子どもには嘘をつくな。

今日は、知り合いのお子さんの話を聞いていたときに思ったことを書きたい。その内容について今日は語りたい。いや、怒りたい。ぶちまけたい。

どうやらその子はメンタルヘルスがあまり良くないらしく、学校に行くとなったら体調が悪くなるらしい。

今日も車で駅まで送っていく途中で体調が悪いと言い出したため、キツくなったら保健室に行きなといって送り出したらしい。

その子のお母さん曰く、中学の時からちょくちょくそういう事があって、一時期学校に行けなかった時があったから、その時よりはマシ。先生から電話がきたときは本人は学校は楽しいと答えていたので、学校が嫌なわけじゃないらしい。体調が悪いのもどこまで本当かわからない、嘘ついてるかもだけど、それを言うとまた学校行かなくなったら嫌だから強くは聞けない。でも学校に行かないとなると、家にいるってことだから、私が休まる時間がなくてこちらもしんどい、というような話をされていた。

どうすか、これ。この話聞いてどう思いますか?マジでみんなに聞いてみたい。これ聞いてマジでどう思いますか?

やばくない?え、、やばくない?

え、、待って、、、やばくない??

これはやばい。やばすぎて語彙がぶっ飛ぶ。やばい、やばすぎる。

これはたぶん、学校は行かなければならないもの、という認識が前提にあるから起こっている現象だと思う。

どんなに本人が嫌がっても、メンタルがぶち壊れようとも、体調が悪かろうとも、その子の人生がぐちゃぐちゃになろうがどうしようがお構いなく、とにかく学校に行くことが大切という思想。

本人の意志など微塵も関係なく、親の私にとって理想の子どもであれと、親という大人に逆らえない子どもに対して無慈悲に行われる虐待。そう、これは紛れもない虐待である。

もうね、全部おかしい。最初から最後まで全部おかしい。

まず学校に行くときに体調が悪くなるっていうのは、明らかに学校に対して嫌悪感、何かしらの不安感がある状態である。

もしあなたの友達が、仕事で職場に向かう道でいつも体調が悪くなるんだよね、と言っていたらなんと言うであろうか。

いや、辞めな?そんな仕事辞めな?そこまでして続けることじゃないよ、身体壊しちゃうよ?仕事辞めて、旅行にでも行ってゆっくりして、そんでその後また新しい仕事探せばいいじゃん!

そう言うのではないだろうか。その友だちに対して、今まで以上に気を使い、優しく接するようにするのではないだろうか。

いや、本人はそうは言ってるけど嘘かもしれないしな、最悪キツくなったら病院に行けばいいし、職場の上司と電話してるの聞いたことあるけど、そのときは仕事これからも頑張りますって言ってたしな、それにこの子が仕事辞めると一緒に愚痴を言い合う子がいなくなるから私も寂しいし、とりあえずなんとか言いなだめて仕事は続けさせよう。

そんなやついる?いや、百歩譲っていたとしてそんなやつとずっと友だちでいたいと思うか?僕ならこう思う。離れろ!そんなやつと一緒にいたら人生悪くなる一方だぞ!離れろ!今すぐに!できるだけ遠くに逃げろ!

でも子どもは親からは簡単には離れられない。そもそも親を選べないし、子どもは親に従うべきという世界観が大人はみんな大好きだし、自分達にとって都合がいいから変えたがらない。既得権益である。

子どもっていうのは生まれた瞬間から大人という強大な既得権益を持った人間に支配され、教育という名の大義名分のもとで洗脳を施され、理性的に、そして本能的に助けを求めようとしても、周りも既得権益側の人間だらけ、子どもたちで団結しようにも、法的権利は既得権益側によって制限され、仕事や報酬を得るための手段も制限され、ちょっと徒党を組んで大人に反抗しようものなら、やれ不良だ、やれ反抗期だ、やれ不純異性交遊だとレッテルを貼られてバッシングされ、社会的に不利な立場に追いやられる。

まさに地獄。地獄以外の何物でない。不純異性交遊だなんだと言いつつ、テレビとかいう既得権益代表みたいなクソみたいなメディアでは連日不倫という名に置き換わった不純異性交遊の話題でもちきりであり、浮気してるやつなんて本当に星の数ほどいるし、戦争だって犯罪だってそこらじゅうで毎日起きてる。

なのになぜ子どもという理由で、子どもという理由だけでそこまで縛り付けるのだろうか。不当である。おぞましい権利侵害であり、虐待である。

少なくとも、まずは子どもにも親を選ぶ権利を認めるべきだ。10歳以降とかになったら、毎年親の継続をするかどうかの申請をするシステムにして、子どもが離れたい親から離れられるシステムにするべきである。そして離れた場合でもその後の子どもの生活費用は当然元親が負担するべきだ。だってお前らが生みたくて産んだんだから。100%気まぐれで作ってるんだから。大人としての責任は取ろうよってね。

親という職種に対しても、きちんとした評価システムを取り入れるべきだと思う。なにもテストの点を取れということではなく、世界の常識から見ても、子どもの目線から見ても、その子どもにとって価値のある人間かどうかを判断するシステムは必要ではないかと思う。

じゃないと、今の状況はあまりにも子どもに対して可哀想すぎませんか。逃場なさすぎませんか。

でもこういう事を言うと「学校に行けというのは子どものためを思って言っているんだよ」とかほざく大人が出てくる。ふざけんな。嘘つくな。

子どものためを思っているなら、体調悪くなるほど行きたくない場所に愛する子どもを行かせるはずないし、もし子どもが嘘をついていると判断するのならば、まずその嘘をつかなくてはいけない状態にさせているのは親のお前の責任だし、もし虚言癖のような、特に理由のない嘘だったとしたらそれは病気だからそれこそ今後のことを考えて、今の嘘ついてる状態を放置すべきじゃない。もしお前が本当に子どものことを第一に考えているのであれば。

結局自分のためなのである。いろいろ対処するのも、子どもと向き合うのも、そのために時間もお金も取られるのが面倒くさいのだ。そしてその感情は正直しょうがないと思う。親だって人間である。完璧な人間なんていない。つらいときや動けないときもあるだろう。

その代わり嘘つくんじゃねえよ。子どものためとか言って嘘つくんじゃねえよ。人のせいにすんな。子どものせいにすんな。子どもに対して嘘つくんじゃねえよ。子どもは気づいている。親の嘘に。そして絶望している。分かり会えない、分かろうとしない、適当な嘘でその場をごまかす人間が自分の親であるという事実に。

せめて子どもを産むときは、産まれてくる子どもに嘘をつかないことだけ誓ってほしい。誓ったってなんの意味もないけど、とにかくそれを納得、理解したうえで子どもを産むという決断を下してほしい。

あんまりじゃね?勝手にこの世に産み落とされ、親の好き勝手な都合、嘘、世間体、プライド、思想に服従しなければいけない人生なんて。

でも、そんな事言いだしたら誰も子ども産まなくなっちゃうよって話もあると思う。そのロジックもわかる、現代の技術や思想では限界があることもわかっている。

その上で言いたい。そんなシステムが準備できない国なんて潰れちまえばいい。それができない大人の子孫なんていらないだろ。



ちょっと熱くなってしまったけれど、今までのは全部冗談である。そもそもこの国の大人にはすべからく親になる権利が認められているのだ、国の制度を有効利用して子育てを楽しんでほしい。

どうせどこまでいっても、子どもを産むという行為は親のエゴなのだから。

という僕の感想でした。個人の感想ですのであしからず。いま読み返したけど、僕、親のこと嫌いすぎん?

ということで僕はエゴにまみれた居酒屋を作る。

現場からは以上です。

@yohjihonda fdy.incというアパレルブランドの代表をしています。@fdy_inc SenveroOnDemandという飲み会を企画しています。