは餌代などです

・家や装備を改造して各種ちまを飼う場合

家の改造費や装備費がコストを押し上げています

ざっくりこんな感じでしょうか。

上段を見れば、安全上ちまA一択に見えますが、下段を見れば、あまり変わらないリスクでもお金をたくさん使えば大きなベネフィットが得られる可能性も出てくることがわかります。

また、さらに各種ちまの怒りやすさが違うと計算も変わることもわかるかと思います。

まあ、なんとなくでも人間はここら辺まで考えてちまを飼うものだということですね(雑)。

***********************************************

再利用ここまで。一部加筆。

そして、これを読んだ息子は粛々とファイザーのコミナティ筋注ワクチンを2回、しっかりと接種しておりました。お前の判断だ、尊重する。


なお、実際にはそのコストの掛け方でハザードの大きさや確率がどう変わるかの査定がそれこそ無数にあるわけだが、そこはざっくりです。

そして実は、多くの人間は実はそこら辺まで考えずに物事を進めている気がしている、これを記して3年後のワタクシでありました。



この記事、すごく役に立った!などのとき、頂けたら感謝です。note運営さんへのお礼、そして図書費に充てさせていただきます。